第18話:魔王と一回戦発表
今回は決着と久々の日常回な気がします!それにあいつも出て来て…!?
魔法科の広大な敷地内を逃げ回りながら寿、篝、零下を対処し、校門まで入り組んだ道をバイクさんにカーナビさせている麗花は喜びに耽る間もなく、寿が最後に見せた表情を思い出していた。
「麗花。君はやりきったんだ。十分に喜んで良いと私は思うが?」
「バイクさん、やり切ったっていうのは、アタシ一人で殿をした場合にしか言っちゃいけねぇ。バイクさんが居なかったらむしろ足手まといだったよ」
「まぁ……君がそう言うならそうかもしれないが……。君は私を使って十分やったと思うぞ?」
「むしろ、この程度で満足しちゃいけねぇんだと、私は思う」
「麗花、戦闘じゃないと話し方が少しばかり、お淑やかになっているじゃないか」
「うるさい」
「ここは胸を張ろうじゃないか、皆君の殿の成功を褒めてくれるはずだ。そんな時に君がムスッと不満顔していたら嫌だろう?」
「確かに……」
麗花は気合入れることと、自分を蔑んでしまう弱気な自分の気持ちをリセットする為に頬を叩こうと現在の自分の状態に気付かずヘルメットを両手で叩いてしまう。
結果、麗花は頭が大きく揺れるだけで気持ち悪くなるだけであった。
「ふふっ、麗花。ちゃんと気合いを入れる前にヘルメットの有無には気付くべきだぞ」
「うるさい。もうすぐ校門だろ」
麗花の言う通り、もう校門は目と鼻の先だった。アクセル全開でこのまま走り続ければ、あと一分程で到着するだろう。先に逃げた三人と、一平が魔法科の生徒を相手に戦っている様子が窺える。
「バイクさん、皆は大丈夫なのか?」
「大丈夫ではあるが、4対1で君の友人たちの相手をしている。君が私を完全に起動する以前に見かけた時と殆ど変わらない状態だ」
「待ってくれ!会長も逃げた三人もうちでは相当な実力者なんだぞ!それが四人纏めて相手にされてるって……!」
「非常に、言いにくいが……。君たちの言う実力者と魔法科の実力者は違うんだ……。君が自分を卑下していた時の言葉を持ち出す事を許してほしい。君が殿を務められたのは私が居る以上にこちらから攻撃を仕掛けることがなかったからだ。それに君は賢い選択をしていた。私から降りずにバイクの機動力を利用して彼らから逃げて勝利を手に入れた」
バイクさんの発言には申し訳ない。という感情と、麗花や普通科の事をオブラートに包んで話してくれていた。
「だから何だってんだ!」
「結論を言うとだ。君が巻いた三人もかなりの実力者だった。君が助けに行くまでにあの三人は君の味方を苦戦。いや、それ以上の状況に持ち込んでいたんだ。そんな三人を纏めるのが腕章を見る通り、生徒会長である彼女だ。君たちは決して弱くはない。だが、魔法科という組織をまとめ上げる人間が君らの強さのレベルに収まるような人物ではない。という事だ」
「その言い分だと、諦めてるみてぇで嫌だな」
「君ならそう言うと思ったさ。だが、流石にバイクさんでも彼女の一瞬の隙を突くことすら難解だと言っておこう。私の防御機能が強い。と、過信しているのも無理はないが、少なくともさっきの三人は魔法科の敷地を傷つけまいとしていただけだと、私は思う。君は勝者ではあるが、完全勝利とまではいかないんだ」
「あんまりはっきり言うなよ……」
「すまない……。私としてもこう、ネガティブな言葉を吐かない様にプログラミングさえされていれば、言う事はなかったんだが……」
「でもバイクさん、アンタから見て勝率というか、防御機能全開で突っ込んで皆を校門から外へ出せる可能性はどのくらいだ?」
「そうだな。私は破壊されてしまうかもしれないが、そうすれば可能性は向上する。まだメンバーが居れば私の身も安全だったんだが」
「壊れたら、バイクさんはどうなっちまうんだよ」
「ん?どうにもならない。私は機械科の全てのバイクに内蔵され、ナビゲートをしたりしているからね。しかし、君と会う事はもうなくなってしまうだろう」
「分かった。バイクさんすまねぇ」
「決断が早い事は良い事だ。それに、私は機械。私を授けたという事は刈愛からしても必要と考えたからだろう。私は破壊されても私自身は居なくはならない」
麗花はバイクさんに何も応えようとはしなかった。バイクさんの身を案じたわけではない。が、突然の出会って突然の別れに、それ以上の会話が続かなかったのである。
ただ、出会って数時間も立っていない恩人、恩バイクをここで無残に手放してしまってもいいのだろうか。という疑念と、何より此処で別れてしまうのは早い。という妙な愛着が麗花の中で渦巻いている。
「君は物を慈しむ気持ちもあるんだな。麗花、大丈夫だ。思いっ切りかっ飛ばせ、友の為に、自分の為に、普通科の為に」
「なぁバイクさん」
「ん?」
「此処でぶっ壊れちまうかもしれねぇけどさ。もし!もし助かった場合、アンタに会わせてみてぇ奴が二人居る」
「ほう。それは興味深いな」
「その二人は、アタシよりある意味ヤバくてある意味恐ろしい二人だ。まぁぶっ壊れちまったら、機械科からアンタを盗んででも紹介してやるよ」
「それ程の人物か、覚えておこう。名前は何と言うんだ?」
「土村影太っていう忍と、望月鋳鶴っていう大バカ野郎だ」
「君が毒を吐くような言いぐさでその二人を紹介するという事は、君の中で少なからず尊敬していたり、群を抜いて大切だと思っているんだろう。私のベータベースに二人の名前を喜んで登録させてもらおう」
「行くぜバイクさん!エンジン全開だ!」
「OK!FULL Throttle!」
バイクさんの車体が揺れ動き、マフラーからの排気量が圧倒的に増える。四人と縒佳の間に割って入れるように両者の中央を目指していた。
「来たわね」
「はぁはぁ……。流石に僕は撃ち止めかな?」
一平が左胸を抑えながら苦悶の表情を見せている。他の三人も同様。先の激戦に加え、縒佳の圧倒的な力に屈する一歩手前という状況だった。
「出て来た甲斐はそれなりにあったわね。四人で挑んで来るとは思わなかったけど、楽しかったわ。会長さん、貴方の力の物差しも知れたし、私はとっても上機嫌になれた」
「それはよかったね?でも、誰か一人忘れてない?」
「ちゃんと聞こえているし、見えているわよ。バイクの騒音も砂ぼこりもとってもうるさくて汚い。まるで貴方たちと一緒ね」
「まぁ彼女も?普通科の生徒だからね?君からしたら汚いものだと思うよ?」
