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優しい魔王の疲れる日々(リメイク)  作者: n
優しい魔王の疲れる日々(リメイク)2
22/42

第20話:魔王と普通科VS機械科作戦会議

シンプルに投稿が遅れました。申し訳ないです。

その理由が飲み会なんて言えるはずもなく……

最終日に予約投稿を忘れるなんてなんという凡ミス…



「はー!眠い。どうして日曜なんかに学校に行かなくちゃいけないんだ」

「「俺をアラームにしようとは面白い提案だったが、それが裏目に出たな。三河歩に叩き起こされるとは」」

「「仕方ないでしょ!おっさんも悪いですよ!」」

「「俺は君の目覚まし時計ではないんだが……」」

 朝から休日出勤と部活の朝練参加の姉妹の為に平日と変わらない時間に起床し、弁当を作っていた鋳鶴は既に疲労困憊だった。次第に足取りも重く、姿勢は猫背になり、制服の皺が多少目立つ様になってしまっている。

 鋳鶴は欠伸をし、隙あらば閉じようとする瞼を擦りながら陽明学園への道を辿っていた。原因は今朝、10時頃に生徒手帳に舞い込んだ一通の電話。

「えー?普通科体育大会メンバーの諸君?ちょっと野暮用なんだけどね?休日返上で学園に来てもらえないかなぁ?って思ったんだけど大丈夫だよね?」

 悪びれる様子も無ければ、その飄々とした態度から、名前を名乗るまでもなく、相手の正体が一平と分かった鋳鶴は途中で彼からのメンバーへ向けられた一斉電話を切った。

「お前まで眠そうにしていると、私まで眠くなってくるじゃないか」

 相も変わらず、日曜日と言えど、歩は鋳鶴に付き添って登校していた。彼の家庭事情は把握しているつもりでも普通科の風紀委員の彼女は鋳鶴には厳しくなってしまう。

 心では反省し、鋳鶴に優しくと考えてはいるが彼女の嵯峨がそれを良しとしない。

「それに会長が朝から連絡を私たちに一斉に届けるという事は、体育大会の事だろう?」

「ふぁーあ。そうだと思うけどね」

 鋳鶴は歩のポニーテールを目印に歩を進めている。油断すれば歩いまま気を失い、歩に倒れ込んでしまう事だけは死んでも避けようという一心で鋳鶴はまだ意識を保っていた。

「何だ。その気の抜けた欠伸は!欠伸で返事するな!」

「してないしてない!でも歩にも分かって欲しいなぁ……。我が家の家事が大変な事を……」

「神奈師匠からそれは存分に教わったぞ」

「師匠!?何を教わったの!?」

「秘密だ」

 はぐらかす様に手を背後に回しながら木刀を持つ歩を見て、鋳鶴は神奈の事を師匠と呼称した歩に疑念を抱いた鋳鶴はそれだけで目が冴えわたった。

「でも歩が居なかったらベッドから出れなかったと思うし、ありがとう」

「あっ、あぁ」

 歩は照れくさそうに鋳鶴と目を合わせずにそう言い放った。男子、三日会わざれば刮目して見よ。という言葉が即座に歩の脳裏を過る。

「もう怪我は大丈夫なんだろう?」

「うん。穂詰姉の特性包帯のお陰で直ぐに完治する事が出来たよ。皆には改めてお礼を言わないといけないね」

「お礼なんて、ただ私は鋳鶴が帰ってきてくれればそれでよかった。城屋誠と戦って勝利したんだ。もっと胸を張れ」

「えぇ……、城やんはまぐれまぐれうるさいからあんまりそういう大きな態度は取りたくないなぁ……。今度こそ本当にぶっ殺されちゃうよ……」



―――――普通科生徒会室―――――



 生徒会長であり、日曜日に陽明学園に登校を促した張本人は事もあろうか、生徒会室に備え付けられているベッドで未だに就寝中だった。

 彼らを招集する為に一度、起床してから、その数秒後に再びベッドに戻って二度寝を開始した彼を見て涼子は少なからず苛立ちを覚えている。

「会長、本日の案件ですが……」

「ごめん雛罌粟……?昨日夜遅くまでゲームしてたから皆には君から伝えといてくれるかな……?」

 一平はアイマスクを付けたまま、姿勢さえ変えず涼子にそう返事を返した。これには溜まらず涼子の堪忍袋の緒が切れてしまう。

「カズ君!起きなさい!貴方のせいで皆の貴重な日曜日が一日潰されるんですよ!それに生徒会長が一番ピシッとしてないと締りが悪いでしょうが!」

 一平から布団を引き剥がし、黄緑色のボーダーパジャマの襟をつかんで涼子は無理矢理その場に一平を立たせる。

「本当に眠いんだってー……?分かってもらえないかなぁー……?」

「分かりたくありませんね。私も流石にその態度で居られては腹の虫が今にも収まりそうにありませんし、一発顔面にゴム弾でも発射しましょうか?」

 涼子の一言に一平は血相を変えてパジャマから瞬時に制服を着用し、腕章を巻いて、生徒会長の椅子に腰掛けた。

「流石会長です。やれば出来るじゃないですか」

「流石にね?ゴム弾が痛いのは周知の事実だよ……?それに雛罌粟の事だから僕の顔面目掛けて狙撃すると思ってたし?」

「ご名答です。そこまで私の行動が読めていれば、これからもう二度と二度寝という甘えはしない様にしていただきたいですね」

「二度寝は?二度寝は許してほしいな?分かりました!?もうしません!?しません!?」

 一平が二度寝という言葉を口にする度に涼子は組み立て式ライフル銃を取り出し、それを目にも止まらぬ速さで組み立てている。

 そこまでせずとも既に組み立てられている物を用意すれば良いのでは?という言葉が一平の脳裏を過ったが、口から吐き出そうになった言葉を噛み潰し、涼子に対し、余計な一言を挟むのを辞めた。

