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40話 女子高生、バレーボールでも変わらぬ下手さを披露する



 八日町高校は体育館と小体育館がある。

 前者は部活動の他にも集会などに利用される大きな空間であり、後者は少し小さめの造りとなっているが、構造としてはあまり変わらない。主にバレー部が部活動で使っている。


「いいよ、陽菜ちゃん。そのパワー最高!」

「あ、うん……下手でごめんね」

「なに言ってんの。これが入れば、だれも取れっこないから」

「は、入ればね……」


 約束どおりふたりで練習すること数分。

 昼休みになってからすぐに始めたのだが、陽菜の球技のできなさっぷりが披露されていた。

 サッカーで大飛球を飛ばす女だ、バレーボールとて変わらない。

 しかも力の調整もまだままならないので、それはもう悲惨だった。


(学期初めはあんまり本格的な体育ってやらなかったからなんとかバレずにやってこれたけど、これはちょっとやばいな)


 短距離や幅跳びなどスポーツテストの延長みたいな感じのものばかりだったが、この前からサッカーへと移行した。これまではなんとなく抜いてやり過ごしてきたが、スポーツとなると少し面倒だ。

 そもそもが下手なのでそこは変えようがないし、かと言って力でごり押したらそれはそれで周りから注目を集めてしまうし。


 そういう意味では奈羅野那遊とのバレーボールの練習というのは逆にラッキーともいえる。


(これで少しでも力の調整と球技を上手にならなきゃ)


 ということでトスのパス練習をしているのだが。


「天井に挟まっても大丈夫だよ。こうやって」


 長い棒を持って陽菜の上げたボールを挟まった天井から落とす。


「ほらね」

「うん。ほんと、ごめんね」


 ということが何度もあった。

 申し訳ない気持ちでいっぱいの陽菜はなんとかうまいこと那遊にパスを上げようとするも。


 ――ガシャン。


 もはや狙ってんじゃねえのかってくらい天井に向かってボールを当てていた。


「落ちてきたよ! いいね、よくなっている!」

「よくなっている、かな?」


 持ち上げてくれるが、それはそれで心苦しいものがあるなと思う陽菜だった。


「ちょっと休憩する? お昼もまだだったし」

「そうしよっか」


 小体育館の隅にふたりとも腰を落とし、持ってきていたお弁当を開ける陽菜。

 隣に座った那遊も同じようにしてお弁当箱を取り出していた。


「あれ、この前購買でパン買ってたけど、今日はお弁当なんだね」

「うん。あれは瑛美ちゃんたちのだったから」

「……瑛美ちゃんたちのって、え? 那遊のじゃなかったの?」

「ううん。ほら、私のは陽菜ちゃんにあげたでしょ。それで残りのふたつは瑛美ちゃんたちの」

「媛岸さん……たちのも買ってたんだ」

「そうだよ。ついでだったしねえ」


 にこにこと笑みを浮かべながら自分のお弁当を開けて「わあ、美味しそう」と目を輝かせていた。

 なるほど、どおりでメロンパン三つも頼んだのか。


(けど、ついでだからって友達の分も買うなんて優しいな)