「貴方たちは、弱虫なのに意地っ張りで、プライドが高くて困っちゃう。プライドが無ければ、こんな所まで来れないものね。それともあの望月鋳鶴が貴方たちをそこまで行動させたのかしら」
「さぁね?ただ、一つだけ言えることがあるんだよね?」
「貴方には耳を貸さないって決めたの。一人でやってなさい」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「へぇ、まさかそのまま突っ込んでくるなんて」
一平と縒佳の会話を遮る様に麗花が縒佳に向け、バイクの車体を傾けながら、そのまま体当たりを繰り出す。
縒佳はバイクに向けて無数の火炎球、氷水球だけでなく、風が塊となって吹き荒んでいる球体の嵐風球と雷を帯びた黄色の光帯を纏った雷電球も同時に放った。
一平はその様子を見て自分の戦いを振り返りながら死んだ魚の様な目をしている。しかし、そこは会長。そんな喪失感で感情を失いそうな状況に陥りながら、しっかりとバイクから飛び降りた麗花と校門に向かっている三人を同時に視野に入れていた。
「僕を含めた普通科三人はね?バイクの爆発と君の魔術の衝撃で校門の外まで吹っ飛ぶのは普通なのさ!?それも無傷でね!?」
一平はまるで風船から空気が抜けたかの様にその場で気を失った。
力なく腕がふらつきながら宙を舞う一平を桧人は、空中で体勢を整えながら抱き抱え、校門外へ吹き飛んだ。
歩も影太も麗花も同時に魔法科の校門より外に吹き飛ばされている。一平の言う通り、無傷で校門に出た。
五人が吹き飛ぶタイミングを分かっていたのか、彼らの元に詠歌と涼子も駆け付けている。
一平の身を詠歌に預けて一平ごと保健室に強制送還し、涼子は麗花の手を取って起き上がらせて彼女の肩を担いだ。
「ミッションコンプリートですね。荒神さん」
「あざまっす……」
「三河さん、坂本君、土村君もご苦労様でした」
「流石にもうヘトヘトだぜ」
「……会長たちは大丈夫なのか……?……まずはそこから……」
「とてつもない力だった……。私たちは彼女たちを相手に戦わなければいけない。という事か……」
「そうよ。三河歩さん」
帚に載ったままの縒佳が校門を隔てて五人の前に現れた。というよりも宙から舞い降りて来たと言った様相だろう。
影太ですら彼女を友好的な目で見ずに敵意むき出しの視線を送っている。唯一、涼子だけが、日頃と同様。冷静に縒佳の事を見つめていた。
「満足ですか?」
「満足?」
「えぇ、望月君や城屋誠の居ない我々をいたぶって満足しましたか?魔法科会長、虹野瀬縒佳」
「満足した。と言えば嘘よ。私の目的はあくまで彼を地に臥せさせる事。貴方たちを倒す事じゃないわ。まぁ、寿たちは貴方たちの事を殺す気ではいるでしょうけどね。今度、うちに来る時は気をつけた方が良いわ」
縒佳はそのままスカートをたくし上げて会釈をし、不気味な笑みを浮かべながら普通科の面々を舐めまわす様に見つめた。
自分に敵う人物は居ない。縒佳の中では少なくともそう決定付けていた。
魔法科でも彼女の事を満たす事が出来る実力者は居ない。副会長の寿ですら、縒佳が全力を出すには至らない人物である。
しかし、この学園には縒佳でも敵わない人物が生徒の中でも一人だけ存在している。その人間を思い出しながら、縒佳は普通科の事を見下すように冷酷な目で見つめ、彼らに声をかけることもせず、魔法陣を展開して魔法科校舎に帰還した。
「見定めていましたね」
「あぁ、あれはつまんないって言いたそうな目だった」
「……荒神……俺が肩を貸そう……」
麗花の背後から忍び寄った影太が麗花の手を差し出していた。
「あぁ、いいのか?」
差しだされた手を麗花は嬉々として取り、影太に体重を掛ける。
「……お前なら問題ッ……!?!?!?」
「あ」
手を引いて、影太が麗花に肩を貸そうともたれた拍子に、涼子の肩が彼の胸に触れた。影太は顔を真っ赤にしながら鼻血を噴射し、その場に倒れ込む。
「土村君、大丈夫ですか!?土村君!?」
「あーぁ、雛罌粟副会長が保健室送り増やしやがった」
「情けねぇなぁ影太、ほら、アタシの肩貸してやるから」
「全く……、麗花。聞いてほしい事があるんだが、さっきの戦いで影太がな」
影太は桧人に背負われてそのまま保健室送りになった。珍しく、涼子に対して麗花が教師の様に影太の扱いを彼女に詳しく説明していた。
普段は麗花が生徒で涼子が教師なのだが、こればかりは涼子が生徒になり、麗花が教師になる他ない。桧人に背負われている影太の表情は心なしか感無量と言いたげな表情をしていたという。
――――陽明学園中央保健室――――
鋳鶴と誠が喧嘩してから三日、二人は中央保健室で療養の日々を送っていた。二人が出席できない三日間は一平が責任をとって全授業欠課にも関わらず会長権限で二人の出席日数を保健室に居る間は持続する。という約束を学園長に申し出ていた。
学園長はこれを快く快諾し、二人の出席日数は救われている。しかし、二つ返事で理事長は魔法科内の補修や魔法科の生徒たちからによる城屋誠についての言及を迫られていた。
そんな学園内が普通科と魔法科の話で賑わっている中、今回の問題の中核を担ってしまった鋳鶴と誠は、穂詰によって同じ部屋に分けられ、平行に並べられたベッドに仲良く天井を見つめていた。
鋳鶴はまだ片腕にギプスをつけている程度で済んでいるが、誠の方は顔以外包帯でがんじがらめにされミイラの様相である。
「ここまでいるか?」
「いると思うよ。穂詰姉の特性包帯は巻けば巻く程効果があるって言われているし、それに今僕らが出てったら皆に何言われるか分かんないしね」
「普通科と魔法科の溝が深まっちまったって感じだな」
「確かにそうだね……。でも城やんがあそこで喧嘩し始めたのが悪いと思うよ」
「あぁ!?お前だって普通科の敷地内で俺と戦えばよかったじゃねぇかよ!だが、会長連中が来るなんて思いもよらなかった。それだけはお前に謝る」
「僕と城やんだけの事で終わると思ったのにね。まさかここまで大事になるとは」
鋳鶴は手元の机に置いてあった学園で発行されている陽明新聞という題名の新聞を誠に手渡した。
そこには魔法科への反逆、城屋誠と望月鋳鶴。普通科の衝突?と大体的に新聞の一面を飾っている。
「何々?望月鋳鶴と城屋誠が、魔法科敷地内でまさかのタイマン対決。決着は撮影できなかったが当新聞は、二人に直撃インタビューを慣行したが、中央保健室の主任であり校医代表望月穂詰氏に面会謝絶の旨を伝えられ取材は難航している。魔法科と何ら関係のない両者が魔法科敷地内を荒らしたのは確かで、魔法科生徒会長虹野瀬縒佳氏にも心境を尋ねたがノーコメントだった。だとよ」