「それに会長、まだ私にも何か隠し事してますよね?」

「げっ!?」

「分かりやすすぎます。同情されたいのならそう言ってくださった方が身のためですよ」

 ライフルを取り出した時に、物言い気な表情をしていた一平の感情を読み取っていたのか、雛罌粟が取り出した銃はライフルではなく、拳銃に代わっている。

「いや、それがね?」

 一平は机の引き出しから、純白の紙袋を取り出した。紙袋の中を漁り、その中身を涼子に向かって差し出す。

「盗聴器かなぁ?仕掛けられてたんだよね?普通科もかなり人気になってきたみたいだね?それにまだあるとしたら、この会話も丸聞こえだし?」

「え!それは困ります!カズっ……、会長と私の個人的な話も聞かれていたのなら黙っては居られません!」

 手にしていた拳銃を手放し、涼子は金属探知機の様な灰色の棒をライフルや拳銃と同じ要領で取り出す。

「絶対、見つけてみせます!残りの盗聴器も全て破壊します!」

「いや!?一個しかなかった可能性もあるから……?」

 一平のベッドの下を覗く涼子、健全な青少年の目に触れれば何かを歪ませるであろう物体を退け、涼子はベッドの裏に貼り付いた灰色の盗聴器を見つけ出し、破壊する。

「うそでしょ!?」

「筒抜けですね」

「まぁこの科はね?普通科とか言いながら、全然普通じゃない人ばかりだしね?一回戦が機械科なんだし、こういう情報戦は使って来るとは思ってたけど……?」

「体育大会に向けて確実な情報が欲しかったのでしょう。私たちにはこの様な技術はありませんし、仕方ないですね」

 涼子は金属探知機を振り回しながら生徒会室を闊歩した。一平はコーヒーを啜りながら彼女の行動を眺めている。

「城やんの事もあるだろうし?沙耶ちゃんも含めて彼女たちも躍起になってると思うし、それに初戦が僕らだからね?絶対に勝ちに来ると思うよ?」

「彼女たちも城屋誠と望月君が居るとしても言い方があまり良くありませんが、雑魚と思っている節もあるでしょう」

「向こうはロボットとかも使ってくるだろうしね?」

「でも貴方も頭数に入っているでしょうから、相当面倒くさいとは思いますけどね。魔王、鬼、圧倒的普通者でしたっけ?その三人が相手となると、むしろ金城さんが可哀想ではありますね」

「お?じゃあ皆も来た事だし、そろそろ会議の準備しようか?」

「そうですね」

 二人が生徒会室から校門を眺めると、他のメンバーが全員揃って談笑をしている。その様子を二人は微笑ましく思いながら窓から顔を出し、鋳鶴の生徒手帳に電話をかけ、鋳鶴を振り向かせた。

 こっちの存在に気付いた鋳鶴は、二人に向かって手を振り、全員を引き連れて普通科校舎へと真っ直ぐ向かう。

 一平と涼子は机や椅子、資料を用意し、一平の囲むような配置で配列が組まれた。

「それで会長、どうするんです?」

「そうだね?望月君と、城やんにはそんなに指示はないよ?ただちょっともう少し自分の力と向き合ってほしいなあって思ってさ?」

「何だよ。じゃあ帰って鍛えてきてもいいか?」

「それはちょっと待ってほしいね?二人にもとゃんと話はあるからさ?」

 颯爽と生徒会室から去ろうとする誠を引き留め、一平は全員が席に着いた事を確認してゆったりと席に着いた。

「さっさと話し進めてほしいっスよー。なぁ影太」

「……荒神……。……ロードワークも大切だが、こっちの方が大切だろう……」

「そうだけどよぉ……」

 麗花が我儘混じりに机に脚を乗せながらそう答えた。影太は彼女や周囲の人間に気付かれない様に隠しカメラで彼女の脚を激写している。

「土村君?あとでその写真は僕にも寄越すようにね?」

 一平の一言で麗花は影太の襟を掴み椅子から臀部を浮き上がらせている。鋳鶴は麗花を止めると、一平は徐に制服のポケットから星形のボタンの様な物を取り出し、全員の目に触れる様に人数分のボタンを見せた。

「これは僕らが体育大会に参加するにあたって僕らの命の代わりになるアイテムさ?」

 星形のボタンを誠や麗花は興味深々なのか、目を輝かせながらそれを両手で持ち、互いの物で違いはないか探している。勿論、全て形が崩れているとか、色が違うという事は一切無い。

「これにも細工とかは考えられませんか?」

 星形のボタンに何の疑問も持たない一平と涼子に鋳鶴は淡々と尋ねた。

「それは分からないね?でもこの代物は、機械科と学園の力があって作られているものだからね?流石に機械科の皆さんもこれに細工なんて大胆な事は出来ないと思うけどなぁ?」

