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優しい魔王の疲れる日々(リメイク)  作者: n
優しい魔王の疲れる日々(リメイク)2
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第12話:魔王と紋章

鋳鶴の暴走。嫌な予感がした坂本桧人はべカティアに出会い。不本意ながら力を授かる。その力とは……

「雛罌粟、まだ音を抑制しながら望月君を迎撃する事できたりする?」

「別に出来ないことはありませんが、校舎を損壊させることは確実でしょう。学園長からどんなお咎めを受ける事から」

「そりゃ無理だよねぇ?それにもう、望月君は僕の攻撃に対して?それなりに対策は出来ているはずだからねぇ?」

「だから貴方は、最強であり最弱なんです。もう少し策を練ってから挑むべきです」

「いやねぇ?ワンチャンってあるじゃん?それに賭けるのもまた一興だし?それにまだ完全に魔族の力をモノにしてない彼ならって思うし?」

 二人の言い争う様子を鋳鶴は眺めていた。

「俺を前によくも余裕有り気に話して居られるな。舐められたものだ」

 鋳鶴は二人に向かって歩き始める。黙々と歩進める彼の目には生気が宿っていない。魔族特有の真紅の瞳に二人を写したままで歩き続ける。

「善処しますが、会長が校舎損壊した。という説明をすればいいんですね?」

「もっちろん?頼むよ雛罌粟?」

「はぁ……」

 溜息から二言が飛び出す前に、ライフルを召喚した時と同様。雛罌粟は天に手を掲げ、そこから二丁のマシンガンを出現させる。

 雛罌粟の小さな腕でも握りやすく調整されたグリップを両手で力強く掴み、肩の力を抜く、雛罌粟は眼鏡のつる部分に手を近づけた。

 機械的な音声が周囲に鳴り響くと彼女の眼鏡は赤十字の周囲を円で囲んだようなマークが、右のレンズに表示される。更に右レンズの右上には細やかな数字や英語が羅列しているのが見える。

「望月君、度々申し訳ありません!」

 鋳鶴に向けて狙いを定めた雛罌粟は彼に向かって一斉にマシンガンの引き金を引き、彼に向かって連射する。

 丁寧に手入れの施されていた花壇と、毎日の様に清掃員の方々が磨いている床を雛罌粟の弾丸が無慈悲に弾痕を残していく。

「すごい!?うん、やっぱり雛罌粟はすごいね!?」

「これくらい、覚えれば会長でも扱える様になりますよ」

「あれだけ撃てばね?「普通」にいくつかは致命傷にはつながっているはずだよ?まぁ望月君の回復力だったらどうかな……?ってところだけど?」

「あぁ、俺は無事さ」

 雛罌粟の銃弾は大量の砂ぼこりを巻き上げ、鋳鶴の声と同時に雛罌粟に向かって一本の腕が伸びた。一平はその一瞬の動きを逃さず、雛罌粟を押して鋳鶴の手から彼女を守った。が、代わりに一平が鋳鶴に腕を掴まれてしまう。

「漸く、掴んだぞ」

「そうだね?本来の望月君じゃ絶対にしない事だね?」

「あぁ、だからやりやすかったさ。馬鹿の一つ覚えの様に撃ってくれて、弾はいくつか受けたが、宿主のお陰で充分に耐えることが出来るからな」

「本当にスタミナお化けでもあるけど?高耐久も素晴らしいね?」

「その余裕、どこまで続くか見ものだな」

 鋳鶴は掴んだ腕を離し、左手で一平の左肩を掴み、胸元目掛けて右拳を叩き込む。一平の胸に直撃した一撃は、彼の全身が弾むような衝撃を与えた。彼の背中からまるで紫色の気が出ているかの如く、鋳鶴の放った右拳の攻撃は一平の余裕を奪い去った。

「ぐふっ……!」

「カズ君!」

 雛罌粟は新たにハンドガンを取り出そうと天に腕を掲げるが、魔法陣は一向に出現しない。

「魔力切れの様だな。一平、君は此処で終わりだ」

「ふふっ……、果たして、それはどうかな……?」

「何?」

「僕はなんてったって……?弱いからね……?」

 一平が朦朧とする意識の中、最後に言い放った一言はそれだった。無慈悲にも鋳鶴はもう一撃、彼の胸元に右拳を突き付ける。そして狙いを定めるかの様に一度、右拳を引き、正確な位置を見つけ出す。

 雛罌粟は武器を召喚しようと手を掲げ続けるが、彼女の顔色が悪くなっていく一方で武器は現れない。

「ったく!無茶すんな!」

 一瞬の出来事だった。

雛罌粟の背後から、見覚えのある剣山の様な髪形をした男子生徒が鋳鶴と一平の間に割って入る。

 雛罌粟は彼の容姿やその一瞬の出来事ではなく、ただ、彼の右腕に現れている滾った炎を見つめていた。

 そしてその生徒は雄叫びを上げながら勢いそのまま鋳鶴の頬を全力で殴り、一平を救出し、鋳鶴を吹き飛ばす。

「生徒会のお二人さんよ。無茶はするんもんじゃない」

「坂本君……?」

「あぁ、その通り」

「腕が!」

「大丈夫だ。腕の事は気にしてくれなくていい。こういうものだと分かってくれれば、今はそれでいい」

「お前は、坂本桧人か」

「うるせぇ化け物。俺の親友の身体乗っ取ってくれやがって、絶対に許さねぇ」

 桧人は握り締めた両拳を胸の前で突き、鋳鶴に向けて戦闘意欲を見せた。

「くっ、ここまで時間をかけすぎたか……、宿主が戻る前に、お前も含めて三人。殺してくれる!」

 桧人は鋳鶴の態度に対して大きなため息をついて両手を気だるげそうに頭の側部で振った。

「お前は鋳鶴だけど、全力で殴って良いんだよな?」

「構いません。彼は高耐久で再生能力も十分です。貴方のその右腕なら十分に通用するでしょう。私はかず……、会長を医務室に連れて行きます」

「駄目だ。どうせ動きも早いんだろ?俺から離れて狙われたらどうする。そしたらそれこそ、あんたら二人は死ぬ。この前は何ともなかったはずだったが、どうして」

「そこはこのバ会長のせいです。お手数をかけて申し訳ありません」

 一平は雛罌粟に抱えられたまま幸せそうに口角を上げて気絶していた。生きているからよかったものの可能性としては死んでいたという結末もあったのにも関わらず、彼は呑気に雛罌粟の手の内で倒れたままである。