「魔法科の事が殆ど書かれてないじゃないか」
「しゃーない。こいつら自体が買収でもされてんじゃねぇの?それに俺たちが戦ったあとのあれは本当に魔法科の敷地内で起きた粛清みたいなもんだし、あいつらは悪くねぇと思うぞ。俺がこういうのもなんだが」
「確かに、罰を受けるのは僕らだ……。でもあそこで二人とも止めを刺されるのが正解だったっていうの?」
「それはちげぇよ。向こうが先に武力行使してきたんだからよ。そりゃ応えるのは当然だろ?それにだ。あの後、俺たち以外の面子はあそこからしっかり脱出したって話じゃねぇか。相手は普通科の人間だぜ?それがエリートの魔法科様たちが相手してもしょっぴけなかったわけよ。それが外部に漏れるのも阻止したかったんじゃねぇかな」
「何故そんな事を?」
「お前なぁ。あいつらはプライドがたけぇんだぞ?そりゃもう自分たちを六科最強と思っているし、まぁ実際、この学園のトップは魔法科か魔王科ってやつか?のどっちなんだけどよ。それが普通科の生徒二人すら逃がした事になってみろ。暴れた俺たちは此処でしっかり治療を受けてんだぜ?それに増援だったあいつらも多少の怪我人で済んでる。もう一度言う。相手はあいつらが舐め腐ってやがる普通科の連中なんだぜ?」
「確かに、あの人たちならそこまでやりそうだね」
「あぁ、プライドが高い割にみみっちい事を気にする奴等だぜ。でもそれ以上にだ。大きな力が働いてるかもしれねぇな」
「おい。誠」
鋳鶴と誠の談笑を遮って病室の引き戸を破壊するような勢いで刈愛が現れた。昨日、誠が倒れた時期とは違い。レトルト食品から生肉まで大量の食料を抱えている。
「お前……、沙耶はどうした」
「沙耶?あぁ、沙耶なら休んでいるさ。お前と望月の為に新作を作製していたからな。疲れて眠っている」
「それはまだなのか?」
鋳鶴は沙耶と刈愛で誠の態度に違いがある事に気付いた。沙耶が相手の場合と刈愛が相手の場合では表情の柔らかさと声色が違う。
それに加え、普段は横柄な態度を見せる誠が誠実そうに会話をするのを見て鋳鶴からしてみれば異様な光景であった。
しかし、話の内容が見えない鋳鶴にとって二人が繰り広げた沙耶が刈愛という女性であるという会話はただ、自身の思考が追いつくものではない。
「「彼女は、俺と鋳鶴の様に自在に人格を変えられるタイプの人間だな。それも俺と君とは違って人格を変える場合のデメリットや同調を必要としないものだろう」」
「「魔族、という可能性はないんですか?」」
「「完全に無い。とは言えないが、限りなく無いと言える。彼女の体を見ても魔族の反応はなしだからな」」
「今はそんな物の心配より、自分の身を心配したらどうだ。少なくとも沙耶が私と今、入れ替わっているのは誠の失態によるものなのだからな」
「へいへい。分かってますよ」
誠は嫌そうにそう言うと、刈愛に背を向けベッドの奥深くまで入り込んでしまった。こうなっては強情な誠は一切ベッドから相手に顔すら出そうともしない。
刈愛は誠の見せた態度に大きなため息を吐きながら、鋳鶴に会釈をし、食料をそのままにして二人が居る保健室を後にした。
「沙耶さんと刈愛さんってもしかして……?」
「同一人物じゃねぇけど、同一人物だよ。本来、二重人格っつうのは本人ともう一人、精神的に存在する自分みたいなもんだが、刈愛は違う。その二人目の人格が本来の沙耶と違った姿に変貌しちまうって言えばいいのか?スイッチが入った途端に全部が入れ替わっちまうんだよ」
「それって生活に支障ありまくりだよね」
「おう。一緒に寝てる時もいきなり刈愛に成られたら俺が潰されちまうしな」
沙耶と刈愛が入れ替わってしまう現象より、誠が彼女とは言え沙耶と一緒に寝ている。という事実を耳にした鋳鶴は禁忌と理解しながら、誠と沙耶が一緒に寝ているという場面を妄想してしまっていた。
「「安心しろ。俺と言えど、君が城屋誠と金城沙耶の様に三河歩と同伴して就寝する場合には君の心の底に消えようじゃないか」」
「「おおおお!おっさんは黙ってて!!!!」」
「「それに誠と沙耶の体格差だぞ?君が思っている様な事は中々起きないものと思える。全く、宿主が助平だと困る困る」」
「「おっさんは僕の心とかを読まないでください!」」
「まぁ俺なりにあいつの事を考えてやってるんだがな。これがまた難しいんだ。三河歩だっけか、あんな真面目の塊みてぇな彼女が居るなんて羨ましいぜ」
「いや!?歩は彼女じゃないよ!?」
「あー……、鋳鶴お前……。17にしては過激な事してんのな……」
誠の放った一言を察してか、鋳鶴は茹蛸の様に頬を真っ赤に染めながら誠へ、言葉にならない声を発した。
「冗談冗談。でも三河歩だって男の告白とか断り続けてんじゃねぇの?」
「仮にそうだとしても!今の僕が歩と付き合う資格なんてないと思うし、告白するのもやめておくよ……」
「まぁ、それでいいんじゃねぇの?俺はそういう行動を咎めやしねぇし、何より、お前の慌てふためく様子は見ていて楽しいからな」
屈託のない笑みを向けられた鋳鶴は誠に対して叱咤をする事を止めた。誠の見せた笑みもその要因の一つではあるが、彼の正当性のある一言を反芻し、自分に言い聞かせる。
「僕と歩の事はどうだっていいでしょ!」
「あ、お前さ。自分の家は大丈夫なのかよ。家事とかお前がやってんだろ?」
「あ……。あぁぁぁぁぁぁ!」
鋳鶴は言葉にならない悲鳴を上げながら、誠に礼をして病室から駆け足で抜け出した。誠は鋳鶴との戦いを思い出しながら、腕枕をして再び眠りについた。
―――――望月家―――――
「三河さん、ありがとね。お兄ちゃんが居ないばっかりに」
「仕方ないさ。私も家の事をする機会など滅多にないから、たまにはこうして家事の腕を磨こうと思ってな」
「花嫁修業ですか?」
「んなっ!違う!剣士として一流になる前に、一人の女性として一人前にならなくてはいけないと思ったからだ!」
鋳鶴の居ない間に望月家の家事を任されていたのは最年少の神奈とゆりだった。歩は自分の怪我を治してすぐ、包帯を付けたまま、望月家の門を叩いた。
歩は剣道部の活動を怪我の治療という名目で数日分の休部届を出し、陸上部と軽音部を兼任する多忙なゆりの代わりに望月家のキッチンに神奈と二人で立っている。
「やっぱり三河さんは何でも一流にしないと気が済まない人なんですか?」
「うーん、そう言われてみればそうだな……」
「それで彼氏も人間として一流のお兄ちゃんを選んだんですね」
