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優しい魔王の疲れる日々(リメイク)  作者: n
優しい魔王の疲れる日々(リメイク)2
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第17話:魔王と不良少女とバイクと

今回はあの不良少女がバイクを乗りこなします!そして普通科の運命は如何に!


「貴方は……?」

「あら?私の自己紹介がお耳に入らなかったのかしら?」

 寿は鋳鶴に向かって人差し指を向ける。彼女の瞳を覗くと、まるで炎が灯り、滾っている様にも見える。

「先ほども言わせていただきました。魔法科副会長の神宮寺寿でございます。まぁ今はあの忌々しい虹野瀬が生徒会長ではありますが、いずれ私の席にするつもりですのでお見知りおきくださいませ」

 両手でスカートの両端をたくし上げて寿は鋳鶴達に軽く会釈をした。そして彼女に続くかの様に背後の二人が彼女の前に現れ、丁寧に一礼する。

「俺は魔法科の炎の魔術師、日火ノ(ひびの)かがり

「私は魔法科の氷の魔術師、氷室(ひむろ)零下(れいげ)。以後、お見知りおきを」

 誠は鋳鶴にすり寄って耳元で会話を始めた。

「おい。あの三人はやべぇぞ。俺も今の状況じゃなけりゃあ、三人同時相手しない限りは倒せるとは思う。が、今は俺自身の身体が悲鳴を上げている上に、何よりお前もボロボロだ。沙耶の手前もあるし、此処は一つ、逃げねぇといけねぇ」

「でも……、逃がしてくれるかな……?僕ら同士の喧嘩とは言え、その土俵は魔法科の敷地内。滅茶苦茶怒ってると思うんだけど……」

「そこは百も承知だぜ。鋳鶴、俺たちは今、滅茶苦茶追い込まれてんだぞ?手負いの状態で虹野瀬が居なくても魔法科上位の奴等ばかり、勝算はねぇな」

「城やんらしくないよ」

「そうは言ってもな……。俺にもてめぇの事はてめぇの物差しで分かる。それに沙耶だけじゃあ、あの三人に太刀打ちできるとは思えねぇ。だから逃げんだよ」

 誠の目を見る。鋳鶴は彼の目を見て嘘をついていないと確信すると無言で頷き、誠の肩を支えながら二人で立ち上がった。

「やる気ですの?」

「「鋳鶴、君の考えも理解できるが、流石に二人を逃がして君だけ逃げない。などとは考えてはいないな?」」

「「どうしてそういう事を言うんですか!」」

「「君ならやり兼ねないと思ったからだ。まさか図星だとは、俺も思っていなかったが、本当に君は愚か者だ」」

「「下手したら殺されんじゃないか。とか考えてましたからね。金城さんに何とかしてもらうしかない現状が……」」

「「君と俺は十分に戦ったさ。君が彼女に甘えても良いと俺は思うがね。その理由と借りが今の彼女にはある」」

「やる気はないですよ。こっちはボロボロですから」

「逃げられるとお思いなのかしら?それでしたら愉快な頭をしていますわね。毎年、体育大会では使うことはないのですけれど、機械科対策を私たちが怠っていると思って?」

「通信機器どころか……、スケートボードすらも使えなくされてるであります。面目次第もないであります」

「えぇ!?」

「そこまで考えてこちらで戦っていると考えていましたのに、あまりに軽率すぎではなくて?人の庭を荒らそう。と考えるのなら、まず相手に気付かれない様にする事が最優先すべきべあると思いますわ」

 魔法科が機械科の対策を練っている事など、鋳鶴の頭の中には無かった。それは普通科という境遇に居るせいか、考える事すらなかったと言える。

 普通科は対策を練った所でその対策を体現する事が不可能だ。数多の才能を持つ人間たちが相手ではただ、相手の作戦通りになるほかはない。故に普通科は対策を立てられるどころか対策を立てる事もない。だからこそ毎年の様に六科最低の地位に甘んずるのである。

 一平がいればそれこそ対策など労せずとも相手の思い通りに成る事は阻止できる。という点も少なからずあるのが鋳鶴の考だ。

「普通科と機械科で仲良くするなんて滑稽ですこと。下からワンツーフィニッシュの脆弱科では上から数えた方の早い魔法科にとって赤子の手を捻るより簡単ですわ」

 寿の罵倒に三人はそれぞれ、言い返そうともしなければ、啖呵を切ることもなかった。

 体力が全快であれば、彼女たちに啖呵を切る可能性はあっただろう。沙耶も勿論、自身が有している機械科の代物をこの場で使用できるのなら、誠同様に彼女に向かって啖呵を切っていただろう。

