36話 女子高生、体育で奮闘する
梅雨も明け、本格的に夏に入ろうかという晴れやかな空の下。
少女たちは、ボールに向かってひた走る。
「よし、パース」
「決めちゃえ!」
「てりゃああ!」
声とは裏腹にスカッという空を切るむなしい音が鳴る。
期待に応えられなかった少女――夕莉に、チームメイトたちはがっくしと肩を落とす。
「たははー、どんまいどんまい! 次行こう!」
「「「自分で言うな!」」」
みんなが一斉に突っ込んでいた。
いや、うん。
陽菜は思う。
(やっぱ、運動ド下手だなあ、夕莉は)
体育の授業。
内容はサッカー。
グラウンドの半面を使って男子女子に分かれて行っている。
陽菜たちの一組と二組が合同でやっていて、さらにそこから四チームに分かれており、現在は夕莉、麻衣、陽菜たちのチームが試合をしていた。
しかし、さすがとも言うべきか。
運動を苦手と自称する夕莉の下手っぷりが余すことなく発揮されていた。
「ワンモアタイム! 私にもう一度チャンスを!」
来い来いとジェスチャーする夕莉だったが。
「そっちいったよー」
「任せてー」
「ごめん。守りお願い」
「うん、いいよ。全然夕莉よりいい!」
だれも彼女の声など聞こえていなかったかのように試合が再開されていた。
「…………」
元気のあった姿はどこへやら、夕莉はまるで生気を吸い取られたかのようにグラウンド内を走っていた。
ちょっと可哀想だった。
「まああんだけ外せば無理ね」
「言えてる」
麻衣と一緒に後ろのほうで守っている陽菜も同意する。
こちらから見ていても、かなりのチャンスをもらっていた。しかしそれにも関わらず、外すわ外すわで、ただのはしゃいでいるだけの存在となっていた。
「陽菜ちゃん、麻衣ちゃん、みんながいじめるー」
「はいはーい。運動音痴ちゃんは頑張りましたねー」
耐えられなくなったらしい夕莉がゴール付近まで下がってきた。
麻衣に慰められる中、彼女は陽菜のほうを向いてきた。
「陽菜ちゃん交代」
「ええ? わたし?」
「うん。陽菜ちゃんもその絶妙な下手っぷりを披露してきて笑われよう!」
「ねえ、これわたし怒っていいよね?」
先ほどまで可哀想だと思っていた自分が馬鹿だった。
とはいえ、夕莉が守りに入ったことで攻める手数が少なくなってしまった。……まあもとから少ないと言っても過言ではなかったけれど。
「仕方ないわね」
「おっ。さすがは陽菜ちゃん。かっくぃい! 決めてきてよ!」
「や、ゴールとかは狙わないから。みんなの邪魔をしないようにかつ、敵の邪魔をしようかな」
「つまりお邪魔虫ってことだね!」
「よーし、この試合終わったら顔貸そうか」
ひくひくと眉を動かし、怒りを露わにする陽菜。
あとでまじで殴ってやろうか。
そんなふうに友人を睨みつけ、足を相手チームのゴールに向ける。
(とはいえ、わたしにそんな器用なことができるとは思えない)
夕莉同様、運動はそこまで得意ではない。
邪魔しないように頑張ろうと思った陽菜の前にぽーんぽーんとボールが跳ねてきた。
「うげっ、いきなり!?」
こんな運の悪いことってある? と陽菜は自分の運のなさにほとほと呆れる。
「陽菜ちゃん、魅せろー」
「陽菜、ファイト」
後ろから野次と声援が飛んでくる。
って言っても、陽菜は球技などほとんどできない。
「うそー」
さっさとパスを出そうとしたのだが、チームメイトたちはマークされていて、とてもじゃないが相手に取られる予感しかない。
「陽菜、来るよ」
味方が陽菜に危険を知らせる。
悩んで立ち止まっていると敵チームが突っ込んできた。
「無理無理」
取られたくない、という強い思いで逃げる陽菜。
するとその思いが通じたのか、簡単に抜くことができた。
「あ、そっか」
すっかり忘れていた。
自分は異世界帰りのチート持ちだ。
こんなの抜けないわけがない。
(でもあんまりこの力使って目立ちたくないし)
とにかく早いところチームメイトにボールを渡そうと考え、その間は逃げ切ろうと動く。
「陽菜、ナイス」「御巫さんいいよ」「そのままいっちゃえ」
(え、嘘でしょ?)
いつの間にか、陽菜はごぼう抜きを決め、ゴール前まで来ていた。
その間、まったくパスを出す余裕がなかった。
というのも、めちゃくちゃ相手が突っ込んでくるので避けまくっていたらこんなに前に来てしまっていたのだ。
(ええ、どうしよう……?)