「あんなに自信満々に出て来たのは良いけど、俺如きでどうにかなる代物なのか?」

「坂本君で対処できないのなら、私たちの負けは必定です」

「雛罌粟副会長、悪いが俺の力も無限じゃない。それに使いなれていない。過度な期待は……」

「えぇ、その事なら大丈夫ですよ。坂本君、貴方はこちらが期待しない方が結果を残すと知ってますから」

「上等!」

 無言で復帰し、攻撃を仕掛けて来た鋳鶴に対して桧人は右腕で彼の一撃を受け、左腕で彼の頬を殴りつける。

「くっ……」

「随分卑怯な真似するじゃねぇか、やっぱりお前は鋳鶴じゃない」

「やはり、望月君の抵抗力が魔族の支配を越えようとしています」

「分かった。お目覚めの時間だぜ。鋳鶴」

 桧人が右拳を天に掲げ、目を瞑る。

「あれはお兄さんの……」

 雛罌粟はその姿を資料映像で目撃していた。雛罌粟は趣味で学園の図書館に入り浸る事がある。そこには膨大な書物だけでなく、これまで在籍した生徒たちの住民票や電話番号まで保管されている。雛罌粟は暇さえあれば、そこで他科の生徒の情報を入手し、体育大会での対策。これからの普通科運営方針などの参考にする。そこには魔法科に在籍していた頃の桧人の兄。坂本緋()(いろ)の姿もあった。

 彼の兄はいつも体育大会を見学に来る弟の桧人の為にまるでショーの様な決め台詞と決めポーズを使用して相手にとどめを刺している。

 彼が在籍していた三年間、魔法科は体育隊会で不敗、最強神話を作り出す程の実力者だった。

 桧人が今、使用している右腕に刻まれた刻印の様な魔法は、兄の緋彩と同系統の魔術。雛罌粟はその資料映像を何度も拝見している。

 魔法科のビッグスターであり、魔術協会が彼の死を悔やむほどの魔術師。彼の必殺技を何度も再生した雛罌粟だからこそ、その景色を覚えている。

 あの姿はまさに、緋彩と同じものだ。

「俺は……、兄貴とは違う!」

 緋彩の必殺技は彼が天に掲げた右腕から大量の炎が射出され、そのすべてが対象に向かって飛び交い焼き尽くすという大技だった。

 しかし、その技は魔力と炎のコントロールを磨いた彼の努力の賜物である。それを会得して間もない桧人が完全に使いこなせるなど、雛罌粟は思っていない。

「桧人……!早くしてっ……!」

「望月君!」

「分かってる!」

 鋳鶴の様子が元の状態に一瞬だけ二人の目の前で戻った。それを見て桧人は血相を変えて、腕を振り下ろし、手を広げ鋳鶴に向ける。

「多少の痛みと火傷は覚悟しろよ!」

「……ここまでか」

 桧人の右腕からまるで花火の様に火炎が射出される。その様子を見て雛罌粟が校舎の方向を気遣って我に返る。

 諦めた素振りを見せていた鋳鶴も自身の右手を翳し、桧人の射出する炎を見えない壁の様なもので相殺している。

「うん?それぐらいの炎なら校舎に【普通】、傷つくわけがないよね?」

 彼女の腕の中で気絶していた一平が、能力を使用して校舎の壁に見えない壁を設置し、飛び散った炎を防いだ。

 雛罌粟は起き上がった一平の容体を不安視しながら、彼の右肩を自分の左肩に回させる。

「ありがとうね?雛罌粟?」

「無茶は禁物ですよ。会長は虚弱体質なんですから」

「そこまで言われると照れるなぁ?」

「照れないでください」

「ありがとうございます。これで全力が出せるってもんだぜ!」

 桧人が左腕で右腕を抑える。

 すると紋章の光がより強さを増し、炎の力もより強さを増す。鋳鶴もそれに合わせて、作り出した壁の強化を試みるも本来の鋳鶴が押し留めているのか、思う存分の魔力を放出することが叶わない。

「ぐおあぁぁぁぁぁぁ!!!」

 桧人が放出した炎は鋳鶴の作り出した壁を貫き、彼の全身に向かって全ての炎が収束する様に彼に向かって四方八方から襲い掛かる。

「決まったか!?」

「お兄さんとは全く違った使い方だね?」

「でも坂本君なりに努力した結果。あぁなったのでしょう」

 桧人の魔術を全身に受けた鋳鶴はその場でうつ伏せに倒れ、まるで木炭の様に真っ黒になり動かなくなった。

「死んでないよな……?」

「当たり前だ!」

 桧人が黒焦げになった鋳鶴に触れようと手を近づけた瞬間に鋳鶴は脱皮をする昆虫の様に黒焦げた部分全てが本来の肌の色に戻った。

 むしろ、パックをしたかの様に美しく光沢が艶めいている。

「全く!ちょっとは加減っていうものを知ってよ!危なかったよ!?」

「いや、その、なんだ。まだ扱いなれてないから仕方ないだろ!?会長と副会長も守らなきゃいけないんだ!それになんだ!魔族なんぞに飲み込まれやがって!お前の方が加減ってものを知りやがれってんだ!」

