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58話 女子高生、勝負を挑む



 翌日の陽菜の行動は迅速かつ無謀だった。


「媛岸さん。おはよう」


 登校するなり、教室内でスマホをいじっていた媛岸瑛美に挨拶をする。


「おはよう……え、なに?」


 いつもなら挨拶などしてこない相手に対して、警戒するように身構える瑛美。

 それはズバリ的中であるが、この場合、身構えたところで無意味だ。


「今日のお昼休みさ。バレーボールやらない?」

「は……?」


 まるで異次元の言葉を聞いたかのような反応だった。

 陽菜とて「いいよ」とすぐにいい返事をもらえるなど思っていない。


「ねえ、いいじゃんやろうよ。楽しいよ、すっごく」


 抽象的に言いながらも陽菜の顔には溢れんばかりの笑みが浮かぶ。

 それを見て、瑛美はますますわけがわからないといった様子で佇む。


「最初は『球技? 無理無理。ボールの感覚とか距離感とかいろいろ無理!』って思っていたんだけど、やっていくうちにわかってきて、うまく決まるとすごい気持ちよくって……だんだんできるようになってくると今度はスパイクに挑戦したいとかブロックとかもやってみたいとか思うようになってさ。楽しいんだ、すっごく」


 感覚で話す陽菜は自分でもなにを言っているのかわからなくなってくる。

 けれど熱意と気勢で訴えかける。


「媛岸さんもさ、やれば絶対思い出すって! バレーボールをやっていた日々のことを! それに那遊とならおだててくれたり、こっちを乗せるのすっごくうまくってさ――」

「御巫」


 ひどく冷たい瞳が。

 冷気を伴って、陽菜へと放たれる。


「この前言ったこと覚えてないの?」


 スマホを机の上に置き、気怠げに頬杖をつく。


「あたしのバレーボール人生を終わらせたあいつとは二度とやらないし、そもそもバレーボールなんてやりたくもなければ見たくもない」


 変わらない拒絶の意思を告げる。


「ほんとにうざいからそういうのやめて」


 もう話すことはないのか、瑛美はこちらを見ようともしない。

 そっぽを向く彼女にもう一度声をかけようとするも。


「瑛美、おはー」

「ちょっと瑛美聞いてー。朱美がさ――ん、なに? お話し中だった?」


 友人である里衣佳と朱美が登校してきた。


「ううん、べつに。それでなに?」


 そう言って陽菜を追いやり、彼女たち三人は内輪ネタで盛り上がってしまう。

 さすがにこの中には入れず、陽菜は退散する。


 しかし。

 今日の陽菜はうるさかった。


「媛岸さーん。一緒にバレーボールをやろうよ」

「やらない」


「媛岸さん。サッカーボールでバレーを――」

「やらない」


「媛岸さん。昼休みだけど――」

「やらない」


「媛岸さん――」

「なんなんだよ、あんたは!」


 とうとうブチ切れられた。

 堪忍袋の緒が切れたということだろう。

 瑛美がひとりになった隙を見計らって陽菜から何度も何度も誘われれば、鬱陶しく思うのも無理はない。


 すでに放課後となり、ひとり教室に残っていた瑛美を捕まえた陽菜だったが、彼女はだいぶお怒りな様子だった。


「何度も言わせるなよ。やらないって言ってんだろ! なんでそこまでしてやらそうとするわけ? 意味がわかんないんだけど。あたしを苛立たせて遊んでんの?」

「違う。わたしはただ媛岸さんにもう一度バレーをやってもらいたくって――」

「それが余計なお世話なの! だれがやりたいって言った? あたしはやりたくないって言ってんの? 頭おかしいんじゃないの?」

「おかしくないよ。だって」


 陽菜は瑛美の瞳の奥に隠された哀愁の色を見て取る。


「媛岸さんは、本心からそう言っていない」

「は……? 意味わかんな。なにを根拠に言ってんの?」

「根拠なんてない。なんとなくわたしがそう思っているだけ」

「あ、そ。なら間違いだから。あたしはバレーなんてやりたくない。わかった?」

「そうやってずっと逃げ続けるの?」


 ぴくりと瑛美の眉が動く。

 地雷を踏んだのか、より一層不愉快そうに顔を歪められる。


「逃げるって、意味がわからないんだけど」

「那遊に怪我させたこと。まだ引きずっているの?」

「――――っ」


 席から立ち上がり、こちらをキッと睨む。

 的外れ、見当違い、という反応ではなかった。やはり瑛美はあの時に那遊を怪我させてしまったことが原因でバレーボールをやりたくないのだろう。陽菜の妹である里菜も怪我をさせた側だから悩んでいることは似ているのだ。


「練習中の事故みたいなものでしょ? そこまでひどい怪我じゃなかったって聞くし、那遊も気にしていない。むしろそのことを自分で責めている……。謝ったんでしょ? だったらもう気にすることないじゃん」

「…………」

「怪我をさせちゃったほうだし、なかなか難しいことだと思うけど、那遊はいまでも楽しくバレーやっているよ? 顔に怪我したことだって屁でもないって感じで。この前練習見た時なんかは顔面から食らいついていったくらいだし。ほんっとに一生懸命っていうか、好きすぎるというか。上手になりたいんだろうなってすごく伝わってくる」


