第22話:魔王と一回戦前日録2
前回の新鮮カップルから一転、今回は熟年夫婦の様に互いの事を理解している組の前日録になります。機械科の三人娘の由来は有名な三姉妹から貰っています。
桧人は詠歌と二人で陽明町に存在する霊園、陽明霊園を訪れていた。詠歌は霊園の入り口にある花屋で年齢を重ねた老婆から、仏花を購入し、坂本家と書かれた竿石に水を掛けながらその前に仏花を二本、対になる様に備えた。
桧人は僧侶を呼んでいるようで、桧人の墓参りに同伴した詠歌は彼が僧侶を呼ぶまでに墓の掃除を任され、一人きりで墓石全体を拭き終わり、周囲の水を流して花を添え、線香を点けている。
彼を待ちぼうけている間、と言っても数分間。詠歌は空を見上げていた。桧人と付き合う(桧人的には付き合ってない)以前から、二人で桧人の兄である緋彩の墓参りをしている。暇な時があればだが、月に四回以上は不定期でこの陽明霊園を訪れていた。
もう彼女の手際も慣れたものだが、それは桧人と鋳鶴に頼み込んで教えてもらったという彼女の学習力と桧人に対する意欲がその技を成している。
「ふぅ。これでいいでしょ」
夕日に照らされている坂本家の竿石は、その夕日を反射する程綺麗に磨かれ、詠歌に満足感を与える様な神々しささえある。満足げに学生服の裾を捲り一仕事終えた詠歌はその墓を眺めながら、大きく欠伸をした。
そんな詠歌の前に一人の来訪者が現れる。
「すまない。大切な友人の墓でね」
一人の男声が詠歌の前を遮って坂本家の竿石前に立った。
「どちら様ですか?」
「名乗る程の者ではない。ただ、一人の友の為に此処を訪れただけさ」
詠歌から見て男は、物静かでその見た目の若年さに反比例して落ち着いた雰囲気を放つ彼はまるで人間離れしている様な存在である。
大学生か、二十代後半ぐらいだろうか、若々しい肌には似使わない、脱色された白髪。袖無しの黒いレザージャケットに、白い紳士服の様な長袖。下半身は黒いレザー生地のズボンを着用している。
「すまないね。君の貴重なお時間に私の様な者がお邪魔してしまって、緋彩君の事はよく知っていてね。桧人君は元気かな?」
「桧人なら近くに居るんで呼びましょうか?」
「いや、それには及ばない。それに私が彼に会う資格は無い」
名乗らぬ男は桧人と詠歌が用意したものより大きく、美しい花を墓前に供えて手を合わせて合掌した。
「どうして桧人には会えないんですか?」
「いや、私は彼を知っているが、彼は私を知らないからね」
「なら私は良いと?」
「あぁ、君は口が堅い女性ではない。けれど、悪い人ではない。私の知っている中では最もコミュニケーション能力が高いからね。ある種、信用におけるというか、こうして私と言葉を交わしても君なら普通に受け取ると思ってね」
「へー。お兄さんもすごいですね。私と初対面なのにそこまで話しちゃったら俺を疑ってくれって言ってるようなものですよ?」
「ふっ、言われてみればそうかもしれないな。君が坂本桧人に私の事を話してくれても構わないさ。するもしないも君の自由だ」
詠歌は男と話しているうちに桧人はまだか、と周囲を見回し始める。しかし、周囲を見回すと気付く、空に浮かぶ雲は動くのを止め、木々は風で揺れるのを止め、掃除した後に流れる水すらも形を保っていた。
「え……?」
「あぁ、すまない。ちょっとこの霊園の僧侶に面倒な奴が居てね。話が大きくなるから言わないが、私の魔力を彼に察知されては面倒でね」
男は念仏を唱えず、ただ二度手を合わせて鳴らし、そのまま一礼した。一本の線香に火をあげ、簡易的な線香置きに突き刺し、詠歌に一礼して霞の様に彼は彼女の前から姿を消した。
「はぁはぁ……。無限に階段があるのかと思ったぜ……!」
桧人が制服を着崩しながらようやくたどり着いた。彼の後ろには茶色い着物を着た僧侶も息切れしながら彼の肩を掴んでいる。
「いやぁ、我が千里眼でも見えない先が存在するとは思いませんでしたなぁ。それもこの霊園の中とあっては私としても疑問を持つというもの。ともかく、詠歌さん、お久しぶりですなぁ」
「桧人!あ、英海さん。こんにちは」
「お元気そうで何よりです。陸上部の方はどうですかな?」
「はい!ばっちりです」
英海はこの陽明霊園における最たる僧侶で霊園の管理者である。年齢は34歳。幼少の頃、魔族に襲われたせいで両目の視力を失っている。が、彼は自身の脳内に千里眼と呼ばれる特殊な能力を宿しており、視力皆無にも関わらず、彼の脳内にはマップの様な世界が広がっており、それで周囲の物や人を見分けている。
しかし、その千里眼も完璧ではなく、名前を知らない相手、見た事もない生物等には効力が皆無と言って等しい。だが、見分ける力というものは一流で彼の千里眼にかかれば、視力のある人間でも間違える様な双子が瞬時にどちらかを見分けられるという。