しかし、この男は我慢できずに、彼女に向かって握り拳を固め、叫び声をあげた。

「言ってくれますね。でもそれぐらいの方がこっちとしても倒し甲斐があるってもんですよ……」

 沙耶に誠を託して、鋳鶴は一人で立ち上がり、彼女らに向かって人差し指を突き出した。

「確かに、普通科は栄光の歴史ある貴方たちには敵わないと思います」

「あ、あらそう」

「誠殿!鋳鶴殿を止めないと!」

「おい!鋳鶴!やめとけ!」

 しかし、鋳鶴の怒りは収まらなかった。寿の呆然とした表情、戦意を喪失している誠と沙耶を背にしても尚、鋳鶴の怒りは留まる事を知らない。

「でも、それを部外者の貴方たちに言われるのが、一番むかっ鼻が立つんですよ!」

「「はぁ……。今度この埋め合わせはしてもらうからな?」」

「「わかりましたよ!ちょっと黙っててください!」」

 鋳鶴の心象風景の中で、おっさんは独りでにピアノの鍵盤を叩いた。鋳鶴の怒りに同調する様に一拍の空きを挟んでおっさんはピアノで旋律を奏でる。

「それとだ。「俺」の友達の彼女もついでの様に馬鹿にすんじゃあねぇよ!お前ら三人、纏めてぶっ殺す!!」

 鋳鶴が彼女たちに啖呵を切った瞬間だった。

 待っていた。と言わんばかりに寿の背後に居た篝と零下が鋳鶴に向かって炎球と氷球の魔術を解き放つ、誠と沙耶は目を瞑って鋳鶴の悲劇を直視しない様にと眼を背ける。

「おいおいおい。俺たちも忘れてもらっちゃ困るぜ。鋳鶴」

「……会長の命により、影……推参……」

「鋳鶴、怒りを抑えられん気持ちは私にも痛い程分かるが、此処は抑えておくのが今は正しいと私は思ったぞ。でも啖呵を切ったのはその……、格好良かったと思う!」

 鋳鶴に向けて放出された魔術を桧人の腕と影太のクナイが打ち消し、火球と氷球はどちらも塵と化し、三人の救援を歓喜する演出に成り代わった。

「……神宮寺寿……。か……」

 影太の舐めまわす様な視線を感じて寿は篝と零下を盾にする様に背後に隠れた。影太はその様子を見て、彼女を騎士の様に守る二人に向けて舌打ちを放つ。

「他の女見てると怒られっぞ」

「……荒神には言うな……。……それはそれとして……、……どっちがどっちをやる……?」

「同じ火を使う目つきの悪い奴を俺がやるわ。影太はお前と仲良くなれそうなあの氷陰キャと仲良くしてな」

「氷陰キャ……?」

「おい!氷陰キャだってさ!あの赤髪やるじゃん!よく言うぜ!」

「許さんぞ……。貴様!名を名乗れ!」

「やなこった。目ぇつけられんのは鋳鶴の馬鹿と城屋さんの二人で充分すぎるからな。それに今の俺じゃあお前を食い止めるので精一杯だろうし、な!影太」

「……どっちがどっちをやる……?……なんて恥ずかしい台詞を言わせておいてそれはないだろう……」

「へぇ!普通科の雑魚ども如きが俺と氷室を足止めしようって言うのか、面白れぇなぁ。俺、身の程知らずの馬鹿って大好きなのよね」

 篝が指を鳴らしながら桧人との距離を詰める。彼が指を鳴らすと、先から火炎を噴き出している。

 静かに桧人を嫌悪感全開で見つめる零下は、視線を変え、影太を睨み付けた。全身が痙攣しているかの様に震えながら、将宏の身体から、ドライアイスの様に冷気が立ち込めている。

「鋳鶴、此処は私に任せて早く校門まで逃げろ」

「駄目だ!僕も手伝う!」

「やかましい!誰のせいで私たち三人は此処に来たと思う!早く二人を連れて逃げろと言っているんだ!」

「歩……」

「大丈夫だ。私たちは絶対に帰れる算段があるから此処に来た。というのもある。あの会長が詰めの甘い男に見えるか?」

 鋳鶴、誠、沙耶の三人から見たら救助に来た三人の背中は強大に見えた。沙耶自身も普通科の事を何処かで機械科には敵わない、実力の乏しい科だと思っている節があった為、その三人の姿を見た時はまるで普通科の人間でないと錯覚を抱く程である。

「本当に普通科の方々で魔法科の三人を抑え込むなんて出来るのでありますか……?」

「分からねぇよ。俺は鋳鶴以外あまり知らねぇ。でも鋳鶴と俺たちの事を助けに来たって言うぐらいなら、信じてやってもいいんじゃねぇの」

「此処は三人に任せるから……頼んだよ三人とも。二人は僕と校門に行きましょう。城やん、分かってると思うけど……」

「うるせぇ!沙耶は俺が守るから心配すんな」

「ちょっ誠殿!大胆な事は今、言うべきタイミングではないでありますよ!」

 誠はやれやれと頭を押さえながら沙耶を背負って三人に会釈を送ると、鋳鶴と共に魔法科の校門に向けて走り始めた。

 校門へ向かう際も既に寿が魔法科の生徒を配置していたのか、数多の魔術が二人の走路を妨害する。

 しかし、普通科の校舎から空を裂く轟音をとどろかせながら、一筋の光が迸り、魔法科の生徒たちを淡々と気絶させていく、恐らく涼子の援護射撃だろう。鋳鶴は心の中で彼女に礼を述べながらより足を速めて誠と共に校門前へとひた走る。

 涼子の射撃は寸分の狂いなく、向かう先に現れる魔法科の生徒たちを打ち抜いていく。

「流石に実弾じゃねぇよな……?」

「ゴム弾だと思うでありますよ。殺傷は流石に、まぁあの距離から此処まで届くような例フルを使っていたら殺傷能力は少なくとも高まるでありますが……」

「見た所、血は出てねぇし、大丈夫だろ」

 常日頃、魔法科の生徒と血みどろにまで殴打する人間の台詞ではないと鋳鶴は感じた。誠自身も自分の拳よりライフルの方が威力が高いと見込んでいるのか、自分の拳とは違い心なしか味方である筈の射撃が自分に誤射しないか。と気に掛ける様子もある。

 鋳鶴も涼子の援護射撃に安堵し、校門までスムーズに到着出来る。と思った矢先に校門をようやく数メートル先に発見し、ホッと溜息を漏らす。

 が、溜息を漏らしたその瞬間、誠が自分の前を走る鋳鶴のシャツの首根っこを掴んだ。

「うげっ……!」

「危ねぇ!!!!!」

 鋳鶴の足が校門の5メートル前に差し掛かろうとした瞬間に、白い空間が現れた。校門の距離分性格に、的確に黒い重力場の様な空間が発生し、その個所を重い何かが打ち砕いたかの様にアスファルトを粉々にする。

「駄目ね。あの三人じゃ鼠すら捕まえられないだなんて、それも普通科の生徒なんかに手間取っちゃって、私が出るしかなくなっちゃったじゃない」

 重力場から上空に帚に腰掛けたまま魔導書を広げる縒佳の姿がそこにはあった。魔導書の栞だろうか、何かの花を象ったデザインをしている。

「虹野瀬、縒佳!」

「あら金髪の悪鬼さん。ごきげんよう。それに機械科の小さな博士。そして貴方は……、お花を愛でる優しい人。そう、望月鋳鶴」

「ごきげんよう。虹野瀬さん」

 そこを退いてほしい。と鋳鶴は口走りそうになったが寸での所でその言葉を喉奥でとどめる。鋳鶴の中の本能が、今の彼女にそう言ってはならない。と感じていた。

 此処で彼女が出て来る。という事は、自分たちの脱出を阻止しに来た事の明確さは理解できる。だからこそ、鋳鶴は喉奥で言葉を止めた。

 次に続けて口を開けば、またあの重力場を地面にではなく、鋳鶴を含めた三人を巻き込んで発動すると考えたからである。

「そこ、退けよ」

「何故?」

「何故?お前、状況を理解してんのか?」

「馬鹿ね。金髪の悪鬼。理解しているからこそ、私は此処に来たのよ。貴方たち三人。いいえ、貴方たち三人とさっきの三人。そして、普通科の陰険スナイパーさんも一緒にね」

 縒佳は普通科の校舎に向けて魔導書を掲げた。その視線と魔導書の先には校舎の屋上が見える。

「んな事させるかっ!」

 誠は鬼の力を起動して縒佳の正面まで跳躍する。

「阻止しないの?」

 誠は彼女の真正面で跳躍したのを瞬時に後悔した。

 彼女の面と向かった途端、誠の全身がそのまま硬直したかの様に動かなくなった。脳は彼女を攻撃しろ。という命令を発信しているのだが、身体が拒否しているかの様に動かない。何らかの術式を施しているのか、縒佳は微動だにしない誠を前に溜息をついて足を組んだ。