 だから陽菜が那遊に、してあげられることは。

 そして陽菜が瑛美に言ってあげられることは。


「戻ってきなよ。周りがなんだって言うの! 適当に言わせておきなよ。それでも言い続けて嫌だなって思ったらわたしがなんとかする。これでもわたし、超強いんだよ? 殴って蹴って黙らせてみせるよ」


 しゅっしゅっと戦闘態勢のポーズをとる陽菜に瑛美はぽつりと言う。


「……わかったふうに言うな」


 おもむろに陽菜の胸倉が掴まれる。


「御巫になにがわかる!? 適当に想像だけで勝手に決めつけて……あたしのなにを知っているっていうんだよ! あたしがどういう気持ちで那遊といて、どんな思いで那遊と接しているか……、たった数週間の付き合いの御巫になにがわかるってんだよ!」


 強く掴んでいた力が弱まり、震える。


「放っておけよ。あたしらはあたしらでいろいろあんだよ。御巫がぐちぐち言ってんじゃねえよ。もうそういうのほんとうざいから……マジでやめろよ」

「やめない」

「なんで」

「友達だから」


 すっと口から自然とそう発せられていた。


「那遊はもちろん、媛岸さんのこともそう思っているから……わたしはやめない」

「……意味、わかんな。なにが友達だよ。あたしと御巫はただ補習で一緒なだけで――」

「そうだよ。それでも少なくともわたしは、媛岸さんと友達だと思っている」


 淀みなく答えられた陽菜に瑛美は怒る気にもなれないのか、呆れたように「ははっ」と乾いた笑みを漏らした。


「……友達なら、友達の嫌なことすんなよ」

「友達なら友達が苦しんでいるのを放っておけるわけないでしょ」


 皮肉もどこ吹く風といった感じで返す陽菜に瑛美は手を離す。


「くっだらない。帰る」

「待って!」


 逃げようとする瑛美の手を今度は陽菜が掴む。


「なんだよ」

「勝負しない?」

「は?」


 唐突な提案に瑛美は怪訝そうに眉を寄せる。


「来週の月曜日に追試験があるでしょ? それでどちらが多く点数を取れるかの勝負」

「なんだそれ」

「わたしが勝ったら、もう一度バレーボールをして。べつにバレー部に戻れってわけじゃなくて、那遊とまた一緒にやって欲しい。ただそれだけでいい」

「はっ……。だれが受けるか」


 真剣勝負を申し込むも、くだらないとばかりに鼻で笑われ、一蹴される。


「もし、媛岸さんが勝ったら、もう二度とバレーに誘わない」

「…………」

「それと那遊といるのが嫌なんだよね? だったら那遊もあなたに近づけさせない。どう?」


 心の中で賭け事に勝手に巻き込んでしまった那遊に謝る。


「媛岸さんにもメリットはあると思うけど」

「メリットってそれ――」

「そうやってまた逃げるの?」

「は……?」

「もしかしてこういう勝負事も怖くなっちゃったとか?」

「……わかった。やるよ、やってあげるよ」


 瑛美は、ずいっと顔を近づける。


「その代わりちゃんと約束は守りなよ」

「わかった」


 じっと睨まれるようにして見つめられたあと、瑛美は鞄を引っ手繰る。

 別れを告げることなく、教室を去ろうとすると、彼女はそこにいただれかとぶつかる。


「あ、ご、ごめん」


 那遊だった。

 部活動があるはずなのにどうして教室になどいるのだろう。


「あの……今日、なんだか陽菜ちゃんと瑛美ちゃんが話しているのを見て、なんかあるのかなって」


 ふたりの視線で察したのか、疑問を解消してくれる。


「あ、そう。じゃあ大体の話は聞いた?」

「えっと……うん。勝負するってことは」

「なら話は早い。そういうことだから。……あたしが勝ったらあいつらのとこに行けよ」

「…………うん」


 それだけ聞くと、瑛美は那遊を避けて廊下を歩いていってしまう。

 床を激しく蹴る音がなくなると、陽菜は我に返り、那遊のもとへと駆け寄る。


「ごめん。勝手にあんな勝負しちゃって」

「いいよ。だってああでもしないと瑛美ちゃんは二度とバレーボールに触れてくれないから」


 そういうことを言っているのではないと、那遊の肩を掴もうとすると、彼女は目いっぱいの笑みをこちらに向けてきた。


「瑛美ちゃんの気持ち聞けてよかった。この勝負で陽菜ちゃんが勝とうが瑛美ちゃんが勝とうが私は瑛美ちゃんのところには行かない。だって私は瑛美ちゃんを苦しめるだけだから」

「那遊……」

「勝ってよ陽菜ちゃん。最後に瑛美ちゃんとバレーしたいから」

 じゃあ私はもう行くね、と那遊は悲しみの色すら見せずに陽菜の前から消える。


 彼女は自分でわかっていたのだろう。

 自分が瑛美に好まれていないことを。

 だけど、こうして間接的ではあるが、直接耳にし、どうして苦しまずにいられる?


「ごめん、那遊」


 でも負けないから。

 一緒にバレーを楽しんで――仲直りしてもらう。

 だから陽菜は。


「勝つから」


 炎の闘志を瞳に宿し、決意を口にした。




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