「馬桧人め!」

「うるせぇ!ドスケベ男!」

「何をー!?」

「もういっぺんやるかー!?」

 鋳鶴と桧人が一平と雛罌粟の前で取っ組み合いの喧嘩を始める。鋳鶴は桧人の剣山の様に尖った髪を掴み、桧人は鋳鶴の首からぶら下げているロケットを掴み、お互いにじゃれ合っている様にも見えた。

「そういえば、会長。やれば出来る人だったんですね」

「え……?むしろ出来ないと思われてたの……?」

「それはそうですよ。会長は弱者の権化の様な方ですし、それにですね。私と坂本君の援護があってこその勝利というか、この結果という事を忘れないでくださいね?埋め合わせもちゃんとしてもらいますから」

「それは勿論だけど?結局は望月君の能力を更なる段階に上げることはできたし?何より坂本君に何があったかは分からないけど、自身の力に目覚めたって感じもするし?結果オーライなんじゃないかな?」

 鋳鶴と桧人の取っ組み合いを会話を交えながら見守る二人。その二人の前に白銀に彩られた車椅子が移り込む。

「此処で凄まじい轟音と魔力反応が見られたんですけど、どなたかしら?」

 四人の前に現れたのは、陽明学園学園長のジャンヌ・アヌメッサだった。彼女を目にした途端、二人は取っ組み合いを止め、一平と雛罌粟は彼女に向かって頭を垂れている。

「そうですね。ジャンヌ様。この者どもでしょう」

「口を慎みなさいアンリエッタ。彼らも私の愛する生徒です。生徒たちと呼びなさい」

「お許しを」

 一平と雛罌粟がジャンヌを視認した時は、他の人間の姿は見当たらなかった。が、突如アンリエッタと呼ばれる女性が現れ、彼女に向かって頭を下げ、目尻の鋭い眼光で鋳鶴たち四人を睨みながら彼らにも頭を下げる。

「幸い。傷を負っている生徒や校舎が破壊されることはなかったんですね。それは良かった。しかし、巨大な魔力反応は見過ごせません。それに魔族の侵入形跡も見られています。私のマップで見た時は四人。そして此処に居る生徒たちは四人。風間会長、後で貴方には今回の件についての報告書を作成していただきます。雛罌粟副会長及び、坂本さんは白鳥女史に報告書をお願いします。そして望月さん、貴方は学園長室まで来るように」

「学長?お言葉ですが、そこまで大事ではないかと?」

「いいえ?私が大事だと思えば、それは大事なのです。学園長として望月鋳鶴には学長室に来ることを義務付けます」

「でもまだ授業が」

「授業の事は私から白鳥女史に知らせておきます。それでよろしいですね?」

「は……はい」

 鋳鶴は粛々とした態度の学園長に何も抗議出来ぬまま、彼女はその場を去った。

「ごめんよ?望月君?学長の指示は絶対なんだよね?申し訳ないけど……」

「大丈夫ですよ。学長ですし、流石に反省文程度で許していただけると思いますし……」

 鋳鶴は学長室のある方角へと覚束ない足取りで歩んでいった。雛罌粟と桧人はその鋳鶴の背中を見て、ひと声かけようとするも一斉に何者かに取り押さえられ、彼に向けて声を発することが出来ない。

 二人の背後には、仏頂面をした要が彼らの首を両脇で固く締め、鋳鶴へ声を届かせない様にしている。

「坂本君は、そもそもトイレが長すぎる。雛罌粟さんは、学長からの命令か、二人とも私の職員室に来てもらえるかしらぁ~?」

 桧人と雛罌粟に要は微笑み掛けるが、むしろその微笑みが二人の不安を煽り、顔色を真っ青に変貌させる。

 何故なら、理由は一つ。

 彼女は、この学園一のマッドサイエンティストだからだ。



―――――学長室―――――



 桧人と雛罌粟が、要の職員室で折檻(説教)されている間に、鋳鶴は陽明学園の心臓部、中央保健室の真隣に存在する学長専用の建物に入り、学長室を訪れていた。

 学長室には様々なトロフィーや表彰状と、歴代の優良生徒だったであろう人物たちの肖像画が事細やかに並べられている。

 その中には勿論、雅と霧谷の肖像画も存在していた。

 鋳鶴は肩身が狭く、委縮して目の前の学長席に悠然と腰掛けているジャンヌと目を合わせる事が出来ない。

 すると、アンリエッタがジャンヌと鋳鶴の目の前に淹れたての紅茶を置き、ジャンヌにはいつも彼女が使用するシロップとミルクをアンリエッタは丁寧に鋳鶴にシロップとミルクの有無を問うが、鋳鶴は何も言わず、固まったまま。何とか大丈夫です。と小声で返事をしてアンリエッタは定位置である彼女の左後ろで腕を前に組んでまるでメイドの様にしたたか且つ、可憐に見える様な姿勢で目を瞑り、その場に待機した。

