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優しい魔王の疲れる日々(リメイク)  作者: n
優しい魔王の疲れる日々(リメイク)2
13/42

第11話:魔王と生徒会長

久々の更新です。予約投稿忘れてました!申し訳ないです

あの後、雅は嵐の様に去っていった。玄関の補修作業は日を跨ぐ前に終了し、鋳鶴は四時間ほど睡眠をとり、相変わらず家族の朝ごはんと弁当を作り、陽明学園普通科の中庭で食事を取っていた。

陽明学園普通科の中庭は、普通科の中央に設けられたフリースペースで

「昨日は大変だった。変な奴に攻撃されるし、母さんが助けに来てくれたのは良かったけど、家の玄関を破壊されるし、助かったには助かったけど」

 鋳鶴が母の愚痴を淡々と連ねると、麗花が真紅の端を咥えたまま鋳鶴の事を指さす。

「あぁ~、雅さんだっけか?そうとう強いんだろ?」

「強いけど……。強い以上に物とかを大切にしてほしいけどね」

「一回、手合わせしてぇなぁ……」

「麗花もやめた方がいいと思うよ。昔から何回か組手とかさせられてるけど、一度も勝てた試しがないしね」

「マジで!?」

 麗花は目を煌びやかに輝かせながら鋳鶴に前のめりで話しかけた。

「あの御仁は一筋縄でいかないだろうしな。木刀が何本あっても足りないだろう」

「あれか、向かい合うだけで気圧されるって奴だろ!?体験してみてぇなぁ……」

「……何より、友達の母とは思えないぐらいに美貌も兼ね備えているからな……」

 卵焼きを口にほおばりながら影太も雅の事を褒めちぎる。鋳鶴は嬉しい様な悲しいような不思議な気分で苦笑いをしていた。

「強くて美人なんて、益々憧れだなぁ……」

「それだけじゃない。雅さんは魔術師としても一流で世界の選ぶ誇るべき魔導士十選にも選ばれたんだぜ?滅多に選ばれるものじゃないし、雅さんはその二人目としてもしっかり注目を浴びているしな」

 息子の鋳鶴よりも桧人は饒舌で、少ない時間の中で雅の事を宣伝する。箸を止めて彼が会話をする事は珍しいが、一流の魔術師に詳しい桧人からすれば彼女は身近な友人の母ではあるが憧れの人物の一人なのである。

「拳じゃなくて魔術師としても一流なのか……、戦ってみたいと思ったけど、流石に魔術を使われたら私でも肉薄どころか、触れることもなく倒されちまうんだろうなぁ」

「あの人は一定の人間か魔族が相手じゃなければ魔術は使わないからね」

 雅の魔術の特性故になのだが、彼女は相手の限界を超えて攻撃することがない。対象が破壊された時点でその魔術は終了する。

 破壊というよりもその一部を完全に削り取る様に発動されるそれは、相手に後遺症や傷口からの細菌感染を防ぐのにも役に立つ。

 さらに彼女の破壊は医者である彼女に必要不可欠な物であり、彼女が医者として存在しているのは、彼女の破壊による癌細胞の部分的死滅、尿管結石、異物混入まで彼女の破壊魔術さえあれば、身体に不可を掛けることなく、治療を施すことが出来るのである。

「医者だけど、破壊して治すなんて珍しいからね。ある意味、人の体にメスを入れることもなく、変にマッサージや骨の矯正を促すわけでもないから、世界で一番優しい治療術と言われることもあるんだ」

 一度も厄介になりたくない。という医者と言ってしまえば、それも正しいかもしれないが、彼女にかかればどんなに不可能な摘出手術や末期癌と言えど、対象の体に傷を負わせることなく、その悪質な部分を破壊(削り取る)事によって世界にも名の知れている医者なのである。

「……あの人の元には毎日、世界から患者が訪問するらしい……。だから、望月家に帰ることも滅多にない……。加えて、親父さんも多忙な望月家の大黒柱は長男の鋳鶴になる……」

「俺たちも鋳鶴に協力してやるべきだとは思うが、望月家の女性陣は癖が強すぎるからなぁ」

 麗花以外のその場にいるメンバーは顔をそろえて頷いた。彼女以外の面々は望月家の人間を少なからず知っているためにその態度であり、鋳鶴に対する哀れみの視線が向けている。鋳鶴はただ、微笑むだけで彼らに何も言うことは無い。

「鋳鶴よぉ。お前はそれでいいのか?」

「良いかって言えばよくないけど……。でも昔からこうだからねぇ……。改善する余地はあると思うけど、僕がここまでこうして育ったのも家族のお陰だし」

 麗花は、日頃の鋳鶴に対するイメージを浮かべた。

 陽明学園普通科中等部から彼とずっと同じクラスの麗花は、困ったときには鋳鶴たちに助けてもらい。勉強で難しい所があれば、今いる誰かが教鞭をとり、教えてくれる事もあった。

 それらすべてを企画したのは影太であるが、それを初めに実行し、教鞭をとったのは何を隠そう鋳鶴である。

 鋳鶴の得意分野は家庭科と体育、教鞭をとってくれた鋳鶴に対して麗花は、いきなり副教科かよ。と悪態をつきながらも彼の教え方が上手かったのも麗花の記憶にもあるが、一番そういった勉学関連で一番協力をしてくれたのは鋳鶴だと思い出した。

 去年、影太の誕生日にマフラーをプレゼントしようと一緒に買い物に付き合い彼に合うマフラーを選んでくれたのも他ならぬ鋳鶴だ。

「ごめん。お前の事も考えずにそれでいいのか?なんて無責任なこと言って」

 胡坐をかきながらではあるが、麗花は長く伸びた髪を大きく振り上げて鋳鶴に頭を下げた。

「……荒神が謝るのはお前ぐらいだろう……。素直に羨ましい」

「うるせぇ!私は自分が悪いと思ったら謝るんだよ馬鹿!」

 不貞腐れる影太に麗花はヘッドロックをきめて脇で首を締めあげた。

 鋳鶴が仲裁に入るものの麗花は締める力を緩めない。激しく彼女の腕をタップする影太も徐々に顔色が紫になってゆく、桧人と歩はいつもの事か。と二人を制止することはせず、そのまま黙々と食事を続けている。



――――生徒会室――――



「興味深いね?とても興味深いよ?」

 普通科の生徒会室で一人の生徒が、社長椅子の様に深く腰掛ける事の出来る上等な椅子に腰かけながら、普通科の生徒たちの資料を広げていた。

「このご時世、個人情報は秘匿とされるべき内容なのですが、学園長が生徒会室の面々なら見ても良い。という事をお聞きしたので前回から既知している彼らの身辺事情をさらに深めてお調べしました」

