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57話 女子高生、自身の妹を誇る



「お姉ちゃん。今日お母さんたち遅いんだって」

「だね」

「出前取っていいって。なににする? ピザ? 寿司? ラーメン?」

「だね」

「なんでもいいって。あ、でもお母さんとお父さんの分も残しておけって」

「だね」

「やっぱりちょっと高級なやつにする? お寿司? お寿司でいい?」

「だね」


 どん、と机を叩き、リビングのソファでくつろいでいた陽菜はその妹の奇行に目を剥いた。


「お、驚かさないでよ。なに、お姉ちゃんにそんなに構って欲しいの?」

「違います! わたしの話聞いてた?」

「……男の子の話でしょ」

「お姉ちゃんはわたしのことをどんな痴女だと思ってんのよ! 違うから」


 だいぶお怒りの様子だった。

 どうせ里菜のことだからあの男の子が格好いいとかなんとか言っているのかと思っていたが違ったようだ。帰宅してからというもの、ずっと考え事をしていたので適当に返事をしてしまっていた。


「ごめんごめん。なに?」

「夕飯のこと。お母さんたちいないから出前取れって」

「なるほど。わたしはなんでもいいよ」

「わかった。じゃあお寿司頼むから」

「うーい」


 諸々のことは里菜に任せ、再び陽菜は思考に移る。

 無論、考えることは那遊や瑛美のことについてだ。

 行動を起こす、ということは決まったが、なにをすべきかは決まっていない。というよりもなにをするか以前になにを望んでいるのかすら曖昧であった。

 きっと那遊はもう一度瑛美とバレーボールをしたいと思っている。

 しかし瑛美は二度と那遊とバレーボールをしたくないと言っていた。

 相反する思い。

 どちらかを取ろうとすると、どちらかが我慢しなければならない。


「ねえ、お姉ちゃん。お寿司だよ?」

「え、なに? それがどうかしたの?」


 隣に座ってきた里菜がお寿司のメニューを見せてくる。


「や、全然喜んでないなあって思って」

「普通に嬉しいけど?」

「いやいやどこが!? いつものお姉ちゃんだったら『えええ!? お寿司!? サーモン、マグロ、ネギトロ、イクラ、甘えび、ホタテぇ!』とか言いそうなのに」

「なにその食いしん坊キャラ。わたしそんなんじゃないし」

「最近のお姉ちゃん、割とそんなだよ?」


 驚愕の事実を突きつけられ、姉はだいぶショックを受ける。


(わたしってそんななの……?)


 最近の、というよりも異世界から帰ってきた陽菜は食に対する思いが強い。それは異世界での食事情のせいである。異世界ではあまりいいものを食べられなかった……あの異世界帰りに食べたパフェの時も激しく感動したが、そういえば食事する時は毎度のように一喜一憂していた。


(うん、確かにわたしってそういうキャラになりつつあったわ)


 自覚し、なるべく自重しようと思った。


「もしかしてバレーボールをやっていたのって痩せるためだったり?」

「ち、違わい」


 即座に否定しようと思ったため、変な言い方になってしまった。

 これでは図星と言っているようなものだった。


「わたしのことはいいから。里菜はどうなの?」

「どうって?」

「ちゃんと投げられるようになったのかってこと」

「ああ、そのことね」


 どこか声音が小さくなる。

 もしかしてまだ克服していなかったのだろうか。

 話題転換のために振ったのだが、失敗したかもしれない。


「――バッチリよ」


 そんな陽菜の心配は杞憂に終わり、ニコッと笑みを刻んだ。


「いやー、さすがわたしだね。楽勝も楽勝。最後の夏の大会、全国も夢じゃないね」

「楽勝って、なんだかんだで悩んでたじゃない」

「あはは、まあね」


 けろっとして、すぐにそれが強がりであったと認める。


 里菜に相談されてからというもの、彼女は毎日のように頭を抱えていた。

 いろいろなメンタル系の本やネット等を漁ったり、ひとりでも練習したり、帰りが遅かったりと試行錯誤を重ねていたのは知っていた。

 でもここのところそういう悩んだ姿が見られなかったから乗り越えたのかと思っていたのだが……やはりさすがはソフト部エースということだろう。


(いや、さすがはわたしの妹だ)


