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49話 女子高生、上達する



 媛岸瑛美と気まずい別れをした翌日。

 彼女は普通に登校し、普通に授業を受け、普通に友達と喋っていた。

 以前までとなんら変わらない。

 それは那遊と接している時とて、同じだ。


(那遊となんてやりたくない、か)


 あれは一体どういう意味だったのだろうか。

 これだけ切り取れば、那遊のことを好いてはいないということになろう。

 もしくは嫌っている。


 わからなくもない。

 居残り練習を誘ったのは那遊のほうだと言うし、それに巻き込まれる形で瑛美も違反をしたのだ、少なからず憎んでいても仕方ない。

 しかし今日も平時と同じように仲良さそうに見える。


(――それに)


 嫌っているのなら、最後にあんなお願いするとは思えない。


「陽菜ちゃん!」

「ふあっ! 那遊!?」

「待ちに待ったバレーボールの時間だぜ?」


 だぜって……。

 白い歯を見せ、サムズアップする那遊が準備万端といった様子で目の前にいた。

 今日の昼休みは彼女とバレーボールをするという約束をしていた。


「わかった。すぐ準備するね」


 机の脇にかけてある体操服の入った袋を取って那遊のあとを追う。

 ふと教室を出る際、瑛美と視線が合った。

 合った、というよりかは彼女の視線の先は那遊であったように思う。


「陽菜ちゃん、どしたの?」

「ううん、なんでもない」


 答えて、那遊と並んで体育館へと向かった。



――――



「いやあ、陽菜ちゃんすっごい上手になったんじゃない?」

「そうだった? ありがと」


 バレーボールをやり終えたふたりは更衣室で制服へと着替えていた。

 休日の練習の甲斐あってか、別人のように変わった陽菜に那遊は終始おだててくれた。

 自分でも上手になったという実感はあり、天井にぶつけるということもなくなった。


「この数日でなにがあったの?」

「なにがってわけじゃないんだけど、休日に妹と練習して」

「妹さんと!?」

「うん。わたしとは違って運動の得意な妹と。……まあそのおかげでなんとか返せるようになったんだ」

「そうだったんだね!」


 急成長の理由を知り、那遊は嬉しそうに破顔した。


「那遊……、そんなに?」


 小躍りまでし始め、自分のことのように喜ぶ那遊を見て、陽菜は小っ恥ずかしくなる。


「だって休日を使って練習してくれたんでしょ?」

「そうだけど」

「つまりバレーボールをもっとうまくなりたいって思ってくれたんでしょ?」

「まあ」

「そんなに好きになってくれるなんて思わなかったもん。嬉しいっ!」

「わっ」


 ハグをされ、着替え途中だった陽菜はバランスを崩しかける。

 誘ったのはいいが、好きになってくれるかどうか那遊にはわからなかった。けれど、こうして陽菜が那遊とする以外でもバレーボールをやっていてくれたことを知り、迷惑かもしれないという不安は取り除かれ、安堵したのだろう。


「那遊」

「ごめん、汗かいた身体で抱き着いちゃって」

「いいよ。わたしも同じだし」


 離れてくれたので陽菜はシャツのボタンを留めていく。

 だらだらと喋っていたら昼休みが終わってしまう。

 時計を見れば、もうすぐで午後の授業が始まる時間だった。

 那遊も気づいたようで、そそくさと着替え始める。


「それとごめん」

「なにが?」

「瑛美ちゃん。誘ったんだけど、やっぱり無理だって」

「そ、そっか」


 忘れずに瑛美にも声をかけていたらしい。

 結果は……わかっていたことだったので驚くことなく、残念げに返した。


「……断られるってわかってたけど、結構あっさりだったなあ」

「元気出しなよ。ま、まだ気分的に乗らないだけで、球技大会とか近づけばやってくれるかもよ? ねっ!」

「うん。そだね」


 切なげに伏せられた顔を見て、陽菜はすぐに明るく声をかけた。

 那遊と瑛美の関係がどういうものかはわからないが、軽はずみにそう提案した陽菜は罪悪感でいっぱいになる。もう少しふたりの関係が複雑であることを理解していれば、那遊にショックを受けさせることもなかった。


