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優しい魔王の疲れる日々(リメイク)  作者: n
優しい魔王の疲れる日々(リメイク)2
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第14話:魔王と魔法科会長

突如現れた魔法科生徒会長、虹野瀬縒佳にじのせ よりか彼女の思惑とはいったい?そしておっさんと鋳鶴のコンビの行方は!?注目の今回

「えっ、あっ、どうも」

「こんな所に一人で居ては襲われてしまうわよ?」

 手に触れている花を優しく花壇に戻し、鋳鶴は声をかけてきた生徒の目を見た。

 その過程で屈んでいる相手のスカートから純白の何かが見えたが、鋳鶴は気にしないと決めて、彼女の事をしっかりと見つめる。

 第一印象で分かったのは、とんでもなく美人だと言う事。一直線に整えられた前髪に春先の暖かくなり、日照時間が増えていく時期には聊か暑いのでは、と思う程全身が真っ黒な制服。

 そして自分を見かけても即座に攻撃を加えて来ないという事は、それなりに良識のある人物なのだと、鋳鶴は考えた。

「すいません。花が綺麗だったもので」

「珍しい。花が好きなのね」

「はい」

「此処の花壇は魔法科の特別製。魔法は使ってあるけれど、それは花壇にのみ。花を育てる事に関しては全て私たち自身の手でやっているわ」

「だから花がこんなに綺麗なんですね」

「えぇ、普通科の花壇も見た事あるけれど、あれは素敵ね。私たち魔法科も見習わなきゃと思ったわ」

「あ、すいません!自己紹介が遅れました。僕は普通科高等部、二年一組の望月鋳鶴と言います。望む月と書いて望月、鋳鶴は鋳型の鋳に鳥の鶴の鶴で鋳鶴です」

「鋳型……?よろしければ書いてくださる?」

 鋳鶴は胸ポケットから生徒手帳を取り出し、そこに鋳の字を書き記した。

「そう。鋳型の鋳ってこういう字なのね。それにしても望月鋳鶴、素敵な名前ね。でも画数が多くてテストや沢山の書類に名前を書くとき、嫌になりそう」

「よく言われますし、自分でもそれは思いますね。もう書き慣れはしましたけど、テストとかでは急いでしまうんで名前がぐちゃぐちゃになったりしますよ」

 鋳鶴が皮肉交じりに女生徒に向かって微笑みかけると、彼女も微笑んだ。

「私の名前は、そうね。(にじ)野瀬(のせ)縒佳(よりか)。魔法科高等部二年生で魔法科の生徒会長を務めているの。よろしく」

 鋳鶴は縒佳に一礼し、彼女も鋳鶴の一例を見てスカートを少しだけたくし上げ挨拶をした。

「普通科さんは今年、体育大会に出場するらしいのだけれど、鋳鶴さん?貴方も参加するの?」

「教えるわけにはいきませんよ!駄眼……、生徒会長がこの事についてはあまり口外しない様にと、釘を刺されているんで」

「でも、その事を知っている。という事は貴方も参加されるのね」

「確かにそうですね……。頭の回転が悪くて申し訳ないです」

「いえ、貴方は何も悪くないわ。むしろ悪いのは普通科の会長さんね。そんな事にわざわざ釘を刺していたら、言いたくなったりするに決まっているじゃない」

「それもそうですかね?いや、そう思う事にしましょう」

「それで城屋誠に会いに行っていたのね」

「何故、それを?」

「何故?普通科の生徒が魔法科の敷地内を闊歩するのは珍しい事よ。まぁ城屋誠が居ればそれは珍しくない事になってしまうかもしれないけれど。それに体育大会の事を知っている生徒が此処を訪れるという事は彼を直接スカウトしに来た。と考えるのは定石でしょう?」

 鋳鶴は縒佳の毅然とした態度を見て、生徒会長とは本来こうあるべきなのだ。思い知らされる。

 軽薄な一平とは対照的で彼女の一言一言に厳格さと重みがあった。まだ彼女の事をそれなりにすらも知らないが、ただこうして接しているだけで鋳鶴は縒佳という人間を尊敬の目で見ている。

「まるで、それは僕に偵察しろと言っているみたいですね」

「あら、バレてしまったかしら?でもその方が好都合なのは確かよ」

 縒佳は、腕を組んで会話を続けた。鋳鶴はそれを見て屈辱的に思う事はなかったが、これを誠が見たらいくら生徒会長の彼女と言えど、顔面目掛けて拳を叩き込んでいただろう。と鋳鶴は考えた。

 しかし、縒佳は決して鋳鶴を小馬鹿にして腕を組んだわけではない。癖の一つでもあるが、何より、鋳鶴が会話でまたボロをこぼすのを待っているのである。

 その為、そのボロ欲しさに苛立ちを隠せず、腕を組んでいるのが彼女の本音だ。

「「鋳鶴、あの女。虹野瀬縒佳は君が普通科の人間として何かまた、情報を漏らしてくれないか待っているように見える」」

「「どうしてです?」」

「「そりゃあ彼女も情報は欲しいだろうしな。君らなど眼中にない。と言う態度をとってこそ魔法科の威厳は保たれる。格下相手に情報を寄越せなどと、誰も言いたくないだろう?」」