マップと言ってもチェスや将棋で使われる類の網目状に広がる盤面の様なものが広がっており、そこに地図で言う森林や水など、大まかな色で見えるだけである。
「世間話はいいから、さっさと終わらせちゃおうぜ」
「ははは。相変わらず、せっかちですなぁ桧人君。もう高校二年生ですし、詠歌さんを迎える準備も初め、おとなしくなっている頃かと思っていましたが」
「あのなぁ英海さん。俺はまだ高校生だからもっと遊びたいんだ。詠歌よりいい女だって見つかるかもしれないし、今決めるのは早いんじゃねぇの?」
「ははは!これは恐れ入った。そういう事らしいぞ詠歌さん」
桧人の発言に大笑いする英海。それを見て頬を膨らませる詠歌と、してやったりと悪い笑顔を浮かべる桧人だった。
「さて、それでは始めましょうか」
英海はそう言って数珠を取り出すと、墓前に立ち、竿石の脇に刻まれた文字を指で触って確かめる。
「緋彩君、君が亡くなって桧人君も高校生になりました。親御さんも健康で桧人君も健康そのものです。それでは……」
数珠を振りかざして英海は経を唱え始める。
彼が経を唱え始めたと同時に桧人と詠歌も両手を合わせ、目を閉じながら合掌を続けた。
「ねぇ……桧人」
「なんだよ。英海さんが念仏唱えてんだから静かにしないといけないだろ」
「さっきね。不思議な人にあったの」
「不思議な人?」
「うん。白髪のお兄さんで緋彩さんのお墓に花と線香を置いていってくれたの。ほら」
詠歌が恐る恐る墓に備えられた花と線香に指をさす。
「ほんとだ。花が増えてる。俺たちが買って来たのじゃないな」
「でしょ?」
「さっきも言ったけど、俺はすぐ英海さんを見つけていつもの様にお経を唱えてもらおうと呼びにいって此処に戻ろうとしたら、延々と階段が続くんだよ。英海さんの千里眼にも会談は映っているんだけど、どうやら本当に無限に続いていたんだ。けれど、俺からしたら無限に続くってよりもこれ以上、上には登れないって感じだ」
「もしかしてあの人が……?」
「すげぇ魔法使いだったのか?その人」
「分からない。でもあの人と話している間は、まるで世界が止まったかの様に静かになったの。その人が居るからなのか、その人が世界を止めたのか。でも世界を止めるだなんて人間には絶対不可能だろうし、でも魔族の様な残忍さというか、陰湿さもなかったの」
「それに魔族だったら、お前が殺されてるか……」
「そう。でも緋彩さんの事を知ってるってことはそれなりの魔術師やそれこそ悪名高い魔族しか居ないだろうし」
「確かにな。でも世界を止めるなんて魔術も超能力も聴いたことがない。それに、そんな魔術や超能力なんて存在していいものじゃない。そんな事があってみろ……。人間でも魔族でもその男の取り合いになる」
「あと、英海さんには言わないで、とも言われた。面倒な事になるからって」
「良く分からんけど、言わないのが得策だろうな。詠歌の身に何かあっても困るし、どの道悪い奴でもなさそうだしな。兄貴の為に花と線香をあげてくれるなんて魔族じゃあ出来なさそうだ」
「だからね……。英海さんには」
「終わりましたよ」
内緒話をしている二人に向けて英海の声が響き渡る。詠歌は飛び上がってしまう。
「どうかされましたか?」
「いえ!なんでもないです!ね、桧人!」
「おっ、おう。英海さんいつもありがとうございます」
「そうですか。何も無ければよかった。それにしても霊園とは言え、不思議な現象が起こるものですなぁ。私の千里眼にも映らないとは、よっぽどの術式か超能力の類でしょう。無限に階段を登らされるとは人生で経験したくない事ベスト3には入るでしょうな」
「英海さんの千里眼でも見えないものはあるもんな」
「そうですよ。私にも見えないものはあります。不自由とは思いますが、やはりこうして何かを視る事は出来るので嬉しい限りです。見えないが故に視える物が存在しますからね。視覚情報のみに頼らないのもたまには良い事だと思いますよ」
英海は墓の前に一輪の花を添えて合掌した。彼の脳内では墓の識別をそれこそ細部まで千里眼の力を利用して見ている。流石に竿石の側面の文字は、点字をなぞる方法と同様で読んでいる。
大まかな墓のサイズや形式、そして花が添えてあるか、線香が点いているかまでも見通す事が出来る。それが英海の千里眼だ。
「そうそう。今年の普通科は一味も二味も違いますよ!」
身振り手振りを大げさに加えて、詠歌は英海の前でジェスチャーを繰り広げた。
彼にはそこまでしなくても詠歌の言いたい事は全て理解出来るのだが、笑いを堪えながら彼女の話に耳を傾ける。
「まぁこういうおバカなジェスチャーしてますけど、本当なんですよ」
「そうですか。今年は、鋳鶴君と歩さんも居ましたしね。桧人君と詠歌さんも居れば普通科の皆さんは心強い事でしょう。緋彩君もきっと喜ぶと思いますよ。もし、可能でしたら私も見に行きましょうかね」