「それで?大丈夫だったのかしら?」

「だっ……大丈夫?はい。大丈夫です!この通り!」

 鋳鶴はジャンヌの問いかけに冷汗をかきながら右肩を勢いよく回し、彼女に自身の体の調子は良好である。という事を伝えた。

「そう。それなら良かった。貴重な人材に怪我があってはありませんからね。それよりもどうして望月さん、貴方が魔族の様な魔力を使えるのかしら?」

「それは、僕にはよくわからなくて」

「よくわからない?」

「はい。使えるって気付いたのもつい先日ですし、何より学長は何処まで拝見なさっていたか分かりませんが、あの力に僕の心と体がついていけなくて」

「やはり、人間の体では限界がある様ですね。ちなみに、中の魔族とはお話の一つや二つ、した事あるのかしら?」

 ジャンヌがティーカップを持ち上げ、それを口元まで持っていき優しく唇を振れ少しずつ口に含んだ。

「そんな事出来るんですか……?」

「えぇ、その為に私は貴方を此処に呼んだの。アンリエッタもいるでしょうし、何かあっても私に危害を加えさせないために」

「いざとなったら君を殺すつもりでもいる。覚悟してくれ」

 アンリエッタは表情を変えずそう言い放った。あまりの感情の無い発言に鋳鶴は状況を飲み込めないのもあってティーカップを掴もうとする手が震えている。

「アンリエッタは冗談よ。もう少し優しくしてあげないと、望月さんは可能性の塊なんだからその芽を摘むのは私が許しません」

「申し訳ございません……」

「で、でも失敗したら」

「失敗?望月さん?初めからその二文字を想像すること、連想することを私は許しません。折角、貴方が授かった力なのですし、それを使わないで何とするんですか?」

「ですが!」

「普通科が他科に劣っていると思われています。それを見返したい。と、思わないのですか?」

「それは、見返してやりたい。という気持ちは多少なりとも僕にもありますよ。けど、魔族の力を利用するのはリスクが高すぎます」

 ジャンヌは溜息をついて、座っている椅子の近くの床を優しく蹴り、一回転させ背後の窓から覗く太陽を見た。

「確かに、魔族はこの世の危険分子です。私としても魔族が目の前に居る。というだけで理性を保てなくなっていた野蛮な時がありました。でも貴方の様な人が居ると、そうでもないかもしれないと思いたくて」

 ジャンヌは鋳鶴を見つめる。彼女の目はいつも青く輝いている。まるで宝石の様に煌びやかで見る者の目を引き付ける目だ。

 学園長として生徒たちを優しく見守る事もあれば、学園付近に接近する魔族を抹殺する時もその目で見る。

「貴方なら出来ると思うのだけれど、私の見込み違いだったりするのかしらね?普通の男の子であることを望むのか、でもどの道。貴方はその力とこれからも付き合っていかなきゃいけないのに、そんな姿勢でいいのかしら?むしろ、その力も利用して普通科の力になってやるっている野心ぐらいなくては駄目なのでなくて?」

「どうして、そこまで煌びやかな目で僕を見つめるんです?」

 鋳鶴は思わず聞き返した。

心の中でしまっておこうと思っていた気持ちを、あまりにも彼女の瞳が鋳鶴に何かを訴えているようで彼は耐えられなかった。

「普通科は弱いわ。それは貴方もご存知でしょう?私は敢えて、生徒たちの中でカーストの様に順位をつけることに対して何も言わないの。勿論、誹謗中傷や負傷させたりすることは許さないのだけれど。貴方の事は勿論、出会う前から知っていた。此処に来る前から、誰の息子なのかもどんなポテンシャルを秘めているのかも」

 鋳鶴は無言でジャンヌを見つめ、彼女の話を傾聴している。

「誰かの為に、貴方は必死になれる。本来の力以上に力を発揮できる。それに風間さんの下に着いたのも彼が困っていたからではなくて?それに魔族になれと言っているのではなくて、魔族と会話してみなさいと言っているんだから」

「学園長がそこまで言われるなら、会話する手順を踏ませていただきたいです」

「そう。貴方は此処に呼ばれた瞬間にそうなる運命だったの。そうするしかなかった。誰かの為に使うのならいいのでしょう?誰かの為に強くなる。まるで人生を自分の為に使わないかの様に、貴方はずっと誰かの近くに居て、手を差し伸べてきた。御姉妹と比べて貴方は人の為に尽くす人だから、目立たない部分もある。でも貴方にはその優しさがある」

 ジャンヌは椅子から立ち上がり、鋳鶴の周囲を回り始める。アンリエッタが鋳鶴の背後に近づき、彼の両肩を力強く掴んだ。

「へっ!?」

「だから、その優しさを戦う為に使いなさい。私が出来るのはこれぐらいです」

 ジャンヌは両肩を掴まれて身動きの利かない鋳鶴の額に左手を添えた。

「貴方が踏まえる手順は何一つありません。強いて言うのなら、魔族の事を考えなさい。相手は暴力的なのか、悲観的なのか、猟奇的なのか。それでも一番大切なのは、これから望月さんと付き合っていくに辺り、その魔族との相性の良いと思う所を見つけなさい。貴方なら出来る筈です」

 ジャンヌは添えた左手で優しく鋳鶴の瞼を摩ると、鋳鶴はまるで眠りに落ちる様な感覚で両肩の力は抜け、そのまま首を椅子の背もたれに支えてもらう様な形で鋳鶴は眠ってしまった。

 ジャンヌはゆっくりと椅子に戻ると、小さい溜息をついてカップを手にする。

「本当に、望月鋳鶴はあの女の息子なのでしょうか」

「あら、アンリエッタ。どうしてそう思うのかしら」

「いえ、あの女の息子という事は気性が荒いとか暴力的だ。と思っていたのですが、ある意味拍子抜けですね」

「まぁ確かに、私も最初は偏見でそう思っていました。けど彼はボランティアとかにも積極的ですし、アンリエッタは知らないでしょうが、望月雅という女も元は、困った人は放っておけないという人物だったのよ?今でこそ、無慈悲な破壊者と化してしまった所はあるけど」

「彼は、そうなってしまいますかね?」

「さぁ?それはこれからの望月さんが自分の道をきめていく事だから」



――――?????――――



 ジャンヌの言葉を思い出しながら、鋳鶴は重くなった体を起こす。同時に周囲を見回してみる。鋳鶴の目の前に広がったのは、日時の分からない白黒の空間。それは白と黒がオセロの様に混ざっていて何処かが晴れているようでもあったし、見様によっては曇り空にも見えた。