雛罌粟(ひなげし)はそれでいいと思った?僕としては反対したかったんだけどね?」

「あのですね。会長、私は貴方の能力を知っているからこそ、こうして資料を用意したんです。望月君の力量を計りたいというリクエストにもお答えした結果がこれですから」

「確かに?そう言った記憶もあるね?でも望月君だけを戦力にするのは心もとないし?彼の周囲にいる人たちなら快く協力してくれると思っているんだけど?僕は間違って居たりする?」

 雛罌粟はいつも抱えているファイルを握り締めた。

「そうですね。間違っているとしたら、依然、城屋(しろや)(まこと)に声をかけない事でしょう。彼は間違いなく、現普通科最強の男子生徒であり、最高の戦力です。望月君からスカウトして彼のプライドを逆撫でする。という結論に至らなかったのですか?」

 一平は頬杖をついて眉間に皺を寄せる雛罌粟を見つめた。すると、床を蹴りつけて椅子を三回転程回転させる。

「う~ん?それは駄目だと、僕も思ったんだけどね?望月君と城やんは仲が良いって噂と言うか、白鳥女史から聞いたものだから、僕としては先に、望月君を先に仲間にするのが得策かなぁ?とね?」

「そうは思いますが、彼が勝利するという算段があるのですか?」

「ないよ?」

「えぇ!?」

「今朝?学園長に聞いたんだけどね?彼の力がとんでもないことになってるらしいね?それを使い熟せるようになるかが鍵だし?何より、彼が自分からその力を使える覚悟を持つのも鍵かなぁって?」

「そんな淡い期待で望月君を動かしていいのでしょうか……」

「うん?勿論さ?その為に僕が直接赴くんだよ?もしかしたら僕の能力で彼の力をさらなる段階に覚醒させることも出来るかもしれないし?それを彼が望めばだけどね?」

「まぁ……、期待はしておかない方がいいと……?」

「いや?期待はしておくべきだと思うよ?勿論?僕ではなく、望月君にね?」

 雛罌粟は肩を落としてお茶を汲みに給湯室に向かった。

 一平は鋳鶴以外の面々の資料も手に取って確かめる。鋳鶴の資料を手にしていた時は眼鏡をかけていたが、こちらの資料にはより、興味があるようで間近で凝視している。

「三河歩君?ふーん?」

 歩の資料を手にした時、初めに彼が見たのは彼女の顔である。そしてズボンのポケットから徐に鏡を取り出して自分の顔と歩の顔を見比べた。

「うん、やっぱり僕の方が可愛いのかな?」

 他にも麗花、詠歌まで取り敢えず女性陣の資料を一回り見終わると、それぞれの家柄にも目を向ける。

「歩君は武家?荒神君は……、ははぁーん?鈴村君は普通の御家庭かな?前回は彼女たちの秀でた能力しか分からなかったからね?」

「荒神さんは、かの荒神コーポレーションの御氏族だそうです。流石に会長でもお耳にには入ってますよね?」

 雛罌粟が二人分の湯飲みをお盆に乗せ、そのうちの一つを一平の前に置き、もう一つをソファの前に配置された机に置いた。

「何の会社だっけ?」

「は?」

 雛罌粟のあまりの剣幕と突如、湯飲みを力強く机に叩きつけるが如くの力で音を立てて置いたという行動を目の当たりにし、会長という立場であるはずの一平が、雛罌粟に対して完全に委縮してしまっている。

「荒神コーポレーションと言えば、全ての女性の味方。というコンセプトを元に立ち上がった企業なんです。まぁ取り扱っているのは主に化粧品や洋服とかですね」

「へぇー?そんな企業のお嬢様がどうして一人暮らしを?まさか家出とか?」

「そこまでは……、彼女の御友人になってから訪ねるなりした方が得策かと、会長の女性に対する姿勢というのは常に下品且つ、礼儀知らずですので、彼女も格闘技に関しては普通科の上位に入るぐらいには体を鍛えているはずです。会長では襲われたら一たまりもないかと」

「それは困ったことだね?まぁ自分でそこは何とかするよ?彼女にも協力してもらうはずだし?それ相応の報酬は彼女にも用意してあげないとね?初対面から僕には厳しかったしね?」

 一平は女性陣の資料を机の上に置くと、今度は男性陣の資料を手に取り、目を移した。

 鋳鶴の資料は何度も拝見していたため、素早く資料の一番後ろに戻し、まずは桧人の資料に目を通す。

「坂本桧人。趣味は遊ぶ事。嫌いな事は余裕のない事。だそうです。望月君とは小学校からの親友で望月君、三河さん、坂本君、土村君の四人は幼馴染で小中高と三人とも同じクラスが大体だそうです。坂本君は小学生の頃に年の離れたお兄さんを魔族の手によって殺され、魔族を悪い意味で特別視しているそうです」

「敵討ちってところかな?」

「えぇ、それで間違いないでしょう。ただ、魔族の手によって殺されたのは確かなのですが、坂本君のお兄さんは大学生の若さで魔術師としての冠位を集中に収めた程の実力者で上級魔族にも引けをとりませんでした。しかし、会長はご存知ですか?」

「知ってるよ?べカティアだろう?」

「はい。彼の兄は上級魔族のべカティアによって殺害されました。よりにもよって坂本君の誕生日に、べカティアが元から彼の兄に付きまとっていたなどという噂がありますが、真実は定かではありません。彼は坂本君の誕生日、魔術師としての仕事を終えて、帰路についた所でした。彼の亡骸の隣には全く形の崩れていないホールケーキが真っ赤になってしまう程の鮮血が付着していたそうです」

「べカティアねぇ……?変装と魔族育成のスペシャリストかな?」

「坂本君のお兄さんも魔族の研究をされていたのもありますが、べカティアにとっては邪魔だったのでしょう。正義感の強い彼は、魔族に襲われている人たちを毎日の様に助けていましたからね。大臣も彼を失ったのは大きな損失だ。とおっしゃっていました」

「お兄さんがそれだけすごいなら?どうして彼は魔法科の生徒じゃないんだい?」

 雛罌粟は溜息をついて、一平の机に乱雑に置かれた女性陣の資料を纏め、板に挟み、それを抱き抱えた。

「会長は一人っ子なので理解出来ないでしょうが、自分の周囲に才能がある。と一般的に世間から言われる人がいるとしましょう」

「うん?」

「その人と兄弟や姉妹だとしたら?」

「比較されるね?」

「そういう事です。人間、誰しも競争社会で生活を送るものですが、基本的にそれは他人と行うもの。それが兄弟で自分の兄で、圧倒的に才能がある人間ならどうです?会長でいう私が才能のありあまる人だとしてお考えください」

