50話 女子高生、バレーボールをする理由がひとつ増える
ふりふりと揺れるスカート。
ひょこひょこと身体の動きに合わせて踊る髪の毛。
最後にはとびっきりのスマイルを見せ、その愛らしさに拍車をかける。
「わたしの可愛い後輩だああ」
「わわっ、いきなりどうしたんですかっ!?」
注文の品を届けにきた『フラジェール』のアルバイト店員こと花澤香織を自らのテーブルに招き入れ、その感触をたっぷりと味わう先輩である陽菜。
これが女子高生ではなかったら、犯罪でしかない構図である。
「仕事中なんだからやめなさいよ、陽菜」
「そうだよ陽菜ちゃん。私にもその可愛い子をよこしなさい」
「夕莉も黙んなさい」
唯一常識を携える麻衣は友人ふたりの駄目っぷりを見て、辟易としている。
「大丈夫ですよ。今日もこの時間は空いてますから」
「悪いわね、こんなのに付き合わせて」
「「こんなの!?」」
麻衣の一言に驚愕の表情をするお馬鹿ふたり組。
「だって仕方ないじゃん。ここのところ来れてなかったし」
「それは自業自得でしょ」
かれこれ二週間振りくらいの『フラジェール』であった。香織とも高校は同じでも学年が違うのでなかなか会う機会がなく、彼女とも久しぶりの再会だった。そのためこんなふうにべたべたとくっついてしまうのは致し方ないことだ。
「自業自得、ですか……?」
「ああ、陽菜ね、赤点取っちゃって。それでここのところ補習しててさ」
「赤点ですか!?」
くっつかれていた香織は首だけを動かして陽菜のほうを振り向く。
牛島陸也に続いてどういうわけか、陽菜は頭がいいふうに思われていたらしい。
期待を裏切る形になって申し訳なくなる。
「ちょっと麻衣ぃ、言わないでよー。香織ちゃんには格好いい先輩でいたいんだから」
「知らないわよ。陽菜が悪いんでしょうが」
「そうだけど!」
異議を申し立てたくなるが、事実陽菜自身が百パーセント悪いので子供みたいに憤慨するのみだった。
後輩に対して憧れの先輩であろうという陽菜の思惑は早くも崩れ去った。
「まあ陽菜ちゃんはお馬鹿だから仕方ない。ほら香織ちゃんこっちにおいで。お馬鹿が移っちゃうから」
「移らないから! というか移るんだったら夕莉のほうにも行っちゃだめだし!」
「赤点マンは黙っていて」
「ぐぬぬ……」
赤点を取るという失態をしたため、ここのところ言い負かされることが多い。
これほどまでにいじられるとは思っていなかった陽菜は今後はまじで気をつけようと密かに決意した。
「……もしかして私のことが原因ですか?」
「違う違う」
不安そうに問いかけられ、陽菜は激しく否定する。
「ですけど、少なからず勉強を疎かにさせた原因はあると思うんです」
苦しそうに言う香織を正面におき、陽菜はその頭に手を置く。
「確かにまったくないって言ったら嘘になる。けど、べつに香織ちゃんのことがあったからってわけじゃない。ただ単にわたしが勉強できなかっただけ。これはほんとにね?」
責任を感じて欲しくない陽菜は強く訴えかける。
「そうそう。陽菜は数学ほんっとだめだから」
「一+一=三って答えるくらいにお馬鹿ちゃんなんだよ?」
友人ふたりも陽菜の意図を察してか後押ししてくれる。
後者のあれはこれ見よがしに馬鹿にしている気がするが。
「そういうことだからさ。あんまり気にしないで。むしろ改めて自分のできなさ加減に気づけてラッキーって感じだし。こんな経験も滅多にないことだからね」
後半はもはやフォローになっているのか定かではない。
「……だから優しすぎますって、陽菜先輩は」
そう口にし、渋々ながらも納得してくれた。
「てかさ、香織ちゃんはお勉強のほうはどうなのー?」
夕莉が微妙な空気を変えるようにして口を開く。
「私は普通ですね。よくも悪くもって感じで」
「えー、うそー。香織ちゃん頭よさそう」
「よくないですって」
「じゃあ最低点数は?」
「……英語の七八点です」
「「「いいじゃん」」」
三人でハモってしまう。
謙遜する人に限っていい点数のことが多いというが、まさにそうだ。
七八点など陽菜の最高点よりも高い。
「これは香織ちゃんに教えてもらうのもワンチャンあるかも」
「二年生の範囲は無理ですって! というか私には無理ですぅ」
「ひどい先輩が困っているのに」
「ずるいですよ! わかる範囲で教えます! 教えますからぁ!」
「後輩いじめるのやめんか!」
「あいたっ」
後輩をいじめる先輩を見ていられなかったらしい麻衣から鋭い手刀が飛んできた。
「もういじめてないよ。ただこういう可愛い後輩が困っている姿を見るのはそそられて」
「香織、こんな変態な先輩の言うこと聞かなくていいからね」
「そうだよ。私のお胸に飛んできていいよ。さあ――ぐふっ」
「ごめんね、まともなのがいなくて」
暴走する陽菜と夕莉に麻衣は呆れたご様子であった。
……ちょっとやりすぎたかもしれないと、内省する。
(でも仕方ないじゃん)
こんなにも楽しそうにしている香織を見たら、ついついいつも以上にちょっかいを出したくなる。
「もう麻衣はうるさいんだからー。はい、香織ちゃん、あーん」
「あーん……美味しいっ!」
注文していたパフェを香織の口に運んであげた。
めちゃくちゃ美味しそうに食べてくれた。
「って、これ陽菜先輩のですよ!?」
「いいのいいの」
可愛い子には餌付けしたくなるのはわかる気がする。
「いいのよ、香織。陽菜ってば、最近太り気味で――」
「言わないでってば!」
またしても後輩にだめなところを晒され、陽菜は憤慨する。
「陽菜ちゃんおでぶなのに、パフェ食べるとかすごいねー。香織ちゃんもそう思わない?」
「そんな太ってないって! ね、ねえ香織ちゃん」
助けを求めるようにして香織を見やる。
すると彼女はとても言いづらそうに陽菜の耳元に囁く。
「私はちょっとくらい太っていてもいいと思いますよ」
言外に太っていると告げ、香織はぱっと陽菜から離れる。
「それでは私は仕事に戻るので、ここら辺でお暇させていただきますね」
「うん、じゃーね」
「頑張って」
夕莉と麻衣に見送られ、香織は厨房のほうへと入っていった。
そんな彼女らを他所に陽菜は決然とした面持ちとなる。
「痩せる……絶対痩せなきゃ」