 空だけではない。鋳鶴は自分の座っている足元は小高い丘になっていて、辺り一面に見えるのは、無数の十字架を象った墓が立ち並んでいるだけである。

「ここは……」

 不思議と風は感じることが出来る。

 少しだけ立ち上がり、周囲を歩いてみたが、自分が歩みを進めることによって小高い丘は土煙を上げず、足跡も残すことなく、まるで宙に浮いている様な感覚を鋳鶴は体感した。

 十字架は何処までも広がり、鋳鶴の見渡せる範囲では、小高い丘以外は全て十字架の墓しか存在していない。

 空を見てもモノクロの世界。墓は白色、小高い丘は黒色。鋳鶴の全身は髪と目、爪、足元以外は白色で構成されている。

「何処なんだ……」

 小高い丘から離れ、墓の群の中をただ、鋳鶴は歩き続ける。墓しか存在しない殺風景な場所、悪寒がする訳でもないが、鋳鶴はいつになったら自分の中に巣食う魔族に会えるのかと、半ば可能性を感じずにただただ、墓の中を無作為に歩き続ける。

 一つの墓を鋳鶴は見てみるが、人の名前は刻印されていない。鋳鶴が墓に近づいてその作りを確認しようとしたその時だった。

 目の前に突如、影が現れ鋳鶴に視線を向けさせる。

「此処の墓に、名前が刻まれているものはない」

「君が……」

「望月鋳鶴、年上に君はないだろう?」

「いや、僕の体に住んでてそんな事言われても」

「住んでて?それは違う。住んでやっているんだ」

 鋳鶴の目の前、墓に男が腰掛けていた。純白だが、所々破れている様な黒いコートを身に纏い、髪を伸ばし、無精髭を生やした男がそこに居る。

 鋳鶴はこの男を自分の体に巣食う魔族だという事を確信し、彼の目を見た。

「そう。俺が君を操っていた張本人だ。張本人というか張本魔族か」

「あ……、貴方が」

「あぁ、私は―――――だ」

「へ?」

「は?」

 恐らく、鋳鶴の正面に居る男は、自分の名を伝えようとしたのだろう。しかし、肝心な部分だけまるでテレビの砂嵐の様な雑音で聞き取ることを遮られてしまった。

「もう一度言う。私は、―――――だ」

「申し訳ないです。聞き取れなくて」

「何故だ。聞き取れない筈がない。私は、―――――」

 鋳鶴は注意して男の口元を見つめるが、その口元の動きでさえ、鋳鶴の目では確認できない。薄い靄の様なものが男の口元を隠し、鋳鶴に読唇させない様に細工がされている様だ。

「これも誓約の力って奴なんですかね」

「まぁ、恐らくそうだろう。いや、間違いなくそうか。名前も君に知られたくないとなると益々、俺を君の体に―――――させたのが気になる」

「まただ……。というか、本当は俺って言うんですね」

「気分で変えていた。本来は俺だ。しかし、また?とは」

「君の体にって後からの言葉が少しだけ聞き取れなくて、その後のさせたのが気になるという部分だけが聞こえたんです。やっぱり一部のワードを除く言葉は僕へ伝えられない様になっている」

「よっぽど、俺の存在を君に理解されたくないらしい。名前も駄目。俺が君の体に居る理由や経緯も駄目となると、いよいよ話すことはなくなりそうだ」

 男は肩を落として十字架から立ち上がった。

「それ以外にも俺に言いたい事がありそうだが?」

「沢山ありますよ。とてもお尋ねしたいことが」

 鋳鶴と男の間に奇妙な風が吹き荒ぶ。荒野のガンマンが互いに早撃ちで対決する時の様な静寂が二人の間に流れる。

「今の俺は戦う気はさらされない。それに自分同士で戦おうだなんて、馬鹿馬鹿しいったりゃありゃしない」

「それもそうですけど」

「けど?」

「貴方は、僕の体を利用して僕の友人を傷つけた。その事の謝罪とこれからはしない。という誓いを立てていただきたい」

「何故?俺は魔族だ。それに俺がああなったのは、あの生徒会長の計算だろう?君に俺の扱い方を覚えさせようとしたのかは知らんが、それを望んだのは彼だ」

「確かにそうかもしれませんけど。あれはやりすぎです」

「やりすぎ?お前は誰に向かって話している。俺は、魔族だぞ?この世の何よりも忌み嫌われ、ありとあらゆる生物から全てを略奪する種族だ。その種族にやりすぎ?俺たちからすれば、あれが普通なんだ」

「その魔族としては普通の基準を取っ払っていただきたいんですよ。そうしないと、僕の日常生活にさえ支障が出そうで」

「いや、君は一度、知るべきじゃないのか?どうして自分が生きているのか、どうして俺を体内に宿すのか」

「……」

「だが、各言う俺も記憶が無くては、本来の目的も分からない。魔族らしいことをしてみたが、それでも俺の同胞は君を攫いに来ることも魔族側の何かに招待する事もしない。アセロという青年魔族だけは別だったが」

「アセロ……」

「彼の執着は異常だった。俺には何の執着も見せなかったが、君の事を気に入っているらしい。それも教育係のノーフェイスの助言や意見を無視してもだ。君を誰かに殺されるのを嫌がり、君に自分とは何かを問いただそうとした。そして教えようとした。そんな彼が君に執着する理由とは何なのか。俺も気になる」