 なぜか誇らしげになる陽菜だった。


「お姉ちゃんとの練習が効果あったのかな?」

「全然」


 即答される。

 違うとはわかりつつも、そんなすぐ否定されると悲しいものがあった。


「実はね、ある人にバッターボックスに立ってもらってずっと投げる練習してたの」


 滔々と里菜は語る。


「野球もソフトボールもやったことない人なんだけど、自分がバッターになるから思いっきり投げろって言うの。当然わたしは断ったよ。こんな状態だし、どんな球がいくかわかったもんじゃないから。でもその人、懲りずにまた来て……今度はプロテクターとか防具身に着けて現れて言ったの。『これで当てても大丈夫だから。思う存分投げてくれ』って」

「すごい友達ね」

「うん、ほんとに。……怪我するかもしれないのに、ほんとに馬鹿」


 ほんのり頬を朱色に染める。


「じゃあその人との練習のおかげで?」

「そ、投げられるようになった」


 なかなかに荒療治だが、それで投げられるようになったのだから姉として、その子には感謝の思いしかない。


「やっぱり、思うように投げられなかったのはまた相手に当てちゃうかもしれないって考えていたのが原因だったのかもしれない。わたしのせいで傷つけて、最悪の場合選手生命を奪ってしまうって。……でもあの人との練習で、それが相手に取って失礼でしかないことに気づいた」


 里菜は自分の過ちを恥ずかしげに言う。


「練習を手伝ってくれる時にその人に言われちゃったんだ。『僕が怪我をするのは僕自身の責任だ』って。……すごい自分勝手だけどさ、確かになって納得もしちゃったんだ。相手も怪我を覚悟でやっているんだし、頭に当てて調子を落としちゃうかもしれないと心配するほうが、失礼に当たるんじゃないかって思えた」


 吹っ切れた里菜の表情は調子のいい時の常時のそれだ。


「だからもう安心でーす。バシバシ投げられるよ」


 しゅっしゅと投げるポーズを取る。

 いつもの明るい妹を見て、ほっとすると同時に笑みがこぼれる。


(怪我、か……)


 スポーツをやらない陽菜にとってはあまり縁のないものだ。

 けれど、と那遊たちのことを思い出す。


(媛岸さんは那遊を怪我させちゃったんだっけ)


 居残って練習していた時に瑛美のスパイクを取り損ね、那遊の顔にボールを当ててしまったと聞いた。それが発端となって居残り練習をしていたことがみんなに広まった。

 もしかしたら。


(そのことが原因なんじゃあ……)


 ひとつの光明が差す。

 だとしたら、陽菜にもできることがあるかもしれない。


「お姉ちゃんなに気持ち悪い顔しているの?」

「気持ち悪いって……姉に言う? そんなこと」

「だって本当だし」


 ふと、そんなふうに言った里菜の顔がまだほんのり赤いことに気づく。


「てかさ、その子って……里菜の気になっている子でしょ?」

「――はっ!? な、なに言ってんの!?」

「普通にそれしか考えられないし、この前来た子がそうなんでしょ?」

「だ、だからあれは違うって何度も説明したじゃん! 蒸し返さないでよ!」


 以前にあのことをについてしつこく絡んだことを思い出したらしい。

 あの時も誤魔化していたが、十中八九その人が里菜の好きな人で、練習にも付き合ってくれたのだろう。

 可愛いやつめ。


「うっふっふ。そうかー、あの子がねえ、格好いいこと言うじゃん」

「う、うううるさい! お姉ちゃんの馬鹿! アホ! オタンコナス!」


 御巫家の姉妹は今日も今日とて仲が良かった。



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