37話 女子高生、補習を受ける
「奈羅野那遊さんと一緒にバレーを?」
「そ。いきなりだったし、まったくやったこともないから断ったんだけど、じゃあ昼休みに遊び感覚でやってみようよってことになった」
「なるほど。陽菜のあの身体能力を買ってねえ」
「わたしは言ったんだよ!? あれはまぐれだって! でも聞いてくれなくって!」
「流されるまま、付き合う感じに?」
「はい、そうです」
そろりと瞼を落とす。
この麻衣の疑うような、どこまでも見透かされている感じには慣れない。
もしや異世界行ってたのバレているんじゃないだろうかと戦々恐々としてしまう。
「いいなあ。私も一緒にやりたい」
「夕莉はお呼びじゃないから」
「どうして!?」
「や、普通に体育でやらかしまくった人が逆にどうして呼ばれると?」
ショックを受ける夕莉。
当たり前である。彼女がいたらたぶんなにもできないだろう。
「とりあえず明日から始めるってことで」
「ふーん、まあいいんじゃない? 最近陽菜太り気味だし」
「……え?」
「だって出かけるとしょっちゅう甘い物食べているじゃない?」
「あっ……」
思い当たる節がありすぎた。
月一のパフェだって先日二回目を食してしまったし、妹とはパンケーキとか食っちゃうし。他にもいろいろと食べちゃっている。
「いい運動になると思ってやってくればいいわよ」
「うぐっ……」
「陽菜ちゃんおでぶー」
「ぐふぅっ」
ふたりから辛辣な言葉をもらい、陽菜はくずおれてしまう。
(太った? わたし、太っちゃった? けど、仕方ないじゃん。ずっと甘い物食べられなかったんだから!)
けど、異世界では戦闘などで身体を動かすことが多くあったが、こちらの世界に戻ってきてからはほとんど動いていない。食べるだけ食べて、まったく運動などしていなかった。
(うっ……肉が)
自分の腹をつまむと、ぶよぶよとしたものが……。
いまの状態じゃあ、体重計乗る勇気がない。
「バレーするのはいいとして。補習、忘れてないでしょうね」
「嫌なもの思い出させないでよー。ああ、サボりたい」
「そんなこと言ったって……あんたね」
「わかってますー。ちゃんと出ますよ」
母のように忠告してくる同級生に陽菜は子供のように唇を尖らせた。
もしかしたら自分の母以上に母っぽいことを麻衣から言われているかもしれない。
「じゃあ私たちは行くから。頑張ってね」
「ぽっちゃり陽菜ちゃん、ファイトー」
「うん。夕莉はちょっと残ろうか」
麻衣からは激励を夕莉からは馬鹿にするようなことを言われる。
今日彼女たちは塾と部活だ。
教室を見渡せば、めいめいに教室を去っていくクラスメイトたち。
もうすぐ補習が始まるので補習を受ける生徒以外は出ていかなければならないので、みんないなくなっていく。
すでに隣の楠木凛太郎もいなかった。
(やっぱり、補習ってあんまり人いないのね)
予想はしていたが、どんどん人がいなくなってきて、不安になってくる。
まさか自分ひとりなのではないか、と。
「おい、御巫陽菜」
ザ・俺様な感じの言い方をするのはひとりしかいない。
「はい、なんでしょうか。牛島くん」
牛島陸也に素っ気なく応える陽菜。
「どうやらこれから数学の補習がこの教室であるとかないとか」
「ありますね」
「まあ俺のような超天才な人間には無関係なことなんだがな」
「はあ、そうなんでしょうね」
「して、御巫陽菜。……まだ教室に残っているようだが、まさかこれから補習を受ける、なんてことないよな?」
「…………」
こいつ、わざとだろ。
陽菜は怒りの感情を顔には出さずににこやかに答える。
「そのまさかなのよねー。できてたんだよ? でもなんかの手違いで赤点になってたみたいでさ」
「手違い? そうかそうか。そりゃあそうだよな。あんなゴミ問題勉強しなくたってある程度は取れる。所詮は平凡な人間が作った問題というわけだ。……しかも採点ミスまでするとは情けない。よし、俺が進言しに行ってやろう」
「ほんとねー。や、でも人間だし、間違いはあるよ。うん。だからね、間違いとはいえ、赤点だったからちゃんと受けなきゃなーって」
「なに? しかしそんなことしたら時間の無駄だろう。俺がガツンと言ってやるから、答案用紙をよこせ。しっかりと正さなければ俺の気が済まん」
言外にそのしょぼい点数を見せろと言ってくる陸也。
ほらほら、と待つ彼の姿は馬鹿にする気満々。
「悪かったわね」
「ん、なにがだ?」
「――馬鹿で悪かったわね!」
羞恥を振り切って答案用紙を陸也に見せる。
なにをムキになっているのだと自分を叩きたくなったが、もういいと覚悟を決める。
どんな言葉が来る?