 一平はそう言うと、全員からボタンを回収し、封筒を綴じた。

 一呼吸置いて、全員の表情を窺うと、全員が瞳を爛々とさせ、これからの指示を聞こうという気概が見える。

「皆良い目をしてるね?」

「当たり前です。あくまで皆、貴方と言う馬鹿の元に皆が集まったのですから」

「俺は魔法科をぶっ倒すまでだからな」

 誠は腕と足を組んで一平よりも尊大な態度を見せる。この場の誰よりも誠は大きな態度で自分の存在を示していた。

 彼の態度を見て、麗花も同様出来るだけ机の上に両脚を投げ出し、両腕を組んで腰掛けている。

「早くしてくださいよー。今日は桧人とデートの約束だったんですよ?」

「流石、風間会長だぜ!俺の危機を見越して休日を利用してくれるなんてよ!」

 席につかず、目の前で互いに腕を組み(桧人は不満げに顔を歪ませながら)まるで新婚したての夫婦の様な桃色の気を放っていた。

「そんな事はないけど……?」

「風間会長、そこはそうだね?って言ってくれないと俺の立場が……」

「君たち二人にもしてもらいたいことがあったから呼んだから、それをデート扱いにしたりしちゃ駄目かな?詠歌君には坂本君の事を一任するし?」

「え!?本当ですか!?」

 詠歌の声色が二段階ほど高くなる。桧人は一平を開見つけながら歯軋りして見せるが、一平はそんな事おかまいなしと言った様相で腕を組みかえながらお茶を啜っている。

「あとこれも見てもらいたいな?」

 指示に合わせ、涼子が7人の前にそれぞれA4サイズの紙を手渡す。そこには大まかな説明と、対機械科戦の役割が記されていた。

「取り敢えず、私は資料室に用事があるので20分後ぐらいには此処に帰って来るのでそれまで会議をお願いします」

 そう言い残して涼子は生徒会室から退室し、資料室へ向かった。

 涼子という纏め役が居なくなった今、会議は難航する所か、誰も話し始めないという無言の時間が始まっている。

 会長である一平以外に手渡された紙にはこの会議についての規則も簡単に記されていた。


―――体育大会作戦会議―――

1.作戦内容を一応決めておいたのでそちらの作戦を知りたければ会長に聞いてください。

2.意見がある人は手を挙げ堂々と自分の意見を述べてください。

3.必要があればメモなどを取っていただくとありがたいです。

4.そこの駄眼鏡が何かしでかした場合は、会議終了後に雛罌粟涼子にお申し付けください。

5.私が帰ってくるまでに、もし、会議が終わった場合雑談でもしていて下さい。

 とだけ、簡易的に纏められた物だった。一平はしかめっ面で紙と睨めっこしながら、全員の視線に気づくと、軽く咳ばらいをして全員の顔を見回した。

「まぁ具体的というか、役割ぐらいしか決まってないよ?僕って余裕をもってノープランで物事を決める人間だからね?」

 一平は眼鏡の縁を右手三本指で持ち上げ、キメ顔でそう言った。

「……どんなものかまで完全には理解していないが……、……破壊工作や隠密機動などは俺が引き受けよう……」

「私は前衛でガンガン戦いてぇなぁ。でも城屋さんや桧人、鋳鶴が居るし、大将を守る様な役割でもいいっスよ」

「私も前衛で良いでしょうか?剣士という枠組みで考えていただけるか分かりませんが、その日の為に体を鍛えなおしますから」

「私は桧人と一緒に行動出来るならそれでいいですよ。皆の補助しながら桧人を監視するというかなんというか」

「体育大会でもお前に付きまとわれるのか、勘弁してくれよ」

「俺は最前線で闘い続けりゃいいんだろ?沙耶の足止めとかそんなちいせぇ係じゃねぇ。沙耶をぶっ飛ばして終わらせてやるぐらいの勢いでやってやるぜ」

「僕は皆の援護で大丈夫ですよ。会長や雛罌粟さんの指示に従います」

 一平は、全員の話を纏めて聞き、それを元にして頭の中で思考を巡らせた。その結果、瞬時に辿り着いた結論がある。

 この科、普通科なのに前衛やりたがり多くない?と。

「そうだね?雛罌粟に破壊工作とかは任せてるけど、土村君も居ると心強いね?それに機械科は女の子ばかりの出場とか耳にしたから、土村君の持病?癖?を考えると後衛や援護が向いていると僕は思うなぁ?」

 一平の意見に概ね納得がいったのか、影太は大きく頷き、黙々とカメラの手入れを始めた。

「荒神さんと坂本君?そんな坂本君の近くに居続けたい鈴村さんは対象を務める僕を守る係をしてもらおうかな?」

「大丈夫っスよ」

「え!?本当ですか!?会長、ありがとうございます」

「な!?後衛はいいですけど、こいつと一緒は嫌です!」

 納得のいってない者が少数の為、一平は桧人を無視し、三人を率い本人を固める方針を選んだ。

 一平は生徒手帳を開き、今の作戦をメモしていく。

「なら、城やんと、望月君と、三河さんで相手の場所に突入?または相手の大将を獲りに行く様な前衛をお願いしちゃおうかな?」

 この事に三人は何も言わず、頷き、一平は紙の裏面が白紙なのを確認するとそこに汚い字でメモを加える。

前衛 城屋誠、望月鋳鶴、三河歩

後衛 坂本桧人、鈴村詠歌、荒神麗花

工作 雛罌粟涼子、土村影太

大将 風間一平

 とだけ、ペンで書きたし、全員の目に入る様机の中央で叩きつけた。

「すみません。僕も影太程ではありませんけど、女性に手をあげるのが苦手で……」

 鋳鶴の訴えに一平は無言の笑顔で応え、鋳鶴にこれ以上意見させない空気を作り出す。その態度の彼も諦めたのか、それとも会長に従う。という発言を思い出したのか、それ以上何かを言う事はなかった。

「印刷終わりました。作戦は決まりましたか?」

 会話が途絶えたタイミングで涼子が扉をノックせずに入室した。片手に所持している紙を丁寧に一人一人ずつ配り、涼子も席に腰掛ける。


――――ルールブック――――


・人数は魔王科4人普通科10人以下まで可、他の科は五人までとすること、普通科は参加者があつまらなければ大会自体を辞退してもよい。

・大会形式はトーナメント戦の一回戦は抽選で選ばれた二科が戦う。続いて二回戦でシードされる学科の選定が行われる。そのシード権は、一回戦で最も相手の学科よりも戦力を開かせた科とする。