「だから、どうしたって言うんです?」

 男は再び十字架に飛び乗って鋳鶴を見下げた。相も変わらず、空はモノクロのまま、風が吹くと同時に緩やかに動いていく、鋳鶴は男の目を見る。

 煌びやかではない。妖しく光る真紅の瞳。鋳鶴はその瞳に吸い込まれそうになる感覚に襲われるが、それを恐れず、そのまま彼を見続けた。

「覚悟はある。という事で良かったか?」

「互いに利用しあう関係、という事ですかね」

「そうだ。そう。望月鋳鶴。俺の名を知らない君に、俺の力を貸そうじゃないか。使いこなせるか、飲み込まれるかは君次第」

「助けろよ。【俺】はお前が居なきゃただの人間に近い筈だからな」

「俺に期待する程、君が追い込まれていたらな」

 鋳鶴は、男の前に立ち上がり、彼に手を差し伸べた。

「人間なりの挨拶、だったな」

「あぁ」

「その手はまだ受け取らない。受け取れないのではなく、受け取らない。魔族も挨拶や作法が多少なりとも存在する」

 鋳鶴は瞬時に彼の傍から後方に跳躍して距離を取った。

「まぁ、これも何かの縁だ。君の技量を俺に示して見せろ。何事もまずは、信用を得ることから始まる」

 鋳鶴は自分の目を疑った。自分の相対する魔族の男はつい先日、鋳鶴自身を襲った男と同系統の魔術を使用したのだ。

 彼と同じ要領で彼と同じ、武具の展開方法。まるっきり同じ、彼の複製魔法を正面に居る男が複製でもしているかのように完全再現と言える程精巧な複製魔法だ。

「ある種、これはヒントに近いものだ。俺が何者か、これだけで分かれば君は賢いということだ」

「大丈夫……。この前見たばかりじゃないか……。【俺】なら出来る」

 無数の墓を粉砕しながら、無数の武具が鋳鶴に向かって射出される。その無数に射出される武具を鋳鶴は、反撃するわけでもなく、ただただそれから逃げるのみの姿勢を見せていた。

「ほう」

「【俺】は普通の魔術程度しか使えない。お前がいなけりゃ、アセロにすら及びもしない。【俺】は弱い」

「弱い?それに何の問題がある?人間とは弱いものだろう?君も等しくそれで俺に文句はない。文句があるとしたら、君の様な強い人間が猫を被って醜い言い訳をするな。ということだ」

 また、まただ。

鋳鶴の頭はそれでいっぱいになっている。何よりも魔法陣から武具を射出するだけではない。男は鋳鶴の前で瞬間移動も同然な魔術による移動を使用し、彼に近づいていた。

その両手に二つの剣を手にして。

「くっ!」

 鋳鶴は寸での所で彼の両腕を掴み、双剣による攻撃を防ぎ、男の射出した武器が彼に直撃する様に瞬時で計算し、彼をそこに押し出す。

「君は強いさ。人間と言う枠組みではだがな」

 男は何事もなかったかの様に鋳鶴の背後を取って彼の背中に剣を突き付けていた。

 突き付けた剣は鋳鶴に触れることなく、一定の距離を保っている。

「誇りを持て、自分の強さに。この世にゴミ程人間は存在しているが、君の様に自身に才能があり、俺と言う魔族を宿している人間など居ない。これは才能の上乗せだ。元からポテンシャルの高い人間である君に、魔族である俺の力が上乗せされる。ということはだ。君の様な才能の塊の人間が、弱いという事を自称するのは他人を馬鹿にしているに等しい」

「お前に飲み込まれる様な人間が!強いはずがない!」

「君は何を言ってるんだ?一般人だったのなら、君は俺に思うがまま体を乗っ取られ、望月鋳鶴という人間はとうに消滅しているはずだ。何故なら」

 鋳鶴に突き付けていた剣を男はそのまま、鋳鶴に突き刺した。

「俺が魔族だからさ」

 背中を刺された鋳鶴だったが、自然と痛みはなかった。

 出血の代わりに男の何かが武具を伝って鋳鶴の中に湯水の様に流れ込んでくる。

「なんだ……これ……!」

 痛みの代わりに現れたのは、凄惨な景色の映像だった。

 まるで鋳鶴の脳内の奥底で眠っていた様に鋳鶴の視点から、人間という人間を殺し尽くさんとする映像がモノクロで再生される。

 凄惨な景色を続けた後に、殺害した人間の亡骸を一体ずつ、地中に埋めて、その上に十字架を立てる。

 今、自分の眼前に広がる景色がまさしくそれで鋳鶴は鳥肌が立っていた。

 モノクロな世界で、一人の男が人間の亡骸を引きずり、それを地中に埋葬する様子は、鋳鶴に吐き気と憎悪を(もたら)す。

「【俺】に……【俺】に何を見せた!!!!」

「見せた?君が勝手に見たんだろう?この世界の在り方を、ここは君の精神世界の様なもの。高校生にしては大分、乾いて錆び付いている心象世界だ。何もない。周囲には墓ばかり、これは一体、誰の墓なんだ?」

 鋳鶴は背中の剣を引き抜く間もなく、男の方向へ瞬時に振り返り、彼の顔面目掛けて右拳を振るった。

 本来、剣から滴るのは赤色の血。

しかし、鋳鶴を突き刺した剣からはモノクロの血液が滴り、そのまま地面に付着している。

「はあっ……!はああっ!」

 鋳鶴の中に流れ込む映像は勢いを止めない。

 ずっと、彼の頭の中には人を殺害しては、墓を作り、それを埋葬し、また人を殺害するという映像が繰り返されている。

「これは、君の何かだ。この景色は、今、君の眼前に広がる俺と、この無数の墓の景色。それも全て君の何かであり、全てに意味がある。この世界に意味のないものなど、一つもありはしない。この景色は、俺の名前を聞けないのは、どういう理由なのだろうか」

「うるさい!」

 鋳鶴が再び、男を殴りつける。

 男はそのまま倒れ、起き上がろうとしない。鋳鶴は、震える腕と、混乱し続ける頭の中を整理しながら、男を抱えようと、彼の脇に手をかける。

「これが君の世界なんだよ。鋳鶴」

「!?」

 鋳鶴が起き上がらせた男は、先程の男ではなく、桧人の姿をしていた。先ほどまで会話を続けていた男の姿をした桧人が、鋳鶴の両肩を掴みながら、鋳鶴に向かって倒れる。

「全部、殺すんだよ。君が」

 鋳鶴の脳に、新しい映像が再生される。

 今度は、知らない人間たちと男の姿ではない。陽明学園の人物たちを凄惨に、無慈悲に、まるで貪る如くの勢いで殺していく、自身の姿だった。

「お前が殺す」

「……お前が殺す……」

「お前が殺すんだよ」

「貴方が殺すのよ」

「君が殺すんだよ?」

「貴方が殺すのです」

「お前が!全部!破壊するんだよ!鋳鶴!」

 見知った友人たち、陽明学園の様々な人たちにそう吐かれながら、鋳鶴はそれらを無慈悲に殺していく、一連の作業の様に、もう決まった行程が存在し、それを理解し、ただそれを全うする殺戮兵器に鋳鶴はなっている。