「「もしかして、万が一とかを見越して?」」

「「そうだ。どれだけ君らが相手でも最悪、負ける可能性を見越しているんじゃないか?城屋誠に、風間一平、彼らの能力は悪くはないと思うし、俺はあの二人なら魔法科の生徒相手にも肉薄できるだろう?それに俺を退かせた坂本桧人も居る。まぁ、その三人で魔法科の厚い層は容易く越えられないと思うがね」」

「「そうですよ」」

「「あぁ、それに鋳鶴。君も居る。俺と君で四人目だ。ルールがあるとすれば、普通科に有利なのだろう?」」

「「多分、そうだと思いますけど」」

「「だから有利ではあると思うぞ。他の科は多少なりとも人数なり、使える魔術などの範囲が決められるはずだろう?」」

「「仮にそうだとしても、難しいと思いますよ?」」

「「まぁ君らはある意味、普通な人間しか居ない科に居るんだ。戦えるにしても武術を使う様な人間しか、他の科への対抗手段はない。言い方は悪いが、武術程度では彼らの魔術や銃器には敵わん。生身で勝てる程、他の科は容易いものではなさそうだしな」

「「僕もそう思いますよ。でもだからこそ城やんは必要ですし、此処まで来ましたからね。でもどうしましょう。虹野瀬さん」」

「「適当にあしらっておけ、それとも何か?本来の相手が君には居るのに、彼女の事が気になるのか?」」

「「いや!?そういう事ではないんですよ!?でも彼女だって綺麗ですし、そりゃあ男としては気になるじゃないですか!」」

「「君の彼女はどうあってもそんな面構えを別の女に見せていたら激昂すると思うがね」」

 おっさんの発言には鋳鶴に対する弄り、気遣いが込められていた。

 鋳鶴自身、特段浮気性ではないのだが、女性に弱いという点がある。歩もこの点については頭を抱えていてコミュニケーション能力が高い鋳鶴だが、それと同時に変な人間や誠や桧人の様に不良という人種に近寄られるのも事実。

 来る者を拒まない鋳鶴だからこそ、初対面の縒佳に対してもフレンドリー且つ、快活な対応が出来ているのだろう。

 それが女性には好意的になられてしまうという事と、女性に対して手を出せず、強く物を言えない鋳鶴は、まさしく肉食系女子の標的である。

 あれだけ野蛮な姉妹に囲まれていようが、彼女らと一般の女性たちを遜色なく接する事の出来る鋳鶴にとっては肉食系女子のがめつさなど眼中には入らないのだろう。

 歩自身、鋳鶴に好意を寄せているため、そう言った事に対して警戒や本人への注意喚起などは怠らないが、女性関係だけは鋳鶴の勘の鋭さなども働かないのである。

「ボーっとして、何か考え事かしら?」

「いや、ボーっとしていたんではなくて、これまで陽明学園体育大会の優勝回数を思い出してたんですよ。会長が言ってて、魔法科が一番多いって言ってましたし、普通科が勝てる見込みがあるのかなぁと」

「最も深い歴史と、最強の強さを誇るのが私たち魔法科よ。でも最初に貴方たちと当たるかしらね。運営もレベルの差を考慮してそうね……。貴方たちの最初の相手は機械科になるのではなくて?」

「レベルですか……」

「えぇ、最初から私たちの相手をするのは荷が重いでしょう?」

「そうですかね?今、ここでやってみます?僕と貴方、どちらが強いか」

「「おい!鋳鶴、あまり挑発するな!彼女は魔法科の生徒会長なんだぞ!血の気が少ないとも言い切れない」」

「「今は何もしてこないと思うんですけど、挑発しすぎましたかね……?」」

「「最悪、魔術を受ける覚悟はしておいた方が良い。生徒会長のレベルを知れる良い機会であり、尚且つ、彼女の使う技を見れる可能性に繋がるからな」」

 おっさんの注意を受け入れ、鋳鶴はこれ以上、縒佳のプライドを逆撫でしない様に口を噤んだ。

「普通科にもまだ、血の気の多い生徒が居て安心したわ。今年の体育大会は楽しい事になりそうね」

「絶対に負けませんから、覚えておいてくださいね」

「「鋳鶴!」」

「ふふっ、ただの会話をしている筈なのに、此処まで私に物怖じせずに話してくれる生徒さんは久しぶりよ。それとも貴方の体の中に居る何かが、私への恐怖心と威圧感から貴方を守ってくれているのかしら?それともただ、貴方の血の気が見た目や性格に反して多いのか、そのどちらかね」