「んなっ!違う!断じて違う!」
「(歩さんの事をお兄ちゃんに話す時と同じ反応してる)」
神奈はそう心で思いながら、口から吐き出すまい。と、堪えながら包丁で手元のまな板に横たわる鯛の鱗を落としている。
歩はその手際を見ながら、ジャガイモの皮をピーラーではなく、包丁で丁寧に皮を向き、刃元でジャガイモの芽を除去していた。
「神奈も料理上手なのだな……」
「お姉ちゃんたちが全員不得意だから、お兄ちゃんの負担も軽減してあげたいと思ってお兄ちゃんに暇さえあれば教えてもらったりしてるの。それにお兄ちゃん直伝のレシピとかもありますしね。初心者でも分かりやすく作れる望月鋳鶴特製料理本と上級者は達人へ!っていうタイトルの料理本もあるんですよ」
神奈にその本の場所を聞くと、彼女は目で歩の膝を見た。膝の部分は米櫃の棚でその奥に料理本にしては分厚いサイズの本が人目を逃れる様な工夫が施されている。
「おっ……、重い」
「色んな国の料理がお兄ちゃん独自の方法で作り方とか、材料をどれにするかっていうのが書いてあるんですよ。どれも近所やコンビニで揃えれる様に工夫されてるものまであるんですよ?」
「鋳鶴……」
「(お兄ちゃんの弛まぬ努力の塊を見て感動してるのかな……?)」
「でも……」
「どうかしました?」
「仮に!仮に、私が鋳鶴と付き合ったり、その先の結婚に至ったとしよう!私は鋳鶴よりも妻として……あいつが喜ぶようなご飯を作れるだろうか」
「(いや!もう完全に好きなやつじゃん!言葉には出してないけど、態度でそれはもう分かっちゃうし!相変わらず、お兄ちゃんは罪な男になってる!)」
「他の家事だって私が鋳鶴に勝れるものは何一つない……」
「うーん、お兄ちゃんは三河さんにその気持ちがあれば良いって思ってくれますよ。お兄ちゃんの心の中までは分かりませんけど、今のお兄ちゃんが付き合うような女性は、お兄ちゃんが真摯になれる相手ですから、三河さんや他の女性がお兄ちゃんより家事が出来なかったとしてもむしろ力を入れて教えてくれたりすると思いますよ」
「そっそうか……?」
「それに!最悪、お兄ちゃんに家の事を全部任せて三河さんがお仕事したりすればいいと思いますよ?勝手な私の意見ですけど」
「今の夫婦の形……?と言えばいいのか?」
「そうですそうです!でも私やお姉ちゃんたちの眼鏡にかなえばいいですね!私は三河さんしかいないと思いますけど!」
神奈は顔の前で両手を寄せて歩にエールを送る。神奈に褒められたことと鋳鶴と二人、夫婦になった時の事を妄想してしまい。今にも爆発しそうな程照れている事と、浮足立っている様が表情と足元から見て取れる。
「歩!?」
「はえ……?」
歩が妄想に耽っている最中、鋳鶴が額に汗を浮かべ、制服を着崩しながら現れた。突然の出来事に歩は持っていたジャガイモを握りつぶし、床にこぼしてしまう。
「お帰りお兄ちゃん」
「神奈、ごめんね。今日の今日まで家事まかせっきりで」
「いいよいいよ。お姉ちゃんたちも手伝ってくれなかった訳じゃないし、それぞれに役割を割り振りながら今日までやってきたからね。穂詰お姉ちゃんや恐子お姉ちゃんはお皿洗いに大苦戦してたけど、食費ならお父さんとお母さんにいつもより多くお金を入れてもらったからなんとかなってたの」
「いつもより多く!?僕の時もそれぐらい振り込んでほしいもんだよ……」
鋳鶴は肩を落としてその場で俯き、落ち込み始めた。神奈は歩を横目で見ながら見せつける様に鋳鶴の頭を撫でる。
一方、歩は両手でジャガイモを握りつぶし、赤面したまま天井を仰ぎ見ていた。
「はっ!違うよ!歩も手伝ってくれてたの?」
「えっ!?わわわっ!私も手伝って居たぞ!感謝してくれ!」
「本当にありがとう!助かったよ。本当に助かった!」
鋳鶴は包帯が巻かれている両腕で歩の手を取って握手を交わした。歩は握手に歓喜の笑みを浮かべたが、彼の腕の包帯が目に入り、その笑みを崩さない様に子を引き攣らせてしまう。
「鋳鶴……、まだ怪我してるじゃないか……」
「へ?このぐらいなら平気だよ。もうすぐ治るって穂詰姉も言ってたし、それにいつ体育大会の内容が発表されるか分からないし、これ以上皆に負担を掛ける訳にはいかないしね。本当にもうすぐ治るから心配しないでよ」
「うるさい!ならあと一日ぐらい寝ていろ!穂詰女史の特性包帯を使っているのなら大丈夫だと私も信じたい。それにお前が一週間居なくてもこの家は大丈夫だ」
歩は鋳鶴の手を振りほどき、背を向かせてそこに自分の両手を当てる。
「歩……」
冷たくなった背中に彼女の温もりだけが広がっていく、鋳鶴の傷は勿論、完治などしていない。自宅に向かうまでの走行の激しさで今にも全身が悲鳴を上げそうなほどには疲弊している。
歩も決して鋳鶴の容体を察していなかった訳ではない。彼の包帯を見る前は歩自身、安堵していたが、包帯を見るだけで誠との激戦を察せるほどに歩の勘は敏感だった。
「私たちの怪我なんて大したことはない。お前や誠さんの喧嘩は両者普通科の人間とは思えない程激しいものだった。雛罌粟副会長から見せてもらった映像がそれを物語っていた。だから今の様な結果になってもしょうがないって……会長の指示に賛成した皆も反省している。お前と誠さんが保健室から完治して出て来るまで皆が二人の代わりになろうとしてるんだ。だから休んでいてほしいんだ……」
「分かった。そこまで言うんなら、もう少しで治るんだし、お言葉に甘えて僕も保健室で寝ていようかな」
「そうしてくれ、神奈も心配しているし」
「そうだよお兄ちゃん!お義姉ちゃんにあっ……三河さんと私に任せて!」
「お……お義姉ちゃん……?」
「神奈!?」
「ごめんごめん!ちょっと神奈、早とちりしちゃった」
驚愕の表情を見せる二人に対して神奈は片目をウインクしながら舌を出してお道化た。歩は思わず神奈の頬を右手で挟んで優しく潰しながら鼻を人差し指で強めに押す。
「冗談ですよぉ。冗談冗談!でも私は三河さんがお兄ちゃんの彼女になって私のお義姉ちゃんになってくれたら嬉しいなぁ」
「そういう事は言うもんじゃありません!ほほほっ本当にっ!お姉ちゃんになったら厳しすぎて困ると思うよ!?」
「それなら大丈夫だよっ。お兄ちゃんに守ってもらうから!でもそもそも三河さんもお兄ちゃん以外には優しいと思うし」
歩は神奈に向かって赤面しながら軽く説教する鋳鶴を見て再び、二人の将来設計を妄想していた。
