46話 とある男子高生、アドバイスをする
楠木凛太郎の休日は遅い起床から始まり、家の一階での食事やお手洗いと二階の自室の往復で終わる。いわゆる引きこもりというやつだ。
わざわざ休みの日に出かけるところもないし、友達と遊ぶということもない。そもそも友達と呼べる人はいないというのもある。
凛太郎には弟がいるのだが、弟も似たような生活を送っている。両親の遺伝ということだろう。外に出ろと言われたこともない。
しかし今日は弟はどこかへ出かけたようだ。
(まあ関係ないけど)
お昼を食べて自室に戻ってくるといつも眠気が襲ってくる。
そのため、常にコーヒーが置かれ、多い時で五杯も飲んだことがある。
「はあ、だめだ。こんな脳みそじゃあ」
うとうととする頭を振り、頬を二、三度叩く。
パソコンを睨む己の顔はひどく眠そうだ。
もう一度気合を入れ直そうとしたところ、部屋のドアがノックされる。
「なに?」
ドアを開けると母親がいた。
あまり息子には干渉しない人なのだが、どうしたのだろうか。
「凛太郎。あなたのクラスメイトの子が来ているわよ」
「え?」
素で驚いてしまう。
どんな用事があるのかと思えば、クラスメイトが家に訪れる?
そんなこと小学生以来だろう。というか高校に入って自分の家を知っている人などいるはずがない。しかし母が嘘をつく意味などない。
「友達、いたのね。……じゃあ早く出てあげなさいよ」
それだけ伝えて母は一階へと降りていく。
友達。
母親は凛太郎が高校でひとりで過ごしていると思っているためか、そのことに少しだけ安心したようだった。
(いや、友達なんていないんだけど)
というかいらない。
べつにいないと困ることもないし、必要なものではないと思っている。
事実、これまでなんの不自由もなく過ごせているし、自分を邪魔する者もいない。
「……え?」
玄関に向かって階段を降りると、そこにいた来訪者――牛島陸也は不遜に腕を組んでいた。
「腑抜けた面をしているな。家でも寝ているのか、貴様は」
「いや、え……? なんでいるの?」
「なんでもなにも楠木に用があったからに決まっているだろう」
「僕に? なんでまた? というかなんで家がわかったの?」
「ええい、質問ばかりで鬱陶しい。上がらせてもらうぞ」
「え、ちょっ」
ずかずかと家の中に侵入してくる。
相変わらずの陸也に凛太郎も慌てて彼のあとを追う。
「小さい部屋だな」
「牛島くんの家と比べないでよ」
とりあえず座布団を敷き、そこに座ってもらった。
凛太郎も彼の正面にテーブルを挟んで座る。
「ふむ、意外と読書家なんだな。それにパソコンもなかなかよさげなものを使っているようだな」
「み、見なくていいから」
物色するように見渡す陸也に凛太郎は手を大仰に動かして視界を塞ぐ。
「しかし、楠木。貴様も暇そうだな。一体今日半日なにをしていた?」
「……ど、どうでもいいでしょ、僕のことは」
「確かにどうでもいいが、仮にも俺のクラスメイトだ。くだらん人間であって欲しくないからな」
「くだらんって……」
おそらく、どう言い繕ってもくだらない人間扱いされるのは目に見えているので、これ以上この話を掘り下げられないようにこちらから切り出す。
「で、その僕のうちに来たことだけど」
「ああ。俺レベルになるとクラスメイトの自宅など一瞬でわかる」
「それは怖い」
牛島陸也が金持ちであるということは周知の事実であり、かなりの豪邸に住んでいて執事までいるとかなんとかは有名な話。なのできっとそのお金をフルに使って凛太郎の家を探し当てたというところだろう。彼は嘘は言っていない。
「それはもうよくって、なんで僕のうちに来たのかってことなんだけど」
「まあ、なんだ。出かけた帰りに楠木の家が近くにあったので、ついでに寄って行こうかなと」
「用事があるんならあるって言ってくれると助かるんだけど」
十中八九本当のことを言っていない陸也に凛太郎はため息交じりに言う。
素直になれない性格であることはわかっている。
「たまたまとおったってのは本当なんだが、な? ついでに話したいことがあってな」
「話したいことって?」
「ああ、それなんだが……」
途端に歯切れが悪くなる陸也。