「それはいやだね~?いや、勿論、雛罌粟はすごいけどね?僕と比べちゃうとね~?」

 一平は椅子に腰かけながら足を組み、茶を口に含みながらにやけ笑いを浮かべる。

「その笑顔はムカつきますが、良しとしましょう。会長が、私がそうであったら嫉妬したり、嫌だなと思うのと一緒で彼もそう思っていたのでしょう。だから友人である望月君たちもその事にあまり触れようとしないんだと思います。彼には魔術を使う事は出来ますが、どうしてもお兄さんと比較されてしまいますからね」

「だったらそれも?僕が呼び覚ますようにすればいいんじゃないの?」

「いや、しかし、流石に無茶だと思われますが」

「無茶?無茶ねぇ……?久々に僕の実力を発揮する時が来たんじゃないのかな?前回はお披露目しかしていないわけだし?」

 一平が立ち上がり、ハンガーラックにかけてあった制服を纏い、内ポケットに入っていた手袋を取り出した。

 そして生徒会長と記された角柱名刺が置かれた机の引き出し、一番広い一段目から二段下の引き出しから生徒手帳を取り出した。

 この学園の生徒手帳は、魔王科が紫、魔法科が青、銃器科が赤、科学科が黄、機械科が白、普通科が緑だ。

 生徒会長の様な特殊な役職持ちの生徒には、目立つように光に当てると反射するメッキの様な素材が使用されている。

 そして生徒会長の役職には腕章が配られ、それを制服に装着するという義務がある。

 他にも生徒会長には様々な特権があるが、それは腕章と一平の手に持っている生徒長がそれを可能にする。

「普通科を六科最強にするという夢を掲げるんだよ?そう思わせるためにはね?僕が本気を出さないとね?」

 一平は口調を変えず、雛罌粟にそう言って生徒会室の重苦しい扉を両手で押して鋳鶴たちの元へ向かった。

 雛罌粟は、一平の事を不安に思いながら、生徒会室の資料置きの上に置かれた段ボールの箱を手に取る。

 段ボールは埃が被っているが、中に入っていた双眼鏡は新品そのものでよく手入れされているのが理解できる。

 雛罌粟は早速、生徒会室から中庭が一望できる窓の前に立ち、早速双眼鏡を構えて、一平の様子を確認した。



――――中庭――――



「はぁー。お腹いっぱいだ。歩の作るおにぎりは最高だね」

 鋳鶴が苦しそうに腹部を摩り満腹感を現している。影太と歩、途中からやって来た詠歌も混ざって全員で歩が作って来たおにぎりを頬張っていた。

 桧人と麗花は二人で競い合うかの様に二分もおにぎりを頬張り続けている。

「そこまで食べてくれるのは、私としても嬉しいが、午後の授業もちゃんと出る様にしてくれないと」

「ほふぁへ(うるせ)ー!」

「あひゃほ(私は)ひ(や)は(す)う(む)はは(から)は(な)ー!」

 二人が一生懸命におにぎりを頬張っている様子を眺めていた鋳鶴。ふと、時計に目をやると時刻は既に12時45分。

昼休憩は終わりを告げようとしていた。次の授業は四時限目、鋳鶴は皆に時間を伝えようとその場から立ち上がろうとする。

「こんにちは、望月君」

 鋳鶴は突如、背後から声をかけられ、それに気づいた昼休憩を楽しんでいた面子もその声の先を見る。

 そこには小柄で頭髪が新緑の芝生の様な緑色の少年が立っていた。その風貌を鋳鶴は覚えていた。

見かけは少年の様だが、その腕には生徒会長と書かれた腕章を巻き付け、その腕章に似合う様な威風堂々とした雰囲気はなく、どちらかと言えば飄々とした雰囲気を漂わせている。

 鋳鶴や桧人とは視線が合わず、相手が若干ではあるが、二人を見上げる程度の身長差になっている。

「僕に一体何の用でしょう?」

「他の人達は外してもらえるかな?もうすぐ四限の開始時間だろうしね?」

「会長、大変失礼ですが、鋳鶴にも四限があります。申し訳ありませんが放課後に鋳鶴の元に……」

 歩が鋳鶴を連れて行こうと、一平を抑止していると、一平は生徒手帳を取り出し、電話をかけた。

 急いで鋳鶴を連れて行こうとする歩だったが、鋳鶴が会長の話を取り敢えず聞こう。というのか、無言のまま、彼女が手を引こうとしてもそれを振り払っている。

「ごめんね?取り敢えず、学園長から望月君だけは四限の授業を免除してくれるように僕から頼んだから、歩君?申し訳ないが、他の皆もね?席を外してほしいかな?」

 流石の歩も学園長の許可の前では無力で鋳鶴の手を離し、その場を後にする。他の面々も鋳鶴の肩を叩いていくなり、頑張ってと声をかけたりして歩の後に着いて行った。

「それでどうかされたんですか?」

「いや?ちょっと所要もあってね?」

「はぁ……。この前、僕は生徒会に協力するとは言いました。それだけでは駄目だったのでしょうか?」

「いや?駄目じゃないよ?むしろね?嬉しい限りなんだよね?僕は、君の実力を知らないんだよ?だから、君の力を見させてほしいと思ってね?」

「いや、僕には何もないです。魔術の素養も少し程度、武術と言っても極めたレベルとは言えませんし」

「あるじゃない?ほら、この前見せてくれた奴がさ?」

 鋳鶴の瞳から、光が消えた。

 一平も得てしての発言ではなく、彼自身を窘める訳でも無く、ただ純粋にそう鋳鶴に告げている。

 鋳鶴も一平の表情を窺うが、彼の瞳には悪気や嘲笑と言った様な邪な考えがない、純然たる視線を自分に向け話していると察した。

「ですが、あれは無闇やたらに使って良い代物じゃないんです。それこそ、会長に怪我でも負わせてしまったら、僕はどうしたらいいか」

 一平は鋳鶴の発言に一瞬だけ呆気に取られたが、すぐに笑顔を現した。

「いや?いやいやいや?僕は少なくとも?生徒会長なんだよ?最低限の素養はあるし?何よりも?誰もが誰も、生徒会長になれるわけではないんだ?」

 言葉を連ねるごとに、一平はゆっくりと、制服を脱いで行く。

「ですけど、流石にあの力は駄目ですよ……」

「たぁしかに!?僕は弱いよ?もしかしたら?この学校のどの生徒よりも弱いのかもしれないね?もしかしたら?中等部一年生の生徒さんにも肉体的に負けてしまう程に?華奢で?色白で?美男子だよ?」