・勝利条件は敵対学科の大将の撃破、敵対学科の全滅、敵対学科の申告降参の三つである。大将は各科の会長が務め、指揮権は会長のものとする。

・核兵器、衛星兵器、禁忌魔法、超弩級帆船または戦艦の使用、危険性が極めて高い毒物、殺傷能力のある薬などの使用を禁止する。

・体育大会の内容は会場の様々なところに設置されているカメラから全校いたるところで大会経過が見える様に中継する。当日の学園内の映像機器はそれのみを放送するのみとする。

・会場は魔王科校舎付近に存在する旧校舎または中央保健室に隣接する中央陸上競技場のみとする。ただし、異常気象や破壊力の高い魔法や技術で会場が半壊または全壊したときは地下各議場を会場とする。

 涼子が全員に手渡したのは体育大会の規則だ。一平と鋳鶴は既知していたものの一平、涼子、鋳鶴の三人以外は目にするのも初めてである。

  既知していた三人以外は紙を見つめながら無言になった。

「なぁ、普通科の参加人数多くね?」

「良い所突くね?流石、城やん?そうそう?それと大きな変更点があったんだけどね?優勝賞品はどの科でもいいから一つだけ、願い事を叶えさせる権利なんだってさ?それが優勝賞品だったんだけどね?もし、僕らが機械科に勝利した場合はね?機械科に何か言う事を聞いてもらう事が出来るらしいよ!?」

「何でまた?騙されてるっスよ」

「それがね?荒神君!?普通科だけには許される?そうなんだ?」

「……我々があくまで普通科……、という名目だからか……?」

「それもあると思うよ?まぁその意見を出したのは?何を隠そう?魔王科の望月結会長なんだけどね?」

 その場に居た全員が結の名が呼ばれたと同時に、望月という苗字が出ていた時点でもあるが、鋳鶴の方を注視した。本人もどういう態度をとれば良いか理解できず、困惑してしまっている。

「願いごとの内容は、何でもいいんだ?滅茶苦茶な事じゃなければね?例えば僕らが機械科に勝利した場合に?金城君をこちらに引き抜く事が出来るらしいよ?彼女の意思に関係なくね?」

「魔王科の会長、望月結さんの狙いは我々も理解していなくてはなりません。ね、望月君、会長」

「どうせ。鋳鶴だろ?」

 誠が即座に応えない鋳鶴と一平を見かねて口火を切った。

「良くは知らねぇけどさ。そういう事なんだろ?お前の家庭事情は知ったこっちゃねぇし、俺には関係ねぇ。でも魔王科の会長がお前を欲しがるなんて名誉な事なんじゃねぇの?俺は魔法科と戦うまでしか協力しねぇけどな」

「城やんの言う通りであってると思うよ?ね?望月君?」

「その通りです。皆、結……、僕の姉の欲望に巻き込まれようとしてる。多分、いや、絶対に僕は、魔王科を倒さなくちゃいけない」

 実姉の欲望を止める。というのが鋳鶴の本心ではない。

仮に普通科が機械科、その次の科との戦いに敗れれば、鋳鶴の自由は保証されない。鋳鶴はずっと理解している。望月結という人間の人間性をそしてどこまで彼女が壊れているかを、今の鋳鶴は理解している。

体育大会という本来、学園中の生徒が楽しむべき行事を実姉が自らの手で汚そうとしている。そう考えると、鋳鶴の制服、膝の部分に皺が集中している理由も頷ける。

「まぁ確かに、鋳鶴はそう簡単にやれねぇよな」

「……あぁ……」

「皆を結果的にとは言え、私情を挟んで巻き込んでいるこの状況を僕はあまり快く思っていないからね。僕の事は二の次でいい。それに魔王科が途中で敗れる可能性が……」

「無い」

 歩が鋳鶴の話を遮って反論する。

「結さんは陽明学園が誇る最強の剣士だ。そんな彼女が得体の知れない科を率いて体育大会に臨むんだぞ?鋳鶴、結さんは生半可な高校生が倒せるような人じゃない。お前も分かっているだろう?」

 歩は結の実力を理解していた。誰よりも強くなろうとしていた時期の彼女を歩は知っている。

目的の為に、たった一つの何かの為に、望月結という女性は強くあり続けた。姉の真宵を超える為、名声や剣士としての名を上げる為。という目的など、彼女にとって二の次なのだと、歩は理解していた。