「気を付けてください。普通科には僕なんかよりも血の気が多い人間が沢山居ますから、今回のメンバーは貴方に物怖じする普通科の人間は少ないと思いますよ」

「そう。それは素晴らしいわね。なら私は期待して待つこととするわ。そろそろ副会長がうるさくなる事でしょうし」

 縒佳は鋳鶴に背を向けて歩き出した。

 彼女のローブは風が靡くと、彼女の美しい紫がかった艶のある黒髪と一緒に靡いていく、その様子を眺めている鋳鶴は彼女の後ろ姿にすら釘付けになっている。

「でも城屋誠が居ない事には戦力が足りないでしょうから、あとで貴方の科に居る副会長に私に会ったと伝えなさい。そうすれば彼の真実を知る事が出来るでしょう。少なくとも彼は怒り狂うでしょう。が、それが戦力確保に大切な一手でもある。それでは望月鋳鶴さん、ごきげんよう」

 縒佳は振り向く事無く、鋳鶴に背を向けたまま空に向かって右手を掲げ、足元に白色に発色する魔法陣を展開した。

「「白魔法か、これは厄介だな」」

 おっさんの白魔法という言葉に何か引っ掛かった所はあったが、そんな事よりも更に重大な問題を鋳鶴は発見した。

「何だ……。これ」

「「どうした鋳鶴」」

 おっさんが鋳鶴と一緒に彼の視点に合わせて一定の場所を見つめた。

「「ほう……。これは」」

 鋳鶴が釘付けになっていたのは縒佳の歩いた後だ。

 彼女は魔法陣を出す以外に特殊な魔法は一切使用していない。しかし、彼女が歩いて行った先までにはまるで重機がそこを通り、そのまま轍を残していったと言わんばかりに縒佳が履いていたローファーの足跡が地面に刻み込まれている。

 クレーターとまでは言わないが、彼女の足跡は確かにアスファルトを砕き、薄いアスファルトの下に広がる土を確かに踏みしめていた。

「「この足跡は魔法の類ではないが、不気味な女だ」」

「僕の中に居るおっさんにも気付いている様な様子だった」

「「彼女は見るからに白魔法使いだ。魔族の魔力や禍々しい何かには興味を惹かれたり、嫌悪する様になるらしいからな。その影響もあって俺の事に気付いたのだろう。決して褒めている訳ではないが、君の様な普通の男子生徒の体に俺は居候させてもらっているのだからね」」

「気付くのも当然って奴ですか」

「「端的に言ってしまえばそうだ。それと彼女の白魔法は強大だ。俺の力を以てしても、勝てるかは分からん」」

「えぇ!?」

「「いや、当たり前だろう。魔族の弱点は白魔法と言っても過言ではないからな。学園長が使うそれと同じで対魔力という物が非常に高い。魔力を媒介にして応用する魔術の一種と言うのに対魔力に秀でているのはおかしくないか?というツッコミはなしで考えてもらいたい」」

「でも勝算はあるんですよね?」

「「あるにはある。限りなく、今の状況では低いがね」」

「白魔法かぁ……。格好いいなぁ」

「「時たま君の見せる高校生としての知能レベルを見てると子どもか?と俺も錯覚してしまうな……。まぁ噛み砕いて言うと、彼女の白魔法があっては君や城屋誠は使い物にならないのかもしれない」」

「魔族や城やんの鬼は白魔法に弱いんですかね?」

「「イグザクトリー。その通りだ。というか、白魔法を君が真に受ければ、君よりも俺の方にダメージが入るかもしれない。勿論、君と言う本体を貫通して、中に居る俺にもダメージを与えることが出来るだろう」」

「でも勝算はあるってことはおっさんに何か良い考えがあるんですよね!」

「「勿論」」

 白魔法とは、魔族や鬼と言った特異な種族が嫌う魔術の一つである。一方で人間にはより好まれる傾向にあるのが白魔法で四大元素を糧とする魔術と黒魔法と呼ばれる魔族が主に用いる魔術と違い、白魔法には温かみとその多くは人の体だけではなく、心も癒すと言った類のものだ。

 魔族や鬼が嫌う理由としては魔族も鬼も本来は人間の心に巣食う闇を体現した場合と他の魔族、鬼の勧誘の様な物を受けて闇の方面に堕ちた人間がその者になった場合が多い。

 故にその糧である憎しみ、怨み、暴力による負の感情を白魔法は浄化したり、一切を発散する事も出来る。人類を元の人道に戻す事の出来る希少性の高い魔術だ。

 その白魔法の浄化作用ではノーフェイスなどの高等魔族や生まれた頃からの魔族である純粋種には全くの効果がない。

 ただ、浄化作用は効果がなくともその浄化作用自体が魔族にとってはダメージに変るのでその行為自体は無駄にはならない。

 高等魔族の中には勿論、その浄化作用の白魔法ですら通用しない種類が存在するとも言われている。

「「まぁ彼女を倒すためには、より魔族らしくならねばならない。君に身体的負担を掛けず、俺の力を君と同調させる方法とかがあれば良いのだが」」

「あぁー、それは家に帰ってから話しましょう。誰かに見られている気がしますし、遅いかもしれませんけど、此処から早く普通科に戻りましょう。この事を雛罌粟さんに聞かないと」