「私たちから逃げた様な男を拾ってくれる様な科があるだけ自分が救われている。と思いなさい。いつまでも姉の為に戦うのは構いませんが、たまには灸を据えるのも私は良いかと思うの」

 縒佳は目標を屋上から誠に向けた。

 彼女が誠と視線を合わせてから数秒。誠は空中で微動だにしなかった。それは全身の動きだけでなく、重力が働いていないかの様にその場でとどまり続けたという事も含めて、そして縒佳は表情一つ変えず、誠に向けて本を振り下ろす。

 すると空中に先ほどの重力場が発生し、誠の身体を押し潰しながら、地面に勢いよく叩きつける。

 縒佳の魔術が直撃する前から力を発揮していた誠は肉体を保ったまま地に伏した。しかし、彼女の重力場を受けた体の節々から血が噴き出している。

「誠殿!」

「沙耶さん、僕が彼女の相手をします。だから早くっ!」

「優しい貴方は、私と戦えるの?」

「戦います……!」

「「退路は無し、か……」」

「優しいのね。その大バカ者の為に貴方は少しだけ怒っている。私が鬼を卑下すれば、貴方の中の炎は燃える。けれど、爆発はしない。何故なら貴方は優しいから」

 勝算は無いが、沙耶と誠を逃がす事程度なら、と鋳鶴は縒佳に向かって構えを取った。彼女は優しく微笑みながら鋳鶴のその勇姿を目にする。

「貴方を見ていると、こちらが溶けてしまいそう。どうして私と目を合わせても平気に動けそうなのか、見当がつかない」

 やはり、誠の動きを止めたのは魅了の類。と鋳鶴は確信する。と同時に彼女に向かって、正確に言えば、彼女の魔導書を見つめながら、誠の力と同様の要領で魔力を脚に溜め、それを放出して彼女と同じ高さに到達した。

「此処まで近くても効かないのね」

「僕に魅了は効かないですよ」

「「俺が居るからな」」

「そう。それは理解出来たし、今の私は貴方にさっきと同じ魔術を叩き込むだけ」

 縒佳へ向かった鋳鶴の誤算は彼女の帚の可動域にあった。鋳鶴や誠は魔力を爆発させて一時的に高所まで跳躍することは可能だが、彼女の乗り物である帚とは違う。

 帚は彼女の意思で自由自在に空を飛び回ることが出来るのだろう。しかし、鋳鶴の跳躍では彼女の帚を加味した分の移動距離では攻撃が空振りに終わるだけである。

 更に彼女は帚に乗りながら魔術を扱う事が出来る。あの重力場を食らえば、自分でもタダでは済まないと鋳鶴は考えた。

「「駄目だ鋳鶴、彼女の魔術の射程圏内は果てしなく広い。更に彼女が扱う魔術は人が密集している様な場所では撃てない筈なのだが、此処には君を含めた三人以外は彼女しかいない。だから周囲に配慮する意味などない」」

「「だから全力で撃てるって事ですか」」

「「残念だが、身体が完全に押しつぶされない様に祈るしかない」」

「「クソっ……」」

「そうだね?だからこそ、望月君たちは彼女の射程圏内から脱出する事を普通に選択したんだよね?」

 鋳鶴と縒佳の下で何度も耳にした男の声が響いた。

 縒佳もその男の声を知っている為、彼女の表情が曇って見える。

「真打登場ってね?」

「会長!」

「いやぁ君の笑顔は最高だね?ついでにサービスだよ?望月君の魔力放出で彼は二人を抱き抱えたまま校門外へ吹っ飛ぶ?なんて普通だよね?」

 鋳鶴の尽き欠けの魔力が最後の灯を見せようと空中から落下する寸前で放出される。鋳鶴は一平が言った通りにその動きを実行し、沙耶と誠と共に自身の体を魔法科の私有地から脱出させた。

「さぁ?此処は僕に任せて先に行けってね?」

「でも!会長じゃあ……」

「あぁ、だから勝つ気はないよ?荒神君?」

「分かってるよ!」

 校門の外側で麗花が三人を受け止め、負傷した鋳鶴と誠を一平が作り出した転移魔法の陣に誘導し、中央保健室に一斉に向かわせる。

 麗花は鋳鶴の肩を二、三度叩いて鋳鶴を鼓舞した。

「あんたにはやってもらいたい事がある」

「窮地を救ってもらった身、断る道理はないであります。が、今吾輩の機械は一斉、魔法科の敷地内では効果を発揮しないのであります。それをどうするか……」

「それってよ。特殊なバリアかなんかが邪魔してるってやつなのか?」

「どうでありましょう……。吾輩たちは魔法科と体育大会で当たる時はいつもあれを最後に使われて負けるでありますから、何らかの装置の様な気もするでありますが……」

 麗花と沙耶が共に機械を無力化する装置などの検討の話合いの最中、一本の電話が麗花の生徒手帳を震わせる。

「何すか、雛罌粟先輩」

「荒神さん、恐らくその機械を無効化する装置は存在しません。恐らく、現在、私たちのメンバーと抗戦を行っている相手の誰かが発動している魔法陣の類と思われます。それも魔法科全域を覆う程巨大な魔法陣です。幸い、そこからなら金城さんの機械も使用可能とは思われますが、敷地内にそれが入る。または、機械科が生産した類の物品は全て無に帰る代物でしょう」

「そんなことが本当に出来るのでありますか……?」

「まぁ、その程度の魔法陣を用意するのに、日数は要するでしょうが、魔法科には虹野瀬縒佳と神宮寺寿の二人。まさしく高校生離れした魔力量と魔術を扱う秀才の二人が居ます。あの二人なら日数を掛けることによってその陣を制作するのは可能かと思われます」

「まぁ雛罌粟先輩の言い草だと、他の科への対抗できる陣を作ったり魔法科の敷地内に及ぶように施してるんじゃねぇかなぁ。アタシは阿保だからそこんところよくわかんねぇけど」

「荒神さんの見解で大体合っています。魔法科の敷地は無数の魔法陣で覆われていてそのすべてが外的からの攻撃や侵略を防ぐ代物になっている筈です。だから金城さんの機械の様に無力化されるのが常なのですが、魔法や望月君や城屋さんの例はこの魔法陣の中に居たとしても使用できたのでしょう。魔法を封じれば、魔法科である意味が分かりませんし、不思議な力と鬼の力は人生の中で出会うほうが稀ですから」

 涼子の小難しい解説を聞かされ続けている麗花は何処かむず痒そうな顔をしていた。麗花自身が話についていけなかった。という事もあるのだが、彼女も魔法科相手に自分の実力がどれほどまで通用するかを確かめてみたいという好奇心があったのである。