 最後の一言は要らないだろ。と思う鋳鶴だが、ここは言葉を口に出す前にそれを飲み込む。

「ただ、一つ言わせてもらうとすると?今の君だけじゃないね?他の普通科の生徒と僕が戦っても僕が勝つんじゃないかなぁ?とは思っているよ?それぐらい?自分に自信があるというか?負ける気がしない?というかね?」

「本当に、いいんですか?」

「うん?構わないよ?偉そうに上から言うけどさ?僕は、生徒会長だよ?それに君を体育大会に入れるにはね?それ相応の実力があってこそ?という訳で?それがなきゃ君の事を選ばないし?今此処で、君に何もないという結論に至ったとしたら?この契約は申し訳ないけど、解約させてもらう事にするからね?」

 鋳鶴は、今の一平の発言を挑発と取った。

確かに、鋳鶴に魔術の素養は無い。武術と言っても姉妹に教えられたものばかり、ただ、それだけでも鋳鶴は、自分は一定の強さに立っていると自負していた。一平には謙虚且つ、下手に出ていた鋳鶴の闘争心を一平の挑発によって火をつける。

「いいですよ。ただし、加減は出来るか微妙ですが」

「あれ?ちょっと怒ってる?」

「怒って……」

 一平が構えを取る前に、鋳鶴の右拳が一平に向かって襲い掛かった。寸での所で左手の掌で打撃による衝撃を受け流し、鋳鶴をそのまま自分の背後に追いやろうとする。

「ないですよ」

 背後に追いやった筈の鋳鶴が、瞬時に足を返し、一平の顔面目掛けて蹴りを入れようと右足で蹴りに入る。

 一平は心の中で何かを念じた。

 鋳鶴の中でこの蹴りは一平が片腕を犠牲にするか、はたまた高速移動の様な魔術を使うしか回避する方法はない。と思う程、完璧な隙を突いた一撃だった。

 が、鋳鶴の核心は一つに疑念を生み出す。

「また前のあれですか!」

「そうだ?そう?僕は瞬間移動ぐらいなら普通に使えるんだったね?」

 一平は鋳鶴の背後で構えていた。瞬間移動の魔術と言えど、普通科の魔術の素養が無い人間が、さらにその魔術の授業を受ける事のない人間が、無詠唱や魔道具を用いずに瞬間移動の魔術を使うのなど不可能に等しい。

 しかし、この技を目にするのは二度目、対策が取れないわけではない。

「相変わらず、飄々とされてますね」

「お褒めの言葉どうも、でも本物の魔術かもしれないよ?」

 鋳鶴は理解している。一平は努力してこの魔術を身に着けていない。努力をして瞬間移動の魔術を彼が習得しようとは思っていない。だが、前回と同様、鋳鶴の回し蹴りを回避したのは事実。

 その事実を受け止めながら、鋳鶴は一平から距離を取ろうと地面を力強く蹴飛ばした。

「そんなに力強く跳んで大丈夫かい?僕なら普通に足を滑らせて転んじゃいそうだけどねぇ?」

「くっ……またかっ!」

 鋳鶴がバックステップした先の着地点には、大きな石が転がっていた。バックステップの際に確認はしていないが、あまりに平坦ではなく、緩やかな山の様になっている石は、突如着地するには着地面積が低く、鋳鶴は足を滑らせて転び、後頭部を石に打ち付けてしまう。

「だから言ったじゃないか?普通に足を滑らせて転んじゃいそうだって?耳を傾けちゃ駄目だよ?素晴らしいバックステップだったけど?背後も確認しなくちゃね?」

「此処は中庭です……。毎日、用務員さんが手入れする場所。学生たちが躓く事を回避したり、自分たちが掃除しやすい様にって……、いつもあぁいった石はどかすんですよ……!」

「そうは言うけれど?どこからともなく、あの石が来たとでも言いたいのかい?その石はそこにあったんだよ?普通に?その場に?あったんだ?」

 嘘だ。と一言でも強がって言い放ちたい鋳鶴だったが、自分が転んだ理由は他でもないその石。

 そこに初めから置いてあったのなら、鋳鶴が回避した先にその石が偶然あった。という事実があるのなら、鋳鶴の単なるミスで頭を打ち付けた事になる。

 相手が間抜けな様子を見せれば、一平はそこに付け込んで攻撃するのが定石だ。鋳鶴も相手が思いがけないミスで隙を見せたのなら、そこをすかさず責める。

 それが戦うという事、少なくとも鋳鶴は、雅にそう習っていた。

「どうして、攻撃しないんです?」

「え?だって君は?僕が攻撃せずに自分から傷を普通に負ってるじゃないか?ほら?」

 梶平の言葉を耳にした途端、立ち眩みと、血の引けた様な脱力感に鋳鶴は襲われる。一平が鋳鶴の頭を指さし、鋳鶴が何かを察して恐る恐る手を額に当てた。

「そんな馬鹿な……」

 重症ではない。鋳鶴の中では軽く頭を打った程度の衝撃だった。流血する様な傷ではないと確信を持っていた鋳鶴は自分の手を広げてその事実を確認する。

「血だ……」

「日常的に体験しない事で驚きの事だろうけど?僕は何もしちゃいないよ?君が勝手に転んで普通に怪我しただけだよ?」

「やっぱり……新鮮だ……」

「え?」

 鋳鶴が頭を抱えながら、小刻みに震えている。一平は彼の行動に幻滅しながら、自責の念に駆られていた。

 望月鋳鶴は、学園での表沙汰では、普通の生徒。ごく一般ではないが、運動神経が抜群なのと、奉仕精神が高いという経歴ぐらいしかない。

 一平は、彼の両親を見て、彼に特殊な才能が眠っているのではないか、と調査を進めていた。家族が特殊と言えど、彼は普通科の中で問題を起こす生徒陣に巻き込まれる模範的な優しさを持った生徒として認知されている。