「決勝とかなら入れると思いますよ。入場料とかも特になかったような気がしますし、あったとしてもサービスしますよ!」
「それはありがたい。私としても君らの勇姿は見てみたいからね。それに教員の皆様の力に成る事が出来るかもしれない。ジャンヌ理事長はあまり好かないが……」
水と油。
ではないが、英海は仏教。理事長はキリスト教。合い慣れないのは理解しているが、二人にとっては頼りになる学園長と、桧人にとっては兄の世話を任せる相手。詠歌にとっては桧人の事を相談するのにはうってつけの相手。
仲良くしてほしい。などとは直接言う事はないものの。二人の本心では、どちらかが忖度をせねば同席する事などまず無い。という考えだけが巡っている。
「それに無限階段なぞ仕掛けた相手のことも探さねばならないし、問題は山積みだ。詠歌さんは何も見ていないな?無限階段の主に会ったりなどはしていないだろう?」
「はい!会ってません!」
末恐ろしい程に、詠歌の返事ははっきりとしたものだった。彼女の自信満々な返事に桧人は彼女と出会って十年以上の仲だが、恐怖を感じている。
「そうかー。会ってないのなら仕方ない。もう17時だ。高校生とはいえど、この辺りは暗くなる。早く家に帰りなさい。桧人君、詠歌さんを家まで守ってあげなさい」
「大袈裟だよ英海さん。こいつは俺なんかいなくても一人で帰れるさ。それに俺も体育大会へ向けての鍛錬があるから、早く帰らねぇと」
「あー!足くじいた!もう歩けない!誰かが一緒に帰ってくれないと帰れなくなったー!おーいおいおいおい。足が痛くて涙が出て来たー!」
わざとらしく、詠歌はその場で崩れ、乙女座りをしながら桧人に対して助けを求めた。
「わざとらしっ!」
「ははは。可愛らしいじゃないですか。それに守ってあげなさい。というのは帰り道だけではありません。勿論、体育大会でも彼女を守ってやるのが君の役目ですよ。男としてという事だけでなく、素直になれない君は彼女を傷つける事もあるでしょうから、そういう時こそ君がね。日頃の恩返しとまでは言いませんが、守ってあげなさい。彼女の今の嘘は盲目の私でも分かります」
英海は桧人に向かって微笑むと、二人を背にして手を振りながら階段を下って行った。周囲を見回す事の出来る千里眼を持つ彼には杖や足元に必要な点字の案内も必要ない。軽やかに彼は階段を降りて行く様子が二人の目に映った。
「仕方ないな。桧人と帰ってやるか!」
「それは俺の台詞だ!全く、ほら!」
一言。そう言って桧人は詠歌に向かって手を差し伸べた。突拍子もない出来事に詠歌は口が半開きのまま閉じなくなってしまっている。
「え、うそ……。今日はきっと雨じゃなくて空から槍が降って来る気がしてきた」
「なんだよそれ!今日も鍛錬があるんだし、帰るぞ。あと、皆に迷惑かかんねぇようにお前の鍛錬にも付き合ってやるから、早く行くぞ……」
詠歌は、何も言わずに、嬉しそうに、ただ、頬を桜色に染めて桧人の腕を取り、一緒に階段を駆け降りた。
陸上部の詠歌が桧人に合わせて霊園の階段を降りる様は、英海の千里眼に何年も寄り添っている夫婦の様な気づかいが見えたという。
―――――三河家剣道場―――――
「ふっ!ふっ!」
広大な敷地を持つ望月家に隣接した三河家は望月家に負けず劣らず広大な敷地を所有し、三河家の敷地内には小さな蔵と、剣道場が備えられている。
望月家との相違は蔵の有無と、中庭に存在する桜の有無の違いぐらいだろう。
歩は胴着に着替え、剣道場で黙々と竹刀を振り下ろしていた。動作だけでなく、一振り一振りに確固たる意思を持ちながら、ただ、振り下ろす。
三河家と望月家の関係は、鋳鶴の祖父である三十郎の時代まで遡る。三十郎を含んだ四剣士たちは世界にその名を轟かせ、その名をあげた。その一方で三河家並びにさまざまな国に点在する剣豪や剣士、名のある騎士たちも存在している。四剣士が名を馳せていただけであって三河家も日本では剣豪の家として有名な家であった。
現在も名のある剣豪や剣士、または騎士も世界に点在しているが、時代とともにその名家数も減少し、現在ではそういった武力を主とする家よりも魔術や超能力と言った近代における戦闘技術を生業とする家系が増加している。
全盛に比べればその数は10の1に減り、その減少した分が、他の分野の名家という形で流れて行ってしまっていた。現在の三河家も剣士の名家ではあるが、三河家の父である三河勇歩ではなく、その妻である三河走衣のものなのである。三河家は三十郎との時代を生きた祖父の存命中に生まれた三河家の跡継ぎは、女性のみで剣道場やその剣士としての格を継ぐには不自由が多く、男尊女卑だった頃の名残もあってか、三河家一門の門下生は徐々に消えていき、しばらくの間は三十郎の援助なしでは存続も怪しい状況であった。
