5話 女子高生、さっそく男子生徒相手にやらかす
「うん、わたしまだ女子高生に見えるね!」
翌朝。
鏡を前に、御巫陽菜19歳をチェックする。
前髪オッケー、肩まである黒髪も跳ねなどない、完璧だ。
「あと二、三年いたらもう無理だったかもしれない。危ない危ない」
制服に身を包み、くるっと一回転し、全体を見回す。
久々の学校だ。気合が入る陽菜は、部屋から出て一階へ降りる。
「わたしもう行くからねー」
リビングにちらっと顔を出す。
まだそこには全員おり、里菜なんかはぼーっと朝飯を食べている。
「あらあら今朝は早い起床だと思ったけど、もう行くのね」
「うん。なんたって3年振りだからね」
「昨日振りでしょ」
「あ、そうそう。昨日昨日。うん、昨日だった」
慣れないなと思いながら、母との会話をやめ、玄関へ行く。
「お姉ちゃん早くない? いつもならギリギリまで寝てるじゃん。やっぱり彼氏できて浮かれてるとか?」
わざわざ朝食を中断させ、玄関まで見送りに来た里菜は疑わしげな瞳を向けてくる。
「だからないって。なんかわたし、朝強くなっちゃって」
もともと陽菜は朝が苦手だった。
妹の眠たそうな目など比じゃないくらいに朝は目が死んでいた。
だが異世界に行き、危険な場所で野宿をするようになってからというもの、深い眠りにつくということができなかった。いつ戦闘になってもいいように浅い眠りばかりで、なんというか睡眠に関しては大して取らなくてもいい身体になってしまったのだ。
その癖がこの平和な日本でも抜けず、早くに起きてしまったというわけ。
「じゃあ行ってくるね」
「んー。いってらー」
手を振る里菜に見送られ、パルフォートにも一言声をかけ、3年振りの学校へ向かった。
――――
登校し、教室である二年一組の教室の前まで来ると開かれた扉から中を覗く。
そこには変わらないクラスメイトたちがいた。
(うひゃあ、みんな懐かしい)
学級委員長、サッカー部エース、文系っ子にいつも勉強している子、ゲームばかりしている男子にオタクっぽい感じの男子、ギャルにアイドル的な存在の女子もいる。
全員と仲が良かったというわけではない。
というより二年生になってまだあまり日が経っていない。これらはすべて陽菜の第一印象だ。間違って認識している子もいるだろう。まあそこはどうでもいい。
(高校生だよ。本物の高校生たちがいるよー)
なんか初々しいなあ、子供だなあ、と陽菜は彼らを見て思う。
(う、なんかわたしおばさんみたい……。確かにみんなより三歳年上だけど! でも19歳って大学生とかだから学生という意味では同じ。……そのはずなんだけど、なんだろうこの輝きは。やっぱり大学と高校とじゃあキラキラ具合が違う。ってわたしも高校生!)
自分で自分に突っ込む陽菜の肩が叩かれる。
振り返るとそこにはひとりの男子生徒がいた。
「あの、そこ……」
どこかなよなよとした声で言われる。
どうやらだいぶ入り口を占拠してしまっていたらしい。
興奮し過ぎて周りが見えていなかった。
「ご、ごめんね。ええっと……楠木くん、だったっけ?」
彼は長い前髪を一瞬、跳ねさせ、驚いたように目を見開いた。
疑問符をつけてしまったところでしまったと陽菜は後悔する。
クラスメイトの名前をそんなふうに言われたらいい気分ではないだろう。
いくらクラス替えして間もないとはいえ、クラスメイトに覚えられていないというのは傷つくはずだ。
「もしかして名前間違えてたとか……?」
「……いや、合ってる、よ」
「あ、そ、そか。よかった」
じゃあなんでそんな変な反応するんだよ、と内心で毒づく。
ちょっと冷やっとした陽菜であった。
「じゃ、じゃあ」
そそくさと自席へ向かう楠木という男子生徒。
(楠木……楠木凛太郎。そうそう、楠木凛太郎くんだ)
彼が立ち去ってからやっとフルネームを思い出す。
あまり印象がないという印象が強い。
なんというかあまり人といることがなく、スマホをいじるか寝るかの二択。
顔だって前髪でよく見えないし、話したこともないので本当にわからない。
(でも我ながらよく名前を捻り出せたわ、わたし)
平和な日常を目指す御巫陽菜はクラスメイトの名前をしっかり覚えた。
支障がない程度になるまでに少し徹夜したくらいだ。
(3年前のわたしに感謝だな)
記念にとクラスで撮った一枚の写真。
そこには全員の顔が映り、さらにご丁寧に名前まで書かれている。
「およ? 陽菜ちゃん今日はっやーい」
額に手をやり駆け足で近寄ってくるひとりの女子生徒。
二つに結ばれた髪の毛と胸が揺れる。
「おはよーん」
「おはよう、夕莉」
挨拶を交わし、軽くハグをされる。
「ほんとだ、陽菜だ。おはよう」
「麻衣もおはよう」
後ろから歩いていた麻衣とも挨拶をし、以前までの登校時間の遅さを再認識させられる。
(わたしってそういうイメージだったんだね)
心外だなと思いつつも、過去を遡れば、まあそう思われても仕方ない遅刻ギリギリ登校ばかりの不真面目さんであった。
「見ててよふたりとも。わたしはもう生まれ変わったから」
「一日だけならなんとでも言えるよ」
「ち、違うもん。わたし3年間修業したから」
「はいはーい。それじゃあ高校卒業してますね」
「あぐう、いやそうなんだけど! そうなんだけどさ!」
軽く流され、ふたりは教室へ入っていく。
もどかしさに拳を震わせるも、なにを言っても無駄だろうと諦め、陽菜も彼女らに続く。
「待ってよー」
がやがやと騒がしい教室内を見渡しながら聞く。
「わたしの席ってどこだっけ?」
「本格的にボケ始めたの?」
「陽菜ちゃんの席はあそこー」
冷たい麻衣とは違い、夕莉は優しく教えてくれる。
「ありがとう」とお礼を言い、ふたりとは別れてその指差された席へ。
(一番後ろの席じゃーん、しかも窓側から二列目。わたしって運よ過ぎ――)
意気揚々と向かっていた陽菜の動きがぴたりと止まる。
一旦、ふたりのもとへダッシュで戻る。
「わたしの隣の席って……楠木くんだったの?」
「そだよー。昨日席替えだったじゃん」
「なに、楠木がどうかしたの?」
「いや、全然まったく!?」
前後の席であるふたりは席へ座り、談笑を始めてしまう。
(あははー、わたしったらすごい失礼かましたー)
そりゃあ昨日隣の席になったやつから忘れられてたら……だれだって驚く。
(どうせわたしのことだから挨拶したんだろうし、馬鹿! 楠木くんにとったら名前を二度聞かれているようなものじゃん! 3年間異世界行ってたのが悔やまれる)
どんよりとするが、くよくよしてていても仕方ないと思った陽菜は意を決して彼の隣へ。
今度は間違えないよう、慎重に言葉を選んで、
「いやあ、さっきは邪魔しちゃってごめんねー。わたしったらなんかクラスのみんながワイワイしてるの見て微笑ましいなあとかおばさん臭く感傷に浸っちゃっててさ」
話しかけたというのに、楠木凛太郎は寝ていた。
机に突っ伏し、学校でよくみんなが寝るポーズをしていた。
「朝って眠いもんねえ、あは、あははは」
完全に嫌われたわ、と思う陽菜だった。