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48話 女子高生、亀裂の生じた関係を垣間見る



「おわっっっったああああ」


 至福そうに笑みを咲かせたのは媛岸瑛美だ。

 補習という時間からの解放はそれほど彼女の中で幸せなことなのだろう。

 かくいう陽菜も普段勉強などこんな真面目に行わないのでくたくただ。


「お疲れ様、媛岸さん」

「御巫もお疲れ」


 互いに労いの言葉を交わす。


「今日はすごい集中してたね」

「追試が来週だからねー。さすがにやらなきゃって思って」

「なるほど」


 いつもは、かくんかくんと舟を漕いでしまう瑛美だったが今日はそういう仕草はほとんど見られなかった。事前に苦手なコーヒーを飲み、カフェインを注入していたらしい。

 追試が迫ってきたという危機感もあるが、


「教えてもらってばかりじゃあ悪いし」


 というのもあったのだと言う。


 陽菜としては瑛美に教えなければいけないという使命感があるおかげで身を引き締めることができていたのでそこまで苦に感じたことはなかった……というか感謝すらしている。


「しかも課題全部できてたじゃん」

「やればできる子なんで」


 てへへと舌を出して言う瑛美。

 今日の補習では初歩的な問題に躓いていた以前までの彼女ではなかった。

 すぐに諦めていた問題もしっかりとまとめられたノートを見返し、悩みながらも解いていた。本気でやればそこそこの頭のよさであろうことは今日の彼女を見ていればわかる。だが中間試験で本気を出さないのはどうかとは思う。


「相内さんとか瀬戸内さんってどうなの?」

「勉強?」

「そう」

「馬鹿だよ」


 あっさりと言う。

 なんとなく想定していたことであったが、ここまではっきりと言われるとは思っていなかった。


「でもまあなんとか赤点は逃れたっぽいけど。あー悔しい。なんであいつら赤点じゃないんだよー」

「隠れて勉強してたのかもね」

「それなー。やってないとか言ってたくせに絶対やってたわ。あーやってない詐欺まじやめろし。あたしはガチでやってなかったっつの」


 ぐぬぬと歯を食いしばる瑛美だった。

 憎みながらも相内里衣佳と瀬戸内朱美との仲の良さが窺える。


「那遊はどうなの?」

「那遊? あー、あいつは普通だね。もとは馬鹿なんだけど、必死こいて赤点だけは逃れるって感じ。試験前のあいつとかまじうけるからね。やばいやばいーって言って」

「想像どおりというか、那遊らしいというか」


 この場にいない奈羅野那遊には悪いがふたりして笑ってしまう。


 彼女には一生懸命な姿が似合う。

 バレーボールを一緒にするようになって思うようになった。

 何事も愚直に努力し、苦手なもの、不得手なものを克服していく。

 そして好きなものを得意にしていく。

 そんな彼女はとても魅力的だと陽菜は思った。


「そういえば、最近那遊と昼休みにバレーボールやっているんだってね」


 那遊のことを考えていたら瑛美の口からも彼女の話題を続けて出される。

 一緒にお昼を食べる友人がいなければその詳細を尋ねるのは不思議ではないし、那遊だって隠しているわけではないはず。


「うん。那遊に誘われてね」

「御巫ってバレーやってたの?」

「ぜーんぜん。球技っていうか、スポーツ全般体育でしかやったことないよ」

「そうだったんだ。てっきり経験者かと」

「それがまったくなんだよねー。てか超下手」

「っぽいわ」

「ちょっと!」


 第三者から見ても陽菜はスポーツできなそうに見えるらしい。

 自覚しているとはいえ、他人から言われると抗議したくはなる。


「なに、那遊にしつこく誘われた系?」

「誘われた系」

「あいつ意外に強引だし、しつこいからなあ」

「だよね! わたしも思った!」


 陽菜は同士ができたとばかりに声を弾ませた。


「好きなものになると周りが見えなくなるというか、『私の好きなものはみんなも好きになってもらいたい』みたく思っているらしくて」

「……ああ、そんな感じだ」


 深く頷く。

 これだけ聞くと面倒くさい人、という感じだが、那遊に至ってそうは思えない。

 天然というか、健気というか……なんというか不思議と嫌な感じはしないのだ。

 たぶんそれは彼女自身が一番楽しんでいて、そんな彼女を見ると、負の感情など浮かんでは来ない。

 一種の能力に近い気もする。


「けど、好きでもないのによくやるね」

「んー、でも那遊とやってて、結構楽しいよ」


 嘘偽りなく答える。

 そう――楽しいのだ。

 なし崩し的にではあったが、なんだかんだ言って楽しい。

 きっとそう思えるのは、那遊だからなのだろう。

 断れなかった、暇だった、痩せるため、いろいろと理由をつけたが、那遊とではなかったらこんなにも楽しめなかっただろうと陽菜は思う。


「そうそう。媛岸さんも一緒にどう?」


 ここぞとばかりに陽菜は誘う。


「もとバレー部だったし、久しぶりにやってみたくない?」

「――やらない」


 先ほどの声音とは打って変わって、感情の乗っていないような低い声音だった。


「言ったっしょ? バレーは飽きたって」

「言ったけど、たまにはいいんじゃない? ほらわたしだとまだ那遊の相手にならないし」

「めんどい。体育でもないのに汗かきたくないっての」


 瑛美は、ぱたぱたと自分を手で仰いだ。

 暑い時期になりつつあるいま、運動など以ての外だと言わんばかりだった。


「今日も那遊に似たようなこと言われてさ」


 瑛美はなんてことのないように続ける。


「断ったんだけど」

「……断った、の?」

「そりゃね。……でさ、御巫にお願いがあんだけど」


 すっと瑛美は立ち上がった。


「あたしはもうバレーやらないから御巫が那遊の相手してやって」

 じゃ帰る、と荷物を引っ手繰る瑛美。


「どうして? 遊びなんだし少しくらいやってもいいんじゃない?」


 しかし陽菜は諦めきれず席を立って、瑛美の手を掴んでいた。


「……うざったいのがなくなったと思ったら」


 小声でなにかを言い、瑛美は振り返ることなく言う。


「御巫。那遊に余計なこと吹き込むな。めんどいから」

「余計なことって……わたしはただ媛岸さんにもまたバレーを楽しんでもらえたらって」

「わかんないかな」


 冷たい瞳が向けられる。


「あたしは那遊となんかもう二度とバレーやりたくないんだよ」


 引き留めることなんかできなかった。

 だってそうだろう。

 あれは。

 あの目は。

 友達に向ける、それではなかったから。




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