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優しい魔王の疲れる日々(リメイク)  作者: n
優しい魔王の疲れる日々(リメイク)1
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第9話:魔王と母

今日はちゃんと予約投稿させていただきました!よろしくお願いします!

「それでいいのなら、お前はそうでいい。どの道、お前と遊べるのには変わらないんだから」

 アセロは物怖じせずにそう答えた。

 鋳鶴が啖呵を切っただけでは、彼は顔色一つ変えない。むしろ、危機感があるような表情ではなく、アセロは俄然、楽観的な笑みを浮かべ、鋳鶴との闘いというゲームを楽しもうとしている表情だ。

「僕は、お前を倒さなきゃ、前に進めないのなら、倒してでも進む」

「最高だ。早く始めようぜ。仕切り直しだ」

 アセロは楽しそうにステップを踏みながら、鋳鶴に手招きをする。

「手短に済ませろ。アセロ」

「五月蠅い。黙ってろ」

 ノーフェイスの言葉を無視して、アセロは鋳鶴と拳を交える。

「反応が良いな!流石、俺が認めた人間だ!」

「ほぼ初対面の相手に、そこまで言われても何の感銘も受けない」

 鋳鶴が青い紐状の光を右拳に纏わせてアセロの懐目掛けて拳を叩き込む。アセロはその拳に膝蹴りを打ち、鋳鶴の拳をいなし、その反動を利用して彼の顔面目掛けて左足で回し蹴りを繰り出す。

 右拳をいなされた鋳鶴は、彼の回し蹴りに入った様子を見て、軸足になったアセロの右足に自分の左足に足払いを繰り出し、アセロは体勢を大きく崩す。

「うおっ!」

 驚嘆の声を上げ、アセロは鋳鶴の足払いを受けた結果、空中で無防備な姿になる。

 アセロに生まれた一瞬の隙を鋳鶴は見逃さず、彼のパーカーの袖を左腕で掴み、掴んだ腕を軸に彼の左腕を背負い、勢いそのまま彼を一直線に振り下ろす。

 あまりの力技にアセロもこの攻撃は回避不能の自体に陥り、鋳鶴の背負い投げでコンクリートの地面に背が叩きつけられる所だった。

「甘いぜ!鋳鶴!」

 しかし、鋳鶴がアセロを背負い投げる途中でアセロは鋳鶴の腕を両腕で力強く掴み、全身を回転させる。

 再び、二人の体勢は立て直され、アセロは笑顔に、鋳鶴はよりしかめ面になっていく。

「人間の反応速度じゃない……!」

「おいおい!魔族の力を行使しときながらよく言うぜ!でもそれでこそ鋳鶴だ。早速、俺たちと同じ領域に踏み込んで使いこなす。常人に出来たもんじゃない。尊敬しちゃうぜ」

 アセロは微笑みながら、鋳鶴との闘争を楽しんでいる。極めて楽観的に、彼の笑み、笑い声は止むことはない。鋳鶴との闘争を好み、自分の想像以上の動きと、魔族の力を扱える鋳鶴を見てアセロは興奮を抑えることはできない。

「もう一度……!」

 彼の攻撃を完全にいなし、背負い投げまで決めた鋳鶴だったが、それを寸での所で阻止された。

鋳鶴の頬を一筋の汗が伝う。

アセロは、不敵な笑みを見せる。鋳鶴はアセロの不敵な笑みに一瞬だけ動揺してか、構えを解いてしまう。今度はアセロが鋳鶴の一瞬の隙を突いて彼に向かってアセロが右足から回し蹴りを繰り出す。

「戦いの途中で油断しちゃ駄目って、お前の聡明な母親は教えなかったのか?鋳鶴!」

 アセロの右足に青白く発光する紐の様な物体が収束していく、鋳鶴にとってその様子はとても鈍い動きに見えた。

 現実は違う。

 一瞬のうちにアセロは自らの右足に魔力を収束させ、鋳鶴に話しかける余裕も見せた。鋳鶴は、当然の如く、この一撃を回避しようとする。が、アセロの攻撃速度がここから飛躍的に上がった。

 鋳鶴も魔族の力を見知らぬうちに扱っており、反射神経など、人間としての反応速度。即ち、普段の人間で居る状態の時を超える反射神経などを有している筈なのだ。

 だが、アセロの右足は脅威の加速を見せる。

 右足の(ふくら)(はぎ)、その後部から収束させた魔力を飛行機のジェット噴射の様に放出し、爆発的な蹴りの速さを生み出し、その驚異的な速度を伴った彼の回し蹴りは、鋳鶴のこめかみに直撃した。

「あっ」

 鋳鶴は回し蹴りの衝撃で近くにあった電柱に後頭部から打ち付けられる。アセロにとって鋳鶴に対する致命の一撃は避けたい。という意思が自分の足を鋳鶴の元へ進ませた。

 ノーフェイスはアセロの動きを見て、何かを察知する。

「アセロ、望月鋳鶴に近づくな」

「おい!鋳鶴が死んじまったらどうする!もう遊べなくなっちまうじゃんかよ!」

 アセロの心配を他所に、ノーフェイスは腕を組んだまま土煙が浮かんでいる場所を見つめる。

 もし、アセロの言っていた望月鋳鶴が、魔族の力を行使するにあたって、若干の慣れに近い動きを見せているのだとしたら、彼の事を少なからず既知しているノーフェイスにとってこの場でアセロに本能が赴くままに行動されては、鋳鶴の策か何かに嵌りかねないと思ったからだ。故に彼はアセロを止めたのである。

「鋳鶴に策なんて練れる筈ないだろ?俺はあいつの事を知っているつもりだが、俺たちに出会ってすぐに、奇策を練れるような冷静さは兼ね備えていないはずだ」

「果たして、そうだろうか?」

 ノーフェイスに食って掛かろうとするアセロだったが、二人が言い争う間に煙の中で瓦礫が動くような物音が辺りに響く。

「おぉ、生きてる」

 鋳鶴は、背中を摩りながら、腰を当てて起き上がっていた。こめかみからは、流血していて、血が滴っている。目も開けられない様子で、やっとの思いで立っている。

鋳鶴が背中を打ち付けた場所はクレーターが発生しており、アセロの蹴りによる衝撃の強さが窺える。

「はぁ……はぁ……」

「なぁ、鋳鶴、どうしてお前は、こっちに来ないんだ?来ちゃえよ」

「嫌だって……言ってるだろ……」

「そんなに、嫌なもんかねぇ?魔族は人間よりもずっと良いと思うんだがなぁ」

「アセロ、君の勧誘は無駄だ。あいつは、我々の元に来るような男ではない。元より、望月鋳鶴という男は、遊びという名目で向かってくる君に、全力を出せる様な性格ではない。ましてや、我々魔族をも救済しようとする厚かましさを持っている。古くから望月の血族と争ってきた私には分かる。望月鋳鶴という男は、そういう人間だ」