だが、そんな跡継ぎ問題が襲う三河家は結局男児には恵まれず、走衣は進と歩の二人の女児を男児に負けず劣らずの剣士とする為、二人を物心つく前から木刀を握らせ、彼女らを一流の剣士に仕立てあげた。歩の姉、進は鋳鶴の姉であり、全日本女子剣道選手権大会を制した結と唯一、凌ぎを削ったと言われる三河家の誇る剣士だった。
歩が竹刀を振るたびに目に入る写真には全日本大会で共に優勝に輝いた時、進と結が互いに満面の笑みで写った一枚の写真である。
二人が高校二年の全日本大会決勝で相まみえた時、双方一歩も譲らず、数週間に及んで再試合を行い続けた。
その結果、剣道協会はその様子を見かねて特例とし、二人に対して優勝楯と優勝旗を渡し、双方優勝という扱いで史上初の複数の選手が優勝するという結末を迎えた。
しかし、それから暫くして進は取り憑かれた様に、魔術や超能力の世界にのめり込み、そんな彼女を走衣は叱咤し、反感を買ってしまう。
その数日後に進は、剣道の特待生で入学した高校を中退し、三河家から出て行き、その後は音信不通となってしまった。
進が居なくなって絶望からか、はたまた寂しさからか、走衣は歩に対する当たりと、鍛錬に対する成果を求め初め、歩は剣士として修羅の道を歩く事になる。
歩にとって我が家の事は嫌いではない。ただ、父勇歩の優しさと、陽明学園での生活、そして望月鋳鶴という存在が、彼女の強さとなり、日々の鍛錬を耐える糧となっている。
走衣の鍛錬は歩のレベルでなく、進レベルに至るまでに必要な過程から更に先のものを求めている。彼女が居なくなった反動で彼女にとってはもう、歩しか立つ瀬がない。尚且つ、進が三河家にとって看板だったためか、歩という存在は進が居なくなってからの格好の看板だった。
だからこそ、彼女の腕は時折、鋳鶴によって包帯を巻かれ、血が滲む事もある。だからこそ、鋳鶴や父の優しさ、陽明学園の日々が彼女の支えなのである。
歩の尽力もあり、三河家の道場には時折、生徒が出来、ちびっ子剣道教室というもの開催している。
体育大会の話をもし、母にすれば期待の眼差しで見られ、優勝を約束させられるだろう。歩にとって、体育大会とは優勝を狙う場ではない。最初こそ、結の打倒を思い浮かべていたが、いつの間にか歩にとって優勝よりも結を打倒する事よりも大切な事柄が出来ていた。
だが、彼女にとって思い浮かべる相手は誰よりも何よりも他人の事を優先する愚か者である。
歩にとって彼の存在は励みそのものであり、先程の通り、心の支えだ。下手をすれば彼の存在は父を超え、陽明学園での幸福感の大多数を占める。
幼少期から彼の背中を見て過ごした歩にとっていつも彼は誰かに囲まれ、誰かの為に何かの為に戦う男だった。
一時期、彼に狂った時期があったと聞くが、歩はその時に、彼の元を離れ生活をしていた時代がある。再開した頃には彼は元通りになっていたが、地域の噂話や隣町までにも彼の名前は広がり、相当な問題児として目を付けられていた。
そこでこれはいけない。と思った歩は、陽明学園の風紀委員に志願し、彼とその他の不良生徒を諫める立場になった。
彼女にとって鋳鶴を更生する。という事は自己犠牲し続けるという点と、桧人や影太とつるみ、悪だくみをさせるのを阻止するというものだ。
結果的に彼らの悪だくみやその行いは、学園の誰かを不幸にする事が一切無く、影太の裏事業も基本的に着衣限定のもの且つ、歩もそれなりに利用している為。指導として取り締まる事も出来ずに居る。
噂によれば、影太の裏事業は生徒指導の教員である要でさえ、利用しているらしい。更に彼の撮影技術は高校生離れしたものとなっている為、その気になれば、プリクラの機械で盛るよりも盛れるとの噂。
影太の裏事業は相手との密約にこそ表沙汰にならない事情がある。さらに学園のイベントとなれば、彼の仕事は急激に激増する。桧人や鋳鶴は普通科だけの有名人ではあるが、影太は普通科の人間の中では一平に次いでの有名人だろう。表沙汰にならないだけで彼の写真を欲しがる買い手は学園中に数多と存在する為、知る人ぞ知る有名人と化している。
歩がただただ無心で木刀を振っていた。その時、インターホンの音がこだました。彼女は速足で玄関に向かい、木刀を玄関前に置いて引き戸を動かす。
「肉じゃが作ったんだけど、良かったら食べる?」
歩は咄嗟に走って玄関を開けに行って良かった。と心の中で安堵した。玄関の前で立っていたのは他の誰でもない鋳鶴である。
「どっどうしたんだ」
「へ?いや、どうもしないけど、明日が体育大会でドキドキしちゃってさ。家族にも言って来たし、よかったら一緒にご飯食べたいかなって……」
「なっ……!」
鋳鶴の提案に歩の頬が赤く染まる。今日は両親とも外出中の三河家には現在、歩と鋳鶴の二人しか存在しない。
それが瞬時に脳裏を横切った歩は、鋳鶴が困惑する程早く、両手で覆いきれない程赤面し、耳までも赤くなっている。
「大丈夫?」
「あっ!あぁ!食べよう!」