 特に魔術の素養もなく、格闘技も未経験というプロフィール、それにしては、一平の中で彼は特殊すぎるという疑念が常に纏っていた。

 嫉妬もあるが、まずその背丈。

 高校生離れしているのは勿論、成人男性でも滅多に見ない体格の良さ。筋肉質ではあるが、余計な贅肉があまりついていない。男性が理想とする体である。

 まずは彼自身の体長などについて調査を進めたが、そこでは何も異常は見つけられなかった。

 次に、彼の家系。望月家についての調査を進めていく。

 望月家の調査を進めていく上で彼の家系のデータが現在存命している人物までで止まっているのが分かった。

 それから先のデータは無く、逝去した人間たちの事を調査するのは叶わぬ夢となる。

 しかし、先祖のデータがなくとも、現在の家系から鋳鶴の才能に気付くのは容易い事で多すぎる姉妹たちと祖母祖父、父母から彼が非凡ではないことを理解した。

 血統としては、望月家は恐らく、由緒正しい一流魔法使いの家系だ。祖母祖父、父母が全て歴代の人魔大戦と経験し、四人のうち三人は歴史の教科書などで名前が記載されるレベルの様な偉業を成し遂げた生ける偉人である。

 仮に、望月鋳鶴が自分の才能に気付いていないのなら、それは本人が自身の才能を受け入れられない。という事か、家族に自身の才能について、秘匿にされている。という事か、はたまた機会を伺っているかの三つの発想が一平の脳内で渦巻いていた。

 だが、その三つの発想も先日、予期せぬ形で裏切られた。

 彼は自分の才能を知っていた。家族に秘匿扱いされている訳でもなく、機会を伺っているわけでもない。

 ただ、心の奥底にあるそれを使う。という事を知らなかっただけ、奥底のそれは、世界を数百年しばらく敵に回し続けている者と同様の力。

「怯えなくても大丈夫だよ?僕を信じていい?君のそれに全力で向き合うだけだよ?僕が普通にっ……!」

 一平が自身の能力を発動しようとした瞬間、彼の口元から多量の鮮血が溢れ出る。

「会長!?」

「ゴホッ!大丈夫……、副作用さ……?この程度で済めば……?まだ良い方だよ?」

 一平は血を吐き終わると、鋳鶴に向かって微笑んだ。彼は明らかに無理をしている。が彼には鋳鶴の覚醒というスイッチを入れる方法を有している。

 彼の圧倒的普通者と呼ばれる能力は、端的に言ってしまえば、【普通】でないことを【普通】として押し通す能力。

 鋳鶴の意図せぬ形で自然と自分の心を覆い被さる様に何かが彼を支配する。そして前回、一平の前で見せた繭が現れ、同時に羽化した。

「かっ会長……!」

「大丈夫だよ?なんとかしてみせるさ?【普通】にね?」

 鋳鶴の精神が徐々に飲まれていく、終いには彼の容姿は変貌し、髪は白髪に、優しさを醸し出す彼の瞳は真紅の瞳になっていた。

 彼の左胸は着用している服で遮る事が出来ない程、眩い青い光が溢れんばかりに発光している。

「前回は……、どうもなかったんだけどね……?」

「何なんだ?ここ最近、俺を起こす奴が増えて来ている」

 常日頃、姿勢などには気を遣わない鋳鶴ではあるが、今の彼は猫背になり、前傾姿勢を取っている。

「君は、誰だ?」

「俺?俺か、名前なんてない。俺の名前があるとしたら、それは宿主の物だろう。しかしだ。君は、正気か?」

「何故だい?」

「俺を魔族と承知の上で、君は俺を起こしたと見える。人間は、魔族に会っちゃあいけないって子どもの頃に習わなかったのか?」

 あれを自分の知る望月鋳鶴とは思ってはいけない。と一平は強く念じながら、拳を胸の前で握り、構えを取る。

「ほう?俺と戦う気か?俺の宿主は強い。が、それでも構わんのなら徹底的に相手してやろう」

 一平は無言を貫いた。彼に自分の能力を悟らせないためでもあるが、何よりも自分ですら対峙した事のない様な敵に直面する。あれは、望月鋳鶴ではない。そう強く念じている故に、一平は一言も言葉を口にはしなかった。

「何だ。まぁ君は何も持っていなさそうだし、手加減してやろう」

 相手がそう言い放った刹那、彼の拳は一平の両腕を捉えた。

 本来の一平では、この一撃を受け止めることは叶わなかっただろう。が、彼の圧倒的普通者の能力によって辛うじてその一撃を阻止する事に成功した。

 が、その代償が大きかったのか、一平の口元には鮮血が滴っている。

「おいおいおいおい。何故、ガードしているのに喀血する?君、大丈夫か?」

「ん?【普通】に大丈夫だけど?」

 自身の能力で自身の傷を癒すのも一平の戦術の一つ、だが、彼の圧倒的普通者は自分の体の傷を癒す事は出来ない。

 圧倒的普通者は、有り得ない物事を有り得る物として成立させるもの。一平が大怪我をした場合にそれを使用したら、圧倒的普通者の代償を支払わねばならない事によって絶命するだろう。

 悪魔で今起こした彼の治療の様な行為は、ただ痛みを先延ばしにし、後にそれを全て身体への負債にするという荒技なのである。

 後でそのすべてを受ける。という制約と、彼の中でそれが【普通】だと信じられるなら、対象は一人なのでデメリットが少ないという事になる。

 本来の圧倒的普通者の用途は、大多数の人間の思想、常識を狂わせる。または、湾曲させるために使う能力だ。

 そして自分の有利な状況や場面にし、相手を翻弄しながら戦うのが風間一平の戦闘スタイルである。

「宿主が相手を気遣う様な人間だとやりづらい」

「宿主が心優しい人間だと、君は相手の事を気遣って戦う様になるのかい?」

「俺には名前が無いが、宿主の性格が大きく影響されてな。こいつの過去や思い出も覗けるが、こいつの人生は本当に面白い。人間とはこうも変貌できるものかと、俺は思う」

「宿主の情報を直接君は読み取ることが出来るというニュアンスでいいのかな?」

「ご名答。賢いな生徒会長。だが、賢い奴は愚かだ。あまりに賢いが故に、見落とすものも意外と多いってもんさ。お前でも分からないことを俺は知っている」

「プロテクトに近いものがあるのか……?今の君の心は覗けないかな?」

「お前の能力で今の俺の心を覗こうとすれば死ぬな。俺はこいつの体に巣食う魔族と思えばいい。魔族の心なんざ覗くもんじゃねぇよ。呪詛返しかなんかで殺されちまうぜ?記憶がなくても記憶を消されているだけだとしたら、それなりに俺自体にも呪いは掛かっているだろう」

 一平は圧倒的普通者で自分を魔族と語る男の正体を掴もうとするが、行動には移さない。完全なプロテクトを解除することは叶わない上に、魔族と人間の呪いではその純度が違う。