 ノーフェイスはアセロの肩を掴んでそう言った。

「ノーフェイス、お前に鋳鶴の何が分かるんだよ。俺の方があいつより長く、ずっと長く傍に居るんだ。お前なんかよりもよっぽど……」

 アセロの発言に痺れを切らして、ノーフェイスは剣を引き抜く。

「おい!」

「私にとって、望月鋳鶴とは、この世で最も殺害しなくてはならない人間だ。彼の生前から彼の一族と争いを繰り広げるのはそれが理由だからだ。望月の血、というものは、何よりも我々の敵になりかねん存在であり、我々に対して最大の障壁になる。故に、殺害せねばならない」

「あいつは命を取るまで俺たちの障壁になるような実力の持ち主じゃない!鋳鶴ともっと遊ばせてくれよ!」

「アセロ、君の意志を尊重したい私も少なからず、心の奥底で存在しているのも確かだ。しかし、今回の目的は、望月鋳鶴の殺害だ」

 アセロは構えを解いて、倒れた鋳鶴に微笑みかけるのを止める。こうなったノーフェイスはもう、アセロの手に負える様な魔族ではなくなる。

 殺す。という事に特化した魔族、太古から人類の敵として存命している彼の悲願が、鋳鶴の死。ということは、アセロはずっとノーフェイスの口から聞かされていた。

 数々の人間を、腰に携えた漆黒の剣で斬り伏せて来た彼にとって、それは造作もない事。望月鋳鶴よりも遥かに力量のある武人を幾人も彼にとってはただの積み重ねてきた業に過ぎない。

 望月家がまだ、グリーンランド家という海外の銘家だった時、ノーフェイスはそこで初めて望月家との因縁が始まった。

 現魔王と協力関係にあったノーフェイスは、彼が指示した通りに、当時、最強の魔術師と言われた。ロイ・D・ホールトンという男を殺した。

 現魔王は、その頃、グリーンランド家当主、カイゼルと呼ばれる青年との闘いの末、彼に決死の自爆魔法。今では禁術と呼ばれ、魔術師が行使することを許されない魔法である。

 自爆魔法、ホーリーロウ(聖なる堅牢)と呼ばれる魔術を行使し、現魔王の一部を封印し、自身の命を犠牲に、第一次人魔大戦という、魔族と人間間に起きた歴史的大戦の幕を下ろした。

 この時、ノーフェイスはカイゼルの父、レイセル。カイゼルに魔術を教えた魔術協会最強の魔術師、ロイ・D・ホールトンを殺し、最後には聖なる堅牢から現魔王を庇うことによって最大の功績を上げる。

 その後、人魔大戦はこれまでに三度行われ、ノーフェイスは全ての大戦に出陣し、全ての大戦の魔族側で躍動し、数々の人間を葬り去ってきたのだ。

 しかし、彼の前には、いつも望月家という大きな壁が存在している。

 第一次大戦では、カイゼルの彼女であった望月桜に、カイゼルに聖なる堅牢を使用させる前に殺すことを妨害され続けたのだ。

 第一次大戦から数十年、第二次大戦では、あと一歩の所で現魔王が復活し、この世を支配するという魔族側の目論見だったはずが、カイゼルと桜の孫に当たる。望月(もちづき)三十郎(さんじゅうろう)と呼ばれる剣士と彼の仲間たちにその野望を阻止され、ノーフェイスは更に、その三十郎に自分の素顔を晒してしまうことになる。

 それから数十年の時が経ち、第三次人魔大戦が始まる。三十郎との闘いから数十年の月日、ノーフェイスは献身的に現魔王の復活の手助けをし、自分の野望である望月の血を断絶させるという事に邁進する。

 当時、人魔大戦の直前まで人間同士での世界大戦が行われていた。魔術を支持し、それを使役し、人の努力というものを形にする魔術を正義とした者たちと、生まれ持った異能を使役し、努力ではなく、生まれ持った才能の一つとして超能力を信じる者たちとの戦争があった。

 異端、と言えば異端で、魔術師とは魔術の修行や知識を高めてそれを会得し、自在に操ることを可能とする能力。

 ある意味、魔術の力は無限大で使用者の限界に答えるのが魔術という存在であった。

 一方、超能力、異能はと言うと、生まれ持った力のみで、魔術師たちが積み重ねた数年の努力と呼ばれるものを素っ破抜きしていくのである。

 これに痺れを切らした魔術側の人間が、異能なんぞ認めてやるものか、と一連発起し、それが戦争の火ぶたになった。

 その戦争に乗じて魔族が入り混じったものが第三次人魔大戦である。

 鋳鶴の両親である望月霧谷、当時、藤谷霧谷と望月雅が再び現世に姿を現した魔王を封印した大戦だ。

二人の他にも十三人と一匹の少年少女と犬で大戦に際し、魔族相手に戦いを繰り広げていたのだが、二人を覗く戦士たちは皆、その大戦で落命している。

十四の内、生き残った二人を除いてもノーフェイスが殺したのは十四の半数である七人もの戦士を殺していた。

十四の戦士たちは、それぞれの故郷で彫刻が築かれ、今もその土地を見守っている。生き残った二人からしたら有難迷惑という事も、魔族の軍勢に立ち向かった十四の戦士たちは、それぞれが、秀でた戦闘技術などの名称で呼ばれていた。