わざわざ凛太郎の家を訪ねるくらいだ、週明けでは間に合わない案件なのだろう。
とするとなんだろうかと凛太郎は考える。
(あ、いや待てよ)
友達というにはあまりにも薄い関係のふたり。
話したいことがあれば、凛太郎以外の人間に頼ればいいだけ。
しかし今回そうしなかったのであれば、凛太郎でしかならなかったということ。
楠木凛太郎と牛島陸也に共通することと言えば。
「もしかして御巫さんのこと?」
「はあ!? なぜ御巫陽菜が出てくるんだ!?」
図星だと言わんばかりの反応速度だった。
めちゃくちゃわかりやすいなあ、と苦笑いを作るしかなかった。
「じゃあ違うの?」
「……当たらずも遠からずというやつだな」
どういうことだよ、と凛太郎はこめかみを抑える。
(御巫さん関連で言うと、あれかな)
いま彼女が抱えている問題と言えば、あれしかない。
「追試のこと?」
ぴくりと耳が動いたのが見えた。
この前、陸也が陽菜に対してなにをしようとしていたのか見ていたのでこのことを相談したかったのであろう。
「お、俺はただ、俺のクラスメイトであるにもかかわらず、赤点を取るなどという行為をした腑抜け者にまた同じような点数を取ってもらいたくないだけだ」
「なるほど」
ようやく話してくれた。
大体予想していたとおりであったけれど。
要は御巫陽菜の助けになりたいということなのだろう。
こんなこと他の友達になど話せないというわけか。
その点、凛太郎は無害であるし、陽菜ともそれなりに話す仲だ。相談するならすぐに思いつく人物であるだろうし、そもそも好きだということを看破しているのであれこれ詮索しない。
「正直言って、牛島くんを頼ることはないと思うよ」
「なんでだ!? 俺は学年トップの成績だぞ!」
「そうだとしても、御巫さんには友達に頭のいい人がいるから」
「はあ!? 所詮は俺よりも頭が悪いんだろう? だったら俺を頼ったほうが百倍いいはずだ」
本気でわからないとばかりに怒鳴られる。
かなりの自信家なので、自分を頼って当たり前だということが根底にあるのだろう。
友達とか聞きやすい仲とかそういうことをわかっていない。
「酷なことを言うけど」
「なんだ?」
「牛島くんは御巫さんによく思われていない」
「な、なんだと!? この俺をよく思っていない!?」
うん、この反応には慣れたな、と凛太郎はそれには取り合わずに流す。
「多少の誤解はあったのかもしれないけど、それでもまだ牛島くんは御巫さんの中であまりいい印象を抱かれていない……と思う。正確にはわからないから推測になっちゃうけど」
「……うそ、だろ。いやでも…………」
これには少しばかり思い当たる節があったのか、反駁されることはなかった。
頭はいいのだから、自分が一番だということを取り除けばいろいろとわかってくるはず。そこのところは難しいところになってくるのだろうが。
「おい、楠木」
「な、なに?」
ひとりでぶつぶつと言っていたかと思えば、凛太郎の肩を掴んできた。
「俺はどうすればいい?」
「どうすればって……」
「どういうわけか、俺は貴様の言うように御巫陽菜にあまりよく思われていない」
「……う、うん、そか」
「どうすれば俺はあいつの中でよく思われるようになると思う?」
真剣に、そして不安げに瞳が揺れる。
「あ、あくまであれだからな。クラスメイトに嫌われているというのはあまりよろしくないからな! そ、そういうのはクラスの雰囲気にも影響する。そんなクラスに悪影響を及ぼすようなことをこの俺がするというのはやはり上に立つ者としてどうかと思うからな」
やはり最後まで続けることはできないらしい。
それを恋心と認めたくはないのだろう。
(こういうところなんだよな)
彼は喋るといつもボロが出るというか、空回りする節がある。しかもナルシスト感が強くて痛いし。とにかく口を開けば余計なことをベラベラ話す。
ちょっと素直になったと思ったらこれだし。
「さっきはああ言ったけど」
「?」
「御巫さんは牛島くんのことを悪くは思っていない。そして牛島くんがどれだけすごいのかも知っていると思う」
「なにが言いたい?」
凛太郎は言う。
「ちょっと黙ってみようか」
「……は?」
このあと散々説明するハメになったのは言うまでもない。