一度だけ、結と剣道場で剣道の試合形式に基づいて望月家で一戦交えた事がある。結果は勿論、結が圧倒的な勝利を収めていた。

歩はその時に目にした彼女の表情を忘れる事が出来ない。

純粋に剣道を嗜み、その道に進む者は絶対しないであろう圧倒的邪な目つきを歩は目の当たりにしている。それが誰に向けられていた。という事も理解している。

彼女が望月鋳鶴の視線を集めんが為に剣道を続け、彼女は勝利し続けた。目的は剣の上達でもより強者に出会うというものではない。

ただ、自分を見つめる煌びやかで宝石の様な瞳で視線を送る。鋳鶴を独占したかっただけなのだから。

結は己の欲望の為に、鋳鶴は誰かの為に、何かの為に。を思う人間である。二人は姉弟ではない。と歩は考えたくなる様な事がある。

明らかに望月家の姉妹で異彩を放つのが、望月鋳鶴という欲望に生きる女。望月結だ。

「愛され病もここまで来ると病気だな」

 誠が呆れ果てながらそう言った。

 完全に賛成ではないが、誠は結の気持ちを理解出来る人間故にそう鋳鶴に吐き捨てる。誰かの為に、何かの為に戦う事の馬鹿馬鹿しさを知っているからこそ、言える一言だった。

 彼の事を不安視するからこそ誠は彼に悪態をついている。

「城やん?それは彼の悪い所でもあり、良い所でもあるからね?それを考えてあげてほしいな?」

 一平も誠の胸中を決して理解していない訳ではなかったが、これ以上何か彼に発言されるとメンバーたちの関係性に亀裂が出来ると考え、そのまま誠を黙らせた。

 誠を黙らせたタイミングで雛罌粟が全員に席を変える様に促し、全員を腰掛けさせたまま、モニターを起動し、全員の視線をそこに集めさせる。

「会長、ナイスフォローです」

「そう?褒められるとやっぱり嬉しいなぁ?」

 涼子は一平の隣を陣取り、耳元でそう呟いた。

「これは何の映像なんスか?」

「これは、去年の体育大会の様子ですね。一回戦で敗退しましたが、これで体育大会の苛烈さ加減は理解していただけるかと」

 その映像は普通科と科学科の内容だった。開始二分ほどで科学科は自らの陣地から何らかの光線を発射し、普通科のメンバーを半分退場させている。

 その光線から数十秒後、科学科の面々が普通科側の人間に雷や体を宙に浮遊させるといった芸当を存分に見せてその戦いは科学科の勝利に終わった。その様子を見て歯を食いしばる者、恐怖で体が震える者、去年の屈辱を思い出し、淡々と心の炎を燃やす者。

「さぁ?今年こそ?こうならない様に頑張りましょう!?体育大会開催まであと一週間だし?今の映像を見て思う事あったよね?」

それ以上は誰も口を開くことは無い。しかし、全員の目はまだ何か希望を持っている様な目つきをしていた。瞳の奥で爛々と炎が燃え盛っている様な。まだ諦めるには早い。という意思を一平は感じ取った。

 去面のメンバーなら、この時点でやる気を喪失し、誰から構わず勧誘していた一平が責任を負っている。今年は全員がやる気に満ち溢れている。というよりはまだ見ぬ体育大会の相手に心が躍っているという状況だ。

「頼もしいね?望月君?」

「そうですかね……?」

「あぁ?僕はそう思うよ?まぁまだ皆が君の為に戦うってわけじゃないけどさ?」

涼子はそれぞれに数十ページに及ぶ資料を手渡し、会議は解散という形になった。生徒会室には一平、涼子、鋳鶴の三人だけが椅子に腰かけてそれぞれ緑茶やコーヒーを啜っている。

「あの資料は一体……?」

「あれ?あれはね?皆に合わせて作った自主鍛錬メニューみたいなものかな?雛罌粟が丁寧に全員分作ってくれたんだよ?」

「皆さんが納得されるかはわかりませんが、あと一週間しかありませんから最善を尽くしてもらいたいと思いましてそれに一応、望月君以外の皆さんには貴方が入院している時から既に鍛錬をしていただいていますので」

「そうだったんですか……」

 誰にも察知されない様に鋳鶴は周囲の映像に向ける視線を見ている。誠以外の人間は科学科との圧倒的力量差に驚愕する者は誰一人居らず、恐怖で震えていたであろう詠歌も体は震えていたが、視線だけはその映像を真っ直ぐに見つめ、覚悟を決心した様子だった。

「二人が、皆の決意を?」

「そうなるのかなぁ?皆ね?望月君が他科に行くかもしれないよ?みたいな感じで話したら、血相を変えた?っていうのは大げさだと思うけど?誰も首を縦に振る人はいなかったよ?君に冷たい対応をした城やんだってそうさ?ほら、彼ってツンデレじゃん?」

「私とて、貴方を失うのは困ります。彼らは貴方との思い出が詰まっています。脅しの様になりそうで嫌だったんですか、もしかしたら望月君がお姉さんの元へ行ったら、二度と私たちの前に現れないかもしれない。という事を彼らに伝えたら燃え上がりましたね。今日はそれを貴方に察知されない様に動きましたが、私たち二人がこうしてバラシていますから、あまり意味はありませんでしたね」

「僕のは……」

「あるよ?でもあまりお勧めしないなぁ……?」

 一平はこれ見よがしに資料を目に入る様に二、三度振りながら、先ほど見かけた皆の資料よりも限りなく薄い紙を鋳鶴に見せつける。

 麗花や詠歌の資料は辞書の様に至る所の頁に数多の付箋が張り付けられていたのだが、その二人に比べれば鋳鶴の資料の量は数十頁にも満たない。

「会長、その物言いでは望月君もむしろ引き受けたくなってしまうものです」

 鋳鶴は有無を言わさず、その資料を一平から奪い取り、自身の名前が記載された資料の表紙を高速で捲り、二頁目を見た。

 そこには体育大会に参加するメンバーたちの激励の言葉と、自身の達成すべき項目がそこに記載されている。

項目はたったの三つ。

1.困った時は誰かを頼る事

2.自身の力の精度を上げる事

3.あまり前に出て活躍されると会長が目立たないので背後にも気を掛ける事

 その三つだけが記載されていた。それを囲む様に激励の言葉が全員分、色彩豊かにそれぞれのサインと一言をつけて書かれている。

「臭い台詞ですが。私たちは同じ科の同じ志を持つ仲間です。目標は勿論優勝ですから、こういう事をしてメンバーの意識や連携を高めようと試みるのは当たり前です。会長がここまで人を気遣うのはもしかしたらもうそろそろこの地球は駄目かもしれない。というサインかもしれませんがね」

「企画者は雛罌粟だからね!?僕もそりゃあこういう事した方が?望月君も元気になるんじゃない?とは言ったけど!?それに項目勝手に増やしてるよね!?確かに、僕は目立ちたがりかもしれないけどさ!?」

「いいじゃないですか。流石会長」

 涼子は明らかに棒読みの声色で一平を鼓舞した。が、それを見透かしている一平は不機嫌そうに腕を組んでより深く、椅子に腰かける。

「二人とも……」

「何はともあれ、貴方が居ないと勝てないのは確かですし、それに貴方は二年生ですから来年も体育大会に出場する事が出来ます。それを見越して私たちは貴方の引き抜きを阻止したい。そして阻止する。という事は自ずと優勝する。という事ですから」