「「それもそうだ。早く戻ろう」」

 二人が会話を終えると、鋳鶴は速足で魔法科の領域を後にした。その様子を魔法科校舎から眺めている人間が居るとも知れずに。

「あれが、望月鋳鶴」

「あぁ、普通科に居るクソほどお人好しでお節介な野郎らしい」

「城屋誠を普通科に連れて行き、体育大会のメンバーに加えられるのは面倒ですわね。出来る事なら彼だけを調べる事とかが出来さえすれば……」

 雛罌粟と似たような髪形と姿見をした頬に泣き黒子がある女性と、髪と眉が赤と青で綺麗に分かれた双子の様な男子生徒二人が鋳鶴の事を見つめていた。

 全員魔法科の制服と女性には副会長と書かれた腕章が巻かれている。中でもその女性は熱心に鋳鶴の事を見つめながら舌なめずりをしていた。



――――鋳鶴の心象世界――――



 魔法科から出て直ぐ、鋳鶴は自宅に帰り、夕飯の支度などを済ませてから自室に鍵を閉めてそのまま座禅を組んで部屋に籠っている。

「鋳鶴、そこまでしなくても」

「まぁ、形だけでも」

 鋳鶴の眼前に広がるのはもう馴染んでしまった風景だった。いつ見てもこの景色には違和感があるが、おっさんが居るだけで鋳鶴の中の安心感は段違いに良い。

「まぁ肉弾戦をしても君の戦闘能力は普通の人間よりは優れているし、あまり意味はないだろう。そんな事で俺と同調されても君をまた飲み込んでしまうだけだ」

「それは御免こうむりたいですね。流石に暴れてもらっても困りますし」

「俺は一向に構わんがね」

「いや!僕にも立場ってもんがありますから!」

「まぁ君は、悪い連中と絡んで居ても君本人は何も悪くないしな。そのイメージが崩れるのは人間としては困りものか」

「そりゃそうですよ。それにおっさんのせいでまた皆に迷惑かけたくないですからね」

 おっさんは鋳鶴の体を両腕で頬から踝まで満遍なく触れて彼の体調と現在の身体能力を計った。

 依然も良好で何の病気にも罹っておらず、何より身体的疲労や心の消耗も見られない。おっさんが乗り移っていた時に戦った雅の事を思い出しながら、おっさんは鋳鶴の住む家庭の壮絶さを想像する。

 きっと、延々と虎の穴に住んでいる様な気持ちだったのだろう。と思った矢先、おっさんは鋳鶴の体に触れて発見した彼の特技について注目した。

「鋳鶴、君はピアノが弾けるのか」

「趣味程度ですけどね」

「ほう……。それは素晴らしい。人間としてもピアノというのは指先を解す事や頭の体操にも使えるからな。ちなみに高等魔族では殆どの者がピアノを弾くことが出来る」

「え、べカティアやノーフェイスもですか?」

「勿論、ノーフェイスは魔王の為に崖の底に帰ってすぐ彼の玉座の近くでピアノを弾く程さ。べカティアや他の魔族が弾いていた記憶は思い出せないが、べカティアも弾くことは出来るはずさ」