所謂、コードネームである。

雅は、戦士たち全員が着用した軍服の左肩にヒーラーの刺繍、赤十字の証。霧谷はルーラーと呼称されていたため、彼の軍服には、定規の刺繍が施されていた。

今も二人はその大戦を忘却してはならんとし、滅多に帰宅する事のない望月家の自室に双方の軍服が入ってすぐ見える所に、立て掛けられている。

二人は生き残った二人として英雄視され、日々、その行動や言動で世界を驚かせている。雅の方は世界一の女と呼ばれ、彼女の使用する魔術、そして戦闘能力は人類で右に出られる者は、両手で数える程もいないだろう。

霧谷はというと、全くその活動は表沙汰にならず、何をしているのかが全く謎の男である。度々、日本のメイド喫茶や同人誌即売会などに現れ、存分に楽しんで居るだけでニュースになる様な男だ。

「誰かと居れば、私は、君を殺害しようなどという考えに至るはずがなかった。だが、私にもこれまで君らの血統に様々な野望、願望を達成寸前で阻止されていては、その子孫を殺さずにはいられまい」

「鋳鶴、こいつは頑固者だ。俺からも忠告しておく、こいつはやると決めたらやる奴だ。逃げるなら今だぜ。最も逃げられないがな」

 鋳鶴は、自分の体に全霊の力を込め、魔族の力を発現させようとする。

「発現しようと思ってそれを行動に移すのは、未熟な証拠。しかし、まだ発現させる程度にまで使いこなすとは、そこまで魔族の力を発現できる以前に殺すつもりだったのだが」

 鋳鶴は地面に這いつくばりながらノーフェイスを睨み続ける。その目には、人間としての生気ではなく、まるで人殺しに慣れているかのように座った目。

 アセロは、鋳鶴の体の異変に気付いた。

「いや、あれじゃあ駄目だ。飲まれる」

「アァァァァ……!」

 鋳鶴の目は、ノーフェイスを捉えている。が、アセロは眼中にないと言った様子で、彼の方向を見る素振りは見せない。

 魔族とは、基本的に自分の生や現状に絶望した者たちがその身を擲って魔族と化す。それが大多数の魔族の特徴だが、その現象とは別に、魔族の世界から自然発生に近い形で生まれる魔族も居る。

 アセロは後者で魔族としての生を受けた。

 ノーフェイスも後者の存在であると、魔族図鑑と呼ばれる書物には載っている。しかし、魔族と言ってもノーフェイスとアセロの様に人型を形成できる魔族は少ない。それこそ、魔族でも位が高い者か、魔族としての位を自身の能力によって証明し、魔王の寵愛を受けた者のみが人型の魔族へ昇華する事を許される。

 人間から魔族になる場合でも人間としての位が高ければ、魔王に実力を認められ、魔族としての第二の人生は人型の魔族からになるのだ。

しかし、鋳鶴は人間のままで魔族の力を行使した。魔族の力はあまりにも膨大なものであり、世界的に呼ばれる大賢者や、一定の権力を持つ魔術師たちを軽くしのぐレベルの魔力を手に入れる。

それが人型なら尚更。ただ、鋳鶴はただの人間である。人間の体は個体差はあるものの、その体内に宿せる魔力の供給量は魔族よりも多い事はあり得ない。

故に、鋳鶴の変容は、溢れ出る魔力を制御できず、魔族としての力に飲まれようとしているのだ。

「あぁなってしまっては、最早、我々よりも極めて剣呑だろう。アセロ、人間が魔族の力に支配される様を君はまだ、見た事はなかったな」

「俺は、戦い以外に興味はない。それに弱い人間が嫌いなんだよ。鋳鶴じゃねぇと、俺は満足できない。人間っぽく、言うとしたら、気が乗らない」

「そうか」

「根拠はないけど、鋳鶴は、此処では死なないと思う。俺には分かる。これは俺の願望かもしれないが、此処で終わったらつまらない。ゲームっていうのは、こんな簡単に終わっちゃいけない」

 鋳鶴は、依然として獣の様にノーフェイスを睨み付けたまま、両者は膠着している。

「此処で断つ、人の未来を」

「……」

 ノーフェイスは鋳鶴に向かって斬りかかる。

 鋳鶴も彼の動きに合わせて、四足歩行の獣の様に飛び掛かった。

「そう、それでいい。君が死ぬのなら、私にとってそれは吉良な行いだ」

 ノーフェイスの周囲五メートルを無数の武器が包囲している。数えるだけで数十本は軽く超えていた。

 一瞬のうちにノーフェイスは、何の動きも見せぬまま、まるで手品の様に武器を大量に何処からともなく、召喚したのである。

「本気ではないが、鋳鶴には、そこまでする価値があるってこったな……」

 アセロは半ば呆れながらそう呟いた。

 獣の様に変貌してしまっている鋳鶴には、ノーフェイスの姿しか映っていないだろう。それを頭の中に入れ、ノーフェイスは大量の武器を召喚魔法の様に一斉展開したのである。

「複製魔法なんて、人間に使うべきではない。って言ってたお前が使うのは、おかしいと思うけどな」

 武器はそれぞれ、全て柄まで出現してはいない。鋳鶴を包囲しながら、留まっている。

「さらばだ。望月、鋳鶴!」

 ノーフェイスが大きく腕を振り上げ、武器に指示を送る様な形で一斉に、飛び掛かる鋳鶴へ向かって無数の武器を射出した。

 アセロは、鋳鶴の逃れられぬ死を嘆いた。ノーフェイスは勝利を確信したわけではないが、これで自分の願いが成就すると思い、天に祈りを捧げる。

「おい」

 次の瞬間だった。

 ノーフェイスにとっては、瞬間という間も無かったかも知れない。鋳鶴に向かって放たれた武器は全て消失している。

 突然、飛び出した人影が、鋳鶴とノーフェイスの前に割って入った。

「私の息子に、手を出してんじゃねぇ」

 二人の間に現れたのはやけに目つきの悪い女性だった。研究者が着用する様な白衣と、膝上数センチのタイトスカート、首からは聴診器を掛けている。

 髪は邪魔にならない程度に短く、丁寧に手入れされているとはお世辞にも言えない。

 その女性は、握り拳に血管を浮き出させ、獣の様な眼光でノーフェイスをその視界に捉えている。ノーフェイスでさえ、彼女の殺気立った視線には、ざわつく背筋を抑えられない。