ばーかとシンプルな罵りか? それともこの問題をどうやったらこう答えるのだとネチネチ言ってくるパターンか?
(ま、なにを言われたっていい。もう牛島くんのこういうのには慣れたから)
どんと構える陽菜だったが。
「……ほ、ほんとに赤点だったのか?」
意外にも単純に驚いた様子を見せてきた。
(……え? なに、馬鹿にしにきたんじゃなかったの?)
てっきり陽菜の落ち込みようから赤点を取ったことを推察し、いつものようにうざったく来るのかと思いきや、まったく違った。
普通に赤点なんて取るわけないだろうという態度そのまんまだった。
「――ふむ、なるほどな」
陸也はひとり納得したように頷く。
「御巫陽菜よ。……貴様、馬鹿だったんだな」
「オブラートに包め!」
結局、こうなるんかい! と陽菜は憤るように叫んだ。
(なによ、なんにも変わってないじゃない)
期待した自分が馬鹿だったと陽菜は肩を落とす。
「もう補習始まるから超天才の牛島くんは早く帰ってください」
「ちょ、ま、待て」
「待ちませーん」
「いや、御巫――」
ばたん、と教室の扉を思いっきり閉めて彼を追い出した。
ぱんぱんと手を払って、ふうと息を吐く。
「よーし、集まっているな。補習始めるぞ」
数学の教師が入ってきて、補習が始まる。
教室に残っているのは陽菜を含めて四人。
男子ふたりに女子ふたり。
前者は話したことない生徒で後者の女子は。
(那遊がいつも一緒にいる……媛岸さんだったかな)
媛岸瑛美。
短い髪の毛に鋭い瞳。見るからに気の強そうな感じを受ける。
このクラスは先ほどの牛島陸也が独裁者っぷりを発揮しているのだが、その中でも女子のトップはおそらく彼女だろうと思われる。居丈高、というわけではなく、なんというか近寄りがたいというか。見るからに怖そうで、正直近づきたくはないクラスメイトだ。
しかも那遊以外に一緒にいるのもまあ瑛美と似たような感じのギャル然とした子で陽菜の苦手なタイプなのである。
「まずこういった場合は、カタマリを見つけることが大切で――」
人数も少なかったので補習時は前の席で受けることになった。
補習というのは初めてなのだが、普段の授業とあまり変わらなかった。
(みんなぼけーっとしているし、媛岸さんなんか見るからにつまらなそう)
これが馬鹿の集まりというわけか。
比較的真面目な陽菜は他の人に流されず、しっかりと授業を聞く。
(みんな諦めているのかな……)
そうして授業形式のものは終わり、続いて本日の課題のプリントを配布される。
これができて提出した人から帰ってよしというわけらしい。
(真面目に授業受けた甲斐あったあ)
つい数分前にやったことが出され、陽菜はすらすらと解いていく。
さすがに赤点を取ってしまった生徒用なだけあって、割かし易しい問題だったため、数学の苦手な陽菜でもそれなりにわかった。
「御巫」
「ん?」
ちょんちょんと肩を叩かれる。
隣の席の瑛美だった。
「これ、解き方わかる?」
見ると、初っ端から詰まっていたらしい。
「あ、うん。これはね――」
それからほぼ全問題を教えるという形で陽菜と瑛美はプリントを終わらせた。