 鋳鶴は、魔族でも音楽を嗜むという感性があるという事に驚愕する。

何よりも魔族とは破壊や謀略、暴力を主としていると言っても過言ではないため、そういった想像に乏しい鋳鶴は魔族の事を若干であるが見直した。

 だが、ノーフェイスや高等魔族の連中に自分の趣味と重ね合わせられて不貞腐れた面持ちをしている。

「まぁ、そう怒るな。ならそうだな……。俺もピアノは嗜む魔族だった。魔力の同調にピアノなんてのも、乙だとは思わないか?」

「お洒落ではあると思いますけど……。そこにお洒落さを求めます?」

「良い男や良い魔族に成るためには髄までお洒落にした方が良いと思わんかね?俺は君が良ければこの心象風景にただ、グランドピアノを添えるだけなのだが」

 と、おっさんが鋳鶴に物惜しげに言った瞬間。空から突如、真っ白なグランドピアノが急降下して二人の間にやって来たかの如く、瞬時に現れた。

 まるで召喚魔法の様に迅速に現れたそれは、現実の世界で購入しようものなら数億はくだらないであろう風格をしている。

「素晴らしい。あそこにあったピアノよりも美しく、重厚で妖艶だ」

 おっさんがピアノの鍵盤蓋を開け、その姿をこの心象世界に晒し上げる。

 彼曰く、重厚で妖艶なピアノの鍵盤は黒と白のコントラストが現実世界の物とは正反対になっていた。

 現実世界にも多々、ピアノは存在する。が、その多くは黒を基調とした色であり、ペダルの色は金色だ。

 しかし、この世界に舞い降りたピアノはその全てが正反対で鋳鶴は違和感を隠せずにいる。

 おっさんにとってはこれが普通なのだろうか、鋳鶴は彼の毅然とした態度に、魔族の世界ではこのピアノが普通の物なのだと言葉に出さず胸にしまった。

「綺麗」

「確かに、端的に言えばそうだ。とても美しい。良い趣味をしているな」

「いや、僕じゃないですよ。おっさんが出したんじゃないですか?」

「いや?俺にその権限はない。このピアノを此処に呼んだのは他とない君さ。最もこの世界では俺は何かに干渉出来る様な機能は備わっていないからな」

 おっさんは椅子の傍に立ち、鋳鶴に向かって手を差し伸べた。

 鋳鶴はその手を受け取ると、おっさんに誘導されるがままその椅子に腰かけさせられ鍵盤に指を乗せた。

 だが、鍵盤に指を乗せ、押してみてもピアノは音を響かせない。

 この世界は鋳鶴の心象世界なのだから、自分の思い通りに成る筈、鋳鶴はそのピアノの違和感を感じ、直ぐにおっさんの目を見た。

「あぁ、そのピアノは一人では弾くことは出来ない。君と俺、二人で弾くのが絶対条件のピアノさ」

「僕の世界には干渉できないって言ってませんでしたか?」

「確かに言ったが、誰も完全に出来ないとは言っていない。多少の細工は施せるぐらいは出来る。まぁ、こんなちゃちな悪戯程度でしか無理だが」

「僕としては構いませんけどね。ちょっとムッと来ましたけど、おっさんと同調するためのピアノですし」

「ムッと来たのか、やはり君は意外と堪忍袋の緒が切れやすいらしい。俺も君のそういう所は見習いたくないものだ」

「言わずともなりますよ。この世界に居れば」

「果たしてそうかな?俺も一流の魔族だ。形はなくとも以前の宿主の記憶さえあれば、今すぐにでも此処から出て行ってやるさ」

 鋳鶴が鍵盤を軽く叩くと、立ったまま背後からおっさんが鋳鶴の指の動きに合わせてピアノの鍵盤を叩く、すると何の音もない心象世界に心が澄み渡るような音色がこだまする。

 これまで以上にない快感が鋳鶴を襲い彼の指を滑らかに走らせた。

 おっさんは鋳鶴の演奏についていくばかりではなく、自分のパートも織り交ぜる様におっさんも指を滑らかに走らせる。

「良い演奏をするじゃないか」

「おっさんこそ。僕、ちょっと感動してますよ。まるで一緒に演奏した事があるかの様についてくるじゃないですか」

「ふっ、一流の魔族を舐めてかかってもらっては困る。俺は何でも熟そうとする器用な魔族だったからな」

「弾き始めてなんですけど、この曲は一人では弾けないんですよね。アドリブで合わせてもらってますけど、天才ですか!?」

「天才、良い響きだ。天才魔族というのも悪くない。この心象世界にようやく、こうして俺と君の共通の趣味がいとも簡単に生み出されてしまうとはな」

 おっさんと鋳鶴の指は止まることなく、止めどなく鍵盤を弾き続ける。まるで二人とも互いに奏でる次の音を理解しているかの様に時に優しく、時に激しく鍵盤を弾き完全な連弾を見せる。

「今からでも遅くない。魔族は良いぞ」

「それだけは勘弁ですよ。ピアノをこうして弾ける仲としては最高ですけど、やっぱり魔族は魔族ですしね」

「冷酷な事を言うな。冗談じゃないか」

「おっさんの冗談は時折、冗談とは思えないんで……」

「まだ互いの気持ちや考えに相違がみられる当たり、俺たちはまだ同調し切れていないという事だ」

 鋳鶴がピアノを弾く手を止めた。

 おっさんは黙って鋳鶴と同じタイミングで手を止め、鍵盤を見つめている。

「仮に同調できたとしても僕は、僕が僕自身でなくなってしまう気がして」

 鋳鶴は人差し指だけで鍵盤を優しく弾いた。

「それは、君に強さが無かった時だ。少なくとも俺の意志に関係なく、俺の力を行使しようとすれば、君の精神や肉体を傷つけるという対価を支払う事になるだろう」

「やっぱ僕はまだ弱いですって」

「あぁ、君は人間としては強い方だが、まだ高校生だ。多少は俺も尽力するさ。でも君は誰かの為に戦う。自分の為ではなく、誰かの為に、それが今回の場合は普通科の為にだ。そう思えば君はいくらでも強くなれる」

「はい」

「なら覚悟をするべきだ。俺とこのピアノを弾き続けるという事はそういう事だ。覚悟無き者に先を見る資格はない。それは君にも俺にも言える。白魔法に打ち勝つ領域まで君が到達するには血が滲む程度の言葉では大抵済まされない様な過酷で険しい道になるかもしれんが、それでも良いのかね?」

「はい!」

 鋳鶴は間を置く隙も無く、おっさんに明瞭な声色で返事した。

 今度は鋳鶴ではなく、おっさんが先に指を滑らせて鍵盤で曲を奏で始める。鋳鶴の座っていた椅子の隣に腰掛け、鋳鶴にどけと言わんばかりに割り込んだ彼の口角は吊り上がっていた。

