6話 女子高生、力加減を誤る
ぱくり、と母お手製の弁当に入っていたタコさんウインナーを食べる。
「すっごい美味しそうに食べるね。なにか好きなものでも入ってた?」
「うーん、まあ全部が美味しいかな」
「そうなんだ。陽菜ちゃんのお母さん料理上手なんだねー」
「んー、そゆことでもないと思うんだけどね」
お昼休み。
ふたりの席にお邪魔させてもらい、お昼を取っていた。
言わずもがな、陽菜はこの世界の食べ物に感動し、すべてが美味しいと感じる状態になっている。そのため、母のお弁当という身近なものでも美味しくて仕方ないのだ。実際、母の料理の腕前はなかなかのものであるし。
夕莉からは羨ましそうに見られ、ちょっと恥ずかしくなる。
「陽菜、もう食べ終わったの?」
「え、あ……」
ついつい箸が進んでしまい、お弁当の中身がなくなっていた。
「なんかお昼に用事でもあるの?」
「いやそういうんじゃないんだけど」
「?」
「変な癖ついちゃったな」
「癖?」
「あー、なんでもないよ。美味しすぎて止まらなくってー」
「陽菜のお母さんも娘にそんなふうに言われたら嬉しいだろうね」
それだけじゃないんだよなあと母に罪悪感を覚える。
(食べるのも訓練だ、とかいう頭おかしい鬼教官がいたんだよ)
勇者として召喚されて間もなく、異世界の事情や戦いのノウハウなどを叩きこまれた。
チート能力を持っていようとそれを使いこなせねば、ただの力の持ち腐れ。
強力な戦力へとするために、まあいろいろと辛い思いをした。
泣きそうにだってなった。
詳細は省くが、そういうこともあって早く食べる訓練もさせられたのだ。
(てか、お腹すいたなあ)
女子高生サイズのお弁当箱を見つめる。
正直、陽菜にはこの量では足りない。以前までの陽菜ならばこれくらいで満腹とかだったのだろうが、異世界帰りのいまでは物足りなく感じてしまう。
(馬鹿、わたしは女子高生! これが普通なの!)
みんなのお弁当をさりげなく見る。
麻衣も夕莉も陽菜と同じくらいの弁当箱だ。他の女子生徒も似たようなものばかり。
男子生徒は運動部の者たちは二段重ねの特大サイズ。
(いいなあ)
自然とよだれが垂れ、すぐに口元を拭う。
「陽菜?」
「なに、麻衣?」
「いや、なんかみんなのお弁当見てるから……お腹すいた?」
「え、なんのことー? わたし全然そんなんじゃ――」
――ぐう。
「あはは! なんの音だ――」
――ぐきゅう。
腹を殴る。
「最近さー、お腹の辺りが――」
――ぐうぎゅるるる。
腹に数発拳を当てる。
「陽菜」「陽菜ちゃん」
ふたりは声を合わせて言う。
「「あげようか?」」
「…………っ」
言い逃れできなかった。
生理現象というのは辛い。
「や、でもふたりに悪いし、ほら……ふたりともそれだけでしょ」
「これで充分だけど」
「私もー」
普通の女子高生が目の前にいた。
(これが女子高生の胃袋か!)