鋳鶴は、三河家に上がり、脱いだ靴を整えて一目散に台所に向かう。歩は鋳鶴の様子を見て台所周りを整理整頓し、机を用意して先ほどまで着用していた胴着を風呂場付近の洗濯籠に向かって投げ入れ、居間の座布団の上に正座し、鋳鶴の後ろ姿を見守る。
本来なら自分があそこに立っていなければ、と考える歩だが、彼女も鋳鶴が台所に居る方が安全且つ、似合うという点から鋳鶴の前で自分が彼を押しのけて料理をするなど考えづらいという結論に至ったのだ。
鋳鶴に家事を教えてもらうあまり、彼の家事に対する姿勢と技術に感服する歩だが、つい先日、神奈に習っていた事もあり、その腕を披露したかったのもある。が、それ以上に鋳鶴のやる気と彼の肉じゃがを台無しにしては、という懸念もあり、前に出ず、ただ座って待つという行動に出た。
「なぁ、鋳鶴」
「何?」
鋳鶴がフライパンを片手で巧みに操りながら、明らかに肉じゃがではないものを調理していた。鋳鶴が持ってきた肉じゃがはというと、既に台所に隣接したレンジの中に投入されている。
「どうして肉じゃがなんだ……?」
「あー。とんかつとかでもいいかと思ったけど、ちょっと無難すぎるし、うちの家族じゃ何枚あっても足りないかなぁと思ってさ。それに肉じゃがは僕にとって量も作りやすいし、とんかつよりもお金がかからないと思ってるから、それに作りすぎたっていうよりは……、歩と一緒に食べたかったというか……。なんというか……」
「へ……?」
歩は瞬時に鋳鶴の言葉を読み取り、再び耳まで真っ赤にしながら顔を俯かせた。鋳鶴には見られまいと両手で顔を覆い、僅かな隙間から鋳鶴の様子を窺うと、鋳鶴の耳が真っ赤になっている様子が見える。
照れ臭い。という感情がさらに歩の中で強くなり、今度はおしぼりで顔をしっかりと覆う。
「だっ、だから、此処に来たって言うか!そっそれに、学校でも二人でよく食べるじゃん!?まぁ、その時は皆が居るけどさ!」
「う、うん……」
「あれ……?ご両親は?」
「きききっ……、今日は居ない!」
「え」
「二人とも明日まで帰って来ない!それだけだ!」
歩は赤面させながら、鋳鶴の背後に立ち、食って掛かる様な勢いで彼に迫る。
「あっ、危ないからっ!すっ座ってて!」
赤面しつつも歩の綺麗な瞳に見つめられ、思わず、フライパンを操る手を止めてしまう。歩も鋳鶴の赤面と共に彼に迫ってしまった事を思い出し、ふらつきながら再び正座で席につく。
(私は何を言ってるんだ……!まるで鋳鶴を泊めたい女みたいじゃないか!いや、事実泊まってほしいのもあるが……、明日は体育大会なんだぞ。落ち着け私……)
「歩、冷蔵庫開けてもいい?」
「ふえっ!?あっ、あぁ。構わない……」
鋳鶴は歩に許可をとって冷蔵庫を開けると、彼女の母の作り置きだろうか、ラップがかけられた器を発見する。
「歩、冷蔵庫の中に作り置きの料理があるから、明日の朝に食べてもらってもいい……?嫌なら僕が今作ったのは朝食になるかもしれないけど」
「わっ私は……、お前が作ったご飯が食べたい……」
「わかった!まっかせて!」
鋳鶴は子どもの様な無垢な返事を送り、再びフライパンを操り始めた。母の走衣に申し訳ない。と思いながら、歩は鋳鶴の好意に甘えてそのまま待ち続ける。
彼の背中を見ながら、姉が居なくなる前の母を思い出す。今の生活が楽しくないわけではない。ただ、母が厳しくなっただけ、と考えて鋳鶴の背中を見つめ続ける。
「よし、出来た」
鋳鶴の声と共に歩は飛び上がり、食器棚から大皿を取り出し、鋳鶴は調理した料理をフライパンから菜箸を用いて歩が取り出した大皿に盛り付ける。
鋳鶴が作っていたのは回鍋肉で、グルメ番組にでも出てきそうな程、絢爛なオーラを放ち、歩の胃袋を刺激する。その香ばしい匂いと、視界に入り込んだ油を含み、煌めいた味噌ダレが歩の口元を緩ませた。そんな彼女を見ていると、鋳鶴の口角も自然と緩くなる。
歩に料理を提供する時だけ、鋳鶴は彼女と同時に箸は取らない。運動後の空きっ腹を満たす為に総菜や白米をかきこむ彼女を暫く眺めてから箸を取る。
しかし、今日の歩は簡単に箸を取らなかった。寧ろ、鋳鶴の出方を疑っているのか、彼の視線を気にしながらもじもじしている。
「たまには、お前から食べてみたらどうだ?」
「えっ」
「えっ、じゃない。そのいつも見つめられると恥ずかしいし、食べづらい事だってあるんだぞ。それに、私だってお前が幸せそうにご飯を食べているところを見たいんだぞ」
歩は頬を赤くしながらも膨らませながら、鋳鶴の事を箸で指さす。鋳鶴はまさかの指名に驚きながら、歩の前で箸を取った。
「でもこれ、僕が作った料理だから、歩に先に手をつけてほしいかなぁって……」
「むぅ……」
歩は渋々箸を取って鋳鶴の顔を見つめた。彼も諦めたのか、箸を取って歩と一緒に手を合わせながら親指の付け根に挟んで互いに合掌しながら食事の挨拶を交わす。