「簡単に二つ返事で済ませられるものだ」

「いや、だってうだうだ言ったら何か言い返してくるでしょうに。それに乗り掛かった舟ですしね。一蓮托生ですよ」

「確かに」

「ほら、やっぱり」

「魔族の素質がある子憎たらしさは持ち合わせていて安心するがね」

 鋳鶴は大きく溜息をつきながら連弾を早める。おっさんがリードしていた筈のピアノはムキになった鋳鶴がおっさんのミスを誘おうとより早く、鮮烈な曲を奏でていく。

「此処まで互いに合わさり、弾き合えるとは、俺と君は何処かで一緒にピアノを弾いたことがあるのかもしれないな」

「ナンパじゃないんですから、まぁどうせですし、指が動かなくなるまで弾きますか」

「俺は一向に構わん。明日の君に影響がなければな」

「同調の件もありますし、僕の方こそ一向に構いませんよ」

 そう言って二人はお互い負けず嫌いのままピアノを弾き続けた。

 小言を挟みつつ、二人が一つの椅子に腰かけピアノを弾く様子はまるで兄弟の様に見える。



――――崖の底――――



 魔族の巣食う崖の底では、おっさんが言っていた様に誰かに頼まれたのか、はたまた趣味なのか、ノーフェイスが甲冑を身に着けたまま鍵盤を弾いていた。

 彼の背後で壁にもたれながら腕を組み、アセロはその様子を欠伸しながら眺めている。

「スレイ様にでも頼まれたのか?」

「いや?これは私が弾きたくて弾いている」

「何だってそんな楽器を弾くんだよ。それもピアノって、もっと人間の使うエレキギターとか派手なのがあるだろ」

「あれも良い楽器ではあるが、ピアノには遠く及ばない」

「何でだよ」

「それは弾いてみれば分かるさ。何よりもアセロ、君にピアノを弾きたいという意思があるか、が大切だがね」

「俺はあんたと組手がしたいんだよ。下級の連中じゃ相手にもならない。だから此処であんたが満足するのを待ってるんだろ」

 アセロは頬を膨らませながらノーフェイスに近寄った。

「楽譜ってやつも無しに、よく弾けるもんだ」

「楽譜は頭の中に入っているからな。スレイ様のリクエストにはいつ何時も応えられるようにしなくてはならない」

「まぁその心がけは大事だとは思う。でも俺の教育係なんだから俺をもっと教育しろよ」

「常に君と一緒に居ろ。というのも拷問だと私は思うがね。此処のピアノは我々上級魔族は全員弾くことが出来る程ポピュラーの代物なのだぞ?」

「嘘つくな。魔族がこんな事出来ても違和感がすげぇだけだ」

「違和感など気にしているのかね」

 ノーフェイスはアセロを小馬鹿にした様な小さな笑い声をだした。アセロはそれを聞き逃さず、小馬鹿にしても尚、ピアノを弾き続けているノーフェイスの指が乗った鍵盤を思いっきり両腕で叩きつける。

「魔族にこんなものは必要ない!こんなものを嗜んで強くなれるのか!?」

「なれると言ったら、素直に君はこの鍵盤を無造作にではなく、考えて弾き、曲を奏でるのか?それにピアノを弾けるのは我々の様な高等魔族のみだ。位の低い連中はこのピアノの音は変容した耳では拾えない」

 ノーフェイスはアセロに構わず、両手を退かせピアノを弾き続ける。

「それに、教育にもこのピアノはぴったりだ。尚且つ、連弾と呼ばれる奏法にすれば二人で戦う場合などの協調性も得る事が出来ると思うが?」

「俺は一人で!」

「いいから弾いてみろ」

「……」

 アセロは黙って人差し指だけをピアノの鍵盤に添わせる。そしてノーフェイスが右手でそこを指さし、押してみろと促す。

 激情していたのにも関わらず、鍵盤に触れた途端、アセロの全身を澄み切った何かが流れ込んでくる感覚に襲わる。

 感動、高揚、そんな安易な言葉では表現できない。この鍵盤に触れた途端にアセロの全身は金縛りにかかったかの様に動かなくなった。

「何だこれ……」

「特別製ではあるが、この楽器には中毒性がある。君のその気丈な性格もこのピアノが冷静さを保ちやすくしてくれる事だろう」

「薬じゃねぇんだから」

「まぁそれに近いものではあるさ。慣れればどうという事はないが、君が私ばりにピアノを弾けるようになったら面白いがね」

「何でも弾けるんだよな?」

「勿論、私は人間のあらゆることを知っているからな」

「なら弾けて当然だとは思うが、教えるついでに俺が勝手に弾くからあんたが合わせてくれよ。出来ないわけないよな?」

「仕方ない。初歩中の初歩をその間に教えようじゃないか、ピアノはセンスで弾くのではなく、経験の積み重ねで弾くものだからな」

 アセロの適当な演奏にノーフェイスはその何倍もの指があるのかと錯覚する程に早い速度で旋律を奏でていく、アセロはノーフェイスのミスを誘おうと滅茶苦茶に鍵盤を奏でる。まるで初めてピアノに触れた子どもの様にはしゃいでいるアセロを尻目にノーフェイスも彼がピアノ触れてくれたことを喜んで、より旋律の速度を上げる。