「望月、雅ッ……!」

 そう、二人の間に割って入ったのは、鋳鶴の母である望月雅だった。

「この女が、鋳鶴の母親……?」

 握り拳をノーフェイスに向けて、それを彼の頬目掛け、迷いなく振りぬく、狂ったかの様に吠える鋳鶴を次に見つめた。

 雅と自分の間に、ノーフェイスは咄嗟の判断で先ほど見せた手品の様に、今度は盾を召喚する。

 雅は、召喚された盾と気が狂ったかの様に吠える鋳鶴を交互に見つめた。雅は小さく、舌打ちをすると召喚された盾を握り拳で殴打し、吠え続ける鋳鶴の頬を右足で同時に攻撃を加える。

「相変わらず、小汚く、小賢しい複製魔法か、ノーフェイス」

「君も、その傲慢且つ、高慢な態度は昔から変わらなくて、むしろ安心するよ。雅」

 ノーフェイスは、盾で防御していたのにも関わらず、殴った後の衝撃で吹き飛ばされる。

 蹴り飛ばされた鋳鶴も、先程吹き飛ばされた場所と同様のコンクリート壁に叩きつけられた。

「お前は、誰だ?小僧」

 ノーフェイスと鋳鶴の様子を見ていただけのアセロ、あまりにも強大な力を目の当たりにした彼は、その場から動けずに居た。

 動かなかったわけでもない。動けない状況にされていたわけでも無い。ただ、目の前に現れた圧倒的な力をただ、傍観していることしかできなかった。

「クソっ!」

 雅がアセロに向かって腰を捻らせる。彼女の動きに合わせ、自分の身に危機を感じたアセロは、上半身を両腕で覆う。

「その細い腕で、私の蹴りを受けようとするなんて、度胸のある魔族じゃないか」

「話程度でしか、俺は、あんたの事を知らない。鋳鶴の母親ってことは、よっぽど伝承通りに強いんだろう?」

「伝承?伝承ねぇ……。お前らには、私は恐怖として伝えられてるのか、嬉しい様な。悲しい様な。でもお前みたいな命知らずは歓迎するぞ。私は、医者だが、人間しか診れない。その身が砕けようとも、魔族が本来持つ力でのみしか修復できんぞ?」

 アセロは、首を縦に振った。覚悟の現れか、目は澄んでいる。しかし、彼の体は小刻みに震えていた。

 人間の高校生とほぼ同年代のアセロにとって、魔族としての生も同伴しているノーフェイスと比べれば、赤ん坊もいい所である。

 魔族としてまだ幼いアセロがその時間で望月雅に対することは、ありえない事。鋳鶴を圧倒するアセロ引き連れるノーフェイスを一撃で吹き飛ばし、彼に傷をつける。

 それだけでアセロは、雅の力量を把握することを出来た。それに加え、アセロが防御の姿勢を見せると不敵な笑みを浮かべ、その様子を楽しむ。

 魔族として生まれ数年、アセロにとってこの恐怖は初体験の事である。

「アセロ!」

 ノーフェイスがやっとの思いで復帰した頃にはもう遅い。

雅は、アセロの上半身を防御している両腕目掛けて回し蹴りの姿勢に入っていた。

 あれを真に受けては、アセロの身が持たない。

「それじゃあいくからな」

 アセロの両腕は、雅の発言と同時に吹き飛んだ。というよりもまるで上手く、その場所だけ部分的に切り取ったかの様に肘から下までが消失している。

「これが……、人類最強か……!」

 額に脂汗を滲ませながらもアセロは微笑んでいる。まるで好奇心旺盛の子どもの様に。

「よく上半身を保っていられたもんだ。若いくせにやるじゃないか」

「俺は、あんたの息子と全力で戦いたいだけだからな……!それまでに殺されてたまるか!」

 アセロは雅に勢いよく、殴りかかる。アセロの活きの良さに雅は、半ば呆れながらもその勢いに微笑みを見せていた。

 医者という仕事柄、戦うことの減った雅は、己の能力を駆使して、世に蔓延る難病を診療器具や手術道具無しで治療するという誰もがうらやむ力を手に入れている。

 彼女が個人的に経営している病院、望月クリニックは医者の雅と助手の三人、ナース数十名と言った小規模の診療施設だ。

 そのクリニックは世界の要人や他の医者たちが匙を投げた難病を抱えた患者たちが押し寄せる。雅の診療を受けるには、まず、彼女の機嫌を損ねない態度。その病人の将来性。何よりも所持している資産で治療をする人間を決める。

 例え、世界随一の要人であろうともそのうちの一つでも該当漏れがある様では、雅の治療は受けられない。

 故に、雅に対して患者と呼ばれる人間は、彼女に対して礼儀正しくなくてはならない。しかし、この三つの条件の中で該当漏れがあったとしても彼女の診療と治療を受けられる人間は居る。

 彼女が個人的に診療をし、気に入った人間。彼女の中で将来性があると感じた子ども、鋳鶴の様に周囲の事を大切に思える人間などは、金額の大きさに関わらず、診療し、治療を施す場合がある。

 そして雅は時折、各国の要人から魔族退治と言った類の仕事を任されることがある。

 魔族退治といっても旦那である霧谷の手伝いでしかないが、雅にとっては治療と違い、ただ滅ぼす病原菌よりもまだ、自分との闘いを楽しむ魔族を相手取った方が、戦闘意欲も向上し、本来の用途である自分の能力で戦う事が出来るため、一石二鳥という事だ。

 彼女にとって、笑みの正体は、一種のストレス解消をした後の後腐れの無い、爽快感を感じた時の笑みである。

「若い魔族だ。鋳鶴と同い年ぐらいだろう」

「だからどうした!」

「ならお前は、私なぞ放っておいて、うちの馬鹿息子と戦えばいいものを」

 雅は、ノーフェイスの対面に蹴った鋳鶴の存在を思い出すと、彼の所まで向かった。鋳鶴は激しく体を打ち付けたのか、微動だにしない。

「起きろ。手加減はしてやったはずだが?」

「ありがとう。って言えば良いの?母さん」

 雅が手を差し伸べると鋳鶴は何事もなかったかの様に彼女の手を握って立ち上がる。

「なっ!」

「何が「なっ!」だ。如何に馬鹿息子と言えど、殺す程の攻撃を加える訳ないだろうが、魔族には理解できない考えかもしれんが」

「いや……、あれは母さんの攻撃を受け慣れてでもいないと、普通の人なら全身がバラバラになってると思うんですけど……」

「まだ混乱してるのか?」

 雅が鋳鶴に向かって握り拳を構える。

「いえ!もう結構です!御手を煩わせてしまい申し訳ございません!母上!」

「まぁいい。仕切り直しだ。さてと、ノーフェイス。私はこの馬鹿を助けに来たわけではない。お前が此処に居るという事に気付いてたまたま、此処に訪れた。活きの良い若者二人で戦わせて、老害の私たちは正々堂々と殺し合おうじゃないか」