「うしっ。陽菜ちゃん着替え終わった?」

「終わったよ。教室戻ろうか」

「うん」


 切り替えの早い那遊は変わらぬ笑顔で応え、更衣室の扉に手をかける。


「うわっ、開いた!?」

「ん?」


 すると扉を開いた先には同学年の女子生徒がいた。


「なんだ那遊か、びっくりした」

沙苗さなえちゃんじゃん」


 ふたりとも知り合いらしい。


「なに、昼休みに練習でもしてたの?」

「練習ってほどじゃないけど、陽菜ちゃんって子と一緒にね」

「そうなんだ」


 ちらりと見られたのでぺこりと頭を下げる。

 沙苗と呼ばれた子も同じようにして頭を下げて微笑む。


「沙苗ちゃんこそどしたの?」

「わたしたちはこれから体育」

「あー、だから着替えに来たのか」

「そゆこと」


 見れば後ろのほうにも友達らしき人がいることに気づく。


「先着替えるよ」

「うん」


 沙苗の友達が更衣室に入ってくる。

 彼女らの邪魔にならないように陽菜も隅により、那遊のすぐ横につく。


「ごめんね、那遊に無理矢理付き合わされたんでしょ」

「ちょっと沙苗ちゃんっ!」

「いえいえ」


 どうやら那遊のこの強引な性格は知り合いならば周知の事実らしい。


「新キャプテンになるからって張り切りすぎて周りの子巻き込んでいるんじゃないの?」

「違うってば! ……た、たぶん」


 若干自信はないらしく、弱々しい言葉が付け加えられる。

「大丈夫だから」と安心させるように陽菜は言う。


 そういえばよくよく見ると、沙苗という生徒は以前に瑛美と一緒に那遊と会話しているところで出会った女子バレー部の子であるのを思い出す。


 新キャプテンということは、三年生が引退したら部長を務めるということだろうか。

 那遊が下級生や同級生を仕切るというのはあまり想像できない。

 しかし似合わないものの、任命されるということはそれなりに評価されているのも確かだし、彼女のバレーボール愛は肌で感じているので不思議ではない。


「それじゃあわたしも着替えなきゃだから」

「うん、また放課後ね」


 扉の前にいたらぞろぞろと他の生徒たちも入ってくる。

 沙苗と別れ、更衣室を出て教室を目指す。


「沙苗って子、バレー部だったよね?」

「ああ、覚えている? そうそう。四組の子だよ」

「というか、那遊。あなたキャプテンになるんだ」

「あはは、そうなんだ。三年生がインターハイで引退するからそのあとからね」


 照れたように頬を掻く。


「私なんかじゃ無理だって言ったんだけど、先輩や周りの子が推薦してくれて」

「すごいじゃん」

「恐れ多いよ、私なんて。実力で言えばさっきの沙苗ちゃんのほうがずっと上だし」

「なに言ってんの」


 陽菜は言う。

 ひたむきに努力し、研鑽を怠らない――頑張る姿を見てきたから。


「選ばれたんだから胸を張りなって。そんなんじゃついて行こうとしていた人もついて行かなくなっちゃうよ」

「……ふふ、そうだね」


 なにを言わんとしているのか那遊も察したようで、自分を卑下するようなことは言わなかった。


「あ、そだ。自販機で牛乳買ってきていい? 暑くって」

「いいよ」


 言うや否や、たたっと校内に備え付けられた自販機のところまで小走りで行く。


「ああ! しまった!」


 自販機の前まで到達した那遊は顔を覆って叫ぶ。

 何事かと彼女のところまで行くと、彼女は財布の中を見て、呆然としていた。


「朝小腹がすいたから、登校する時にコンビニで唐揚げ食べちゃったんだ……」


 つまりお金が足りないらしい。


「はい、今度から財布の中身は把握しておくように。……新キャプテン」

「陽菜ちゃーん……ありがとおお」


 涙目になりながらお礼を言われる。


(ほんとにこの子、キャプテンなんて務まるのだろうか)


 そんなふうに思わざるを得なかった。




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