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52話 女子高生、お茶を濁される



「ど、どういう意味?」

「そのまんまだよ」


 当然来るだろうなと構えていた陽菜は即座に返す。


「那遊は彼女たちの足のように使われちゃっているってこと」


 ちらりと教室の前方付近で楽しげに会話に興じる三人を一瞥する。

 いなくなった那遊のことなど気にも留めず、買ってきてもらったメロンパンを口に運ぶ。

 感謝の一言くらいあると思ったが、それもなし。

 あまりに不自然。

 ただただ異様。

 陽菜にはこれを友達、と呼べることはできなかった。


「見るからに相内さんたちだれも忙しそうじゃないし、あの中のだれかが購買に行けばよかったじゃない? でもそれを昼休みに用事がある那遊に頼んだんだよ? おかしいでしょ」

「は、早めに終わったんじゃない? それか、これからあるのかもしれないし」

「ないでしょ。……や、わかんないけどさ。きっと彼女たち購買に行くのが面倒だから那遊に頼んだんでしょ」


 反論の隙を与えないとばかりに陽菜は続ける。


「彼女たちは那遊の性格をよく知っている……よく知っているから、その優しさを利用しているんだよ。強く頼めば、断られることはないってことを知っているから」


 那遊のために言う。


「もうやめなよ。こんなの友達じゃない……。那遊は優しいから、彼女たちと一緒にいたらずっとこんなふうに使われちゃう。嫌なら嫌って言いなよ。言えないんなら関わるのをやめたほうがいい……彼女たちと一緒にいるのをやめて、わたしたちと一緒にいればいい。麻衣も夕莉もすごいいい子たちだよ? ね、那遊なら大歓迎だからさ」

「ごめん、陽菜ちゃん」


 静かに那遊は告げる。


「周りから見たらそんなふうに見えるかもしれないけど、陽菜ちゃんが思っているような関係じゃないんだよ? 使われているっていうか、私が自分から行くって名乗り出ているのがきっかけでさ。今日のだって前に私が購買に行った時に人が群れててきついって言ったから、そういう人込みとか嫌いなふたりだから私に頼んだだけ。私はそういうのへっちゃらだし? まあそういうことで、全然嫌じゃないよー」


 穏やかに笑ってみせた。

 明らかにそれは友達をかばっているとわかるものだった。

 しかしわかったからこそ、解せない。

 なぜそうまでして相内里衣佳や瀬戸内朱美、媛岸瑛美を擁護するのだろうか。

 優しさから?

 いいや、そんなことだけではないはず。

 だってこれはだれが見たって、違和しかない関係であろうことは明白なのだから。


「陽菜ちゃんからの誘いは嬉しいよ? 麻衣ちゃんや夕莉ちゃんとは少しくらいしか話したことないけど、すごい好感の持てる人たちだったし、三人がいつも仲良さげにしているの見てたから……あの中に入ったら楽しいんだろうなって思う」

「だったら――」

「でも嬉しいことにいますっごく楽しいんだー。陽菜ちゃんたちに負けず劣らずねー」


 えへへ、と笑った那遊のそれは、偽りとは思えないほど自然とこぼれたものだった。


 言えなくなる。

 きっと那遊はこの関係が歪であることを自覚している。……自覚していて、受け入れて、彼女たちといる時間を楽しんでいる、そんなふうに陽菜には感じた。

 だからこそ、この言葉には嘘や強がりが混じっていないのだと知る。


(那遊がそう言うんなら……)


 無理に引き離すことなんてできない陽菜はそれ以上強く出れず、曖昧に濁されるようにして那遊とバレーボールをするのだった。



――――



 女子トイレから出て、ハンカチで手を拭きながら、はあと嘆息する陽菜。

 あれから昼休みに那遊とあの話に触れることはなかった。

 そのため、いつものように明るい声が響く体育館であった。

 ただ陽菜のほうは表面上は明るいふうを装っているだけで心は不安定だった。

 悩んでも仕方ないとは頭でわかっているつもりである。


「でもなあ」


 これでいいのかと思う自分もいる。

 那遊はああ言っているが、本当に大丈夫なのかと不安にならざるを得ない。

 まあとはいえ。

 瑛美はまだしも、あとのふたりに関しては話したことすらほとんどない。

 どういう人なのかもわからないで判断などできるわけがないのも事実。


「あっ」


 などと頭の中に思い浮かべていた人物が目の前に現れる。

 帰る前にお手洗いに来たのだろう、里衣佳と朱美だ。

 なにか楽しそうに話しながらこちらに向かってくる。

 好機だ、とは思うものの、なにを話せばいいのか瞬時に思いつかない。クラスメイトとは言っても接点などないから軽々しく「やあ」とか言えるわけがないし。


「それ昨日までじゃね?」

「まじ? じゃあ無意味かー。あーあ、ちゃんと確認しとくんだった」


 そうこうしている内に彼女たちは横をとおりすぎてしまった。


(で、ですよね!)


