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38話 女子高生、補習仲間ができる



「いやー、まじ助かった。ありがとね御巫」

「ううん、全然」


 プリントを提出し、媛岸瑛美とともに教室を出る。

 とりあえず今日の補習はこれで終わりだ。

 やはりこうして放課後にも授業形式で勉強させられるのは苦痛だ。放課後になって一日が終わったーという解放感でいたところに追撃が来る感じ。


(麻衣はよくやるなあ)


 神代麻衣は塾に通っている。

 どういった勉強風景なのかはわからないが、学校が終わってまたべつのところで勉強など陽菜はできない。


「御巫、普通に頭いいじゃん」

「いやいやわたしなんて全然だよ」

「なに言ってんの? あんなできてるくせに。じゃああたしはどうだって言うんだよ」

「あー、それはまあ……どうなんでしょーね」

「絶対馬鹿だって思ったっしょ」

「思ってな……くはないけど、そんなに思ってないよ! うん、ほとんど思ってない!」

「はは、必死すぎて、逆に思ってる感半端ない」

「ええ!?」


 ああ言えばこう言う……。

 陽菜が次の言葉に悩んでいると瑛美は背中をぽんと叩いて「嘘嘘」と笑う。


「御巫いなかったらいつ帰れたかわかんなかった。まじありがと」

「うん。それはどういたしまして」


 びびっていた陽菜はその素直なお礼の言葉に拍子抜けしてしまう。

 利用されるだけ利用して、すぐポイと捨てられるかと思いきや、そんなことはなかった。ちゃんと感謝しているようだし、そういうのを言葉にもできるようだ。


(不真面目な不良っていうイメージだったけど、そんなこともないの、かな?)


 不真面目で不良かどうかはさておき、人としては好感が持てた。

 あのクラスで偉ぶっている牛島陸也の女バージョンってわけじゃないらしい。一緒な感じだと思っていたことすら失礼とさえ思える。

 だが身長も陽菜より高く、威圧感めいたものを感じなくもないので怖そうで近づきにくくなるのは無理からぬことだろう。


「つーか、数学とか将来なーんも役に立たないのにやる意味ないっての」

「はは、確かにね」


 勉強ができない子がよく言う台詞であった。

 友人の夕莉もよーく似たようなことを言っていた。かくいう陽菜も口にこそ出さないがいつも思っている。


「で、決まって言うわけよ。将来いい仕事つくためだとかなんだとか……勝手にあたしの人生語ってんじゃねーよばーかって思わない?」


 お、おお。

 なかなかのこと言いますね、と陽菜は少し引いてしまう。


「勉強しなきゃいい仕事につけないだなんてわかんないっしょ」

「一般的には勉強すれば、いい大学行けて、そのままいいところに就職できるって感じだと思うけど」

「でもそれがイコールいい仕事とは言えないでしょ。ほら、ブラック企業だっけ? そういうのとかよく聞くじゃん。だからさー、結局は巡り合わせとかになってくるわけ。なのにグチグチ勉強勉強って。あーあやってられない」