エプロンを付けた自分と鋳鶴が交互に毎日家事を代わる代わる行う設計か、はたまた鋳鶴に家事を任せて自分は外で勤務する妄想か、歩はまた虚空を見つめながら鋳鶴との将来設計の妄想に耽り、目の前の二人など眼中にはなかった。
「歩!?しっかりして!」
「(ふふふふ……、これでいいの!これで!)」
「「大人しく聞いて居れば、君の妹はよっぽどの策士だな」」
「「どんどんおませさんになってきてて困ってるんですよね」」
「「君の様な兄を持てばあぁなるのも頷ける」」
「「え!?それってどういうことです!?」」
「「そのままの意味だ」」
おっさんと鋳鶴は二人に勘付かれないように喧嘩をしながら、鋳鶴は二人に笑顔で手を振り再び陽明学園への帰路を辿った。
「結局、おっさんと穂詰姉の包帯があれば僕が城やんより早く治るのは何もおかしい事じゃないんですよね」
「「まぁ、俺の方が優秀なのもあるが、城屋誠の鬼の力もすさまじいものだ。夜中、君が眠っている間に、彼の事を少々調べようとしたら彼の中に巣食う鬼のようなものに邪魔されてしまってね」」
「防衛反応なんですかね」
「「鬼も魔族も人間が忌み嫌うものとしては正解だが、鬼の中には人間の味方をする者もいたという事があったはずだからな。まぁ変わり者の魔族も居るかもしれないが」」
「おっさんは今の所、人間の味方っぽい感じですしね」
「「確かに、なら俺自身が変わり者の魔族という事になるか」」
「結局、敵になるかもしれませんけどね」
「「それは俺の目的が果たされたらだ。君の目的と俺の目的、どちらも叶えるというのが契約だからな」」
おっさんは不敵な笑みを浮かべながら鋳鶴を脅すような目つきで話した。鋳鶴はおっさんの相変わらずの不敵さと、神奈と歩の時に極力黙ってくれていた様子に感謝し、笑顔を見せながらそのまま学校に向かった。
―――――中央保健室―――――
自宅から中央保健室に戻った鋳鶴は寝間着に着替え、雑魚寝しながら鋳鶴に背を向ける様な形で病室に設置されていたテレビを眺めている様子だった。
「ただいま」
「なんだ。帰って来たのか、家族にまだ治ってねぇから帰れってでも言われたか?」
「まぁそんな感じかな。あと単刀直入に言う様で申し訳ないんだけど……」
「うるせぇなぁ!体育大会ぐらい出てやるよ!出りゃいいんだろ!お前が次にピーピー言ったらやってやろうと丁度思った所なんだよ!」
「ほんと!?」
「マジだ。仕方ねぇからやってやるよ。魔法科をぶっ倒すまでは付き合ってやる。そっから先は俺の気分的に無しだ」
「会長に電話するよ!ありがとう城やん!」
鋳鶴は急いで窓脇に立て掛けられている制服の胸ポケットから生徒手帳を開き、一平に電話をかける。
ワンコール以内で取られた電話は嬉々とした鋳鶴の声と安堵の声をわざとらしく大声で垂れ流す一平の言葉が入り混じっていて誠からすればそれは不快感でもあった。が、鋳鶴の懸命さに胸を打たれた誠はすぐに胸を撫で下ろした。
しかし、目的としては魔法科の連中を血祭りにあげてやる。という事で誠の意思には変わりはない。
その行動が普通科の為になるのか。というよりも此処までして城屋誠という男をその身一つで手に入れようとした男に対する誠からの奨励だった。
そんな誠の奨励に間髪入れずに病室のドアを勢いよくこじ開けられる。滑車が悲鳴を上げながらあまりの勢いで強引に開けられた病室の引き戸は拉げてその奥から現れたのは刈愛だった。
「おい誠、楽しみにしてるぞ」
「何だよ刈愛、藪から棒に」
「まぁ私の言った言葉そのままさ。私はこれから工房に籠る。しばらくお前とはデートも出来ない。これは真剣勝負だからな。許してほしい」
「え?本当にどういう事なんだ?」
「まさか……」
一方的に会話を斬り捨てて誠にぶっきらぼうに手を振って刈愛は嵐の様に去っていった。一方、鋳鶴には丁寧に手を振っている。
鋳鶴は生徒手帳を取り出して一平の番号に呼び掛けた。
「金城さんがそんな事を言ってたんですが……」
「それは不穏だね?でも彼女の言い分を聞いてるとね?その事柄を知らずとも嫌でも分かると思うんだよね?」
「まぁ……、そんな気しかしませんけど……」
「やっぱりね?僕らの初戦は機械科だと思うんだ?」
「あそこまで強気に城やんに来られたら、そう思いますけどね。ちょっと想像するとあまり良くない気がしますけど」
「なんだよ。二人して」
「一回戦の相手が機械科かも知れない?ってことだよ?」
「あー、そういう事か、なら全力で相手を叩きのめすだけだろ?違うか?」
「でも城やん、相手は金城さんなんだよ?」
「それでもだ。全力で俺は沙耶と刈愛を叩き潰す、それだけだ。向こうも加減はしないって言ってんだし、それに応えてやるのが義理ってもんだろ?」
誠は拳を鳴らしながらそう言って学生服を羽織った。
「城やん?君も僕に協力してくれるんだよね?」
「あぁ、鋳鶴の馬鹿にあぁも説得されちゃあ入ってやるしかねぇだろ。それにだ。一回は沙耶の機械と戦ってみたかったってのもあるんだぜ?俺とあいつは確かに彼氏彼女の関係だけどよ。それ以前に俺は喧嘩が好きだし、あいつも俺相手に機械の実験をしたいとかもあるんじゃねぇの?」
「いや!彼氏相手に実験って駄目でしょ!」
「さぁ?それこそ機械科の発明者として鬼にも負けないロボットでも作れりゃ御の字じゃねぇの?それにさっきの刈愛を見ただろ?あいつはマジの目をしてた。それなら喧嘩で言えば買うしかねぇだろ?」
相手が沙耶だったら、誠はここまで毒づく事はなかっただろう。むしろ沙耶なら誠は戸惑った筈、と鋳鶴は考えた。
もし、歩と自分がこういう関係になったとして、歩が本気で斬りかかって来たとしても鋳鶴は抵抗せずに彼女に斬られる事を選ぶだろう。
誠は刈愛を相手にした場合の話でもし、沙耶が彼の前に立ちはだかった場合、どう対応するのだろう。と鋳鶴は誠の様子を見ながら考える。
「ちょっくら家に帰るわ。準備とかいるだろうしな」
誠はそう言って保健室を後にして鋳鶴は一平に電話を切る旨を伝えると、生徒会室に向かった。
―――――普通科生徒会室――――
「さっき、このプリントが届いたばかりですよ」
「本当に、一回戦の相手は機械科なんですね……」
会長席に腰掛けた一平の隣に佇む涼子が鋳鶴に向けてプリントを差し出していた。そしてそこには体育大会各科一回戦のトーナメント表がプリントの大半を占めている内容のものである。
一回戦
魔法科(5)―科学科(5)
銃器科(5)―魔王科(4)
普通科(10)―機械科(5)