「僕のマニュフェストね?体育大会で優勝する事?全員が全員、それを達成する為に自分自身も鍛えなくちゃいけないからね?それを成すのはただ事じゃないし?この学園の勢力図を一気にひっくり返す事になるからさ?」

「僕は……」

 鋳鶴はそこまで口に出して、気を取り直して発現する事を辞める。が、一平は第一項目を思い出せ。と言わんばかりに印刷した別紙の第一項目を指さしながらすさまじい剣幕を見せた為、鋳鶴は根負けし、再び口を開いた。

「僕は結姉を尊敬しています。彼女の生きる姿勢と家族を思う優しさを彼女から学びました。結姉が僕を手中に納めたい。という理由は分かります。でも結姉はこの前、会長や雛罌粟さんを平然に傷つけようとしました。僕の友人、いえお世話になっている人に危害を加えようとしました。それに、あの人が僕を手に入れたら本当に、僕の自由はなくなると思います」

「調べた所、彼女には何ら異常はありませんが、やはり望月君に対する執着は常軌を逸していましたからね」

「そうです。僕は女性に手をあげる事が出来ません。でもあの人だけは違います。仮におかしくなっているとしたら、僕は弟として家族としてあの人を元の道に戻さなきゃいけないんです。僕らはこのままではあの人に太刀打ちできないと思います」

「うん?分かってるよ?」

「その差を埋めるために、皆だけじゃなく、僕も強くならないといけませんからね。という事で!退室します!」

 鋳鶴は会長室を蹴破らんばかりの足蹴りで扉をこじ開け、嵐の様に二人の元を去った。突拍子もない彼の行動に肝を抜かれながら、二人は顔を見合わせ、互いのマグカップに口を付けた。



―――――帰路―――――



「「この愛され病め」」

「おっさんって人の傷とか平気で穿り返しますよね」

「「それはそうさ。俺は魔族だからな」」

 いつもの帰路で生徒会室から飛び出た鋳鶴はおっさんと会話を交えながら自宅へ向かっていた。

 誠の台詞がよっぽど気に入ったのか、先程から同じセリフをオウムの様に繰り返し、鋳鶴の耳元で囁いている。

「勝てると思います?」

「「無理だな」」

「やっぱりそうですよね」

「「まぁ無理と思っていた方が敗退しても気分が落ちる事はないだろう。やっぱり負けた。と思える方が私は気持ち的に楽だと思うがね」」

「そんなネガティブで行ってどうするんですか、おっさんもポジティブに行きましょうよ。僕のモチベーションに合わせてください」

「「俺はあくまで君に合わせているぞ?俺に本心を隠す事は無理だといつも言っているだろうに、それにたかが学園の行事、そこまで恐れる事はあるまい。君の本心に潜む望月結に対する恐怖が俺には分かるからな」」

 これ以上、何かおっさんに言えば、より面倒な事になる。鋳鶴は即座にそう思った。

結と戦う結末を想像すると、自分は彼女と戦えるのか、と素直に鋳鶴は思っている。

 男女の垣根ではなく、善悪の垣根でもない。ただ、姉弟という関係が鋳鶴の脳内を支配していた。目先の機械科よりも魔王科と戦う事を考えている。という点では鋳鶴の精神は前進しており、目先の目標に対して意欲的だ。

 しかし、前進しすぎるが故に、おっさんへの受け答えに若干のすれ違いが生じている。

「「機械科も君の前に立ちはだかっている。それを忘れてはいけない。君が望月結に恐怖しようと何を考えていようと、今の君の敵は機械科だ。あまりにも遠い目先の目標に囚われてしまっては君の力も発揮できなくなる。というもの、それに今の君は周囲が余り見えていない。望月結で頭が一杯になる気持ちも君の性格上理解出来ない訳ではないが、それでも今、君が見るべき相手は機械科だ。だから」」

 鋳鶴は人の気配を感じ取り、おっさんを心象世界に隠そうとサインを出した。おっさん自身も気配に気づいて鋳鶴が心象世界に隠す前に自ら、彼の心象世界に入り込んだ。

「やぁ、鋳鶴」

 鋳鶴の感じた気配は実父霧谷のものだった。久々に会っても何の緊張も感じる事はない。霧谷の醸し出す雰囲気がそうさせるのか、一種のリラックス作用があるのだろう。娘たちに嫌われているもののそれだけは彼女たちに完全に嫌われない。

本人はこの雰囲気を自分の加齢臭と呼んでいる。

「父さん」

「ほんの数時間だけ空き時間があったから家に寄ってみた。そしたら鋳鶴が居ないもんだから、僕の宿題を忘れたかと思ってね」

「父さんが出した宿題の答えを僕はまだ探してるよ」

「答えはまだ得られないか、そりゃそうだよね。僕だってこの歳になってもその答えを探してるよ。不甲斐ないかもしれないけど、鋳鶴は意識が高い方だからもうその答えは浮かんでいるものかと思ったよ」

「そんな事ないよ。メンタル面なら望月家で僕が最弱なんじゃないの?」

「いやいや、鋳鶴。君のメンタルは正直おかしいよ?我が息子ながら母さんと同じ強さも兼ね備えってるってチート過ぎない?僕も鋳鶴みたいなハイブリットしたい」

「あのねぇ。父さん、僕は自分の事をそう思っている訳ないし、それでいて普通の高校生じゃないってことも十分すぎる程理解してるんだ」

 霧谷は鋳鶴を窘める様に彼の表情を見た。霧谷から見て今の鋳鶴は嘘をついていない。という事を確信する。鋳鶴の目は相変わらず澄んでいて霧谷からはそう見て取れた。

「答えを焦る必要はないけれど、鋳鶴、君は今、一つの分岐点に立っている」

「分岐点……」

「お姉ちゃんを倒すか、倒さないか。それもあるけど、君の奥底に眠るそれが、目を覚ます可能性もある。故に君は、僕が君に問いを求めたのはそういう事さ。父親の僕から言うのもあれだけど、お姉ちゃんを倒さないと、君の自由はなくなる。僕や雅が解決するって事なら一瞬だけど、姉弟の事に親が関わるだなんて無粋じゃない?それに、鋳鶴はきっと嫌だって言うから手伝わない」

