7話 女子高生、後輩ができる
「先輩!」
戦利品を手に教室に戻ろうとした陽菜だったが、その声に足を止める。
(わたしのことじゃないよね?)
部活動にも所属していないため、他学年と交流する機会はほとんどない。そのため、後輩から親しく先輩などと呼ばれたこともない。でもどうも陽菜に対して発せられたような気がしてならない。
自意識過剰かと歩みを再開させる。
「待ってください、先ぱいぐううううううううう」
腕を掴まれたため、反射的に背負い投げを決めてしまった。
「ひぐう……すいません、先輩と少しお話ししたかっただけなんです」
「あ、ごめん! ついエロ親父かと思って」
いつもいつも欲丸出しで迫ってくる国王を何度投げ飛ばしたことか。
懲りずに死角から触れてこようとしてくるのでもう流れるように地面に叩きつけてしまった。
「私、そんな変態チックでしたか?」
「ごめん、そうじゃないんだけど……ってあなた」
後輩らしい相手に手を貸して起き上がらせるとその少女の顔に見覚えがあることに気づく。
尻尾のように揺れる後ろに一本結ばれた明るい髪の毛が特徴的な彼女。
テーブルとテーブルとの間を行き来する時に目で追ってしまう。
柔らかな微笑を湛えた営業スマイルがあの店舗を想起させる。
「昨日のパフェの店の子」
「花澤香織です。昨日は本当にありがとうございました。……先輩のお名前伺ってもいいですか?」
「わたしは御巫陽菜だよ、よろしくね」
「はい。よろしくお願いします。陽菜先輩」
花澤香織と名乗った子は陽菜の後輩に当たるらしい。
ここ八日町高校では女子の胸のリボンの色が学年によって異なる。一年生は赤で二年生は緑で三年生は青。彼女は赤で陽菜は緑。つまり一年生と二年生である。
「同じ高校だったんだね、驚いた」
「昨日言えなくてすいません。いろいろテンパってちゃってて」
「ううん、それはべつにいいんだけど。昨日は本当にあれから大丈夫だった?」
「はい。店長からもああいう時はすぐに呼んでって言われました」
「そ、ならよかった」
なにも悪いことはしていないとはいえ、あれだけ騒ぎを大きくさせてしまったのでなにか怒られてしまったのではないかと心残りであったが、杞憂に終わったらしい。
「陽菜先輩こそ手のほうは本当に大丈夫だったんですか?」
「あー、うん! 全然平気だって。ほら、なにもないでしょ」
掌を見せる。
治癒魔法のおかげですっかり消えてなくなっている。
「本当ですね。火に当たったのになんともないなんて……強運の持ち主ですね」
「あれじゃないかな、ほら……うまく煙草に火がついてなかったのかも。握った時もあんまり熱く感じなかったし、きっと……ううん、絶対そうだよ。うん、そうに決まっている」
「そうだったんですか。火がついているのを見た気がしたんだけど、ちゃんとついてなかったんですね」
少々苦しいが、香織はどうやら納得してくれたらしい。
彼女に関しては間近で見ていたため、疑われる可能性が高かったが、扱いやすい子で安心した。助けられたことも後押しになっているのかもしれないが。
「わざわざお礼を言いに来てくれたの?」
「それもあったんですけど」
香織はごそごそと制服のポケットを漁る。
「はい、これドリンクのサービス券です」
「え、サービス券?」
「やっぱり助けていただいてお礼もなしじゃあって、店長にお願いしてもらいました」
「悪いよ、そんなことしてもらって」
「いえいえ。店長もお店のために悪いお客さんを撃退してくれた陽菜先輩にはお礼をしたいって言っていましたので。ですからこれは従業員全員からのものです」
なかなか受け取らない陽菜の手を取ってぎゅっと握らされる。
そこまでされては断るに断れない。
「ありがと。ありがたく使わせてもらうね」
「はい。陽菜先輩のお友達も使ってもらって構いませんから」
「うん。ふたりと行くね。ほんとにありがと」
もらったサービス券をポケットにしまっていると、香織の視線が陽菜の持つメロンパンに釘付けとなっていた。
「美味しそうですね、それ」
「うん、さっき購買で買って」
「そうなんですか。メロンパンってなかなか人気で買えないんですよー。いいなあ」
「へえ、人気だったんだ」
どおりでもう残り少なかったと陽菜は思った。
「購買に買いに行く人って男の子が多くってどうしても負けちゃうんですよ。購買は戦争ですから、やっぱり力のない女の子には不利で。……陽菜先輩、よく買えましたねー」
「ねー、ほんとわたしって強運っ!」
「というかさっき購買付近で強風があったみたいなんですけど、陽菜先輩大丈夫でした?」
「うん、なんとも。わたしって強運だからー」
強運で押し切る陽菜。
「運強すぎますよー」と香織はなんの疑いもなく、笑ってくれる。
(今後、香織ちゃんには運が強い女ってことでとおそう)
そう決心した。