そこから数秒、見つめ合いならぬ睨み合いを終え、渋々鋳鶴から、箸で回鍋肉を救って口に放り込む。
一噛み、二噛み、噛み締めると、自分で作った料理に太鼓判。という訳ではないが、上手く出来た。という感想を脳内で浮かべると同時に、歩の表情を確認する。
「ふふっ」
「え!?何!?」
「いや?お前もいつもこうして私を見ていたと思うと……。何か腹が立ってきた!」
「えぇっ!?」
「と、言うのは冗談で、微笑ましく思っただけさ。食べたらまた素振りからだなぁ……。勿論、付き合ってもらうぞ」
鋳鶴が口に含み、飲み込むまでの間に、歩は口から溢れ出そうになる欲望を抑えながら、料理も見つめていた。もうその我慢も抑えきれず、流石の歩も箸を伸ばし、料理に手をかける。
彼女から見れば見る程、料理は魅力的なのだが、女性らしくないものを頬張っていて鋳鶴にみっともなく思われないか。という懸念が彼女の頭の中を引っ掻き回していた。それと同時に、カロリーの問題も歩の中では大きな課題となる。
目の前の肉じゃがと回鍋肉は確かに涎垂ものの代物だ。この二つを仮に食したとしてカロリーはどうなるのだろう。そしてさらに白米を貪れば、素振り何回分計算なのだろう。と考える。
体育大会はある。が、その先の時期を見据えて、歩は一瞬だけ箸を止めた。
「どうしたの歩、食べないの?」
「うっ……」
無神経に聴こえるが、鋳鶴は本心からそう言っていた。無垢な瞳で見つめられては、歩のカロリーに対する懸念も無くなるというもの。
歩は鋳鶴の瞳に敵わず、気付けば回鍋肉を口の中に入れ、咀嚼してしまっていた。
「うん。美味しい……」
油が多いと思いきや、鋳鶴の回鍋肉はくどさが無く、気軽に食べてしまう程に口の中に吸い込まれてしまう。
肉じゃがも懐かしい味というものはこの事なのか、と歩の脳中枢を錯覚させ、回鍋肉以上に白米と肉じゃがのコンビは食事を進ませる。
「ぐぬぬぬ……。美味しすぎる……」
「良かった」
鋳鶴は微笑みながら、食に夢中になる歩を見つめる。
鋳鶴と目が合った歩は赤面しながら、お椀で表情を隠し、鋳鶴から見られない様に食事を続けた。
―――――機械科生徒会室―――――
機械科の生徒会室は、他科の生徒会室と違って巨大なマザーコンピュータという機械が設置されている。
そのコンピュータは機械科立ち上げ当初からのものではなく、沙耶の母が製作したコンピュータで、機械科の全ての設備をコントロールし、同時に防犯システムなどにもなっている。そして卒業生たちはそのマザーコンピュータの機能の追加や校舎設備の増強などを卒業課題として提案する事も多い。
沙耶はマザーコンピュータの目の前で小さな金属型の部品を整備していた。辺りにはスプレーや真っ黒になった雑巾等が放置されていて、綺麗と言えたものではない。
「なぁ、沙耶。私も彼らと戦わねばならないのかね?」
「え、勿論であります!マザー殿にも戦ってもらわないと困るでありますよ。機械科の最強戦力でありますから」
沙耶の言うマザーは生徒会室の中央に設置された装置から声を出している。その声色は麗花が且つてバイクさんと謳い、尊敬し、魔法科会長虹野瀬縒佳から普通科の窮地を救ったほんの一時の相棒である。
「しかし、私は彼らを救った。君も彼らと戦うのは心苦しいんじゃないのか?私は人間ではないし、これと言った体も無いが、君の考え程度ならすぐに読める。それにだ。君は城屋誠と戦えるのか?」
「でもマザーに人の考えは読めても人の心は読めないであります。それにそう聞くのはあまりに意地が悪いでありますよ」
「そうかね?むしろ、私にとって君がちゃんと決意が出来てるかを確かめる聞き方だったと思うのだが」
「むー。マザーは相変わらず意地悪でありますなぁ。反逆扱いするでありますよ」
「普通科の彼らも皆、優しいし、チームワークがあった。しかし、我々機械科には到底及ぶものではない。技術力も戦闘能力もかと言って私も普通科のメンバー全員を見ていないから何とも言えない所があるのも事実だが、君の優しさも彼らとは比べ違いものがある。その君が何故、そこまでして念入りに用意するんだ?」
沙耶は腕を止めて、マザーの前に座り込んだ。
「吾輩も優勝賞品が欲しいのであります」
「優勝賞品だって?それは興味深い」
「でも皆に言ったら、駄目って言われるでありますから、マザーが内緒にしてくれるのなら、教えてあげるであります」
「私が君との約束を破った事があるかね?」
「あるであります!吾輩が製作に没頭していて匿ってほしいって言ったのに先生たちにばらしたり、皆に誠殿の関係をバラしたからであります!」
マザーを微笑みと共に声を上げながら沙耶を煽った。彼女は頬を膨らませながらマザーの主電源に右手人差し指をゆっくりと伸ばす。
「おおっと!沙耶、それだけは勘弁してくれ!」
「ふふふ、いつでもマザーの主電源は吾輩がこうして落としてやれるでありますよ!」