 とはいえ、陽菜も麻衣や夕莉に頼まれたら自分の分のついでに買いに行くだろう。

 いやついてこいよ、とは思うだろうが。


「陽菜ちゃんのお弁当も美味しそうだね」

「ありがと。那遊のも美味しそう」

「でしょ! お母さんがね、いっぱい食べて大きくなりなさいって」


 女子高生の平均よりも身長の低い那遊は女子にしては大きいお弁当箱を見せて言う。


「ほら、私バレーボールしているのに、小さいでしょ」

「うーん、ちょっとね」

「だいぶだよー。だからお母さんもいろいろ工夫してくれて。飲み物だって牛乳だよ!」


 先ほど練習する前に自動販売機で牛乳パックを購入していた那遊は白い歯を覗かせる。

 バレーボールに詳しくはないが、プロでも活躍している選手はみな大きい。那遊はバレーボールをやるのに不利となる身体をなんとかしようと努力しているようだ。


「陽菜ちゃんってなんか大きくなった?」

「え……?」

「クラス替えした時に比べて若干そんな気がして……」


 羨ましそうな視線を注がれる。

 身長を気にしている那遊は鋭く指摘してきた。

 異世界行ってて、その間に伸びたんだよねーなんて言えるわけがない。


「気のせい気のせい!」

「そ、そうかなあ」

「そうなの! 大きいと言えば、媛岸さんなんかのほうがずっと大きいから」


 このことを深く突っ込まれると苦しいものがあったので、話の中心人物を変える。


「昨日並んで歩いて思ったんだけど、大きいよね」

「うん、瑛美ちゃんはすっごい大きいんだよ。確か今年の身長測定で一七三とかだったかな」

「すごっ」


 普通に男性並みの身長に名前を出した陽菜も驚く。

 陽菜よりも約一〇センチも大きい。那遊なんかは一五センチくらい違うんじゃないだろうか。


「そうだよね、クラスの女子の中で一番大きかったもんね」

「そうそう。いいよねー。私もあれくらい身長欲しい!」


 切実な願いのように聞こえた。

 願いを叶えるために那遊はガツガツとお昼ご飯を頬張る。


「なんかスポーツやってたのかな? それこそバレーボールとか」

「やってたよー。前にバレーボール」

「え、そうだったの?」


 適当に言ったことだったが、当たっていたようだ。

 しかし、言われてみれば、あれだけの体格の持ち主。なにもしていないって言うほうがおかしい。バレーボールだけじゃなく、バスケや陸上なんかも欲しがる逸材だろう。


「でも入ってちょっとしたら辞めちゃったんだけど」

「チームメイトだったんだ」

「うん、そう」


 寂しそうに呟き、わしゃわしゃと髪の毛を掻く。


「もったいないなあ。瑛美ちゃんがいまでもやっていてくれたら……」

「…………」

「なーんて。それはちょっと難しいんだけどね」

「そうなの?」


 聞くと那遊は箸を止めて、ぽつりとこぼす。


「私のせいでね」


 そんな返答が来るとは思わなかった陽菜は、一瞬目の前が真っ白になった。


「あはは、私って下手くそでさ。だから一緒に残って練習してもらっていたんだけど、それ実は許可なくやっちゃってて。そのことが少し問題になって、それでそれから来なくなっちゃったの」

「そんなことがあったの」


 あまりそういったことに疎い陽菜は知らなかった。

 しかしなにも瑛美だけが悪いわけではないし、上手になりたい一心でやったのだからそこまでの罰はなかったはず。それに那遊だって普通にバレーボール部にいまでも所属している。


「何度か誘ってみたんだけどね。やっぱりもうやりたくないみたいで」

「……そう」

「いま思うと私が誘わなければよかった。そうすれば、私だけが怒られて済んだ話だったのに」


 後悔の念を瞳に宿した那遊は首を左右に振る。


「瑛美ちゃんは瑛美ちゃんで楽しんでるみたいだから全然いいんだけどね! なんか暗くなっちゃったね、よーし素早くお昼を食べてバレーしよ! そして陽菜ちゃんにバレーボールの魅力を知ってもらおう!」

「はは、なかなか強引なんだね、那遊って」


 バレーボールがものすごく好きな那遊の強引な勧誘方法に苦笑いを浮かべる陽菜だった。



――――



(暑い……)


 あれから昼休み中ずっとバレーボールに触れていた陽菜は教室に戻ると、生徒の密集による熱気に襲われ、顔を歪める。


(この学校はいつになったらクーラーつけてくれるんだろ)


 あまり記憶が定かではないが、クーラーをつけることができる気温になればだったはず。

 正直いますぐつけて欲しいと思う陽菜だった。


「運動でもしてきたの?」


 席に着くと隣の楠木凛太郎から声をかけられる。

 そういえば初期に比べて結構彼のほうから接してくれるようになった。

 なんか仲良くなったなあと嬉しく思う陽菜だったが、すぐに彼から距離を取る。


「ごめん、汗臭かった……?」


 自分の匂いを嗅ぐ陽菜。

 更衣室で充分汗は拭いてきたし、制汗剤とかはそれなりにやって戻ってきたつもり。

 しかし一発でわかってしまうというのは、臭いであろう。

 これは少し、女子としても人としても恥ずかしい。


「いや汗臭くはないよ。うん、大丈夫だから」

「そ、そう? それならよかった」


 ほっとした陽菜はお弁当などをリュックにしまう。


「ただ、見るからに運動してきたあとっぽいから」

「そうだったの」


 そんな疲れた感じを出していたかなあと陽菜は首を捻った。


「あれだね、楠木くんって人に興味なさそうだけど、意外としっかり見ているよね」

「え、あー、どうだろう。……まあ、なんとなく思ったこと言っているだけで」

「そうかな」

「御巫さんに関しては……正直言って」

「正直言って?」

「わかりやすい」

「わたしそんなに顔に出ているのかな」


 表情が豊かすぎるらしい。

 いいのか悪いのかわからないが、わかりやすすぎるのも恥ずかしい。

 頑張って無表情を心がけようかとも考える陽菜に、


「御巫さんのそういうところ、すごくいいと思う。尊敬する」


 と凛太郎は誉め言葉をかけてくれる。


(え、なにどういう意味だろう)


 とりあえずは陽菜の表情豊かなところは長所らしい。


「ありがとね、楠木くん」


 お礼を言った陽菜だったが、凛太郎はもう夢の中に入ってしまったようだ。


(うーむ、楠木くんはまったくなにを考えているかわからないなあ)


 陽菜も今度から凛太郎のことを観察してみようと思った。





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