 雅の啖呵に、ノーフェイスは自身の背後に無数の武器を召喚する。無数に展開された魔法陣は大小色彩様々。

 対する雅は、ただ、自身の目の前に右腕を翳すだけ、しかし、それだけでも彼女の前に立つノーフェイスとアセロを圧倒し、隣で立っている鋳鶴でさえも彼女の圧力に気圧されている。

「破壊の力を使わずして、私を苦戦させようとする意志、それだけは成長したものと言える。かつては可憐な少女だった君は、無口になり、その代償として破壊の力を我が王から授かった」

「ゴタゴタうるせぇな。私が使い熟してるんだからもう私んだろ。それに、私は元からぶっ壊すことが得意なんだ。ぴったりじゃないか」

「はてさて、先程の不意打ちの礼はさせてもらうとしよう」

 アセロと鋳鶴を他所に、二人は交戦を開始する。間髪入れず、無数の武器を無数の魔法陣から射出し続けた。対する雅は、射出された武器を全て、自らの拳で破壊し、蹴りで弾き返し、背後などから飛来する死角への一撃を何らかの力でその武器を破壊し、妨害している。

「すげぇ……。あれが、数年も続く、望月の血とノーフェイスの戦いの一つ……!」

「アセロ、君の相手は、僕だ」

 鋳鶴の声に、アセロは笑顔で振り向く、眼前で繰り広げられる魔族間で語り継がれる伝承の再現。そして我が好敵手と定めた齢同年代の人間。

 アセロの心は、此処で燃え盛る炎の様に滾った。

 自分の心が滾ると同時にアセロの両腕は先ほどのダメージが、まるで無かったかの様に新品同様の両腕がと彼の肘から先に、ロケット鉛筆の様に生えてくる。

「もう……、もう支配したのか……?魔族の力を!」

「いや、まだ不完全だけど、どうにか正気を失わない程度にコントロール出来る様にはしてる。出力の調整もままならないけど、使わないよりはましさ……!」

「完全に、頭が冷えてやがる。いや、むしろ頭が冷えているからこそ。俺とゲームをしてくれるんだろ?鋳鶴」

「あぁ、始めよう」

 鋳鶴は、両腕を胸の前で二回、打ち付けると、アセロの事を見つめた。

 真紅に輝く瞳の光彩、その水晶体がアセロを写し出す。

「「俺と」……!戦え……!」

 鋳鶴はアセロにそう吐き捨てると、二人は自らの拳を相手の顔面目掛けて振りぬく、互いの拳は相手の顔面を捉え、それぞれが顔を歪ませる。

「やるじゃねぇか……!でも出力は俺の方が上だぁっ!」

 アセロが絶叫しながら、鋳鶴の頬を捉えている右拳の出力を上げる。まるで飛行機のジェットエンジン彼の腕を青白く発光する魔力の光帯が押し出していく、鋳鶴も負けじと、アセロの見様見真似で自分の腕からも魔力を放出しようと試みるが、鋳鶴の腕は青白く発光するのみでアセロのものには遠く及ばない。

 力と力のぶつかり合いをした結果、魔族の力をより制御出来ていたアセロが一枚上手、ということになった。

 鋳鶴は、彼に大きく吹き飛ばされ地面に打ち付けられる。

「これが、俺とお前の差だ。まだ支配しきれていなかったか、人間として生きているか、魔族として生きているかの差だ。でも俺は楽しい、心が躍らないか?鋳鶴」

「「俺」を……、名で呼ぶな……!」

 アセロにふっ飛ばされた鋳鶴は、即座に体勢を立て直し、アセロの顔面目掛けてもう一度、握り拳を固めて殴りかかる。

 それを読んでいるアセロは鋳鶴の右拳を回り込んで回避し、彼の膝裏に蹴りを入れようとする。鋳鶴は、それに反応を見せた。

 アセロの攻撃を寸での所で跳んで回避し、彼の足を両足で踏みつけやろうと空中でタイミングを合わせる。

「甘いぜ!」

 アセロは鋳鶴の攻撃を回避するために自身の脹脛に魔力を集中させる。鋳鶴の両足が彼の足を押し潰す直前で地面を滑走するようにアセロはその攻撃を回避して見せた。

「やっぱり、やっぱり、面白れぇよ!鋳鶴!」

「うるさい!黙ってろ!」

 鋳鶴は、アセロの調子はまだすこぶる良い模様で鋳鶴に手招きし、挑発する。彼の様子を見ていると、先程のどす黒い心境とは違い、少しばり清々しい気持ちが生まれるようになっていた。

 この力は、魔族の物。しかし、それを使い熟す自分に怒りなどはない。むしろ溢れ出る力が心地良いという気持ちを鋳鶴の心が彼の脳を支配している。

「テンション高いなぁ。鋳鶴、やっぱり闘いっていうのは、楽しくなくちゃならない。故に、だ。故に俺は、お前に最大級の技をぶつけたい。今、俺に出来る最大の力を」

「あぁ、今の「俺」ならそれにも耐えうる可能性はあるはず、こいよ。アセロ」

 鋳鶴は片手を突き出し、彼を招く、鋳鶴の脳内にはもう、恐怖という感情は存在しない。一種のトランス状態に鋳鶴は陥っている。それを脳内でも理解できない程、今の鋳鶴は覚醒しまっていた。

「なんだ……?」

「雅、よそ見をするとは、君は成長していないな」

「よそ見できる程、私は成長したんだよ。お前と違って私達人間の時は、終わるまで流れ続ける。お前らにも長年魔族として生活して知識を蓄える者、身体を無尽蔵に鍛える者が居る。私は、限られた時を賢明に生きようとしている。それだけさ」