「上手いんだな」

「分かるかね?」

「あぁ、指の動きが異常だし、音も合っている様に聴こえる」

「センスは十分だ。私の旋律が良く聴こえるのなら君も十二分に素質はある」

「なら弾いてみるか、付き合ってくれよ」

 アセロがノーフェイスの隣に腰掛け、詰めろと言わんばかりに彼の尻を自らの尻で押し、二人が座れるようにノーフェイスが渋々距離を退いて、アセロを隣に迎えた。



――――普通科生徒会室――――



 授業を終えて、鋳鶴は早速生徒会室を訪れていた。

 その日は一平が居らず、雛罌粟が一人で会長席に腰掛けながら会長椅子の回転を利用して回って遊んでいた所を鋳鶴に見つかり、それを急遽足で止め、気を取り直すと、互いに向かいあって中央に配置された椅子に腰かけた所だ。

「えぇ、さっきのは見なかったことに……」

「誰にでもそういう一面はありますから……、風間さんが居ないからあんなことをしてたんですよね?」

「勿論です。会長が居る前であんなことが出来る訳ないですからね。会長が知れば、私の悪評が瞬く間に普通科で広まってしまうでしょう」

 雛罌粟の表情は真っ青になり、頭を抱えた。

 鋳鶴からしてみれば、可愛らしくて意外な一面に見えるが、一平の性格を考えると、彼女が生んだその一瞬の隙をずっと煽っていくのだろう。

 彼女にとってその地獄は耐えがたいものだ。

普段、堅い、質実剛健な彼女にとって先ほどの少女の様な一面を誰かに見られることは死ぬ方がマシと考える程の重大さがある。そう考える鋳鶴は彼女の無言の圧力に折れ、一平にだけは絶対に秘密にするという事を涼子に誓って話を続けた。

「城屋誠の映像資料ですか?」

「はい。あそこまでして体育大会に出たいってならないのは不思議だなって思いまして、きっと何か原因があるものかと」

「望月君と城屋誠は親しい仲と聞きましたが、ご存知ないんですか?」

「あんまり、深く入った話はしないんですよね。それ以上聞くなというオーラみたいなのも見えてますし、城やんは僕の恩人でもありますから、あまり踏み込んで聞くのも良くないかなって」

「あの男にも貴方は優しいんですね」

「人間だれしも聞かれたくない話や話してもらいたくない事ってあるじゃないですか、さっきの雛罌粟さんみたいな感じのやつとか」

 雛罌粟は鋳鶴の例え話の途中で顔を真っ赤にしながら愛用のスナイパーライフルを召喚し、鋳鶴にその銃口を向けた。

「言いませんから!銃をしまってください!」

「まぁ望月君は優しい男の子ですし、信用しましょう」

 そう思っていたら銃口を向けないでしょ……。と思った鋳鶴はその言葉を無理矢理胸の内に仕舞い込んで会話を再開する。

「だから城やんの謎を知りたいってのもあるんですよね。僕にも話してくれないこともありますからね。だからこそ雛罌粟さんを頼ったというかなんというか」

「ほほう」

「普通科どころか、この学園で誰よりも生徒たちに関して詳しい方だと思いますよ?まさに陽明学園のブレインと言った感じですよ」

 鋳鶴の見え見えのお世辞にも涼子は嬉しそうに鼻息を荒くして腰に手を当て踏ん反り返っていた。

 その様子を見て鋳鶴とおっさんは心の中で笑いながら話を続ける。

「そんなに褒めなくても私が理事長から許可をもらいましょう」

 そう言って涼子は生徒手帳を徐に開き、電話機能を起動し、学園長に電話を掛けた。

「「さて、城屋誠は君に何をしてくれたのかね?」」

「「城やんは僕の恩人なんですよね。僕がこうして普通科で生活出来ているのは城やんのお陰でもありますし、何より彼がいなかったら僕はこの学園には居ませんから」」

「「日頃から奉仕活動などをしている君がか?」」

「「はい。昔、城やんより酷い不良だったらしいんで」」

「「ほう。興味深い」」

「「あんまり記憶はないんですけどね。その時、僕は黒髪じゃなくて赤髪だったんですよ。今の桧人みたいな感じの色ですね」」

 鋳鶴は中等部の頃、誠も恐れをなす程の悪童だった。

 今の彼からは想像できない程の悪童っぷりで陽明学園の教師陣を震撼させた程だったのだ。

 彼が中等部の生徒だったこともあり、魔法の行使なので彼に対して傷をつけるのは不可能だったこともある。尚且つ、鋳鶴自身が魔王の遺伝子を受け継いでいるとして恐れられていたことと、それに見合った魔力を人間の男子中学生としては有り得ない程の魔力の内蔵量を誇っていたという事実があったためである。

 髪も小学生の時までは黒髪だったが、あることをきっかけに彼の髪は赤髪に染まり、陽明学園の生徒どころか教師、校長までが彼の禍々しさを目にした時には委縮したものだという。