「お前えぇぇぇぇぇっ!!!!」

「その顔だ。望月鋳鶴。それでこそ、君は強い人間なんだ。一般人ならとっくにこんな世界ごと、全てが破壊されている」

「うるせぇっ!」

「分かる。俺には君の気持ちを理解する術がある。無論、君の精神世界に住んでいるせいか、俺も多少は毒されているらしい」

 鋳鶴は男の顔を殴り続けるが、男は構いなしと言わんが如く、鋳鶴に思う存分、自分の顔を殴らせた。

 彼の拳が黒くなっていくのを見ると、男は鋳鶴を制止する様に彼を突き放す。

「俺の前で、自分は弱い人間だと口にするな。思うな。俺の見せるそれにお前は組み伏せられるな。君が人間でありたいのなら、俺は君のそれを契約上は侵食しない」

「お前を……、信じろと!?」

「あぁ、言わずともわかるだろう?君ほど強い人間なら、俺であっても長年使用してきた武器の様に使いこなせるさ」

 鋳鶴に向かって男は手を差し伸べた。

「この手を取れば、契約完了だ。お互いの目的が済むまで仲良くしたいものだ」

 鋳鶴の頭の中でこの数日間の出来事が走馬燈の様に即座に出て来た。

 鋳鶴は考える。

 この男の手を取れば、自分にはそれ相応の力と、普通科を体育大会で優勝へと導く事が出来ると、ただ一方でこの男の手を差し伸べる様子に一抹の不安も隠し切れない。

この期に及んでこの男はもう一度、自分を取り込んで今度こそ真の魔族になるのではないか、と鋳鶴は思っていた。

 そして先ほどまであの男によって見せられていた景色。今まで信用していた友や家族に罵倒されながら、それを自分が黙々と殺す様子を見せられたという事実が鋳鶴を思いとどまらせる。

 誰かを失ってしまうという恐れ、自我を失ってしまうという恐れ、何よりも魔族と手を組む事自体、鋳鶴はアセロに言い放った言葉を思い出し、他人事ではないと思う様になってしまったからだ。

「気にしているのか?」

「気にしないわけがないだろう」

「あまり、深く考えるな。俺は気付いた。ただ、暴れるだけではこの前の様に、君と他の連中に無理にでも止められるだけ、だから君に今、こうして手を伸ばしている」

 男はそう言ってより深く、より鋳鶴に近い彼の胸の前まで手を伸ばし、そう言った。

「君は何よりも他人を優先する男だ。俺が目覚めてから数日でも理解出来る。他人を考えすぎるあまり損をするタイプだ。居候の魔族ではあるが、君の体は俺の体でもある。大事にしろとまでは言わないが、君の覚悟に揺らぎが生じた場合。俺は急に顔を出し、君の体を操縦させてもらう」

「操縦って……ロボットじゃないんですから」

 鋳鶴は男の手を取って引き寄せ、そのまま立ち上がった。青ざめていた表情は普段の血色に戻っていた。

 鋳鶴が立ち上がったと同時に、モノクロだった世界には色彩が加えられていた。始めに降り立った丘は茶色、墓を囲む地面は芝が生え、空は雲一つない快晴。

 男の手を取った鋳鶴の目の色は変わっていた。

「その目だ。君は魔族を完全に嫌悪する人間ではない」

「まぁ、嫌いではありますけどね。けれど、貴方とは互いに手を組んで戦うしかないじゃないですか、僕では及ばない人たちも居ますし」

「そう。自分が俺に侵食されることを恐れるよりも自分が侵食されず周囲の人間を失う事を恐れ、俺の力を利用し、彼らを守護しよう。と率先して動くのが君さ。魔族には向かないが、極めて人間らしい弱さを兼ね備えているとも言える。はずなのだが、頑固な上に、誰よりも人間を守護する。が、そこで自分の事を考えないからな」

「僕の取り柄は、人助けぐらいしかないですからね」

「また謙遜かね。いい加減聞き飽きた。少しは自分に誇りを持ったらどうだ?」

「驕っていると思われたくないですからね。僕には僕の人には人の物差しがあってそれ以上の事は測れない。けど、人助けのためなら僕はその物差しを他の事より、範囲を伸ばすことが出来ていると思うんです」

「君の物差しの長さを俺は知りたくもない。が、魔族の俺にそういう人間らしい感情を教えてくれるのは興味深い所ではある」

「魔族だって人間だって、互いに手を取りあって生きていけると僕は思うんです。ただ、溝が深すぎてどうしようもないってだけなんだと思います。こうして、僕とおじさんが一緒に会話を交えられている時点で人間と魔族の相性はそこまで悪くない筈なんですよ」