 無数に、無尽蔵に間髪入れずに放たれるノーフェイスの武器を雅は全て、素手と、彼女に触れようとする数センチ手前で武器が融解する魔法を維持しながら、彼と死闘を繰り広げ続けている。

「だから、人間と言う者は、いつまで経とうとも進化しない。私という存在がそれを証明し、体現している。君ら人間は、何時まで我々と戦い続ける?無期限に際限なく戦うという事は人間には不可能だ」

「人間やめた奴の言葉に説得力なんざねぇよ。私が聞く耳持たないんじゃなくて私はお前の話を聞かない事にしているんでね」

「だから、その境地に達したと?」

「あぁ、だから私は、お前と戦っている。お前の所のボスに感謝しなきゃいけないしな。そろそろいくぞ」

 雅が両手を前に出すと、彼女の足元に黒い五芒星の魔法陣が出現する。彼女の魔法陣から赤黒い雷の様な荒々しい直線が迸る。

周囲の埃を巻き上げ、雅の両腕には、赤黒い紋章の様な模様が現れ、吹き荒れる嵐の様な魔力は彼女の髪を逆立たせた。

「やはり、人類史上で君とあの男しか、我が王の力を人間として吸収し、完全に扱うことのできる選ばれし者。それが、君だった。しかしだ。膨大過ぎる力は本来の力を失い。君自身の個性と、君の笑顔を殺した」

「あぁ、そうだな。でも私は、後悔しちゃあいない。人間だれしも個性が変わることがあるもんだ。今の私は、これだ。これでいい」

 ノーフェイスが再び魔法陣を展開し、武器を射出する。雅は、ただ彼を見据えながら彼に向かって闊歩するだけ、無数の武器が彼女に射出されるもすべての武器が彼女の眼前どころか、五メートル手前程の距離でそのすべてが融解していく。

「破壊。君は、回復能力の極限と打撃攻撃を極限に到達した結果、我が王から破壊の力を授かった。まさか、それで我が王も首を絞めるとは思うまい」

「あいつは、阿保だった。私は感情と回復能力を失った結果、こうなった訳だ」

 無数の武器は雅を捉えることなく、その全てが融解している。

 彼女の能力、それは「破壊」

 自身の周囲数メートルを自身で設定し、その範囲に入ってきた自身に害を与えようとする物質、生物を破壊する。

 その処理は自動で行われ、ノーフェイスの様に敵意を持って魔術を行使した場合、その敵意に反応し、それを破壊する。

 ただ、それを自動設定にするのか、任意的に発動するのかは彼女が選ぶ事。例えば、彼女が親交の深い友人と喧嘩したとしよう。その時にどれだけ彼女が激昂しようとふとした拍子に相手を破壊することは無い。

「けど私は、お前を破壊しない」

 無数の武器を破壊した後に、雅はノーフェイスの前に立ちはだかる。彼が出現させる魔法陣は発動と同時に雅の能力でかき消されていく、ノーフェイスは投擲ではなく、自身に装備させるために武器を召喚しようとした。が、それも雅の能力によって掻き消される。

「これでも私を破壊しないと?」

「あぁ、お前を破壊したら、お前を直接、ぶちのめせないんでな」

 雅は突然、拳をノーフェイスに振りかざす。雅の拳にノーフェイスは動きを合わせてピンポイントでその拳に合わせて自分の拳を突き出す。

 互いの拳がぶつかり合う事によって周囲にとてつもない暴風と衝撃波が巻き起こる。戦いを続けていたが、二人が巻き起こしたそれによって二人は吹き飛ばされてしまう。

「何だよ……。これ」

 二人の戦いを見て驚愕する鋳鶴だったが、アセロは違った。兜の目元が赤い光を放ちながらサーチライトの様に爛々と輝き、二人の戦いにくぎ付けになっていた。

「私の息子には、荷が重い」

「荷が重い?よく言う。彼をああしたのは、どこの誰だと思っている」

「少なくとも私はその一件に噛んではいるが、お前だってそうだろうに、なぁ?ノーフェイス。アセロって奴もそういう事なんだろ?私に誤魔化しがきくと思うなよ」

「さぁ?アセロは突然出て来た存在故に、私でも理解が出来ない存在だ。私はただの教育係、彼を一流の魔族にしろという命を受けているからな」

 ノーフェイスが雅の腹部を蹴り距離を取る。まだ彼女の能力が発動している中で、彼は再び両腕の先に小型の魔法陣を展開した。

 この破壊の能力の範囲内でそれを発動するのは、ただの魔力の浪費、及び彼女への挑発とも取れる。が、ノーフェイスは魔法陣から飛び出る武器の柄を掴み、それを取り出す。

「特別性とは言い難いが、君と戦う事によって私も多少は学ぶさ。その圧倒的な魔力に私たち魔族も苦戦を強いられてきたが、弱点というものは自ずと、発見されていくものだ。進化とは、人間だけの特権じゃあない。我々、魔族もようやく、その入り口に立てたというものさ」

 雅は破壊の能力を発動する。が、彼の両手に握ったまま融解しない。雅は顔色一つ変えなかったが、ノーフェイスは疑問を隠せない彼女の表情を見て微笑んでいる。

「そうか、お前らでも学習能力があったってことか、たかが両手剣ぐらい」

「やはり、射出する武器を君に破壊されない様にするにはまだ出来ないか、アセロの様に言えば、ゲームは簡単に攻略出来たらつまらない。という事か」

 雅は距離を取ったノーフェイスに対し、地面を蹴飛ばして一瞬で距離を詰める。ノーフェイスは両手剣を彼女に向け、防御の構えを取る。

 彼女の蹴飛ばした後は、舗装されたコンクリートの道にクレーターを作り、彼女の飛び出す勢いで周囲の草木は揺れ、埃や小石、砂利を吹き飛ばした。

「くっ!」

 両手剣で防御を固めるノーフェイスを彼女は、全力で殴りつける。

「鋳鶴、よく見ておけ、これが魔力を込めて相手をぶん殴るってことだ。お前ならすぐに会得出来る筈」

 雅の肘から肩にかけて赤黒い魔力が迸る。鋳鶴とアセロは、依然変わらぬまま二人の戦いを見つめていた。互いに、目の前の敵を忘れて、鋳鶴は雅の魔力を放出する一連の動きに目を凝らす。