 学園長は同時期にイギリスに帰郷していたこともあり、陽明学園で彼の事を止められる人間は皆無に等しい状況になっていた。

 加えて陽明学園の実力者たちも彼に対して消極的だったり、自分の身の安全が保障されなければ一切の協力をしない。と各々が吐き捨てるように言い残し、学園に協力することはなかった。

 原因としては、現普通科生徒、三河歩が一時期、彼の元を離れていたことと両親が居なくなってからの反抗期加え、彼の体内に巣食う魔族が彼の体を侵食し、乗っ取ったなどの噂が流れている。

 事実、鋳鶴は中等部三年生の夏休み明けには小学生の時の様な髪色と優しさを取り戻し、陽明学園に今の望月鋳鶴が帰って来た。という事になっている

 普通の人間としての彼が帰ってきてから、赤髪時代に彼が怨みを買った者たちに狙われた時に彼を助けたのが城屋誠だったのだと言う。

 桧人たちも鋳鶴を庇い助けていたのは確かだが、数多くの不良や実力者を敵に回した鋳鶴の尻ぬぐいをするのは彼らでは難しいものがあった。

 その時に、誠は彼らのその献身的な様子を見て誠の助力をし、鋳鶴の生活を現在の状況まで収める事に成功したのである。

 それから城屋誠と鋳鶴の奇妙な関係は続き、今に至る。

 彼の体に巣食っていた魔族は今のおっさんかは定かではない。適当な理由として三河歩の件が話されているかもしれないという憶測も飛び出している。

 最もの原因は彼の両親であり世界的英雄の望月霧谷、雅夫婦が原因というのが有力だ。

「大丈夫だそうです。視聴覚室使用の許可を頂きました」

「視聴覚室ですか?了解です」

「私は彼の資料映像を見た事ありますが、決して爽快感のあるものではありませんし、貴方の中で彼の評価が著しく下がるかのせいもあります。もしかしたら友人であることに嫌気がさしてしまうかもしれません。それでも見ますか?」

「はい。見させてください。城やんがどうしてあそこまで魔法科に執着するのか、一人でも多く倒そうとするのか、その理由を突き止めたいんです。それだけじゃありません。ただ、突き止めるだけじゃなくて、城やんを普通科に引き入れるためにも僕にその真実を教えてください」

 鋳鶴の真っ直ぐな瞳を涼子は見つめた。

 涼子も鋳鶴の過去を知っている。彼のメディカルチェックにはもう記載していないが、一平と涼子の二人はその事実を知り、鋳鶴の前ではその真実を知ることを口外しない様に意識している。

 いずれはそれについての話をしなくてはならない。今、涼子の見つめる彼の水晶の様な輝きを放つその瞳が、赤黒く濁る可能性があるとしてもこの問題に直面する可能性を考えなくては鋳鶴とは同じ土俵に立って普通科のために奉仕をすることは無理だろう。

「それでは」

 涼子は小さな鍵を鋳鶴に手渡した。

「こじんまりとした鍵ですね」

「世の中、軽量化や縮小化ばかりですからね。それと視聴覚室を利用するのはよろしいですが、どの資料を閲覧したか学園長が報告してほしいとのことで、拝見した映像の内容を私に報告してもらってもよろしいですか?」

「はい。断る理由はありません」

「あらぬ心配でしたね。望月君も思春期なので女子更衣室の監視カメラ映像などに手を出すかと思いましたが……」

 涼子が物惜しげそうに言うと、流石の鋳鶴も反応せざるを得ない。

 この学園には更衣室の中にさえ監視カメラが設置されている。勿論、その映像を観察するのは女子更衣室なら女性職員、男子更衣室なら男性職員となっている。しかし、生徒のプライバシーを守る為に口外禁止という誓約と誰が監視員なのか、という事は秘匿とされている。

 影太ですら、その監視員の正体の状を掴めていない。

「そんなものあるんですか……?」

「えぇ、ありますよ。勿論、閲覧しませんよね?品行方正、誰かの為に何かを成す正義の味方の様な望月君が女子更衣室の監視カメラの映像なんて見るはずがありませんから」

「あったり前じゃないですか!」

「セキュリティも固いですし、実力行使で破壊しようものなら貴方はもうこの学園の中で犯罪者の様な扱いを受けるでしょう」

 鋳鶴は唾を飲み込んで、涼子の目を見つめた。

「それでもその映像を入手したいと思う人間は後を絶ちませんがね。土村君もその一人です。彼は映像を見ただけで倒れてしまうというのに。それを手に入れようと思うのはやはり、その映像にそれ相応の価値がありますから」

「影太もその映像を手に入れればエロフェッショナルとしての地位をさらに確約できますからね」

「まぁどんな人間でも盗み出すことは不可能ですからね。勿論、視聴覚室から映像資料を無断で持ち出すことすら禁止していますし」

「いや!本当にそんな事しないですから!心配ご無用です」

 そう言って鋳鶴は生徒会室を後にし、普通科校舎の離れにある視聴覚室に向かった。


魔族は完全に悪の世界なれど、そこには彼らにも嗜む者がある。という事です。

明日も0時に更新します!よろしくお願いします!

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