以前、このチートの恐ろしさを知り、それなりに努力してどれくらいの力でやればいいのかわかるようにはなってきた。
しかし、スポーツとなれば少し変わってくる。
たとえば人に接する時のような力でやれば、まったくやる気の欠片も感じさせないようなヘナチョコシュートになってしまう。かと言って、力を加えてしまえばどんな爆裂シュートになるかわかったもんじゃない。
だからこそ味方に決めてもらおうと思っていたのに。
「陽菜ちゃん、パース!」
そこにいたのは、反対側から走って来た夕莉だった。
あんな端っこから来たのだ、マークだって間に合っていない。
そう完全に彼女はフリーだ。
『陽菜、打て』
(ですよね!)
全員の視線が陽菜に来た。
あんなのに任せられないということだろう。
「どうにでもなれ!」
がむしゃらに振りぬいた。
直後。
ボールに激烈な衝撃が加わり、火花を散らし――
――空の彼方へ消えていった。
「あれ……?」
それは球技違いのとんでもないホームランだった。
「え、ボール消えた?」「いやいや消えないでしょ」「マジック?」「トリックは?」「もしかして上に吹っ飛んでったとか?」「まっさかー」「だよねー」
視線が集まった。
「あ、ははー」
自分がこんなにも運動下手なんて思いもよらなかった陽菜は誤魔化すように笑った。
――――
体育が終わり、女子更衣室で着替えをしていると夕莉が目を輝かせて言う。
「まさか、陽菜ちゃんがあんなテクニックを見せるなんてね!」
「う、うん。まあね!」
あの一件は陽菜が上空へ土を蹴り上げて視線を上にすることで味方にパスをした、ということで納得してもらった。
消えたボールは諦め、高速移動で籠からべつのボールを取ってきてチームメイトの足元に置いてあたかもパスをしたかのように「あ、あー、ボールがあんなところにー」とか言って試合を再開させた。ボールを渡された子もその近くにいた生徒たちもみんなびっくりしていたけれど。
「私はどう見ても、あれはサッカーボールが上空にいったと思ったけど」
「ほら、麻衣は遠くにいたからね! 見間違っちゃうのも無理はないよ! うん!」
「いや他の子たちもそう言ってたし」
「敵を欺くためにはまず味方からってね!」
「ああ、そう」
ごり押した。
無理はあったが、あんなあり得ないシュートなどだれも信じまい。だったらこっちのほうが信憑性が高いと言えよう、ということで麻衣もそれ以上なにか言及することはなかった。
「ちょっと疲れたから水飲んでくるね」
着替えの終えた陽菜は一足先に女子更衣室から出る。
更衣室近くにある水道に向かい、水を口に運ぶ。
(危ない危ない。あれくらいだとあんなに飛ぶのか……気をつけないと)
力の調整をミスった。
とはいえ、一度挑戦することができたのは大きい。
なんとなく力の入れ方がわかったので、微調整をしていけば次からは大丈夫だろう。
「あ、陽菜ちゃん」
名前が呼ばれ、蛇口をひねって水を止める。
「んっと……奈羅野さん?」
奈羅野那遊。
クラスメイトの子で、以前に購買での争奪戦をした時に彼女にメロンパンを取ってあげた。
ただそれ以来あまり話せていないが。
「那遊でいいよー」
「う、うん。……それで那遊。どうかした?」
「体育のサッカーすごかったねー」
「あ、あああ、あれね! うん、みんなを騙せてよかったよ!」
先ほどのプレーの話題を出され、陽菜は動揺してしまう。
あまり触れてほしくない話題だったので、陽菜ははぐらかすように笑みを浮かべる。
「あの機転の利いたプレーももちろんすごかったんだけどさ」
那遊は興奮気味に言う。
「ゴール前まで一度たりとも敵チームにボールを奪われなかったのすごかったよ!」
…………そっち!?
「あの動きはなかなかできないよ。サッカー得意なの?」
「え、いやー、そういうわけじゃないよ」
奇想天外なプレーをしたことで記憶を上塗りできていたが、そういえば陽菜は相当すごいプレーをしていた。プロ、とまではいかないものの、あの抜き方はだいぶえぐい。
「スポーツとかやってたの?」
「全然」
「そうなの? すごいね、スポーツ初心者なのにあんなことできるなんて」
「……う、ま、まあそうなの、かな」
どんどん苦しくなっていく陽菜。
騙しているみたいでなんだか申し訳ない。
「部活。陽菜ちゃん部活やっている?」
「やってないけど」
答えると、一層目をキラキラさせる那遊。
「じゃあさ、バレー部……バレー部入らない?」
「え……?」