「うん。手伝わないでほしい。どういう結末だったとしても僕が負けたとしても僕は、それが運命だったんだって受け入れるよ」

「その力とも上手く付き合っていければいいね。バッタライダーの様な正義の味方になるためには、敵の力を利用する場合だってあるんだからさ」

 高校生になってまで鋳鶴は正義の味方という者に憧れている。毎週日曜朝に放映されているバッタライダーと呼ばれるシリーズ作品の俳優たちに成りたい。という訳ではなく、そういった独りで闘う様な者に羨望の眼差しを見せる事がある。

 しかし、ただそのバッタライダーという存在はただの虚構であり、鋳鶴にとっては非現実のものであり、直接の憧れではない。だが、そのバッタライダーたちの生き様が鋳鶴の憧れという感情を増長させ、今の誰かの為に何かの為に戦う青年を作りだしたのである。

 さらには霧谷。彼への憧れもそこには含まれている。バッタライダーよりも鋳鶴にとって最も身近に居る理想の形が父である霧谷だ。

 自分の中では最もその理想の近い立場に居る者こそが霧谷であり、姉妹たちと違い、尊敬の目で彼を見るのである。



―――――十年前―――――



 鋳鶴が豹変する前、小学校低学年に差し掛かっていた鋳鶴は、父の霧谷と二人で望月家の縁側に二人で腰掛け、近所で行われていた花火大会を見つめていた。

 夜空というキャンパスに色彩豊かな花火が打ち上げられていたあの日、鋳鶴が何かにぶつかった時、いつもその景色と父霧谷の台詞を思い出す。

 当時は世界を渡って活躍し、多忙の身の霧谷はいつも盆の時期と正月しか帰省しない霧谷は彼を嫌悪する姉妹たちには有難い事情であったが、羨望の眼差しで映る霧谷が年に数回しか会えないという事情は鋳鶴にとっては耐えがたいものであった。

 何より、望月家には鋳鶴と霧谷しか男性が存在しない。という事もあって鋳鶴は姉たちの寵愛を受けるも寂し気な日々を送っている。

「ごめんね。あまり帰ってこれなくて」

「いいんだ。姉さんたちは皆、父さんの事を嫌っているから、本心じゃないと思うけど、僕がこうして話をしたいって言ってもやめろって言って来たしね」

「ははは。それは困った。まぁ嫌われている理由は分からなくもないけれど、流石に娘たちに嫌われているのは堪えるなぁ」

 霧谷は笑いながら縁側で腰掛ける鋳鶴の隣に腰掛けた。麦茶の入ったペットボトルを渡すと、鋳鶴はそれを受け取り、キャップを開ける。

「父さんは何も悪い事してないのにね」

「いや?親としての責務を僕は怠っているからね。そういう意味で嫌われているのなら仕方ないさ。雅と違って表立って言える様なお仕事をしてないしね」

「でも学校の教科書では二人はヒーローだったって載ってる。僕の友達だって沢山、父さんの事を尊敬してるのに」

「鋳鶴にとって僕はヒーローか、嬉しい事を言ってくれるね」

「そうだよ。僕にとって父さんはヒーローだ」

「昔から見てる。バッタライダーの様な感じ?」

「うん。父さんはバッタライダーみたいな人だよ。教科書でも見てるし、僕はそう信じてる」

「でも鋳鶴は僕の全てを知ってる訳じゃないよね?」

「うん」

「こんな僕に、憧れちゃいけないよ」

「どうして?」

 鋳鶴の疑問とともに向けられた純朴な視線が霧谷に刺さる。自分が送って来たこれまでの人生を思い出すと、その視線に何もかもが押しつぶされそうになる。

 あの地獄の様な光景を自分の愛した街や世界が、火によって破壊されていたあの光景を。

 霧谷にとってそれは贖罪だった。

 目の前の仲間たちを救えなかった自身の愚かさと、無力さに嫌気が差していた。妻の雅しか、仲間を守れず、仲間たちが目の前で散った事を認められず、自分は禁断の力に手を出し、辛くも世界を救っただけ。

 そんな自分の事実を知らずに、綺麗な水辺の上澄みしか知らない鋳鶴に憧れてもらっては困る。という感情と同時に過去への贖罪をまだ成していないという責任に駆られる。

 だが、まだ低学年の少年に自分の事実を伝える事はあまりにも酷すぎる。そう霧谷は思い。本音を心の底で押し殺し、鋳鶴との会話を続けた。

「どうしてって正義の味方なんて生半可な気持ちで成れるものじゃない。父さんみたいな人間に成るのだって難しいんだぞう?バッタライダーだって簡単に成れるもんじゃないさ。彼らの事は僕もよく知ってる」

 望月家に存在するいくつかの開かずの間に霧谷の秘密の部屋なるものが存在している。鋳鶴も一度だけその部屋に入った事があってそこにはバッタライダーのグッズは勿論、俳優たちのサインや気に入ったシリーズに関してはスーツアクターや脚本家などのサイン色紙も飾られている。