 人間が数日かかるであろう呪詛を魔族は一瞬で練り上げる。魔族の使用する魔法と人間が使用する魔術には大きな違いがある。

 まずはそのメカニズムから大きく異なる。

 人間の魔術の大半は魔族が使用していた魔術を大きく下位互換させ、魔力に耐性の無い人間でも使える様に仕上げたのが多くの人間が使う事の出来る魔術だ。

 魔族の魔術は、人間の魔力と違い、純粋な魔力しか体内に宿していない為。人間を遥かに超越する魔術を使用することが出来る。

 一般人があまりにも膨大な魔力を体内に宿した場合。魔族へと変貌してしまうか、自我の抑制が効かなくなり、目に映る者すべてを破壊してしまう狂戦士になってしまう。

「望月君を守っているのか……?」

「違う。誰も俺の正体と心は覗けない。恐らく、俺が宿主の体内に入った時にそう細工されたようだ。俺に俺が何者かと気付かれたくない。か、はたまた宿主に俺の存在を察することをさせないためか」

 一平の正面に立っていた鋳鶴の体が消える。一瞬の出来事だが、一平は脳内で相手の動きに即座に対応できるような現象を想像し、その攻撃に備えた。

「俺は何者なんだ?お前に答えられるのか?ただ、何も知らない俺にも分かることはある。人間の体内に巣食う魔族の記憶を他者による閲覧不可にする。自身の記憶の欠落があると思えるのは、同じ魔族の力だろう。つまりだ」

 一平の背後から鋳鶴は現れた。

「僕の背後に立てないのはっ……!」

 一平がすべてを言い終える前に、鋳鶴の蹴りが彼の背中を襲った。

「そう。魔族の誰かに、俺という存在を危惧しているという魔族が居るという事だ」

 幸い、花壇に背中を打ち付けた一平は打ちどころが良かったのか、目立った外傷はない。まだ自我の残る鋳鶴が見せた抵抗か、確実に背後を取られ動揺した一平だったが、即座に立ち上がり、鋳鶴の様子を窺う。

「まだ自我はある……?」

「俺に抵抗する余地はあるのか」

 一平は注意深く、相手の腹部を確認する。鋳鶴の腹部を中心とし、稲光の様に湾曲した線が数本、身体の隅々を通して現れていた。

「弱点を教えてくれている……?」

「支配するつもりではいるが、折角呼び出されたんだ。本気でやらせてもらおう!」

 鋳鶴の体から大量の魔力が溢れ出す。まるで水が満杯になった盆にさらに水を加えたのかと言わんばかりに青白い魔力が止めどなく溢れてゆく、その魔力は周囲の大気を震わせ一平の肌を伝い、彼を刺激する。

「まだ完全に目覚めてもいないのに……?これまでの魔力を……?」

「宿主の能力的にはここまでが限界なのだろう」

 周囲に居る人間の肌を伝い、刺激を与える程の魔力を放つ相手を目の前にし、一平は多少なりとも委縮している。

 彼なりに自信はあったはずだが、魔族の本質が何たるかを直に体験し、流石に普段から余裕を見せる一平でさえも相応に震え上がらせた。

「それでも俺の前に立っているという事は、君にもそれなりの実力があるのだろう?そうでなければ、俺の前に立てない」

「ちょっとその実力じゃあ僕も敵わないとは思い始めてきたよ……?それでもね!?」

 一平は鋳鶴に向かって駆け出す。何も持たずに、何の思考も巡らせることなく、あまりにも無謀と思えるその行動は鋳鶴の抵抗力を煽った。

「会……長……!無茶しないで……!くださいっ……!」

 一瞬だけ、鋳鶴の姿が、元の人である姿に戻る。鋳鶴の行動が一平の脳に再び思考を生み出し、彼を微笑ませる。

「そうだったね?君は……そういう人間だった?」

 一平は鋳鶴の脇を通り過ぎ、背後を取った。

「僕は【普通】に!?身体強化程度の魔術なら使い熟すことが出来る!?」

 その叫び声と共に、一平の身体を薄く、淡く光る光体が包んだ。

「待つんだ宿主。もうすぐしたら体を返してやる。しかし、彼が俺を負かせることが出来たらだが」

 背中にまるで目でも付いているかの如く、一平の位置を瞬時に察知した鋳鶴はそこに向かって回し蹴りを放つ。

 人間離れした速度で放たれる回し蹴りは、一平の頭部目掛けて繰り出される。彼には回避する方法もあったが、鋳鶴の身体能力を考慮した場合、回避の動きを見せた途端、別の攻撃方法に切り替わるのを恐れて、自身の身体能力を考慮した上で彼の回し蹴りを両腕で受け止める。

 音を切り裂く様に轟音を轟かせる回し蹴りは、一平の両腕に重く伸し掛かった上に彼の全身を劈くような衝撃を受けた。

「ぐっ……」

「漸く、余裕の無さそうな声が聞こえたな。その声が聴きたかった」

 鋳鶴の足を受け止めた一平は、数十メートル程後方まで後ずさりし、その場で崩れ落ちそうになりながら、立膝をついた。

「もしかして、蹴る瞬間に君は……?僕の体に魔力を放出したね……?」

「流石、生徒会長?という存在だったか、察しが早くて助かる。そう、俺は君を蹴る瞬間に自分の魔力を君の体に触れる前と後で放出した。触れる前にまず魔力を放出することで相手の防御を崩し、触れる瞬間に魔力を放出して相手の外部のみならず、内部まで損傷する様に魔力を放出する。それによって、俺は君に一撃の内で二度、ダメージを与えたということだ」

 一平は気付く、彼の蹴りを受けた後に生じるまるで全身が痺れ、自由を奪われる感覚を。鋳鶴は不敵に微笑み、立膝でやっとその場で意識を保つ一平を見下している。

「それで……?僕にとどめはささないのかい……?」

「とっくに出来たらやっている。ここでまた抵抗が強くなるとは、諦めの悪い宿主だ。眠れる獣を起こす狩人ほど、愚かな存在はないんだが」

 一平は体制を立て直す前に、鋳鶴の顔を見る。

「やはり、蹴りでなくてはな。宿主も蹴りが必殺技の空想に憧れているそうだ。ならそれでとどめにしてやろう」

 一平は、驚愕の光景を目の当たりにする。

「嘘だろう……?」

 一平の目の前で、鋳鶴は屈んで自身の右足に右手を添えていた。

 ただ添えただけ、なら、一平も何も思う事はなかっただろう。ただのルーティンや祈りぐらいで何も気にはかけず、自身の復帰に力を入れられたはず、が、彼は鋳鶴の足をずっと見つめてしまっていた。