 しかし、涼子、麗花は歩、桧人、影太、一平のバックアップ。詠歌はというと、中央保健室で鋳鶴と誠の治療の手伝いをしている。

 麗花は手持無沙汰なだけでなく、小難しい話を目の前で展開されるのが窮屈で仕方がなかった。

「まどろこっしい説明してないでどうすれば良いか教えてくれるだけでいいんすよ!アタシはどうすりゃいいんすか!」

「荒神さんはそのままで、しかし、仕上げが必要だと私は踏んでいるので、あと金城さんにも頼み事がありますがいいですか?」

「何なりと言ってほしいで……あります……」

 突如、沙耶が力なく倒れた。麗花は彼女を急いで抱き抱えて顔を数回優しく殴打し、彼女の安否を測る。

 しかし、沙耶は微動だにせず、麗花は狼狽しながら彼女を地面に寝かせて携帯を手に涼子に向かって言葉にならない悲鳴を叫び続けた。

「荒神さん、落ち着いてください」

「落ち着けるかっ!いきなり人が倒れたんすよ!?」

「大丈夫です。貴方はともかく、私は彼女の体質の事は理解しているつもりです。ですから何も心配はありません。貴方が優しい事は土村君から耳にしていますし、私としては狼狽する貴方は新鮮でしたので」

「こんな時に冷静に分析する必要ないっすよね!?後で影太の奴はぶっ飛ばします」

 麗花を正気に戻そうと、敢えて日常の会話を交えた涼子の作戦は物の見事に成功し、彼女を正気に戻した。

 しかし、沙耶は依然倒れたままで、微動だにしない。

 涼子の放っておけという指示に戸惑う麗花、場は騒然とし、目の前では一平たちが戦闘を繰り広げているのにも関わらず、無能力の自分では魔法科の面子に歯が立たないという実力差を垣間見て自分自身に苛立ちを覚えていた。

 それを直接は伝えないものの涼子も麗花の気持ちは理解している。自分が戦闘に直接混ざれず、味方を援護できない心苦しさを涼子も少なからず感じているから故の気持ちだった。




「……副会長……」

「珍しいですね。土村君、しかしですね。私に話しかける時は影に隠れるのではなく、ちゃんと正面に出て来てもらわないとこちらも対応しづらいというかですね」

「……それは申し訳ない……。……以後、気を付けよう……」

 生徒会長室で椅子に腰かけ外の風景を眺めていた涼子の背後に一つの影が忍び寄っていた。それは勿論、影太である。

 彼は、盗撮もとい任務を完了した後、生徒会室へついでに立ち寄っていた。

直属の上司の様な存在の涼子に対しても影太は女性への距離感や自身の弱点の問題で極力接近は避けている。

そのため、影太は音もなく普通科生徒会室に侵入し、彼女の背後に近づいていたのだ。彼女に話かけるタイミングを見計っていた影太は自身の能力の限界まで彼女の視線から避けようと影に擬態していた。

「で?どうしたんです」

「……荒神の事だ……」

「あぁ、土村君の彼女の」

「……違う……!……あれは、腐れ縁に近い……!」

「ふふっ。からかって申し訳ありません。しかし、何か心配ごとですか?別に彼女に対して何か心配する事があるのなら言ってくださるとありがたいですが」

「……俺が心配していた……。……という事もあいつには言ってほしくなんだが……。……麗花は、プライドが高い……」

「えぇ、知っていますよ」

「……でもあいつは……普通の人間だ……。……俺や皆が全線で戦っていて……自分が後ろに居るのは死んでも嫌……。……というタイプだ……」

「まぁ、そうですね。良くも悪くも彼女は真っ直ぐですから」

「……無理を承知で頼む……。……というのはおかしいかもしれないが……聡明な副会長だからこそ……麗花に不満なく、支持を送れると俺は思った……」

 影太は影で居る状態を完全に解除し、地面に膝をついて両手をつき、涼子を見上げた。

「まっ!待ってください土村君!土下座なんて良くないです。それに貴方の土下座はあまりにも価値があるものだと思うのでするなら今ではなく、もし、貴方が私の写真をばら撒いている。という事実とかを知った時だけにしてください。わかりましたね?」

「……しかし、俺の頼み事は副会長に負担が……」

「荒神さんは身体能力が高い方です。おまけに彼女はボクシングをやっていますから打たれ強く、駄眼鏡の会長をよりも素の攻撃力は高い筈です。それに武器や影無しだったら、土村君よりも身体能力が高いのではないでしょうか」

「……それは俺も認めよう……。……しかし……」

「心配ですよね。望月君以外が素直でない普通科男性陣はたまに彼の爪の垢でも煎じて飲ませてもらえって死ぬほど思うのですが。特に土村君と坂本君は、あまり素直にパートナーの事を気にかけているのを本人に伝えるのが下手ですからね」

 影太は滅多に赤らめない頬を染めながら、涼子から視線を外した。眼鏡を光らせて涼子は影太を見つめる。

「要するに、土村君は麗花さんのプライドを傷つけさせない様に援護やむしろ彼女を活躍させてあげてほしい。という事ですね?」

「……本当に無理と思ったら……途中で止めてもらって構わない……。……一番は麗花の活躍ではなく……一番は、彼女が笑顔で居られる事だ……。……疎外感なく、皆の何かに成れるように……」

「心配はご無用です。もうすぐ、出番があると思いますし、彼女は確かに、無能力ではあるとは思いますが、極めて彼女の性格面と身体能力をとってみれば最高の逸材ですよ」

 涼子は怪しげな笑みを浮かべて影太に眼鏡の鼻あてに触れ眼鏡を軽く上げた。影太はそんな彼女の言動を半信半疑になりながら影の状態に戻ってそのまま生徒会室を後にする。

「望月君と三河さんは、三河さんが素直になれない。坂本君と鈴村さんは、坂本君が素直になれない。土村君と荒神さんは、どっちも素直になれない。という所ですか、城屋誠と金城さんの様に互いが素直になれるという点ではあの二人を見習ってほしいですね。少なからずそういう指南も入るのでしょうか……」




「荒神さん、たった一度でいいので会長の援護をしてください」

「えぇ!?アタシがっすか!?でも雛罌粟先輩もアタシの実力は知ってるっすよね!?一般人っすよ!?」

「えぇ、そんなことは重々承知です。ですから少しだけ私から贈り物を」

 涼子がそう言うと、大きな手が麗花の肩を掴み、背後に振り向かせる。そこには沙耶にそっくりな女性が立ちはだかっていた。

 麗花が見上げる程の身長と、巨人かと見間違える様な巨体に、麗花は驚愕している。鋳鶴よりも背が高く、誠と同等程度の背丈だろう。麗花は一体を見回して沙耶の存在を探したが、倒れていた彼女の体は忽然と消えていた。と同時に、目の前の女性に沙耶と同系統の服をまとっている時点でそれは明確だった。