 霧谷の趣味が敷き詰められた部屋はまるでその作品の博物館であるようにありとあらゆるグッズや商品が飾られていた。

 その風景を思い出しながら、鋳鶴は霧谷の話を聞き続ける。

「鋳鶴、君は僕の息子でとても誇らしい子だ。だから、真っ当な人生を歩んでほしい。正義の味方とかじゃなくてもっと学者とか、他にもサラリーマンとかでもいい。そういうのでいいんだ」

「諦めろって事?」

「そういう事じゃない。でも正義の味方になるっていう事は誰かの敵に成るってことだからさ」

「どうして?」

「正義の味方っていうのはさ。誰かの為に、何かの為に戦う人の事を言うんだ。決して美しいものじゃないし、その道は決して生易しいものなんかじゃない。それに誰かの為に、何かの為に戦うっていう事は誰かの敵や何かの敵になるかって事なんだ」

「うーん、よくわかんない」

「なんて言えば良いかなぁ。そうだ!バッタライダーにも敵が居るだろう?」

「ダバッカーの事?」

 ダバッカーというのはバッダライダーの敵で世界征服を企む悪の組織における戦闘員の総称である。

「ダバッカーだって何かの目標があってバッタライダーと戦ってるんだ。確かに彼らは鋳鶴の言う正義の味方じゃないけど、それでも彼らは誰かの為に、何かの為に戦っている人たちだろう?」

「世界征服やカマキリ将軍の為にね」

「うん。だから、鋳鶴はそういう人たちと戦わなくちゃいけなくなるんだよ?」

「分かってるよ」

「例えば、僕がカマキリ将軍みたいな人になったら、鋳鶴は戦えるかな?」

「…………」

 まだ小学校低学年には早い質問だったか。より、簡単に噛み砕いた質問を投げかけようとした霧谷に鋳鶴は沈黙の後すぐに彼の目を見つめた。

「戦う。でもそうなっても父さんを助ける」

「えぇ!?」

「父さんだからって言い方はあんまりよくないと思うけど、分かってくれる人だから」

「僕以外でも?」

「うん。だから父さんが成れなかったって言ってる正義の味方に挑戦させてよ!もしかしたら僕が成れるかもしれないしさ」

 鋳鶴は面々の笑みで霧谷にそう答えた。

「例えそれが、あまりに辛い道だったとしても?」

「うん。僕が父さんを超えるよ。ヒーローを超えたヒーローになるのが僕の夢なんだから!」

「そっか」

 霧谷は凄惨な景色を思い出すのを止めた。自分の過去を省みる事よりも未来を見る事を選び、鋳鶴の為に何をしてやれるか。という事を父として考える。

「なら、正義の味方とは何か。僕が帰省したら聞くから、何年かかるかわからないけれど、答えを聞きに来るよ。鋳鶴がその答えに気付けた時には僕なんて超えているはずだから」

「また来年も見れる?」

「あぁ、花火の時期にはいつも帰って来るよ」

「姉さんたちや妹たちが苦い顔をしても僕は父さんの味方だから」

「ありがとう」

「父さんが成れないって言ってた正義の味方になるから、それまで首を洗ってて待ってて!」

「そんな台詞よく知ってるなぁ……。そういう所は雅に似てるのかな?」

 霧谷は鋳鶴の誇らしげな表情を見て思わず笑みが零れた。彼の行く末は前途多難なのだろう。だが、今の鋳鶴なら乗り越えられると霧谷は確信した。

 そう思う反面、誰かの為に、何かの為に生きる事の過酷さを知った時、彼はどうするのだろう。と考える霧谷であった。






「僕はまだ。その答えは見つけられてないけど、僕の夢は変わってないよ。僕が行きつく先はそれしかない」

「やっぱ難しいよね。答えを出すってどんな勉強も簡単に思えるぐらいは難しんじゃない?」

「そうだね。父さんの言った通りに近い状況にあるからね。家族がカマキリ将軍になるだなんて僕には予想できなかった。そして悩んでるんだから、正義の味方って難しいよね。完全に結姉を正気に戻す事も出来るかどうか」

 霧谷は鋳鶴と距離を詰めて彼の肩に優しく、手を乗せた。

「君になら出来る。割り切るとすれば、結とぶつかり合う事に遠慮なんて見せない事さ。彼女も君に遠慮なんてしないだろうし、油断してたら結のものになっちゃったりしてね」

 その後、霧谷は笑顔で手を振りながら自身の能力を駆使して光と共に消えた。

終始満足気だった霧谷は鋳鶴の答えが出ていなかったのにも関わらにやけ顔を浮かべながら東京のメイド喫茶に向かった。

「「その答えは生きているうちに君の前に現れるだろうか」」

「おっさん、ありがとうございます」

「「ふん。人の過去ほど背筋か凍るものはない。しかし、君にも純朴な少年時代があった事だけは驚きだった」」

「なんでよ!」

 おっさんの発言に鋳鶴も冷静さを無くし、素を出してしまう。

「「そのままだ。君の様な人間は昔から、無意識のうちに女性を口説いていたりだとか、気付いていないふりをして惹き付ける様な人間をしていると思ったんだがな」」

「そんな訳ないじゃないですか!人を性犯罪者みたいに!」

「「姉の異常すぎる寵愛を受けようとしてる時点で性犯罪者というかなんというか、奇特で珍妙な人間だと俺は思うがね」」

「そうならない様に今回戦うんですよ!」

「「なんだ。意欲的じゃないか」」

「倒しますよ!機械科!今日はずっと同調に付き合ってもらいますからね!」

「「君が先に音を上げるなよ?望月鋳鶴」」

 会話が終える頃には鋳鶴の足取りは徒歩から走りに変わっていた。あと一週間、鋳鶴はその事を念頭に置いて、自宅への帰路を急いだ。


これで20話まで投稿完了しました!次の話から機械科戦になっていくと思います!どうかその時を気長にお待ちください!投稿が遅れて申し訳ありません!


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