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55話 女子高生、踏み入れるべき問題かどうか迷う



 ぐでーっと机に突っ伏す陽菜。


「なに、夏バテ?」


 昼休みになって弁当も広げないでいるのは珍しいと思ったのか、麻衣が聞いてきた。

 こういった姿を晒していればそう思われても仕方ないかもしれない。

 実際、夏が本格的に迫ってきているので身体はだるい。

 ただ陽菜をこんな姿にしているのはそんな簡単なものではないが。


「馬鹿は風邪引かないって言うから違うんじゃない?」

「うん、違うんだけど、夕莉。あなたはわたしのことをなんだと思っているのかな?」

「えへへ、赤点マン」


 怒気を孕ませたつもりだったが夕莉は意に介した様子を見せない。

 いま現在陽菜がどれだけの力を有しているのか知らない彼女はまったく恐れを知らない。


(この子は……赤点ネタを多用してきてぇ!)


 いつかこの子にはお灸をすえねばならないと固く誓った。


「なんでもないからだいじょぶよ」


 首を振り、大丈夫であるとアピールするようにお昼を食べ始める。


「そう? ならいいんだけど」


 麻衣は、ぱくりと自身の弁当に手をつける。

 夕莉も朗らかな表情となって食べ始める。なんだかんだで夕莉も陽菜の異変にどこか不安な気持ちを抱いていたのかもしれない。こういうところがあるから憎めないのだ。


 つい昨日、瑛美たちと話して、歪な関係の実態を知り、陽菜を悩ませていた。

 考えても仕方ないとはいえ、考えないわけにはいかなかった。


「ええ、売り切れ?」

「うん、ごめん」

「わたしら超楽しみにしてたのにそれはないわー」

「ごめん。タッチの差で……」


 ペコペコと頭を下げるのは那遊だ。

 もちろん、その相手は里衣佳や朱美、そして瑛美の三人。


「今日は自分から張り切ってメロンパン取りに行くーって言ってたじゃん」

「男の子が多くて、なかなか前に進めなくって」

「そんなやつら蹴散らせってー」

「む、無理だよぉ。野球部の子とかが多くて、逆にやられちゃう」

「ハゲに負けんなよ」


 メロンパンがなかったことで機嫌の悪い里衣佳と朱美だった。

 あれはなかなかの競争率なため、那遊ひとりでは難しいだろう。


(そのことわかってないのにあんなふうに言って……)


 ふつふつと込み上げってくる義憤。

 彼女らの関係性がわかったいまならば、那遊の助けをしてやれる。

 そう思った陽菜が立ち上がろうとした時。


「陽菜?」

「あ、え、なに?」


 麻衣から呼ばれ、陽菜は立ち上がりかけたところでやめる。


「いやだから、追試大丈夫なのかって話」

「ああ、追試ね。うん、大丈夫よ」


 どこかさらっと言われ、麻衣は眉根を寄せた。


「ほんとに? なんかべつのことで頭いっぱいな感じだけど」

「ほんとにほんとに。追試って言っても普通のよりレベル低いから」


 適当なことを言い、陽菜はちらりと横を見やる。


「那遊。メロンパンなかったからってクリームパンってなに?」

「え? 瑛美ちゃんクリーム嫌いだった?」

「好きじゃない」


 つっけんどんな態度で言い、瑛美は買ってきたパンを那遊に押しつける。


「一緒にいるくせになんもわかんないんだね」

「……ご、ごめん」

「べつにどうでもいいけど、そういう感じだったら無理に一緒にいなくていいから」

「無理に一緒にいるわけじゃないよ。瑛美ちゃん甘い物好きだと思って……。次っ! 次、気をつけるから」


 めげずに拳を作って笑みを湛える。

 これまで瑛美はそこまで那遊に対して強く当たってはいなかった。しかし今日はどこか苛立った様子だ。


「陽菜ちゃん上の空?」

「え? な、なに夕莉?」

「今日は補習あるのかどうかって聞いたんだけど」

「補習? ああ、確かなかったような気が……あれどうだったかな」


 確認し忘れていた陽菜は顎に手を当てて記憶を探る。


「陽菜、あんたさ」

「ない! 今日はないよ! なに? みんな今日遊べるの?」

「奈羅野さんたちのことでなにかあったんじゃないの?」


 麻衣からなにか心を見透かされたような気がして明るく話を戻そうとしたが、言い当てられ、彼女からの視線に逃れられない。


「え? なんのこと?」

「なんのことってずっと彼女たちのほう見ているじゃない」

「そんなことないよ。なに、嫉妬? 昼休みも那遊とばかり遊んでいるからってそんな麻衣や夕莉をないがしろにするようなことしないって。もうっ!」


 それっぽいことをいつものようにギャグふうに言い、笑いを起こそうとする。

 真剣なそれが和らいでくれると思ったが、麻衣にはきかなかった。


「あんたね、誤魔化すんならもっとうまくしなさいよ」


 どういう理屈かは定かでないが、麻衣は陽菜の意図を易々と看破する。


「正直あの子たちの関係が変だってことは見ていてわかる。たぶん陽菜は奈羅野さん経由でなにか聞いたんでしょ? だからなにかしてあげたいって思っている」

「…………」

「香織の時もそうだったけど、なんでもかんでも入り込んでいい問題じゃないでしょ。運よく香織は助けることができた。……でも今回はそんなうまくいくかわからない」


 なにも答えられない。

 傍から見てもあからさまにおかしい彼女らの関係。それが厄介な問題を孕んでいるのは自明の理。だからこそ、第三者がちょっとした正義感で足を踏み入れていいのか難しいところだ。


「どうしたのよ、陽菜。あんた、二年生になった辺りからおかしいよ? こういうデリケートな問題は放っておいたほうがいいって言ってたじゃない」

「それは……」


 異世界に行く前の自分を出され、どう言い訳を講じればいいのかわからない。

 その言葉を言ったのも真実であろうし、異世界に行って変わったのもまた真実。


「あんまり首を突っ込まないほうがいい。彼女たちは彼女たち。そうでしょ」

「わかっている」

「ならもうあんまり気にするべきじゃない。陽菜は追試っていうものが迫っているんだから、それに集中しなさい」

「……うん」


 弱々しく頷くと、麻衣はどこか複雑そうな表情を作る。


 きっと麻衣の言葉に簡単に頷いたのは、現状で自分がなにをしたらいいのか見つからなかったからだ。

 悩むだけ悩んで、考えるだけ考えて、なにをすべきなのかそれすらわからなかった。


 那遊を助ける。

 なにから?


 瑛美が望むように那遊を陽菜たちのところに迎え入れれば丸く収まる。

 瑛美の願いも叶えられるし、同時に那遊もあの苦しい場所から解放できる。


 でもそれが最善かと問われれば、そうだと言えなかった。


 だって那遊はそういうことを望んでいるわけではないから。


「まったく陽菜ちゃんは懲りてないんだから! これだから赤点マンって言われるんだよ」

「うるさいな、それは夕莉にしか言われてない」


 だからこうやって彼女たちの問題から目を背けることが正解なのではないかと思って、陽菜は顔に笑みを貼りつけた。

 こういう時に夕莉の冗談は助かる、と陽菜は思った。




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