 しかし、麗花と言えどその事態を瞬時に見極めることと整理することは難解で電話越しに麗花が混乱している事を涼子は察したのである。

「彼女は金城さんのもう一つのお姿と言えばいいんでしょうかね」

「あぁ、あのあります女の中に住む。もう一人の沙耶だ」

 ドスの利いた女性にしては低い声で巨人になった沙耶はそう答えた。

「あのちんちくりんで可愛い金城沙耶が!?こんなになるのか!?」

「ちんちくりんで悪かったな。それと私は金城沙耶じゃなくて金城刈(かる)()だ。沙耶に出来ない戦闘面を私が熟す事になっている」

「荒神さんはきっと、体育大会など興味はないと思って視聴していないでしょうし、知らないのも無理はありません。それに城屋誠と私と会長以外は普通科でも彼女の真の姿を知る者は少ないと思いますし」

「す……すげぇ……」

 刈愛の胸部を羨望の眼差しで眺めながら、自身の胸部を弄ってその差を確認する麗花、刈愛も満更でもないのか、彼女が向ける羨望の眼差しに、冷静に見える表情に逆らって口角が吊り上がっている。

「それで、私の道具は使えないんだろう?ならどうすればいい?」

「それなら会長がなんとかしてくれていると思うので、再突入していただいてもらって結構です。保証はしますよ」

「あの馬鹿垂れにそんな事が出来んのかね」

「少なくともあの馬鹿垂れは六科一の会長だと私は思っていますから」

「それを機械科の会長の前で普通言うか?」

「普通科は普通科ですが、普通の人間たちの集団ではありません。一癖どころでは足りない様な人物ばかりです。少なくとも貴方とその彼氏に助太刀をしに来た彼らはただ者ではない。と私は思いますがね」

 刈愛は桧人たちの背中を見た。多少の傷を負っているものの、普通科の人間とは思えない様な動きで相手を翻弄し、魔術を回避している。

「あぁ、助けてやりたいのは山々だが、今の私は沙耶の様になまっちょろいガキんちょじゃない。それに誠の容体も気になる。だからお前たちを少なからずは助けるが、校門より先には入らん事は許してもらっても構わないか?」

「援護をしてもらえるだけ私は嬉しく思いますよ。それにパイロットならそこに、優秀なのが一人いますから」

 刈愛は流し目で麗花の事を見た。麗花も視線に気づいて自分の事を指さしている。

「なら話は早い。ほら」

 刈愛は沙耶の持っていたポシェットから小さいカプセルを取り出した。麗花から見た場合、そのカプセルはスーパーやデパートで見かけるおもちゃの容器にしか見えない。麗花がその存在を怪しんでいると、刈愛はおもむろにカプセルの頂点を叩いて地面に向かって投げた。すると、瞬時にそのカプセルから折り紙がそのまま出て来たかの様に複雑に変形し、一台のバイクが現れた。

 バイクの車体には「Y.G K.K」と刻印が刻まれている黒を基調としたハーレイ型のバイクである。

「かっけぇ……!」

「運転は免許がない奴でも操作できる様にはしてある。学園内だし、私が許可を出したと言えば大丈夫だろう。麗花って言ったな。好きな動物は?」

「え、うーん、狼かな……」

「変わった女だ。そんなものは作っていたかな……」

 刈愛は再びポシェットを弄って何かを探し出した。麗花はバイクに跨り、これからこのバイクで一平たちの元に颯爽と駆けつけるであろう自分の妄想をしている。

「ほら、どうやらうちの馬鹿どもが作っていたらしい」

 刈愛はバイクに跨ったままの麗花にカプセルと投げる。それを受け取った衝撃でカプセルが開き、バイクの時と同様ヘルメットが現れた。

 ヘルメットは狼の耳が施され、側面には二匹の狼がデザインされている。麗花は何も言わず、それを被った。

「おぉ……!金城刈愛!お前天才だな!」

「やかましい。うちの馬鹿どもに感謝しな。そのバイクもヘルメットももう無用の長物。ぶっ壊してくれても構わん」

「本当によろしいんですか?」

「あのな。私なりの義理だ。それにその最大の恩人にまだ私は礼が出来ていない。だから、これで貸し借りゼロだ。そのバイクとヘルメットはお前らにくれてやるから、早く保健室に向かわせてくれ」

「そうですね。ここまでお膳立てしてもらいましたし、保健室へ向かわれても構いませんよ。金城会長、感謝いたします」

「ふん。そう呼べば私という存在を個別に呼ばずに表現できるからな。食えない女だ。あ、そうだ。一つ言い忘れていたが、そのバイクは免許のない人間でも事故を起こさない様に自動操縦も可能にしてある。思いっ切りぶっ放せよ」

「おう!」

 麗花はそう返事してヘルメットのシールドを降ろした。刈愛はポシェットからカプセルを取り出し、放り投げて別のバイクを取り出すと、麗花に軽く会釈するとそのまま中央保健室に向かって行った。

「それで、アタシはどうすりゃいいんすか?」

「バイクが頂けるとは予想外でした。お釣りが来た程度では足りませんね。当初は拳でも交えなくては、と考えたものですが、そのバイクがあればより良い援護が出来ますね」

「そんで何をすればいいんすか?」

「敵を挽かない程度にバイクを寄せたりしてくれませんか?それだけで十分なので」

「なるほど!分かりました!じゃねぇっすよ!いくら自動操縦機能があるって言ってもそんな高度な事は無理だとアタシは思います!」

「金城さん、機械科の技術力をここは信じましょう。彼女の下で作られる機械類は全てが優秀です。機械音痴でもなければ扱えないものはありません」

「そうかなぁ……」

 麗花は「PUSH」と刻まれている速度計に近い場所にある黒い窪みに指を押し込んだ。

 あまりにも巨大なエンジン音に驚愕しながらも麗花はしっかりとハンドルを握り締める。と同時に手首のスナップを利かせて一気にエンジンを吹かし、辺りにエンジン音を響かせた。

「いける気がする!待ってろ皆!」

「何かしら……うるさいハエが居たものね」

「バイク!?流石にそれは聞いてないよ!?」

 麗花は一目散にアクセル全開で発進し、校門前の二人の位置まで到達しようとしていた。縒佳はバイクの騒音と一平との戦いを邪魔された事により、苛立ちを覚えている。その様子を目の当たりにして一平は微笑みながら、彼女に向かって腕を掲げた。

「見下していた相手にね?こうも煽られたらおしまいだよね?魔法科会長、虹野瀬縒佳はどうするのかな?」

「決まってるわよ。あのバイクを破壊するだけ、少しうるさすぎるわ。あれ」

「駄目だよ?そんなの普通に面白くないじゃない?」

 縒佳が気付いた時にはもう手遅れだった。一平の術中にはまった彼女はもうバイクの事より先に一平の事を注視する様になってしまっている。

 勿論、バイクの事は意識の中に存在しているが、一平の能力によってそのバイクを意識しながらも無視して目の前の一平の相手をしなければならない。

「やってくれたわね……」

「そう?僕にとっては普通の結果だと思うけど?」

「こうして私に貴方の存在を意識させて貴方の術を受けさせる様にする。と同時に私を陥れて少しでもストレスを与えるっていう戦略かしら」

「半分正解だよ?でも半分だけだからね?ストレスを与えようだなんてこれっぽっちも僕は思っちゃあいないよ?思っているのはね?君たちに僕らを倒せなかったという結果を植え付けたいだけなんだよね?」