 男は鋳鶴の発言に思わず、自分の顔を指さし、鋳鶴にその旨を確認させる。自分の事をおじさんと呼ばれたせいか、顔色が曇っている。

「俺がおじさんに見えるかね……」

「駄目ですかね?名前は分かりませんし、お兄さんとか呼ぶのはなんか嫌だったんで」

「俺としては一向に構わんこともないが、おっさんか……」

「じゃあ、魔族のおっさんってのはどうですか?」

「それでもおっさんか、まぁ仕方ない。それでいこう。俺は、親しみと見下しを込めて鋳鶴と呼ばせてもらう」

「見下しは込めなくても……」

 魔族のおっさんは立ち上がり、鋳鶴に背を向けた。

「当たり前だ。俺の考えを君が改めさせる事でも出来れば、対等な存在として扱うかもしれんのだからな」

「は、はぁ……」

 鋳鶴は背を向けるおっさんの背後から彼の正面に回り、広げた右手を差し出した。

「なんだ。今の俺は手を借りる様な状態ではないだろう?」

「握手ですよ。握手。これから世話になる者どうし、握手しましょうよ」

「勝手にしろ」

 コートの中にしまっている両腕を鋳鶴は無理矢理引きずり出しておっさんと握手を交わす、彼は無表情のまま、心象世界に映し出される太陽を見つめていた。

「自分の心の中に太陽があるとは、厚かましいものだな」

「まぁまぁ、天気は晴れてた方がいいじゃないですか」

「君は、本当に楽観主義者だ。お陰で俺の気も抜けてしまった」

 男は黒いコートを翻すと、風と共にその場から消えた。

鋳鶴は彼の事を呼ぶも返答はなく、そのまま謎の光に包まれ、元の世界へと戻っていった。



――――学長室――――



「はっ……!」

鋳鶴が目を覚ますと、目と鼻の先で彼の様子を至近距離で窺うアンリエッタの姿があった。

「目が覚めたか」

 アンリエッタは鋳鶴の額に手を当て、彼の体温を確認した。鋳鶴もアンリエッタが近くに居る事で頬が赤くなっている。

「椅子に張り付けて正解でした。申し訳ないという気持ちはありましたが、あまりにも抵抗力が強いものですから」

「何とか取り込めたかと思います。ありがとうございました」

「それは良かった。これで私も望月さんを殺さなくて済みました。これからの普通科のシンデレラストーリーを私にも拝見させてくださいね」

 ジャンヌは満面の笑みで鋳鶴にそう言った。

 良い意味で言うと、無垢な笑みであるが、今の鋳鶴は気を抜いたら魅了されるという恐怖を感じていた。

「あっ!そろそろ帰らなきゃいけないんで!失礼します!」

 鋳鶴は慌ててティーカップに入っていた紅茶を口に含んだ。彼が精神世界に行っている間も置かれ続けていたカップの紅茶は丁度良い温めの温度になっている。

「えぇ、応援しているから、頑張ってくださいね」

 鋳鶴はジャンヌに深々と頭を下げて一礼し、重厚な学長室の扉を押し開けて焦らずゆっくりと、大きな音を立てない様に扉を閉めるとそのまま速足で普通科の校舎に向かった。

「珍しく、楽しそうなお顔をしてましたね。私の前ではあまりにもお見せになられないのに」

「あら、アンリエッタ。私、そこまで笑っていましたか?貴方が嫉妬するのなら、本当に笑っていたのでしょう」

「将来、もしかしたら将来どころでなく、明日にも彼は魔族の力を行使して敵になるやもしれません」

「それは構いません。そうなれば、私はさっきも言った通り、彼を殺すだけです。そうならない様に願います。そして彼が最初に対峙するこの学園内での敵は、風間会長も酷な事をするものね」

 ジャンヌは空いたティーカップをアンリエッタに手渡しして、学長室から夕焼けに染まった空を眺めた。

 その夕日の景色は、彼女の目にどう映ったのか、黙々とそれを見つめるジャンヌの気持ちを従者のアンリエッタでも理解できなかった。



――――魔法科体育館裏――――



「はぁ……。もっと骨のあるやつはいねぇのかよ」

 男が座っていた。髪の毛は夕日を浴びて煌びやかに輝く金髪。制服は着崩し、彼の分厚い胸板が顔を出し、小さい瓢箪(ひょうたん)のネックレスが見える。

 彼が腰掛けているのは、多数の倒れた人の山。そこの頂点に腰掛けていた。彼の下敷きになっている人間たちは皆、この学園の制服を着用していた。その生徒たちは全て、魔法科の生徒である。

 だが、頂点に座す彼は鋳鶴たちと同じ、普通科と同様に服装だ。

「おっ……お前を倒せば!」

 男の足元から震え声が響く、男はその場を見ようと山の下を覗くと、全身がまるで痙攣しているかの如く身震いし、広げた魔導書を手に抱え、それを男に向かって構えている魔法科の生徒が居た。

 友人の敵討ちか、それともただ、名を上げたいだけの男か、誠は金色に輝く目で相手を見定める。

 しかし、彼の身震いを見るに、あれは武者震いではない。ただ、城屋誠という男を恐れている人間が彼の前に立ちはだかった時に見せる姿だ。

 彼は自分より強い者を求めて毎日の様に魔法科の生徒たちからの喧嘩を買っている。真の親玉の生徒会長はいつまでも出て来ず、幹部らしき人物も現れない。

 ただ、彼が魔法科の生徒を全力で叩きのめすのには理由がある。

 誠は普通科の生徒たちからしても不良、まさしく暴力の体現と呼称されることもあるのだが、一部の生徒たちからは憧れや羨望の眼差しで見られることが多い。

「声も震えてるし、腕も震えてんぜ?そんなんで俺に、勝てるとでも……思ってんのがゴラァッ!」

「うっ!うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 青年は魔導書を使用し、誠に向けて火球を飛ばす。

「挑んで来るのは、根性や名誉欲みたいなもんもある証拠だ。お前は山にはしねぇから、魔法科のトップのクソアマを此処に呼んで来い。虹野瀬縒佳にじのせよりかをなぁ!」

 誠は拳を振りかぶって、まずは自分に向かって発せられた火球を粉砕する。

 青年は咄嗟に誠の拳を魔導書で防御しようとしたものの、彼の拳はものの見事に六法全書と同程度の分厚さを誇る魔導書を貫き、青年の右頬にめり込む程の腕力で殴り、青年を吹き飛ばす。

 大きな悲鳴を上げながら吹き飛ばされた青年は、魔法科校舎の何処かに直撃し、砂ぼこりを辺りにまき散らした。

「はぁ……、面白い事でも起きねぇかなぁ」

 そう言い残して、誠は人間の山に戻り、その頂上で居眠りを始めた。


お久しぶりです。生きてます!今日から20話まで毎日24時?に投稿します!よろしくお願いします!

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