それもこれもただの女子高生として帰してくれなかった国王のせいだとすでに国王の座から失脚している男を恨む。
「でもほんとふたりには育って欲しいと言いますか、食べて欲しいと言いますか」
「なに言ってんの」
呪詛のようにぶつぶつと言う陽菜に夕莉が手を叩く。
「なら購買でなにか買ってくれば? まだ時間もあるし、残ってると思うよ」
「……な、なるほど。購買か」
一度も利用したことはない。
平和に過ごしたいため、あまり変なことはしたくはないのだが、お腹すいてしまった。
「こ、購買行こうかな」
「行ってらっしゃい」「がんばー。陽菜ちゃん」
ふたりに手を振られながら教室をあとにする。
購買は確か昼休みになると一階で開かれるのだった気がする。
友人からの受け売りだが。
「あれかな」
一階に降りると、わんさかと人の群れがあった。
売られているのはパンであるらしく、男女入り乱れ、奪い合いをしている。
(うわあ、こんな中行きたくないなあ)
人が去ってから残ったものをいただこうかなと思った陽菜の前に「うーん」と背伸びしている小さな女子生徒がいた。
「あれ、奈羅野さん? 奈羅野那遊さん」
「うーんうーん、うん? 御巫、陽菜……ちゃん?」
こちらに気づいた彼女がパン争奪戦を中断して振り向いてくれる。
クラスメイトの奈羅野那遊だ。
小さな体躯と小動物のようなくりっとした瞳が印象的な少女。
女子の名前はさすがに全員覚えていたので今朝のようなことは起こらなかった。
「奈羅野さんも購買でお昼を買いに?」
「うん。でもなかなか難しくって」
「あー」
納得する陽菜。
狙いはなんなのかわからないが、この中をこの子が入るのは難しいかもしれない。
「どうしよう。なくなっちゃう」
困り顔となる那遊。
せっかく買いに来たというのに、売り切れは辛いものがあるだろう。
「よかったら買ってこようか?」
なんて提案をしていた。
(なんでこんなこと言ってんのかな、わたし)
いままでの自分ならばこんなことを言う人ではなかった。
「けど結構人いるから難しいと思うよ」
「このままだとお昼なしになるんじゃないの?」
「うん、そうだけど……行ってくれるの?」
「買えるかわかんないけどね」
保険のため、そう前置きをし、「ちなみになに買いたいの?」と伺う。
「メロンパンを3つ、お願い」
「……ん、メロンパンを……3つ、ね」
だいぶ食うな、と突っ込みそうになった陽菜はすんでで我慢する。
その割には身体は小さいけれど。
「それじゃあ行ってくるね」
早く行かなければと人の群れに侵入する。
「ちょっとすいませ――」
「どわああ!」
ん、と言おうとしたところで陽菜の触れた生徒が吹き飛んだ。
「え?」
まさかーとその光景を信じず、陽菜は人の波をかき分けようとして――
「んぎゃああああ」
またしても男子生徒が弾け飛んだ。
(やばい、わたし……超強すぎる)
ちょっと押しただけでこれとかやばすぎる。
加減をしなければならないと今度は力を弱める。
「ちょっとすいま――」
「――きゃああ」
「押さないで、わたしまだ加減が――」
「――いやあああ」
「ちょっとだれかお尻触ったでしょ――」
「――ふあああああ」
「あ、メロンパンもう残りがなくなりそう。わたしそれ買いま――」
「――ぐふううううう」
「ごめんなさい、どいてください」
「――ぎゃああああああ」
……………………。
……………………。
……………………。
「はい。メロンパン3つね」
「ありがとう、陽菜ちゃん」
「うん……まあ、その、どういたしまして」
料金を受け取り、メロンパンと交換する。
「なんか陽菜ちゃんがとおるたびに人がどっか飛んでっちゃってたみたいだったけど、運いいんだね!」
「……はは、そうかもね」
ぶっ飛ばしたのはわたしですと自供することなどできない。
「あれ、陽菜ちゃんはなにも買わなかったの?」
「あ……」
すっかり自分の分を買うのを失念していた。
けれどまたあそこに戻るということはしたくない。というか、また人に迷惑をかけてしまうのはちょっと……。
お腹は減ってしまっているが、ここは我慢しようかと思った陽菜の手にメロンパンが乗せられる。
「はい、これお礼」
にっこりと微笑み、自分の分のメロンパンを分けてくれる。
「いいって、これ奈羅野さんのだし」
「でも陽菜ちゃんがいなかったら買えなかっただろうから」
返そうとする陽菜に那遊はいいいいと首を振る。
「私の分だからいいの。もらっといて」
「あ、ちょ」呼び止めようとするも那遊は受け取らんぞと言わんばかりに駆け足で階段のほうへと向かってしまう。
「はあ、お金だけでも返そうと思ったのに」
あとで教室に戻ったら返そうと歩き出した陽菜と同時にパンの売り切れが告げられた。
「くっそー、なんで俺は壁にめり込んでんだよ」
「あの突風がなければ」
「…………」
今度から人に触れる時はまじで気をつけようと思う陽菜だった。