 だが、鋳鶴はそこでノーフェイスの動きにも注目した。百戦錬磨、自分の母と互角に渡り合う事の出来る彼が、雅の攻撃をただ何もせず、無防備に受ける訳がないと考える。

 ノーフェイスの両手剣も雅の攻撃に備えてか、緑に発光する魔力の光帯を纏う。

「もう説明しなくとも分かるだろ。私の見様見真似でやりゃあいい」

 雅の拳が、ノーフェイスの両手剣とぶつかり合う。膨大な魔力のぶつかり合いは、鋳鶴とアセロの頬に微弱な電気でも流されている様な感覚に襲われる。

「やはり、依然に増して強くなっているな」

「おいおいおい。そりゃあ私の台詞だ。こうなってからじゃあ私はお前より強くなってしまったから、上から目線で物言うのは本来、私なんだぜ?」

 雅の拳とノーフェイスの鍔迫り合いは、雅の力が圧倒的で拳とは思えない威力が、ノーフェイスの作製した剣よりも拳の固さの方が勝っている。

 彼女の拳と競っているノーフェイスの剣は、徐々に亀裂が入り、形を保つことさえ難しくなっていた。彼の放つ魔力が辛うじて彼の両手剣の形を保たせるようボンドの様な役割をしている。

「とてもじゃないが、もう少し、弱くなってもらえると助かるんだがね」

「生憎、まだ肉体は全盛期に近いからな。老いをあまり感じないのは良い事だ」

「君には特殊な加護に近いものを我が王から授かっているわけだが、それに関しては何か?」

「お前に気にされる様な事でもない。ノーコメントだ」

 ノーフェイスの両手剣を砕き、二人の周囲に彼が生み出した黄緑色の魔力が、飛散している。

 まるで花火の様に飛散した魔力は二人の肌に触れ、アセロと鋳鶴の目の前にまで及んだそれの中で雅は蹴りで破砕した武器を跡形もなく破壊し、ノーフェイスの頬目掛けて、腰を捻り、蹴りを繰り出す。

 彼女の繰り出した蹴りは、魔力を放出しているため、脹脛から魔力の光が漏れ出している。

 回避することは難しい。と考えたのか、ノーフェイスは両腕に魔力を集中させ自身の両腕を硬質化する。

 雅の狙いはノーフェイスの頬ではなかった。ノーフェイスの両腕に全力の蹴りを入れた彼女は、そこを起点に体を捻り回転させ、その力を利用して彼の懐に握り拳を叩き込む。

「ぐっ……!」

 ノーフェイスは突拍子もない彼女の動きに戸惑いながらも彼女の右拳が彼の体を捉える前に自身の腹部を魔力で強化した。

「ちっ」

 雅の舌打ちが周囲に響き渡る。殴り飛ばされたノーフェイスは、地に足が着いているものの、肉体を強化しても地面に数十メートルの足跡を作らねばならない程の威力を彼女は発揮した。

「久々に、冷汗をかく攻撃だった……」

 ノーフェイスの兜の口元からは鮮血がしたたり、彼が負った身体的損傷の大きさが窺える。雅の腕と足は魔力を放出た後だからなのか、水蒸気の様な視界を遮る程度ではない靄が現れている。

「まぁ、これでも全力ではないがな」

「私に手傷を負わせられる人間は、一握りしかいない」

「私はその一握りだからな。あ、鋳鶴。私が見せた通り、これをやってみせろ。こいつらに勝ちたいならだけど」

 アセロは今まで忘却していたと言わんばかりに、二人の戦いを見つめていた鋳鶴に視線を向ける。

 アセロにも収穫のある戦いであったことは確かだ。彼も魔族とはいえ、まだ数十年の身。まだ吸収できる物事は吸収したい。という立場である。

 人間という存在を完全に理解している訳ではない。ましてや、魔族としての知識、自分が魔族として何者か、という事と生まれながらにあった感情。

 望月鋳鶴と遊びたい。という気持ちが、あの二人を見つめて何かを習得した鋳鶴を嬉々として、また羨望の眼差しで見つめていた。

「大丈夫だ。お前ならできる。やり方が分からないだけで、もうできるはずだ。長男のお前だし、あとはお前が何を守りたいのかっていうのと、お前があいつを倒したいっていう明確な意思も必要だな。それがなきゃ、お前はアセロを倒せないし、これから私抜きで襲われた場合の命も保障されない。それにお前の周りの命も保障されないという事にもなる。それなら、お前がやるしかないよな」

 雅の言葉に鼓舞された鋳鶴は、アセロの前で立ち上がった。鋳鶴は、無意識に握り拳を作っている。その拳には薄く青色に発光する魔力の帯ではなく、まるで炎を纏っているかの様に魔力が揺らめき、煌めいていた。

 魔力が形になった様子を、他の三人は見つめていた。一人は楽観視し、二人はその成長速度に驚きを隠せないでいる。

「鋳鶴、レベルアップしたお前の力を俺に見せてくれよ。お前は、俺を滾らせる。今日だけでどれだけお前が俺の心を滾らせれば気が済むんだ」

 アセロはいつもと変わらず、鋳鶴に微笑みかけるだけ、鋳鶴にとってアセロもノーフェイスも生きている者と考えていた。が、アセロの微笑みを見て鋳鶴の中に怒りは生まれた。

 アセロはまだ生まれたばかりの魔族故にその悪行は少ない。がノーフェイスは違う。ノーフェイスは数百年前から人類の敵として熾烈な戦いを行ってきた。鋳鶴の先祖から両親まで全ての障害として彼は立ちはだかった。

 煽り続けるアセロを見て鋳鶴はその事を思い出し、彼がアセロの教育係だという事実もあり、鋳鶴は眉間に皺を寄せ、握り拳を作っている。

「勝手に……、滾ってろよ!」

 鋳鶴の全身から魔力が溢れ出る。全身を炎で包まれた様に、鋳鶴は魔力を放出し続けていた。

「人間の魔力量ではないな。人間であるとすれば、その形を借りているだけの化け物だろう」

「ノーフェイス、お前は黙ってろ。これ以上、鋳鶴の成長の妨げになるのならお前にも容赦しない」

「ふっ……、教育係の私に歯向かうのは構わんが、君にああなった彼を止めることができるのかね?瞬間的な魔力量では彼の方が、君の魔力量を上回っている。まだ生まれたばかりに近い君には酷だが、これ以上望月鋳鶴の魔力量を上げると君が相手するには聊か、手を焼くことになるだろう」