「相変わらず、みみっちい男ね」

「お褒めの言葉、感謝しちゃうよ?」

 挽かずに一平の術中に陥れる援護を達成した麗花は喜びを現さず、心の中でその感情を仕舞い込んだ。

 次は、影太、桧人、歩の援護と敵から三人を引き剥がし、引き離す事。それを念頭に置いて麗花は瞬きすらせずに三人の元へエンジン全開でバイクを走らせる。

「ちっ、クソの癖にやるじゃねぇか!」

「クソでもそっちの基礎は理解してるようなクソで悪かったな!お前らの魔術なんて俺たちにでも扱える幼稚なもんなんだよ!」

 篝の火炎魔術に桧人も負けじと火炎魔術で応戦している。その様子を遠くから見ればまるでロケット花火を撃ち合っているかの様な苛烈な景色が広がっていた。

「流石にすばしっこいですね。忍め」

「……寒いのはモテないぞ……。……時代は人肌程温かいものだという事だ……。……氷魔法なんか使っていると友達を無くしそうだ……」

「忍術に比べれば、私の魔法は芸術ですよっ!」

 零下の氷結魔術を影の能力を駆使して右往左往に回避を続ける影太。彼が地面をいともたやすく凍らせようと、影太の忍術で影になられては彼自身を凍り付かせることは叶わない。

 しかし、勝負の所はというと、影太の武器である忍具はことごとく零下に投擲するもそのすべてを氷結魔術で氷漬けにされている。

「……これでは埒が明かない……。……歩……大事ないか……?」

「あぁ、私はまだ戦える」

「剣士では魔術師には及ばないって普通科では習わないのかしらっ!」

 彼女が放つ魔術はどれも禍々しく、本人の性格や言動とはまるで真反対な恐怖感を帯びたものだった。

 歩も強気を保ち辛うじて立ち上がっているが、木刀を持つ彼女の手は小刻みに震えている。

「……チッ……」

 影太は歩を見かねて寿に向かってクナイを投擲する。彼女の顔面目掛けて放たれたそれは、明確な殺意も現れていた。

「くっ!この忍めっ!見境というものを知りなさい!」

「……お前のスリーサイズから日常風景まで何もかも撮影させてもらっている……。……むしろクナイを投げた事に対し、許しを請うべきなのだろうが……。……俺の本心として……、……此処はお前には譲れない……。……同じ闇の者として……、負ける訳にもいかないしな……」

「貴方と同じにされるだなんて……!虫唾が走りますわっ!」

 歩に逃げろと言わんばかりに影太は零下と寿の注意を引き付けた。二人とも影太の挑発に乗せられており、気が気ではなくなっている。

 相手の注意を引き付け、味方への攻撃を減らす、影太にとって自分が影という点はあまり喜ばしいことではないが、血相を変えて自分に襲い掛かる美少女が見れたという喜び。零下という余計な敵がいるのは影太にとっては度し難い事ではあるが、歩を助けた。という事実をネタにこの後、歩ファンの為にどんな写真を撮ってやろうかと妄想に耽っている点もある。勿論、彼女のベストショットは自分でもファンでもなく、親友であり、何より彼女の事を愛している鋳鶴に届けるのが彼のポリシーであり、鋳鶴に感謝される事こそ、最も誇るべきカメラマン土村影太としての偉業なのである。

「……撮らせてもらうぞ……!……神宮寺寿……!」

「くっ、この未来の国民的美少女の存在を担う私の顔を撮影しようなどと、普通科程度の人間が考えるなどおこがましい事ですわ!それに貴方はアマチュア!私はあくまでプロを相手にする被写体でしてよ!」

「神宮寺副会長!今はそんな話をしている場合では!」

「零下はだまらっしゃい!」

 寿の喝で零下は影太への攻撃を止め、歩に視線と殺意を向けた。歩は桧人と背を合わせ、零下を見つめている。

「貴方に私の相手は務まりません」

「それはどうかな!」

 零下は歩に向けて掌と同等のサイズの氷柱を空中に作り出し、狙いを定める。だが、その氷柱は出現した瞬間から先端から水が滴っている。

「何故……?なっ!」

 零下の視線の先は歩を背にして戦う桧人と篝の姿だった。一体の気温を上げるぐらいならまだしも歩も額に汗を浮かべる程に熱戦を繰り広げている背後での戦い。

 零下の氷魔法は相棒の篝ととてつもなく相性が悪い。魔力量は二人とも同等であるためこの戦いにおける精神力の掛け方で周囲に及ぼす影響を支配する。

 今、支配している。というよりも桧人も燃え盛る炎を右腕に掲げている為、この空間は零下にとって相性が悪い空間なのである。

「駄目みたいですね。篝と同じ場所で戦うという事で彼には自身の力を調節してくれる。と考えていた私の頭が悪いのでしょうか」

「氷は、出さないのか?」

「えぇ、魔力の無駄ですから、それに篝が貴方の後ろの彼も一緒に焼き尽くしてくれるでしょう」

 零下の指さす先、歩の背後には桧人が居る。歩をかばう様に背にして戦いながら、篝の炎と自身の生み出す炎が互いの丁度中央で鍔迫り合いの様に燃え盛っている。

「お前!やるじゃねぇか。俺の炎と張り合える様な奴が普通科に居るなんてよ。てめぇ、名は何て言いやがる」

「魔法科の実力者に認知していただけるたぁ光栄だぜ……!俺の名前は坂本桧人だ」

「坂本……、桧人だぁ……?」

「はてさて、奇妙な事になりましたね。篝、貴方の敵みたいなものじゃあないですか。これは面白くなってまいりましたね」

「桧人が日火ノの敵?どういうことだ」

「そのままですよ。坂本桧人君には、お兄さんがいたでしょう?そのお兄さんが、篝を火炎魔法使いへと導き、その憧れだった人物ですよ。まさか、普通科に居たとは思いませんでしたがね」

「それがどうしたというんだ。桧人は桧人だ。兄は関係ない」

「あるんですよ。誰の為に自分の憧れが死んだのかを、彼は理解していますからね。弟が自分だったら、とかいう思いも少なからずあるんでしょう。篝の心の火に引火していなければいいんですがね。彼、暴れると面倒なので」