と記載されていた。()内はそれぞれの科が参加できる人数であり、規定に到達していない場合でも体育大会に参加する事は可能である。
プリントの左下には裏面にも記載あり、と書かれていた。鋳鶴は一瞬、その文字に目を奪われたが、涼子が鋳鶴がプリントに手を付ける直前で手繰り寄せていた。
「そうみたいだね?戦いにくいかな?世話になったのは確かだし……?負けてあげたいとか、そういう事を考えているかもしれないけれど?それだけはダメだよ?」
「分かってますよ。僕だって普通科の為に戦うんですから……、でもこんなことって」
「仕方ありませんよ。どうあれ、機械科の皆さんと私たちが最後まで残れば戦う可能性もありますから、ただ単に一回戦が機械科だった。というだけです。確かに、私たちは金城さん、ひいては機械科の技術力により助けられました。それはまごう事なき事実です。しかし、体育大会は真剣勝負。それに今年の普通科はかなりの粒ぞろいです。粒ぞろいではありますが、誰一人欠けたり、やる気が欠如してはいけません」
涼子の言う通り、普通科の面々は確かに歴代最強のメンバーである。が、そのうちの一人でも欠員となれば、他の技術力がある科に対して人数という苦戦を強いられる事になる。だからこそ、普段の冷酷さが透けて見える彼女はより一層その冷酷さを増して鋳鶴に注意を喚起したのだ。
実質、普通科のメンバー全てが沙耶に救助されているに等しい。勿論、この恩義を返すのは体育大会で負ける。という結果が一番の恩返しに繋がるだろう。
だが、体育大会に負けては一平の掲げたマニュフェストを達成することは不可能だ。
「城やんと沙耶さんは本気で戦うんですかね……」
「そんなの無粋な一言だと、僕は思うよ?そして余計な心配だ?」
「彼は鬼です。そして彼の彼女である沙耶さんは自分の開発品をより高性能に、より強靭にする事に喜びを見出す開発者でもあります。ですからあの二人の事を気に掛ける必要はありません。どうせ、どこかでぶつかり合うことは想像の範疇ですから」
「望月君は優しすぎるからね?でも彼女たちの恩義は不意に出来ないのは事実だし?僕としては景品の方を出来る限り彼女たちの力にもなるようなものを考えているんだけど?何がいいかとかある?」
「僕に決める権利はありません。会長か他の誰かが選んでくださった方が良いと思います。僕はそれに従うだけですから」
鋳鶴は物憂いげな表情をしながら生徒会室を後にした。二人は鋳鶴の事を按じながら彼を見送くって目を見合わせる。
「望月君、辛そうでしたね」
「雛罌粟?彼を甘やかさなかった事に僕はお礼を言いたいな?」
「いえ、私は貴方よりも普通科の事を見通していないといけませんから、当然の事ですよ。それに望月君は目の前の機械科よりも自身の近親を相手にしないといけません。その方が彼は苦しむと思いますし、何よりも辛い事になるでしょうから」
一平は机の上に置かれていたマグカップに手を掛けた。中身を飲み干そうと口を付けて掲げるもカップの中には何も入っておらず、一平は何事もなかったかの様にカップを戻す。
「雛罌粟?それと裏面は見た?」
「えぇ、勿論です。拝見させてもらいましたよ」
「君は?どう思う?」
「非常に安全ともとれまずが、非常に危険ともとれます。あまり信用できる代物でも無さそうですし、安全第一ですが、それを悪用する者が必ずしも現れると思いますよ」
涼子は手にしていた紙を裏面に翻し、一平の机の上に置いた。
「悪魔の機械と言うべきなのかな?生命維持装置なんて作るなんて僕はやりすぎだと思うんだけどなぁ?」
裏面には怪しい機械の写真が印刷されていた。星の形状をした中央にボタンの様な突起が付いた見るからに簡易的な機械。その詳細が詳らかに写真の隣に箇条書きで記載されている。
・体育大会開始直前に出場者は中央のボタンを押して起動してください。
・この星は体育大会の参加権です。
・この機会には生命維持装置としての機能も有しています。星の着用者が致死量の出血、致命的な一撃や肉体の欠如等、生命を維持するのも危ぶまれる。また、今後日常生活に支障が出る様な怪我、裂傷を負う直前に、この星が代わりに破壊されます。
・この星を奪われる。または直接破壊される。生命維持装置の発動が確認される。と体育大会の会場から、陽明学園中央保健室に強制送還されます。
・星は機械科、及び学園長ジャンヌ・アヌメッサ氏が公平に管理しています。
・この機会を私的な目的で改造、意図せぬ使用をすることを禁じます。
とつらつらと書かれていた。
「この星が?僕らの命の代わりだもんねぇ?」
「コミカルなデザインにも関わらず、説明書はかなり残虐な行いに対する抑止の項目が多いですね」
「そりゃあね?これがあったら城やんが彼を殺しちゃう事もなかった訳だし?なんだかんだ学園長も負い目とか感じてるんじゃないかなぁ?」
「果たして、そうでしょうか……。私は嫌な予感しかしません。いえ、機械科の方々や学園長を信用していないという訳ではなく、望月君の姉。望月結さんの事です」
「以前にも襲われた事あったしねぇ?僕の事本当に殺す気で来ると思うよ?それも僕を真っ先に仕留めに来ると思うだろうし?」
一平は笑みを浮かべながら地面を蹴って椅子を回転させた。
「会長。私は……」
「大丈夫さ!?僕だけじゃないよ?みんなが居るし?それに今は魔王科の事なんかより目先の機械科の事が優先でしょ?」
「そう……。ですよね!そうです。機械科の事を出来る限り調査しますね。私としたことが、あまりに不安が過ぎました!不安定な所を見せてしまってごめんなさい!あ、申し訳ありません」
雛罌粟は一瞬、自分の立場を忘れ、一平の前で不意を曝け出してしまった。一平は彼女が自分の不意に気付いた時の表情を見ながら微笑み、新しいコーヒーをカップに注いでいた。
「「そんなに嫌かね」」
生徒会室から保健室への距離、おっさんと鋳鶴は会話を交えながらゆっくりと歩を進めている。
「そりゃ嫌ですよ……。だって僕らを助けてくれた人たちと戦うだなんて……」
「「そんな事は仕方ない。と割り切るしかないだろう?君の悪い所はあまりにも優しすぎる所だ。君の目的はなんだ?君は何科の人間なんだ?それに、君の姉が体育大会で優勝でもしてみろ。君のこれからの人生に自由は保証されない。俺はそれでも本来の目的を果たせればそれで構わんがね」」
「無責任な」
「「無責任で結構。君にもう選択肢はない。前を向いて歩く以外の選択肢はもう残されていない。恩義を感じていてもそれを打倒すべき場合は人間にはあると思うぞ。珍しいケースかもしれないが、君はそれに直面している真っ只中だ。残酷な選択を時にはしなければならない時がある」」