「人間の体で……?そんなことが出来るのか……!?」

 一平の目にした光景は鋳鶴の右足に多量の魔力が付与され、その足を中心に鋳鶴の全身を魔力の光帯が渦巻いていたのである。

「人間の体ではあるが、宿主の体は特殊でね。こういった魔族特有の芸当も出来るわけだ。普通の人間ならば、身体強化程度が限界だ。しかし、宿主の体はその魔力の流出と貯留に特段耐えれる体質らしい」

「そんな馬鹿な……、そんな事すれば、望月君の体が…!?」

 鋳鶴の体を借りた悪魔は不敵に微笑む。そうあれは魔族、鋳鶴の体のことなど万が一にも考えてはいないだろう。あの笑みはあの恍惚とした態度は自信の現れ且つ、一平を倒し、ここから先も暴力の限りを尽くさんとする表情。

 一平はやっとの思いで立ち上がる。鋳鶴の足は準備万端と言った感じで紫色の閃光が迸り続けていた。

「クソっ……、立っているのがやっとの様だね……?」

「さっさとこの学園から抜け出さねば、俺は完全体に成ることが出来ない」

「これでまだ……?学園町の敷地内に及ぶ対魔力抑制が効いている方なのか……?」

 この学園もだが、全国各地に散らばる陽明学園に近い体制を敷いている学園は魔族の侵入や彼らの攻撃に対し、学園各種の設備に多少の魔族への耐性を付与することが義務付けられている。

 陽明学園では、イギリスのグリニッジ天文台に存在する魔術協会と呼ばれる機関で太陽の魔術という部門で権威を持つジャンヌ・アヌメッサが防衛魔術を展開している。

 学園の校門から百メートル先の範囲までは彼女の防衛魔術によって魔族からの侵入などを防ぎ、生徒や一般市民を守る役割を果たす。

 しかし、上級魔族でも一定以上の魔術を極めし者なら、彼女の防衛範囲を乗り越えて侵入することも可能ではあるが、彼女の場合、防衛範囲に入って来た人間や動物を全て把握し、位置情報を掴むことが出来る。

 魔族がその範囲内に入って来た場合、彼女は一定範囲に対し、脳内で学校から数百メートルの所在までが升目の様な形で彼女の脳内に投影され、そこから升目に対し魔術で攻撃をするという方法を取り、対象を撃退するなど、そういう方法を取る場合がしばしばだ。

 普段の鋳鶴ならこの環境に置かれていたとしても何も感じることはないだろうが、魔族に取り憑かれてしまったからなら影響を直接受ける様になるのだろう。

「それでも……?この魔力量は異常すぎるね……?」

「行くぞ。生徒会長、覚悟をきめろ」

 鋳鶴が屈んでそこから一気に跳躍する。

一平も毎週欠かさず見ている特撮作品、バッタライダーの主人公の必殺技をそのまま再現するかの様な高い跳躍。

 一平は回避するどころか、その光景を呆けて見つめていた。

 ただ、見つめていただけではない。

 彼は、生徒会長。

 普通科最強と名高い男。

 普段は飄々とし、まるで優しく吹きすさぶそよ風の様につかみどころのない男。

 それが、風間一平。

 彼が呆けている様に見せかけて、相手の隙を伺うのもまた、彼の戦術である。

「カズ君!伏せて!」

 一平の背後から叫び声が響き、一平はその場に伏せて鋳鶴の蹴りを回避しようと試みる。

彼自身が待ち望んだ訳ではない。勿論、彼女が自分に助け舟を出すという計算などしていないが、誰かが助けに来てくれるだろうというわずかな可能性を加味してここまでの粘り、周到な準備をしていたのだ。

 何故なら、彼は普通科最強である筈だが、彼は最弱なのだから、彼はいつも口ずさんでいる。

「「僕は弱い癖に生徒会長なんだから?誰かに?【普通】に?守ってもらわないとね?」」と。

 彼に助け舟を出したのは、言わずもがな最初から生徒会室で二人の様子を監視していた雛罌粟だった。

 地面に伏した一平を飛び越え、鋳鶴の前に立ちふさがった彼女は、天に向かって右腕を掲げる。

「何…?」

 蹴りの姿勢に入っている鋳鶴はそのまま、二人に向かってその行動を止めるという事をしない。が、雛罌粟はそれも計算に入れて、一平と彼の間に割って入ったのだ。

 彼女が掲げた右腕には彼女の背丈よりも長い砲身をした真黒なライフル銃が出現している。彼女はその背丈よりも長いライフルを手にすると、何も迷うことなく、鋳鶴に向かってその銃口を向けた。