「こんな時に宿敵とご対面たぁ!魔術を見てよっぽどのファンと気持ちを押し殺してたけどよぉ!普通科のゴミ溜めに居るなんて思いやしねぇってもんよ!」

 桧人に向けられる篝の炎はまるで油が注がれたかの如くに燃え盛った。零下の言う通り、篝は怒りを炎に変え、桧人により激しく襲い掛かる。

「俺と兄貴の何を知ってるかは知らねぇが!そこに触れようとしてくんじゃねぇ!」

 桧人も右腕の力を全開にして篝の火炎の火力を上げていく、桧人の赤い炎に比べ、徐々に篝の炎は青白くなっている。

「マズい。このままでは桧人が……」

「お前はそのまま零下の前で構えてろ!俺の事は気にすんな!」

桧人が切羽詰まった様子で歩に向かって叫んだ。

彼の叫び声と共に、その場で戦っている全員が耳を塞ぎたくなる程の轟音が辺り一帯にこだまする。

桧人は歩と影太の視線を気にしながら、俺じゃねぇ!ともう一度吠えた。

「うるさいですわね!ここを何処と心得ているのかしら!」

「うるせぇ!キンキン声でしゃべるんじゃねぇ!女狐二号さんよ!」

「めっ!?女狐ですって!?しかも二号!?」

零下と篝に向けてエンジン全開のバイクが寸での所で地面に円の轍を刻む様に、ドリフトし、歩と桧人を隔離する。影太はその声を聞いて呆れつつも涼子の配慮に感謝しながら天を仰いだ。

麗花のドリフトにより、魔法科の面々と普通科の面々を引き離す事に成功した。その距離、実に30メートルである。

 ヘルメットを脱ぎ、麗花は影太の元へ一目散に向かう。

 彼が無事なのを確認して一息つき、歩と桧人の安全も確認する。

「そこまで!そこまでだぜ!アタシが来たからにゃあ、これ以上の戦闘は許さねぇ!影太、桧人、歩。撤退だ。鋳鶴と城屋誠は救出した。戻るぜ」

「……あまり無理はするな……」

「じゃかましい!お前こそ装束がボロボロじゃねぇか」

「ありがとう麗花。二人が無事なら安心だ」

「すまねぇ。ちょっと焦ってた。サンキュー」

 麗花は再び、ヘルメットを被り、三人の楯になる様に集合した魔法科側の方に視線をシールド越しに向ける。恐らく、涼子が麗花に出した任務は殿だろう。

 これ以上ない大役で心が躍っている麗花だが、心の根幹にあるのは、三人が逃げ切るまで殿を務めるのは一番能力のない自分。

三人はもう麗花から数十メートル離れている。三人の後ろ姿を見て何分、殿を保てるか。と計算をしている麗花の目に、ふとバイクのメーターが入り込んだ。

まるで人の顔の様にメーターが隊列を成して動いている。

麗花は思わず、メーターを二度見して自分のヘルメットの側面を叩き、今、自分は夢を見ていない事を確認した。

「む?待ってくれ。何故、沙耶じゃない女性が私を運転しているんだ?」

「うわっ!バイクが喋った!?」

「バイク?失敬な私を誰か、君は心得ているのかね?」

「バイクはバイクだろ!」

「この場合。君が私にすべき行動は、敬意をもってここまでに至った経緯の説明だと私は思うのだが?」

「説明なんざしてる場合じゃねぇの!とっととバイクを走らせろ!」

「む。その言い草はなんだね。よっぽど追い込まれているのかね?」

 メーターはカーナビに突如切り替わり、自身で現在の居場所を確認する。

「此処は魔法科かね?」

「あぁ」

「君は?」

「荒神麗花。普通科の二年だ」

「え?どうして普通科の君が機械科のバイクを操縦しているんだ?」

「うるせぇ!だから説明は後だって言ってんだろ!」

 メーターとの会話は三人には聞こえていない。その為か、バイクに跨ったまま動かない麗花に対して容赦ない魔術の雨が浴びせられた。

 火炎球に水氷球、見た事もない真っ黒な球が麗花の元に放たれている。

「あれ?もしかして私たち、攻撃されてる?」

「だからすぐに走らせろって言ってんだろ!?」

「仕方ない。その説明は後でさせてもらうとしよう!」

 麗花がアクセルを握る前に、バイクは一目散に走り出した。アクセルを握る前に走り出したため、麗花の上半身は激しく反ってしまっている。

「うぉい!急に走り出すな!」

「急に走れと言ったのは君だろう?注文の多いお嬢さんだ」

「やかましい!今の状況を説明するとだな!お前の所の会長さんがお前をアタシに貸して、それをアタシが乗ってるってことだ!」

「ほう。そういう事か」

「そんで!今、お前は普通科の味方みたいなもんだから普通科に協力しやがれって事!」

「何だ。最初からそう言ってくれれば、君の上半身が不安に成る程反る事もなかったのに、失敬。失敬」

「取り敢えず、アタシとお前でこいつらを引き付けて囮になってるってところだ」

「OK!所で君の名前を聞かせてもらえるかな?」

「荒神麗花」

「OK!麗花、君と私、二人で一蓮托生だ」

「やかましい奴だな」

「ちょっと!君は私より年下なのだから!敬意をもって私と接してくれ!」

「どうやって」

「君は私の事をバイクと誤認しているし、バイクさんっていうのはどうかな?」

「やだ」

「そう呼んでくれ」

「やだ」

「なら止めるぞ!このバイク止めてしまうぞ!」

「わーったわーった。敬意な。じゃあバイクさん、よろしく頼んます」

「敬意が足りない気はするが……、致し方ない。降りるときになって私にありがとうございましたって言わせてやるから、覚悟しておいてくれたまえ!」

「その心意気で頼むぜ。バイクさん」

「OK!麗花。Touring Start!」

 三人の攻撃をバイクさんの操縦で回避しながら、適切な距離を保っている。思わず、麗花は驚愕の声を漏らし、バイクさんの調子を上昇させていく。

「どうだい?麗花。私のDriving technic」

「そんな事より、喋り方。外国人みたいだな」

「沙耶の趣味さ」

「良い趣味してるぜ。あのちびっこ会長」

 苛々が募る寿を尻目に麗花は彼女に向けてハンドシグナルで挑発を送る。

「普通科風情が!私を女狐呼ばわりなどとっ!」

「麗花。君、魔法科の彼女に女狐なんて言ったのか?」

「言った。安い挑発に乗ってほしかったし」

「見た目に反して頭脳派なのかも知れないな君は、おっと見た目に反しては余計だったか」

「うるせぇよ。悪かったな」

「いや、私も君に敬意を持とうと思った結果さ。アクセルを握った手から分かるさ。君が殿を務めるような人間ではないことに」

「そりゃそうだ。私は普通科のすげぇ面子の中で一番しょぼいからな」

「それはそれとして、初対面の私が言えた義理じゃないが。そういう事を自分の物差しを越えて受けようとする人間は馬鹿という部類に見えるが、君は違う様だ。君が真に馬鹿な人間などだとしたら、沙耶は私を君に渡したりなどしない」

