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8話 女子高生、あることに腹を立てる

 教室に戻るとふたりはすでにお昼を食べ終えていた。


「うわー、メロンパンじゃん。よく買えたねえ」

「やっぱこれほんとに人気なんだ」


 夕莉からも羨ましそうにメロンパンを眺められる。


(奈羅野さんにお金返さないと……あ、友達といるか)


 友達と談笑する中、行く勇気は陽菜にはなかったのであとにすることにした。

 彼女らとも話せるような関係ならば行けるが、生憎そこまでではない。

 それに。


(奈羅野さんの友達ってちょっとわたしの苦手なタイプなんだよな)


 那遊の友達はクラスの後ろの席に陣取るような位の高い面子。

 派手な感じの子らなので、陽菜はできればあまり関わりたくはない。

 どうして那遊のような子が彼女らと仲良くしているのかは不思議でならないが、気にしても仕方ない。


「メロンパンいる?」

「いいのー?」

「うん。はい」


 物欲しそうにしていた夕莉にメロンパンを分けてあげる。


「麻衣も、はい」

「ありがと。悪いね」

「ううん」


 人気なパンである。ふたりだって一度くらい食べたいだろう。

 麻衣にも分けてあげ、陽菜もその購買一の人気メロンパンを食す。


 しっとりとしながらも砂糖がふんだんに使用されているため、サクっとした触感も味わえ、バターが効いているのでかなり濃厚なメロンパンだった。


「「「美味しい」」」


 見事に三人同時だった。

 さすがは人気なだけある。


「購買のパンってこんなに美味しいんだねえ。今度買いに行こー」

「わたしはもういいかな。たぶん、怪我人出しちゃう」

「そんなに競争激しいんだ……。じゃあ私には無理かあ」


 残念そうに項垂れる夕莉。

 彼女も那遊と同様に小柄なので難しいだろう。


「そだ、ふたりともいつも行くファミレスあるじゃん」

「フランジェール?」

「うん、そこ。それで昨日嫌な客を対応してた女の子の店員さんいたでしょ」

「いたいた。陽菜が助けた子ね」


 すぐさま頭に浮かんだらしい麻衣に夕莉も「あの子ね」と頷く。


「実はあの子……花澤香織ちゃんって言うんだけど、さっき会ってね」

「へえ、同じ高校だったんだ」

「そ、一年生。それで昨日のお礼にってドリンクのサービス券もらったの。だから近いうちにまた行こー」


 三枚分のサービス券を見せ、そこから二枚抜いてふたりに渡す。


「ほんとにー? 嬉しいっ!」


 素直な夕莉は一回分のドリンクが無料になると聞き、声を弾ませる。

 一方、対照的な反応を見せたのは麻衣だった。


「いいの? 陽菜はあれだけど、私たちなにもしてないし」

「いいんだって。むしろふたりにも来て欲しいみたいだったし」

「花澤、香織さん? その子が言うんならいいけど」

「麻衣ちゃんはお堅いなあ。もらえるものはもらっとこうぜ!」

「あんたはもうちょい遠慮しなさいよ」

「あいたっ」


 肩を組んできた夕莉の額に麻衣がデコピンを食らわせた。


「まあ店に行った時にお礼言えばいいか」


 最終的には折れてくれた麻衣。

 律儀というか、こういうちゃんとしている彼女の性格は結構好きな陽菜。

 もちろん夕莉のあけすけで真っすぐなところも好きだ。


(ふたりと一緒にいるのはやっぱり落ち着く)


 ほっこり顔となる陽菜。


「またそういう系のやつ読んでいるのか?」


 すると真ん中辺りの席に座る二人組の男子生徒たちに絡む声がした。


 松枝まつえだすぐる末永まつながわたる

 彼らはいわゆるオタクと呼ばれる人種だ。

 どれくらいのレベルのオタクなのかはわからないが、よくふたりでアプリゲームやアニメ、漫画やライトノベルの話をしている。あまり隠すようなことはしていないようでクラスでは認知されているが、下品なことを大きな声で言うような人たちでもない。

 節度を守り、自分たちの好きなことを語り合っている、そんなふたりだ。


 陽菜に害はなく、むしろ夢中になるものがあるふたりには尊敬にも似たものを抱いていた。


「これ、ラノベだっったか? はは、なんだこれは。教養の欠片もないような小説だな」


 馬鹿にするように文庫本を開くのは牛島うしじま陸也りくや


 ふたりの男子生徒とはまるで住む世界が違うようなキラキラとした雰囲気の彼。

 髪の毛を整え、黙っていれば美丈夫と称してもいいくらい顔はトップクラス。

 中学時代はテニス部に所属していたらしく、運動神経もいい。

 しかも頭脳明晰ときた、文武両道とはこのことだろう。

 噂によれば実家はかなりの資産家らしく、超お金持ちのお坊ちゃんだそうだ。


「そ、そういう目的で読むようなものじゃ…………、か、かかか、かえ、返してくれ」


 卓は言葉を噛みながらも陸也に訴えかける。

 しかし陸也は冷笑し、文庫本を閉じてその表紙を見つめる。


「『勇者として異世界来たけど、弱すぎて自分だけ山奥に置いていかれました』ってなにこれ。異世界とか勇者とか……こういうの好きだね」

「ぼくらがなにを好きだろうと関係ないだろ」

「クラスの品位が下がるんだよな」


 冷淡に吐き捨てる。


「きみたちみたいなのがいると、クラスに迷惑なわけ」


 卓と亘を交互に指差し、蔑むように鼻を鳴らす。

 彼らは悔しそうに奥歯を噛みしめる。


「勇者とか異世界とかさ、ファンタジーっていうの? こういうの好きなやつって大抵は現実でいいことがないやつだよね。理想の世界に逃げて、女の子にチヤホヤされたい? はは、馬鹿みたいだな」

「…………」

「身だしなみとか運動とかいろいろ頑張れよ。こんな展開あり得ないんだから、もっと現実を生きろっての」


 図星であるのか、ふたりとも言い返そうとしない。

 とはいえ。

 オタクに対してクラスのみんながあまり良く思っていないだろう状況の中、言い返すほうが無理かもしれない。

 陽菜だって以前まではその有象無象の内のひとりだった。


「そんなにこういうところに憧れているのなら、行ってくれないかな。ファンタジーの世界に行ってさ、チートやって女の子にモテて、ちょろっと世界救って、らくーにぬるく生きていけば? そのほうが俺たち二年一組にとっても嬉しいからさ」


 クラスの総意であるかのように言い捨て、陸也は文庫本を卓に突き返す。


 まるで自分が王様であるかのように。

 まるで彼らが邪魔者であるかのように。

 まるでそれが正しいことであるかのように。


 まるで異世界に行ってみたかのような――


 クラスの注目が集まる中、陽菜は陸也の肩をとんと叩く。



「異世界なめんな!」



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