 チャンスだったが、心の準備もせずに望むべき案件でもなかった。

 また次の機会でもいいだろうと補習に向かうべく、この件を頭の隅に追いやる。


「御巫だっけ?」


 自身の名前が呼ばれ、頭の中に那遊のことが舞い戻ってくる。


「あ、うん。相内さんと瀬戸内さんだよね?」

「そうそう。あれ、話したことあったっけ?」

「あんまりないと思うけど、名前くらいは」


 たはは、と笑みを貼りつける。


「ま、そーか」

「うん。……それでわたしになにか用事があったの?」

「あー、そうそう」


 思い出したように里衣佳は言う。


「昼休みに那遊となにしてんの?」

「え……っと、バレーボールだけど」


 答えて、しまったと遅まきながらも口を噤む。

 どういうわけか、那遊はふたりにはなにをしているのか伝えていなかった。それを陽菜が簡単に教えてしまうというのはよかったのかと後悔する。

 ただ瑛美だけは知っているみたいだった……いや違うな。知っていたというよりかは、予想だったのかもしれない。


「やっぱそうか」


 大体の察しはついていたらしい。

 やはり瑛美同様、那遊がすることといったら他にないと思っていたのだろう。


「それがどうかしたの?」

「ん、いやどうかしたって言うか……忠告しておこうかなって」

「忠、告……?」


 そ、と言って里衣佳は隣にいる朱美と目を合わせこくりと頷く。


「那遊ってあんなんだけど、意外と腹の中黒いから、気をつけな」

「は……? どういう意味かちょっとわかんないけど」


 ともすれば那遊を侮辱するような言葉に敵意を顔に出してしまう。

 だが里衣佳は特段気にした素振りも見せず、むしろその反応を待っていたと言わんばかりに鼻を鳴らした。


「瑛美……わたしたちと一緒にいる媛岸瑛美いるでしょ? もとバレー部の」

「うん、一年生の時に辞めちゃったって」

「知ってんのね。那遊と瑛美が居残って練習してたのは?」

「それも知っている。それがきっかけで辞めちゃったっていうのも」

「これも? じゃあ話は早いね。……なんで練習してたのバレたと思う?」

「残ってた先生とか、生徒に見られたんじゃ……?」


 問われて陽菜が安直な答えを出すと里衣佳は違う違うと笑い飛ばす。


「那遊がチクったんだよ」

「は……?」


 わけがわからず、特大の疑問符とともに呆然としてしまう。


「なんか練習中にさ、那遊が怪我したみたいで。そのことを説明するために真正直に言ったってわけ。普通言わないよね? それで残って瑛美にきつい練習を強いられてたってことにして上手な瑛美を部活に行きづらくさせた。まあ純粋に嫉妬ってやつじゃない? だから御巫も同じようにして狙われているんじゃないかなって思って」

「そんなわけないじゃん……」


 そこまでして友達である那遊を陥れたいのかと陽菜は拳をきつく握った。


「ま、信じられないよね。ああいう子だし。けどこれガチっぽいんだよ」


 援護するように朱美も口を開く。


「あの日ふたりっきりだったってのは確実で、他に教師どもや生徒はいなかったらしい。つまりあのふたり以外にだーれもいなかった」

「でも那遊は? 那遊はなんて言っているの?」

「認めているよ。普通にね」


 肩をすくめた朱美に里衣佳も同じく呆れたようにして言う。


「謝ったらしいけどそれも計算の内、みたいな。……で、二年になってクラス同じになった途端に何食わぬ顔して瑛美と一緒にいようとして。やばいでしょ。瑛美はあまり突き放すようなことはしないけど、内心じゃあなんて思っているんだろうねって感じ」


 それだけ伝えると里衣佳はスマホを取り出して「うげ、バイトだったわ」と声を出す。


「んじゃあわたしらもう行くから」

「くれぐれも変なこと告げ口されないようにね」


 そうしてふたりは女子トイレには行かず、昇降口へと目指して階段を下りていった。


(那遊が……)


 残された陽菜はあまりの衝撃に立ち尽くす。


 ふたりがこんな嘘を言うということは考えられなくもないが、わざわざ陽菜に伝えるメリットはそこまでない。

 しかしこれが事実なのだとしたら、彼女たちが那遊に対して冷たい接し方をするのも理由がつくし、バレーボールをしていたことを隠していたというのもわからないでもない。


(けど)


 数日ではあるが、奈羅野那遊と一緒にバレーボールをして、会話をして、多くの時間を過ごしてきて……彼女がそんな人を陥れるようなことをするとはどうしても思えなかった。


「聞くしかない」


 考えても仕方ない。

 一刻も早く事の真意を確かめるため。

 那遊のもとへと向かった。





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