「なら、アタシはバイクさんから見たら何なんだよ」

「うーん、そうだな。私はあくまで機械だから、人間の心までは覗けない。が、さっきも言った通り、沙耶は私を君に託した。なら、君は少なからず、誰かに期待された人間という事さ。君の言うすげぇ奴の中で自分を最下位だとするなら、君は普通科でもきっての実力者という事だ。最上位、最下位は必ずしもどんなものにでもあってしまうもの。君の最下位は誇っていい最下位だ。普通科の人達も君を信じて殿を任せたのなら、君に相応の実力があるという事なのだから、自分をあまり卑下してはいけないよ」

「最下位、最下位くどいわ!まぁ、アタシに分かりやすく説明してくれて感謝する」

 麗花の感謝にメーターを見ているとバイクさんの気持ちがそこに現れているかの様にメーターに映った顔が笑顔になった。

「なら君のひとっ走りに私が付き合おうじゃないか」

「任せるぞ。バイクさん」

 バイクさんは再び笑顔になると、フルスロットルでエンジンを稼働させる。相手は三人、それぞれ異なるタイミングで自分の走路を妨害してくる。載せている麗花はバイクの免許も持っていない初心者だろう。と踏んでいるバイクさんはもう二度と、麗花の上半身が折れ曲がりそうな程反らない様な安全運転を心掛けながら全開で逃げ続ける。

 慣れない道だろうが、別の敷地だろうが、バイクさん自体に内蔵されたコンピューターがカーナビ替わりとなって自らその経路を出し続けている。

 麗花にその様子は見えないにしろ、バイクさんは殿を務めている状況を考慮しながら走り続けていた。

「くっ……、帚では限界がありますわね」

「すばしっこいぜ。あのバイク」

「本当に人間が運転しているのでしょうか?」

 三人の放つ魔術は依然としてバイクにかすり傷一つ負わせる事は出来ない。苛立ちのつのる三人を尻目にバイクの後部座席から目覚まし時計の様なベル音が鳴り響いた。

「うおぉ」

「おっと麗花。驚かせてしまってすまない。私なりの合図でね。何、私なりの合図と言うだけで察しの良い君なら気付くだろう?」

 バイクさんからの質問に麗花は間髪入れずに頷いた。

 彼がすかさずカーナビを彼女に見せたのもあるが、バイクさん自体も自分で言っておきながら麗花の戦況を理解する速さに肝を抜かれている。

「何が無能力者だ。立派なぐらい能力者に匹敵する程のセンスだぞ。麗花」

「うるさい!三人はとっくに校門近くまで行ったってこったろ!」

「勿論。それに今は君の所のボスと協力し、四人で魔法科のお嬢さんと戦っている様だ。私のカーナビ機能を褒めてくれたっていいんだぞ?」

「いや、褒めたら調子に乗りそうだし褒めない」

「冷たいねぇ。だが、それでこそ君だとこの一時間少しで理解できるとは、私もバイクとして乗り手の癖を読むのが上手いらしい」

「自惚れてる暇があったら、避難ルートは出来てるぐらいなんだろうな!バイクさんよ!」

「当たり前だ。私を誰だと思っている」

「ポンコツ」

「いいや、バイクさんだ」

「ならアタシに聞くな。ヴォケ!」

 麗花はバイクさんの車体脇に蹴りを入れ、余計な事を話すな。と警告を送る。

「麗花。女性というのはお淑やかにいてほしいんだが……」

「ならバイクさん、アンタに聞くが。アンタの所の沙耶じゃなくて刈愛って人の事はどう思う?アタシとあいつどっちがやばい?」

「すまない。どっちともヤバい。という枠組みではあるが、流石に君の方がお淑やかの部類に当たってもないと思うが、そうだと思う」

「つまりそういうこった。バイクさん、普通科まで付き合ってくれよ」

「勿論だ。というよりも私はもう普通科の持ち物同然だ。これからそちらで世話になると思う」

 麗花はブレーキをかけ、バイクさんの車体を持ち上げながら車体の向きを即座に変更した。バイクさんの防衛能力なのか、この間に放たれている魔術は見えないシールドの様な物で防御されている。

 麗花はバイクさんの気遣いに礼を言う事も無ければ、何か動きを起こすこともない。バイクさんは麗花に何か伝えようとしたが、それは彼女が今から起こす行動の妨げになってしまうと考え、何も言わず、ただただ、彼女のしたい事を考えただ、無言でカーナビを表示した。

「サンキュ……」

「運転は任せろ。君の強引な操縦に補整をかけるのは私の役目だからね。思う存分彼らの元へアクセルをぶっ放してくれたまえ」

 麗花はバイクさんの台詞を噛み締めながら、アクセルを振り切った。

「なんですの……?まさかこちらに!?」

「マズいですね。篝、回避を」

「ちっ、あのバイク特注だろ。ふざけやがって」

 三人は苦虫を噛み潰した様な顔をし、麗花を睨み付ける。麗花にとって、その様子は心地良い。という感情があった。

 相手は普通科を見下している相手、それも鋳鶴や桧人、影太や歩とは違い。魔術も超能力も使えない。相手からすれば麗花は、勝って当然の相手であり、負けのみならず、引き分けという無様な結果も度し難い人種だろう。

 そんな相手を協力者があるとは言え、退けたのだから、麗花の脳内麻薬が大量に分泌されているのが自分でも理解出来る。

 今すぐにでも歓喜の声を上げて、自分の帰りを待つ全員にこの自慢話を聞かせてやりたい。いう感情の現れを麗花の貧乏ゆすりが示していた。

「行くぜ!バイクさん!」

「OK!」

 麗花の号令と共にバイクさんのマフラーから大量の排気ガスが噴出される。距離は離れているが、寿は篝と零下を盾に排気ガスを吸引しない様に距離を保っていた。

 バイクは豪快なエンジン音と共に砂塵を巻き上げながら魔法科の三人にそれを浴びせ掛ける様な走り方。

 その瞬間だった。篝と零下を盾に、奥で見ていた寿と、シールド越しではあるが、麗花の目が合う。

「野蛮ですが、なかなかやりますわね。そのふざけたヘルメットとバイク、覚えておきますわ」

「………」

 麗花が初見で感じた軽薄な彼女ではなく、声に落ち着きのある寿に麗花は彼女の事を見直した。彼女の事なら悔し紛れにハンカチでも取り出しながらそれを歯で咥え、金切り声を出すと思っていたが、今の彼女は先ほどのお嬢様気質な部分は見受けられない。

 その凛とした表情は威厳がある。まるで同じ高校生とは思えない表情だった。と同時に一平も責任のある職についている事を思い出し、彼も窮地や悔しさを露わにする場合は彼女の様な表情を見せるのだろうか。と考えた。


明日も0時に更新します!よろしくおねがいします。バイクさん、今後も出せるといいなぁ。

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