「私の体にも多少のダメージを及ぼすのであまり使いたくはありませんが、状況が状況です。望月君の体に影響を及ぼさない様に貴方を気絶させる方法を取ります」

「ほう。俺を止めるか」

 鋳鶴は依然として蹴りの威力を弱めるつもりは毛頭ないという雰囲気、雛罌粟は脳内から今から銃を放つ相手は望月鋳鶴ではない。と心に念じる。

 相手は望月鋳鶴という形だけを保った別人、あれは魔族。

「撃ちます。どうか、気付いた時は貴方を撃つ私を許してください」

 雛罌粟のライフルの銃口が点滅する。そして備え付けられたスコープを覗き、鋳鶴の顔面に照準を合わせ、黙々と狙いを定めた。

 一平はその様子を固唾をのんで見守る。

「リロード完了、放熱装置作動、自動照準、高耐久サプレッサー装備、いける」

 鋳鶴の蹴りが直撃する直前、雛罌粟がライフルの引き金を引いた。彼の足裏を掠め、脳天に向かい一直線に弾丸が射出される。

 彼の蹴りは紫色の光帯を保ち続けているが、その光帯を雛罌粟の射出した弾丸はその光帯を切り裂いた。

弾丸を回避するため、鋳鶴は蹴りの構えを解き、空中で体を捻る。それでも雛罌粟の狙いは性格だった。脳天を捉えることはなかったものの、彼の右肩を貫いている。

鋳鶴はそのまま体勢を崩してそのまま落下し、全身を強く打ち付けた。

「相変わらず、強情なんですから」

「いや?本当に困ってたんだよ?本当さ?」

 雛罌粟は一平の発言を聞いて安堵し、肩を落とした。

「今のは効いたな。しかし、それが君たちの限界か?」

 瞬く間に鋳鶴は立ち上がり、肩を摩りながら二人を見つめていた。彼の右肩は確かに雛罌粟の銃弾が貫き、風穴を空けたはずなのだが、その傷は瞬時に回復している。

「限界?そうかもしれないね?僕らは【普通】の人間だからね?僕たち二人だけじゃあね?そう、二人だけなら【普通】に魔族である君には叶わないさ?」

「普通、普通か、たかだか銃と油断しすぎたな。しかし流石、宿主。魔族の回復力をほぼほぼ維持できるとは、本当に人間の身体か?」

 二度、同じ手は通用しない。と雛罌粟だけはこの状況を悲観している。一平の表情を鋳鶴に悟られない様に横目で覗くと、一平の表情は未だに飄々としていた。

 しかし、これ以上、一平に何が出来るのか、今は授業中。援護や増援は期待できない。こんな時でも雛罌粟は周囲の事を気遣い、無音に近い状態でライフルを放ったというのに、それがあだになってしまうとは、緊急事態なのにも関わらず学園長も現れないのであれば、二人でこの状況を打破するしかない。

「大丈夫さ?あと何人かは?【普通】に援護に来てくれるはずだからね」



――――廊下――――



「やっぱり心配だ。行くしかねぇ」

 桧人は鋳鶴の事が気がかりで授業を腹痛と称して抜け出していた。歩たちはそれを見透かしていたが、桧人の事を気遣い、そのまま教室から送り出した。

 流石に鋳鶴を含めて五人も授業を抜け出すと、要にただでさえ長い説教をされるのだから、鋳鶴の元へ向かうには遅すぎる。

 その為、真っ先に抜け出した桧人と送り出し、他の三人は二人の為を思い授業を受けていた。

「よぉ。坂本桧人。そんなに慌ててどうしたんだぁ?」

「お前は……!」

「何だよ。何だよ。別にそんな剣幕で俺を見つめるなよ。お前の兄貴を殺しちまった事は今でも悔やんでも悔やみきれないんだぜ?本当に申し訳ないってな」

「べカティア!!!!」

 桧人がべカティアの胸倉を掴み、左手に真っ赤な炎を浮かべる。べカティアは嬉々として笑い。桧人が怒り狂っている様子を楽しんでいる。

「何だ。お前の親友がどうなっちまっても構わないのか?それとも復讐を優先するのか?ただ、俺はお前の事を心配して此処を訪れてやったんだぜ?」

「どういうことだ……!」

 桧人の胸倉を掴む手がより強くなる。べカティアは変わらず微笑み続け、桧人を煽り続けていた。

「本来なら、兄貴と同じ魔法科に居るはずであろうお前が、こんな所にいるなんて、俺が一番納得しちゃあいないんだ。なんのために、お前はこんな所にいるんだぁ?兄貴の事が気がかりで魔法科に行けないのか?それとも超える事の出来ない壁には挑まない、挑戦をしないつまんない人間なのか?」

「俺に……、兄貴の様な才能はねぇ!」

 桧人が滾らせた炎をべカティアにそのままぶつけようと振りかぶるが、彼が力強く掴んでいた腕を振りほどいてべカティアはその一撃を回避する。

「焦るなよ。焦るのはみっともない。お前らしくないじゃないか」

「お前に、俺の何が分かる!」

「分かる。分かるさ。お前の事ぐらいなら手に取るように分かる。俺は上級魔族の一体なんだ。それぐらい容易い」

「ふざけるな……。お前なんかに理解されてたまるか!!」

 桧人は再び炎を右腕に滾らせながらべカティアに殴りかかる。彼の激昂をそのまま表現したかの如く、炎は勢いよく燃え上がり、べカティアを取り込んでゆく、が、べカティアはその一撃を堪能する様に防御の姿勢を見せずに炎を浴び続ける。

「そうか、これが今のお前の答えか。坂本桧人」

 桧人の生み出した炎は、べカティアに傷つけることなく、彼の鎧に吸収される様に収束していった。

「嘘だろ……」

「兄という巨大な壁をお前は乗り越える事が出来なんじゃない。出来る筈なのにそれをお前はしないんだ。普通科という小さな枠に囚われ、今の様に小さく、細々とした人生を送るべき人間じゃない。俺はそう思う。いや、お前もそう思うんだよ」

「嘘をつくんじゃねぇ……。俺に魔術の素養なんて無い。仮にあったとしてもそれは兄貴に及ばない些細なものだ。だから俺は普通科の生徒なんだ。だから俺は、坂本桧人という一人の人間で居られるんだ……。」

「後ろ指をさされるのが怖いだけだろう?圧倒的才能があった兄貴と比較され、否定されることを恐れてる。それが今のお前さ。ただの人間で居たい?お前ほどの存在が?それは贅沢なんだよ。才能の無いちっぽけな人間を馬鹿にしてる」

 桧人は魔力の消耗で立膝を着き、額に脂汗を浮かべている。

 べカティアは桧人の目の前までゆっくりと歩を進めて近づき、彼の右肩に手を乗せた。

「才能を無駄遣いする程、お前は愚かな存在じゃないだろう?兄貴の怨みでもある俺に、傷一つ与えられないだなんて、しみったれた男だ」

「そう。お前は俺の怨みだ……!」

「そうだ」

「お前は!俺の敵だ!」

「そうだ!俺はお前の敵だ!だからな」

 べカティアは立膝をついている桧人の脇腹に篭手の部分で殴打する。

「がはっ!」

「まぁお前の友達を助けるなら、その程度でも十分だろう?」

「何をした……」

「ちょっとしたまじないさ。直ぐに立ち上がれるようになる。俺を楽しませてくれよ?坂本桧人」

 べカティアは桧人から離れ、廊下の階段に向かってゆく、彼を追い、今すぐにでも彼の頬を殴ってやりたいという気持ちの強い桧人だが、金縛りにかかっているのか、全身が自分の意志で動かせない。

「続きはまた今度な。チャオ」

「待ちやがっ……、なんだ、これ」

 やっとの思い出金縛りが解けた桧人は、立膝から立ち上がり、自分の右腕が(ほの)かに熱を帯びている事に気付く、恐る恐る右腕を自分の目の前に翳す。

 掌から手首までを朱色に発光する入れ墨の様な紋章が彼の右腕で光り輝いていた。

「これは……、兄貴と同じ……」

 桧人はしばらく紋章を見つめると、拳を握り締めべカティアが通った階段を速足に降り、鋳鶴と一平が戦闘を繰り広げている中庭へ向かった。


書き溜めていたものがなくなったのでそろそろ投稿滞りそうです。申し訳ありません

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