おっさんと鋳鶴が会話する場合。二人は背中合わせで会話をしている。現実の世界とモノクロの鋳鶴の心象世界で鋳鶴に聴こえる事の無い様にピアノに手を添える事もあれば、彼の十字架に腰掛け虚空をみつめる事もある。
心象世界の空中に存在する。鋳鶴が見ている景色を見ながら、おっさんはただそれを下らない。と思う事もあれば鋳鶴の考えに驚かされる事もあった。
理解しようとしても出来ないことが、そこにはある。
何故なら二人は人間同士ではなく、魔族と人間の間柄であるからだ。少なくともこうして二人、同じ空間で同居していてもその常識が二人の中で相違の思惑を産む。
「誰かの為に戦う事は、僕の中では正しい事だと思う。けれど、まだおっさんはその事を甘いと言ったり、否定したりするんですよね」
「「あぁ、実にくだらない。君の思想をたまには理解してやりたい。と思ってしまう俺もおかしいが、そう考えていると狂いそうになる。狂気に飲まれると言った類か、そしてそれは君の欲望でもあり、際限がない。ある意味、魔族よりもきみはたちが悪い人間という事さ」」
「僕が、ですか?」
「「あぁ」」
「魔族よりも?」
「「そう言っているだろう?俺たち魔族も欲望の塊だが、君の欲望はそれを遥か凌駕する可能性があるという事さ」」
「僕は人間ですよ」
「「あぁ、君は人間だ。けど、俺を身体に宿している。それと、前に居るぞ」」
「前?」
おっさんと会話を交えながら歩を進めていた鋳鶴は、おっさんの一言で立ち止まって前方を見渡した。
そこには見覚えのある黒檀の甲冑を纏った男が一人、ブロック塀に佇んでいる。
「君の中の何かが、私が君の前に居る事を教えたのだな」
「だったら何だよ。ノーフェイス」
「今日は、君と争うつもりで君の目の前に現れたのではない。君の中に居る彼と面会するつもりで私は君の前に現れた」
ノーフェイスはすかさず鋳鶴の喉元に向けて剣を複製し、突き付けた。
鋳鶴も力を発揮しようと試みたが、あまりの速さに動きが追いつかず、鋳鶴が反撃を実行する算段が出来た時にはノーフェイスはもう一本剣を複製し、鋳鶴の脇腹に突き付けている。
「君の速さで私の動きに勝れるとお思いか?そう思っていたのなら自分の思慮が欠けていた事を後悔させることも可能だが?」
「くっ……」
「私は君に興味はない。君の中に居る者にしか好奇心をそそられない。しばらくしたら目覚める様にしておく、しばらくその身体を彼に譲渡してもらおう」
ノーフェイスは鋳鶴の首元に突き付けた剣をさらに押し込んだ。その剣は鋳鶴の喉を傷つけることなく、吸い込まれていくように剣だけが彼の体に浸透し、柄まで侵入した時。
鋳鶴の両目が真紅に変化し、髪が銀髪に変貌した。
「何の用だ。ノーフェイス、君が俺に用とは、こんなリスクの大きい事をする様な魔族には見えなかったんだがな」
「リスク?私がリスクを気にして望月鋳鶴の前に現れるとでも?」
「あぁ、ここ一帯は陽明の学園長の手中に等しい。君と言えど、彼女の手中に収まってしまえばたちまち彼女の広範囲魔術をその全身で受ける事になるんだぞ?」
「そんな事は理解している。べカティアの力を借りるのは癪だったが、私なりに気配遮断の魔術を応用した物を発動している。彼女の手中と言えど、私は彼女の索敵網に触れる事なく、この陽明町に現れる事が出来る。最も彼女の琴線以上に敏感な魔力を察知する能力相手では、もって一時間の気配遮断だろうがね」
「君の膨大な魔力では俺の様な同類にも気付かれやすい」
「あぁ、我々の様な位にまで到達していれば、そうなってしまうのも必然だ。それに私が望月鋳鶴に本音で何かを話すと、問いかけると、君は思っていたのかね?」
「何故、そこまでして君は鋳鶴に拘る」
「拘る?まぁ、言われてみればそうかもしれないな。いずれ君も理解するさ。望月鋳鶴という男が何故、人類の仇敵である私がこうも胸中に仕舞い込んでいるということを」
「彼をあまり困らせてやらないでほしい。と言ったらどうなる?」
「ふふっ、一魔族が人間の青年相手に保護者面かね。本当に君も望月鋳鶴も見ていて飽きない存在だ。彼の話に耳を傾けると、心地よい心境になるとでも言うのかね?他人の為に自己を犠牲にすることを厭わない。まるで正義の味方でも気取ったような偽善者の彼に、魔族である君が肩入れするのかね?」
「肩入れ?何を言う。そういう君の方が俺よりも鋳鶴に関心がある様に見えるが?」
「ふっ、偽善者というものは見ていて飽きない。望月鋳鶴だからこそ。という訳ではない。彼の様な絵空事を、胸を張って言の葉に出来る者こそ。私の観察対象には相応しい」
おっさんは鋳鶴の体に魔力を込める。完全に魔族になっていない鋳鶴の体におっさんの魔力は適合力が低い為か、鋳鶴の体を通過させると自身の魔力がまるで沸騰した煮え湯をそのまま浴びせ掛け垂れる様な高熱に全身を覆われる。
「くっ……!」
魔力が全身を駆け巡る様子が熱として伝わる鋳鶴の体を借りたおっさんは熱だけではなく、鋳鶴の全身を這い廻る様に何かが蠢いている。
「何だ……この感覚は……!」
「望月鋳鶴の身体が、君の魔力に適応できていない。という事だ。完全に適応できていない人間が君の魔力を扱おうとする場合に起こる現象さ。君は気付いていないと思うが、鋳鶴の背中には我々、魔族と同様の刺青が刻まれている。魔族である証であると共に、それは彼がまだ人間であるという証にもなる。我々魔族は全員、その刺青を隠す事も出来れば一部だけ露出する事も可能だ」
「何故だ……!前はこのような影響はなかった筈……!」
「それはそうさ。その時、少なくとも望月鋳鶴は意識を保っていたはずだ。保っていなかったとしても君とまだ精神で繋がっていた。先ほど、私の複製した剣で君と望月鋳鶴のそれを切断した所だ」
「ぐっ……!」
鋳鶴の右腕が悲鳴を上げ、おっさんはその場に立膝を突き、跪いてしまう。
「流石に代用品のみで私と戦闘を交えるのは不可能だろう。たとえ、私と君が此処で闘えたとしても君が力を酷使すれば、たちまち彼の身体は持たないだろう。所詮人間では魔族の力には耐えられん。彼の目標である正義の味方でありたい。という意思に君の力を添えるなど、矛盾そのものじゃないか」
「確かにそうかもしれない。しかしだ。彼は俺の力を借りてでもその目標に到達しようとする覚悟がある!そして俺は鋳鶴の身体でお前を殺し、全てを取り戻す」