沙耶はシャドーボクシングの要領でマザーの目の前で人差し指を抜き差しする。その様子を見せられては流石のマザーと言えど、阻止しない訳にはいかない。
「まぁあまり言いたくは無いが、体育大会だ。それに望月結だったかな。彼女からはあまり良い気はしていない。君も何か言われたんだろう?」
マザーの問いに、沙耶は沈黙を決め込んだ。
決して、話せないという訳ではない。沙耶の中ではマザーの事を信用したいという気持ちが強い。しかし、沙耶の中でこの目的が目的な為に、沙耶はマザーにもこの事を話すことを迷っている。
「まだ話すべきでない。と君が思うのなら大丈夫さ。体育大会での士気を保ちたいならそれが正解だろう。だが、君の目標をひた隠す方が、もしかしたら士気に影響するかもしれんがね」
「それはないであります。皆、優勝を目標にするでありますから、今年は芳賀三姉妹が揃う最初で最後の年でありますから」
「それも確かにそうだ。だからこそ、教えて置いた方が良いと、私は助言しておいた。君らは確かに勝っているが、彼らの伸びしろを過信してはいけないよ」
「分かってるであります……。本当に意地悪でありますなぁ!」
沙耶は頭と心を搔き乱しながら、マザーに向かってそう叫び、再び作業に没頭する。彼女の手にするぼろ雑巾で拭かれても沙耶の罵詈雑言を聞いても微笑みの声を上げるマザーは機械科の監視カメラ全域に目をやった。
―――――機械科 倉庫―――――
機械科敷地内の中央に位置する機械科の倉庫。そこでは日夜、機械科の生徒たちが精を出し、機械科発展のための物づくり、卒業課題の製作、更には、学園に所属しながら企業からの委託を受け、機械科を代表する製品などを製作する場所にもなっている。
その中で沙耶を囲む、というよりも沙耶に直接指導を受ける三姉妹が存在した。
「お姉ちゃんは……、あんまり力仕事得意じゃないから……、お願いしていい……?」
長身でモノクルを右耳に掛け、ショートボブの髪で片目を隠し、迷彩服を着た女性が、真っ黒な物体の端を手にしながら周囲の人間に声を掛ける。
迷彩服の女性は明らかにサイズが合っていない迷彩服を着用しているのか
彼女の声とともに、二人の少女が彼女の元に現れる。三人それぞれ、迷彩服を着用しているものの、全員、髪の色が桃色だった。
迷彩服の女性の声で現れた二人も迷彩服に桃色の髪の少女だ。片方はポニーテール、もう片方はシニヨンヘアーの少女である。
「茶々(ちゃちゃ)姉!私に任せてよ!」
ポニーテールの少女が茶々の抱えていた黒い物体を彼女から優しく引き剥がし、自身で抱える。
「あ!初姉様!ずるい!」
「うるさいよ!江が悪いんだよ!」
ポニーテールの少女が初。
シニヨンヘアー。世間で言うお団子ヘアーの彼女は江である。この三人の女性陣こそ沙耶がこの機械科にて最も信頼する三姉妹だ。
「明日はもう大会なんだよ!?」
「そんな事分かってる!初姉こそ集中!」
「二人とも……、もうすぐ終わるから……ね?」
「「はい!」」
茶々、初、江の三人は、陽明学園機械科高等部に奨学金目当てで入学した三姉妹である。家が貧困に喘いでいるという訳でもなく、ただ、両親に学業等の資金面で心配をさせたくない。負担をかけさせたくない。という理由だ。三姉妹であるが故に三人はこれまでの人生で何一つ文句を言わず、金のかかる人生を送った三姉妹を育てた事に感謝しながら、陽明学園に全員入学を果たしている。
機械科とは特殊な科という訳でもないが、他科と比較すると、彼女らの奨学金の多さ。という点と、機械科で製作した商品が学園内だけでなく、学園外でも商標を登録し、世に認められる事によって奨学金以上に大金を手にする事が出来る。
売り上げの幾らかは機械科に支払わなければならないが、それでも機械科に支払う料金よりも手元に残存する金額の方が多くなる。三人はそれぞれ、美容、兵器、子供向けのおもちゃなどの製作を手掛けた。
三姉妹とも特に女性向けの商品を手掛け、立案から、さらには工場へ、商品製作に必要な部品の取り寄せ、委託なども行う。
美容品で一旗上げた茶々は、ドライヤーやヘアアイロンなど、従来の商品よりも高品質にも関わらず、低価格という理想にも近い改良で女性からの指示を得る美容品を製作した。
次女の初は、兵器の製作。と言っても小型のロボットやその部品の作製である。機械科にも複数点在しており、例を挙げれば、お掃除ロボやマザーが操縦するバイクの自動運転システムなども彼女が開発した。初の技術は日本では車のカーナビやGPSなどに利用され、さらには、インフラ整備の改善などでも功績を上げている。
三女の江が製作するおもちゃは、男児女児に人気の日曜朝から放送されるアニメキャラクターグッズ等が主だ。まだ高校一年生の彼女ではあるが、中等部から子ども向けおもちゃ製作の才能を開花させており、彼女の製作した変身グッズや巨大ロボットは彼女が中等部二年だった頃から三年間。三作品に渡って彼女が手掛けた商品を採用している。