 億劫そうに言う瑛美。

 なんとなくだが彼女がこんなふうになったのは、そういう大人のせいなのかもしれないと思った。ただ、完全に勉強したくない言い訳ではあるが。


「でもほら、勉強すれば選択肢が増えるって言うかさ」

「あー、でもあたしは増やしてどうすんのって思っちゃう」

「どうするって、その中から自分に合ったものが見つかる可能性が高いと思うけど」

「優等生か」


 一般的な見解を述べたというのに突っ込まれる。


「選択肢増やす努力するんならさ、あたしは好きなものを――好きなことをするために頑張りたいって思う」


 瑛美は先ほどまでの愚痴から一転して、どこか真剣みの帯びた瞳をしていた。


「――ってなんかあたしら、すごい頭いい会話してない?」


 しかしさらに一回転して、再びそのトーンは遊びの会話のそれになる。


「か、かも……」


 くるくると変わる会話の温度についていけず、転びそうになってしまった。


「でも国語の点数も赤点! やってらんないわ」


 自虐を漏らし、頭の後ろで手を組む。

 掴みどころがないというよりかは、掴ませないという感じの瑛美の態度に陽菜は思い切って聞いてみることに。


「媛岸さんの好きなものって?」

「んー、あたしの?」

「うん」


 掘り下げてくるとは思わなかったのか、瑛美の口はそのあとすぐには開かなかった。

 ここまできっぱりと自分の考えを述べたのだから、好きなものがあると思っていたのだが、そういうわけではなかったのだろうか。

 けれど、瑛美のあの口ぶりからして、それはないと陽菜は思っている。


「なんだろうね」


 小さな声が落とされる。

 言うべきことが決まらないわけではなく、言うかどうか迷っているように見えた。


「いまは友達と遊ぶのが一番楽しいから、それかなー」

「あ、遊び……」

「うん。そうじゃない? ……ん、御巫、どうかした?」

「いや、なんでもない。うん、そうだよね、好きなものって言ってもたくさんあるもんね」

「そうそう。カラオケもいいし、ショッピングだっていい。つまり、勉強なんかやってられるかって話! いやー、やる気出なーい。追試とか受かる気しないわ」


 自分のことだと言うのに他人事のように笑う。

 やはりどうも瑛美のこの話の路線がちょくちょく変わる感じが合わない。

 これがいまどきの女子高生というわけなのだろうか。


「追試受かんないとどうなるかわかる?」

「さあ? わたしもこれが初めてだから……。少なくとも成績はやばいだろうね」

「はあ、やだやだ。あたしの友達もみーんなギリギリで赤点逃れてさー」


 階段を下りて、一階まで来る。

 もうすぐで昇降口だ。瑛美はどの方面なのだろうかと聞こうとした陽菜が口を開こうとした時だった。


「あれ、陽菜ちゃんに……瑛美ちゃん?」


 昇降口とは反対方向の体育館のあるほうから名前を呼ばれる。

 振り向くと、そこには後ろに髪の毛を束ねた体操服姿の奈羅野那遊がいた。


「ふたりともいま帰りなの?」


 汗もかいており、若干息も乱れて近づいてくる。

 バレー部と言っていたから現在は練習中なのだろうが、体育館から出ているということは休憩時間なのかもしれない。


「うん。補習でね。那遊は?」

「そっか。私はいま休憩で、トイレ行ってきたとこ」


 陽菜が答えると、那遊からも大体予想していた解答が返ってきた。


「補習大変だった?」

「うーん、まあ面倒くさいってのが一番かな」

「そうなんだ。放課後になってから一時間以上経っているからだいぶ長かったんだね」

「やたらと説明が長くって」


 そんなふうに陽菜と那遊が会話をしていると、不意に那遊が瑛美のほうへ顔を向けた。


「瑛美ちゃんもお疲れ」

「……うん」

「でも先生もひどいよね。追試のために放課後に補習させるなんて」

「かったるいったらありゃしない」

「はは、すごく疲れているみたい」

「あのセンコー睡眠ボイスだから」


 普段よく一緒にいるふたりの会話だが、あまり盛り上がる様子は見られない。

 仲が良くてもこういうものもあると言われればそれまでだが、先ほど少し話しただけだが瑛美は結構よく自分のほうから積極的に喋っていた。

 けれどなんだか那遊とだと受け身になっているように思える。


「那遊、頑張ってんね」

「う、うん。あのさ――」


「那遊?」


 ふたりの会話に割って入ったのは三人の女子生徒だった。

 体操服姿だし、那遊を知っていることから、バレー部の子であることがわかった。


「もう休憩終わるから呼びに来た……けど」


 ぴたりとその視線がある一点で止まった。


「うん、ありがと! すぐ行く」


 生じた沈黙に陽菜が訝しんでいると、その空気を嫌がるようにして那遊が口を開いた。

 するとその生徒たちは用事が済んだので体育館のほうへと向かう。


「あの、瑛美ちゃん」

「――ごめん、もう帰るから」


 那遊の言葉を最後まで聞かずに瑛美は踵を返す。


「じゃ、御巫。今日は助かったよ」


 そう言って逃げるようにして瑛美は昇降口を目指した。


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