おっさんは再び、鋳鶴の身体隅々まで魔力を巡らせる。先ほどまでの痛みが麻痺し、耐え難いものではなく、むしろ全身が暖かい何かに包まれている様に活性化している。
「全く、君と言う奴は」
「何?」
「あまり、僕を舐めないでもらえますか!」
瞬時におっさんとスイッチした鋳鶴はノーフェイスに殴りかかった。
ノーフェイスは鋳鶴の右拳を右腕の掌で受け流し、すかさず左腕に剣を複製し、鋳鶴の顔面目掛けて振り下ろす。
二人は空中で相手の出方を伺いながら、次の行動を予測する。鋳鶴はノーフェイスの攻撃を空中で身を翻して回避し、空振りに終わった所を確認しながら、ノーフェイスの右手首を受け流された右腕で掴み、彼に向け空中で蹴りを繰り出した。
ノーフェイスの蟀谷に向け一直線に繰り出された蹴りだったが、彼は鋳鶴に掴まれた右手首を折り曲げ鋳鶴を持ち上げて回避する。更に自身の頭上で蹴りを空振らせている鋳鶴目掛けて宙に武器を複製し、一斉に射出した。
誠と戦った時と同様、今度は焦らず、張り詰めた緊張の糸を切ってしまわない様に一呼吸置いて鋳鶴も複製された武器の射線上に波紋を張り巡らせる。
「ほう。その技術を習得していたか、しかし、城屋誠の拳ならまだしも私の複製にその荒々しい波紋で対処できると思っているのなら、それは慢心だと思うがね」
「知っていたのか」
「たまたま見かけてね。実に人間臭いつまらん喧嘩だった」
ノーフェイスは鋳鶴の動揺を誘う為か、見え透いた挑発を繰り出した。おっさんは再度、鋳鶴に注意喚起をしながら適切な対処方法を彼の耳に吹き込む。
「二対一か、私が手加減をしてやってはいるが、多少は分が悪いようだ」
「お前は全く持って本気じゃない」
「本気?私が君の様な学生相手に本気を出すとお思いか?自分の実力を過信しているのなら賢いとは言えないな。君の母ならまだしも私が本気に値するという存在に君は到達していない」
「でしょうね。そういうなんか冷静ぶった態度もすごくムカつきます」
「私も慈善事業で遊んでやっている訳ではないのだがね。あまりに君は私に好戦的すぎて敵わん」
「お前は何か違う。他の魔族とは決定的に違う何かが」
「何も変わらないさ。君の体に巣食うそれとも君を付け狙ったアセロともそして君ら人間が最も憎む我が魔王とも私は何も変わらない」
「お前に一つ小言を言えば、それが何倍にもなって返って来る。あまり言いたくないけど、まるで鏡を見ているみたいだ」
「私は魔族の中でも負けず嫌いの魔族なものでね」
「奇遇ですね。僕も負けず嫌いなんですよ」
鋳鶴の波紋を切り裂き、ノーフェイスの複製した剣、槍、斧が鋳鶴を襲う。しかし、彼の放った武器はどれも鋳鶴の身体に到達する前に空中で静止した。
「なに?」
「確かに、武器に対して波紋を使ったのは確かです。が、僕を人間と思って舐めているせいか、真の目的までは理解できなかった様ですね」
鋳鶴の波紋は確かに、ノーフェイスの複製された武器によって切り裂かれていた。しかし、ノーフェイスが繰り出した全ての武器の柄に鋳鶴の製作した波紋の残滓が蜘蛛の巣に引っ掛かった虫であるかの様に武器を絡め取っている。
「ほう。流石だな。しかし、今の君が私の複製する手数に超える魔術を製作できるのかね?全く、後先考えずに手を出すことは止めた方が良いと、望月雅から学ばなかったのかね」
「生憎、僕の母は敵か味方か迷ったらぶん殴れって言うと思いますからね!お前がノーフェイスと理解出来るからこそ!僕はお前に襲い掛かった!お前は僕だけの敵じゃあない。人類の敵なんだ。誰がお前を倒しても、殺しても一緒だ」
「そうか。相手が私を殺害するつもりで来るのなら、私もそれ相応の対処も取らねばなるまい。そうすれば、君の覚悟など鼻からどうでもいい」
「「鋳鶴、すまなかった。君の身体が……」」
「「大丈夫ですよ。おっさんは休んでてください」」
「君のくだらん理想の為に犠牲者が何人出ると考えられる?君はその身体に人類の敵を宿しているんだぞ?いつ君が彼に飲まれ、再び暴れ出すとも分からん。それに君には明確に守護したいと考えている相手ぐらい居るだろう。その一人だけでは不服かね?」
「僕は助けられる人は助けたい。僕は何も取りこぼしたくない。誰も何も見捨てない。僕が仮におっさんの力で魔族になってしまったとしても、それでも誰かの為になるのなら……、守りたいものを守れるなら、僕は魔族になってしまっても後悔はしない」
鋳鶴の啖呵にノーフェイスは深いため息を吐いた。
あまりにも青い、未熟すぎる理想にノーフェイスは嫌気が差していた。
彼は今までに何人も鋳鶴の様な人間を見てきている。誰かの為に、何かの為に自分を犠牲にして立ち向かって来た者達の事を。
決して見返りを求めず、ただ、彼の前に立ちはだかり、魔族との争いを収めた人間たちは少なからず、今の鋳鶴の様な事を口癖の様に繰り返していた。
その中でも鋳鶴の両親とその曽祖父が、彼の前に立ち塞がった人間たちは、常に言う。望月鋳鶴の祖父三十郎、両親の霧谷と雅。
三人も自己を犠牲にし、ノーフェイスの前に且つて立ちはだかった。
幾度となく、ノーフェイスは魔族として望月の血と凌ぎを削っている。自己犠牲という何の願いも何の理想も持たぬ、ただ流されるだけの個々に。
それを親子三世代で彼らの意見を傍聴させられれば、積年の恨みという点でノーフェイスも嫌気が差し、呆れるのも当然の事である。
「私が直に伝えよう。望月鋳鶴、君には無理だ。理想とは、ただの理想に過ぎない。誰も傷つけずに、誰も失わずに戦うという事は不可能だ。君の様な未熟者では誰一人として守護する事は出来ない」
ノーフェイスは複製した武具を天に掌を翳して全てを召還した。武具と歪に絡まっていた鋳鶴の波紋も同時に四散し、塵と消える。
「お前!」
「興覚めだ。それに言った筈だが、私は君に興味があったのではない。私は合理的主義者なのでね」
ノーフェイスは淡々とそう言い残し、鋳鶴に背を見せてそのまま夕立に向かって跳んでいった。
残された二人は制服に付着した砂ぼこりを落とし、
「「君の意思で消したのか?」」
「いえ……、ノーフェイスの何かに消されましたね……」
「「すまなかった」」
「大丈夫ですよ」
鋳鶴はおっさんに精一杯の微笑みを見せる。
だが、おっさんは気付いていた鋳鶴の微笑みの後ろで組まれた両腕が小刻みに震えていた事に。
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