「そうは言うが、俺も鋳鶴と一緒に強くなるんだろ?お前が俺に教えてくれた仮説によればだが」

「そこは心配しなくていい。君が彼に殺されない様にする事も私には可能だ」

「望月雅が居る中でそんな事が出来るのか?」

「不可能ではない。彼女と私は、敵対関係ではあるが、同時に協定に近いものも結ばれていてね。お互いに干渉しすぎないという事も大事なのさ」

 アセロは何も言わず、ノーフェイスを睨み付けた後に鋳鶴に向き合う。アセロが見た頃には、鋳鶴の目は朱色に変わり、髪の毛は銀色に変貌している。

「行くぞ」

 微笑むアセロに向かって鋳鶴は躊躇いもなく、右拳を振るう。アセロはそれを受け止めるが、鋳鶴の拳の異変に気付く。

「熱いっ……!」

「もう笑うんじゃねぇ……!」

 鋳鶴の怒号とともにアセロがたじろいだ。

たじろぐアセロに鋳鶴は容赦なく右肩辺りから青い炎を噴出させる。

 彼が自分で念じた行動ではない。無意識にただ、アセロを殴りたいという鋳鶴の意志が、魔力が自然と、彼の思いと動きに呼応する様に炎が噴出したのだ。

 アセロが受け止めた鋳鶴の腕はまるで携帯のバイブレーション機能でもついているのか、と言わんばかりに小刻みに震える。

「おおおおおおおおおお!!」

 まるで削岩機の様に、鋳鶴の腕はアセロの両腕を押し返していく、アセロ自身も両腕で魔力を放出するが、鋳鶴の魔力放出の出力に到底及ばない。

「嘘だろ……!」

 アセロの両腕は軽い音を上げて鋳鶴の拳から逃れる様に彼の防御を剥がす、鋳鶴の勢いは止まらない。

 防御を弾かれ上半身が大きく仰け反っているアセロの顔面目掛けて、左拳でさらに攻撃を加えようとする。

 勿論、先程と同じ様に左肩から魔力を放出し、繰り出す拳の速度を上昇させながら、鋳鶴は彼の顔面に向けて左拳を振りぬいた。

 振りぬいた拳は、鋳鶴の拳圧によって一直線に放たれた魔力は、まるで一直線の光線の様に天に向かって一筋の光筋を作り出し、雲を切り裂いている。

 しかし、アセロの顔面にまるで吸い寄せられるかの様に放たれた鋳鶴の左拳は、アセロの顔面を捉えることはなかった。寸での所で鋳鶴の拳はアセロの頬を掠めてそのまま突き抜けて行った。

 アセロは一歩も動くことが出来ず、頬から血を流しながら、その場で固まっている。鋳鶴も拳を振りぬいたまま微動だにしない。

「鋳鶴……、気絶してやがる」

 鋳鶴は拳を振り抜いたまま気絶している。アセロもこの鋳鶴とは戦えないと、戦意を喪失し、放っていた魔力を元に戻した。

「ぐふっ!」

 鋳鶴の安否を心配し、彼に触れようとしたアセロの鳩尾をノーフェイスは殴打した。

鋳鶴の攻撃を防御するために体内の魔力を殆ど使用したアセロは、立っているのもやっとの思いだった故にノーフェイスの攻撃を回避することができなかったのである。

 アセロを卒倒させるついでに鋳鶴への攻撃も考えたノーフェイスだったが、その行動に出る前に雅が鋳鶴を腕で抱えて救出していたため、実行には至らなかった。

「魔族の育成も出来てんだな」

「そちらこそ。人材難とは何だったのか、立派な魔力を持つ青年がいるじゃないか。また我々の前に立ちはだかるというのかね」

「いや、だって私たちはもう全盛期を終えている身だからな。今、あの男が復活でもしようものなら霧谷と私だけじゃ止められんだろう。鋳鶴には申し訳ないが、こいつも大事な戦力として数える場合もやむなしだからな」

「そうして、君たち夫婦は9人も兵器を作り上げているのか?単純に人類の戦力を向上させるために産んだのか?」

 雅は鋳鶴を抱えたままノーフェイスに殴りかかった。ノーフェイスは盾を瞬時に召喚し、雅の攻撃をそれで防御する。

「私は、あいつらを兵器として育てた覚えもないし、何よりもお前だけにはそれを言われたくねぇ!」

 雅が叫ぶと、ノーフェイスの足回りだけが破壊される。舗装されたコンクリートを砕き、その下に存在する土や水道管なども雅はまとめて破壊した。

「協定があってこそのこの状況だ。感謝せねばならない」

「ふん。そんなものも破壊してやりたいが、五月蠅い連中がいるんでね」

「人間とは大変な生き物だ。私とて人間であれば、複製魔法を五体満足では扱えなかったもしれないからな」

「お前ぐらいにしか扱えない魔法なんぞ、無くなってしまえばいいんだがな」

 雅の物言いにノーフェイスは笑い声をもらした。

「君も私の複製魔法と同じ、失われた魔術の一つを会得しようとしていたじゃないか。あの頃の君は、誰よりも努力家であり、何よりも上に行こうとしていた」

「あまり昔話はするな」

 雅はそう言い放つと、鋳鶴を抱えたまま自宅へ向かった。ノーフェイスは彼女の態度に釈然としないまま、アセロを甲冑の肩に乗せ、無言のまま足元に黒色の五芒星を出現させる。彼が手を挙げると、その動きに魔法陣は発光して応え、紫色の煙に包まれると数秒後には辺りには何も残さず、彼らは去っていった。


これからこの大きな力をどう使って行くのか、非常に楽しみですが、困る部分でもあります!次回、どうなる!?

次話も明日投稿です!よろしくお願いします!面白い!と思っていただけたなら宣伝等もしていただけるとありがたいです。

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