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45話 女子高生、妹の異変に当たりをつける



「お姉ちゃんってほんっっっっとに運動音痴だよね」


 呆れたようにそうこぼすのは妹の里菜だ。

 彼女は今日何度目かのボール拾いに行かされていた。


「だからこうして頑張っているんでしょうが」


 というものの、自分のプレーを改めて思い返し、本当にそうだなと思う姉の陽菜。


 休日。

 自宅の庭で姉妹が仲良く遊んでいた――否、練習だ。

 部活動のないらしい里菜からキャッチボールを誘われた。

 少しでもボールに触っていたいということだろう。

 それに付き合わされたあと、じゃあ次はバレーボールの練習に付き合ってくれと頼み、自宅にあったバレーボールでパス練習をしていた。


「そのくせ、なんかボールの速度だけは上がっているんだよねえ」

「まあね。いまは里菜よりも速いかも」

「調子乗っちゃって! コントロールなきゃ意味ないって」

「ごもっともで」


 ぽーんと上げられたボールに反応し、しっかりとボールの中心を捉えてトスする。


「おっ、いい感じ」


 ふらふらとではあるが、方向は悪くない。

 ちょうど里菜の手前あたりで落ちそうになり、慌てて彼女は前に出る。


「珍しっ」


 上手に返ってきたので驚いたように体勢を崩される里菜だったが、しっかりと陽菜のところにボールは戻ってきた。さすがはソフト部エース。反応はいい。


「って珍しいは余計よ!」


 若干苛立ちを見せ、感情の起伏によりボールもあらぬほうへ向かってしまう。


「ちょっとお姉ちゃーん」

「ごめん」


 里菜は茂みの中に入っていったボールを持ってくる。


「てかなんでバレー?」


 ボールを手にし、そもそもの疑問をぶつけてくる。


「友達の練習相手になっているんだけど、わたし下手だからさ。少しでも上手になろうと思って」

「へえ、なんでまたその友達は下手なお姉ちゃんを誘ったわけ?」

「スカウト的な?」

「その友達も見る目ないね」


 無感動な瞳を向けて言い放たれる。

 この妹は、姉のことをどう思っているのだろうか……。

 あのサッカーでのごぼう抜きを見せてやりたかった。


「で、あれからどうなの?」

「どうって?」

「インコースに投げられるようになったのかってこと」

「ああ。や、わかんないな。っていうのも、投球練習はもちろんしているんだけど、まだバッターを立たせて投げてないからなんとも言えない。バッターのいない状態だと特にいままでどおり投げられるんだけど」


 まだ状態は変わらないようだ。

 先ほどキャッチボールをしてもなんら普通に投げていたので、やはり里菜自身が言うようにバッターがいるのといないのとでは違うのかもしれない。


(ま、里菜ならなんとかするでしょ)


 中学に入ってソフトボールに出会い、ずっと夢中でやってきた里菜。

 最初はうまいこと行かなかったようだが、努力の甲斐もあって下級生からも尊敬されるような存在となった。好きなもののためならどんな逆境もはねのけ、辛いことからも逃げなかった。そんな妹を近くで見てきたのだ。今回だってすぐに克服するであろう。


「ねえ、里菜――わぶっ」

「あ、ごめ」


 話をしようとした陽菜の顔面にボールが直撃する。

 そういえばバレーをしている最中だった。


(や、全然痛くないからいいんだけどね)


 敵からの攻撃に反応し、瞬時に『硬化』という能力を発動するのが身についていた陽菜にはまったく痛みなどなかった。ただハエが飛んできて邪魔をした、というくらい。


「大丈夫、お姉ちゃん」

「だいじょぶだいじょぶ」


 言いながら地面に落ちたボールを拾う。


「里菜はさ、部活やってて顧問の先生や先輩とかに怒られたことある?」


 仕切り直して問い直す。


「そりゃあ、あるよ。いまでこそ三年で上級生になったらそこまでじゃないけど、一年生の頃や二年生の頃なんかはもうたっくさん」

「だよね」


 運動部の経験のない陽菜でも厳しい環境であることは知っていた。

 それに里菜のところは県内でもベスト4には入る強豪校。一回戦敗退するところと比べてしまうのはあれだが、勝つためには厳しく指導することも必要になってくるのだろう。


「それがどうかしたの?」

「うーん、その……、実はわたしのクラスにバレー部に入っていた子がいたんだけど、練習時間外に無断で居残って練習しているのがバレて怒られた子がいてさ。その子、そのあと部活辞めちゃったんだよ。それで……怒られるってやっぱり辛いものなのかなって」