他の二人との相違は彼女ら自身から生み出されたオリジナリティ製品の製作か、企業などに指示された要望に対してそれを超えるクオリティの商品を製作しているかの違いである。
日曜朝の子ども向けアニメや特撮ヒーロー、変身ヒロインはそれぞれ、シリーズが隔年で変わってしまうため、稀に彼女が頭を抱えながらどういった製作過程にしようか思い悩む時もある。
三姉妹は陽明学園に在籍しているのにも関わらず、売れ行きによっては年収が億を超える可能性もある女性陣なのだ。
そして三人は沙耶をずっと献身的に支え続け、機械科をともに盛り立てて来た大切な愛弟子でもある。
同学年の茶々は、彼女の相棒として三年間という時を切磋琢磨し、沙耶は会長になり、茶々は会長不在時に沙耶の務めを代行し、彼女に成り代わって機械科を運営する等をしている。
「ねぇ、茶々姉」
「どうしたの……。初……?」
「今年の体育大会、優勝したいね」
「そうね……。私たち三姉妹が揃う最初で最後の大会だものね……。それに会長を優勝させてあげたいし……、それに私と会長が居なくなったら来年は初が会長なのよ……?」
「そうだよねー。江より私の方が先なんて当たり前だよ!」
「えぇ。江は初姉様が生徒会長になるのはちょっと……」
江は初の事を呆れ気味に見つめながら、茶々に自分の発言を確かめる様に無言で窘める。敢えて姉を挑発する為に言った一言は初のプライドを逆撫でした。
顔を真っ赤にしつつも一呼吸置いて、江を見つめながら初は茶々から受け取った黒い物体をそれよりも大きな純白のカーテンで覆われた巨大な何かのカーテンを捲りながら、取り付ける。
「あとは……、マザーを此処にインプットすれば完成……」
「茶々お姉様。コックピットはもう出来ています」
三姉妹の誰よりも高い位置からカーテンをかけられている物体はカーテンの遮光性が低いせいか、緑色の光がその頂点から漏れ出ていた。
そしてそのカーテンが覆っている物は光が漏れ出ている中央の突起よりもその両脇に左右対称になっている箇所の方が高く見える。
「普通科の皆さんには悪いけれど……、これがあれば私たちは負ける事は無い……。金城会長を絶対に優勝させる……!」
「私たち、芳賀三姉妹が作った最高傑作にして最強製品だよ!」
「お姉様方。そろそろこのカーテンを取ってもよろしいのではないでしょうか」
「それもそうね……。折角だし……、私たちだけでも見てみよう……」
茶々は二人に合図すると、二人は一斉にカーテンの前に立ち、茶々は二人の前で一斉にそのカーテンを引き剥がす。
「おおおおお」
「美しいです!」
三人の目の前に現れたのは、関節部が純白で装甲部の全てが桃色で構成されていた。装甲は倉庫に備え付けられた蛍光灯の光を反射し、三人の目を刺激する。
機体の肩部には、バイクさんの車体に刻まれていた「Y.G.K.K」と刻まれ、機械科の広告という役割も担っている。
三人はそれぞれが手掛けた機体の長所に着目し、それを撫でまわす。
「やっぱりこのカラーリングよね……。ピンクって最高だと思うの……」
「これなら金城会長も自信を持って使えそうですしね。最高ですよ!」
「茶々お姉様の設計は完璧でしたから、それに対鬼兵器も内蔵していますし、城屋誠に対しては最強の力を発揮する事でしょう。初お姉様の技術は微妙ですけど、私を引き立たせるための布石になってくれたと思いますし」
「布石!?私は石なのか!?」
「はい。初姉様は石ころです。地べたを這って転がっているのがお似合いですよ」
「にゃにおー……。この姉不幸者めっ!」
あまりの我が妹の悪態に初は江に向かって飛びかかり、その行動を呼んでいた江は足元に置いてあった鉄パイプで彼女の奇襲を回避する。
茶々は二人の様子を見ながら、一人。倉庫の窓際までゆったりと、スローモーションの様に移動し、窓枠に腰掛け、外から漏れ出る光を見た。
そして生徒手帳を開き、金城沙耶と表記された電話帳に触れ、彼女に電話を掛ける。
「はい……。完成しました……。優勝するのは我々です……。揺ぎ無い勝利と……、結果を貴方に……」
「あぁ、すまん。沙耶でなくて私だから畏まっているのかと思った。何、芳賀三姉妹には最大限の恩を返すつもりで私たち三人は戦うさ。むしろ、揺ぎ無い勝利を貰うのは私ではなく、君たちだ。君たちにその勝利を私が捧げよう」
「もったい無きお言葉……」
通話越しであろうとも茶々は同年代、ましてや同級生の上司でもない人間に向けて精一杯の誠意を月夜の空に向かって投げかける。
沙耶ではなく、刈愛ではあるが、彼女も窓枠に腰掛けながら月明かりに照らされ、小さな溜息をつきながら、明日の事を憂い、そのまま夜は更けていった。
今回は二日目の投稿になります!現在31話からは製作中です!今度は一年ぐらい間が空かない様に頑張ります!