「いやいや、そんなんで辞めないでしょ」


 断言するように言う。


「居残って練習してたのがバレて怒られた? 確かに悪いことだけど、それはうまくなりたいから……好きだからやっていたんでしょ?」

「たぶん」

「ならなおさら怒られたくらいで辞めるわけない」

「そういうもの?」

「そういうものなんですー」


 あり得ないとばかりに言い切る里菜だった。

 確かに里菜の言うように陽菜もそれはないだろうと思った。けれど、実際辞めているわけであるし、辞める人だっているのではないだろうかと思ってしまう。


「てかさー、いくら無断だからって居残ってまでやっていた人をそこまで怒るとは思えない」

「ああ、それはわたしも思った」

「でしょ? なに、その人は怒られてもう行きたくなーいって泣いてたわけ?」

「ううん。そういうことは言ってなくて、ただ飽きただけとか、あんまりやりたくないとか」

「ふーん。なーんかあれだね、いいきっかけができたから辞めたって感じだね」


 どういうことだろうかと里菜の言葉の意味することを咀嚼できずにいると、彼女は近くにおいてあったペットボトルに口をつけ、水分補給をしてから言う。


「や、わかんないけどさ? その言い方だともともと辞めてもいいかなーみたいなスタンスでやっていた感じを受けるの。……あーでもそれだと居残ってまでやるわけないか」

「わかんない。ただ居残ってやっていたのはその子だけじゃなくてね。居残り練習を誘ったのはまたべつの子で。辞めちゃった子のほうは誘われる形だったのよ。だから里菜が言うこともあながち間違っていないかも」

「なるほどねー。まあ実際はわかんないけど」

「まあね」


 しかしそう考えると腑に落ちてしまう。

 あんなにすんなりと決断できるというのは、それなりの覚悟が前からあったから。

 きっと瑛美は那遊のために付き合っていただけで、自分はこれ以上の向上を求めていなかった。ただやっていたから、高校でもバレー部に入り、なんとなく続けていた。


(じゃあやっぱり媛岸さんは、バレーボールが好きじゃなかったの?)


 嫌いになってはいない。

 けれど好きでもなかった。


 でもだったら、あの時言ったあれは一体なんだったのだろうか。


「あっ! お姉ちゃん! ちょっとこっち!」

「な、なによ」

「いいからこっち来て! 家の中! 家の中に入って!」

「いきなりどうしたのよ」


 引っ張られるまま裏口から家の中へと無理矢理押し込まれる。


「友達が来たみたいなの! この続きはまた明日にでも!」

「えっ!? 友達!?」


 友達が来たからと言ってずいぶんとまあ雑な扱いである。

 どんだけ姉のことを見られたくないんだ、と憤慨しそうになる。


「だれなの? わたしの知らない人?」

「興味持たなくていいから。じゃあちょっと会ってくるから大人しくしててよね!」


 捲し立てるように言い、有無を言わさぬ勢いで裏口を出る。

 と思ったら急に止まって、前髪やら乱れたものを整えていく。


「まったく、あんなふうに言われたら気になるじゃない」


 言いつけを破り、裏口をそぉーっと開けて玄関のほうを見る。

 遠くからではっきりとは見えないが、どうやら男の子のようだ。

 里菜はその男の子に対して、どこか緊張気味な様子。


(もしかしてあの子が里菜の気になっているとか言っていた子?)


 意中の相手となれば、ふたりきりになりたいし、姉がどんなことを言いだすかわかったもんじゃないので追い出したのも頷ける。

 俄然興味の湧いてきた陽菜はもっと近くに行こうとするも、ふたりはどこかへ行くのか並んで歩いていってしまう。


(ああ、もう惜しい!)


 でもまあ妹の恋路を邪魔するのもあれだったので大人しく家の中に入ることにした。


「そういえばあの子、なーんか雰囲気的に……いや気のせいか」


 帰ってきたらいじってやろう、と心に決め、陽菜は部屋に戻った。



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