34話 女子高生、後輩の笑顔にドキリとする
ファミレス『フランジェール』。
まだ夕飯の前の時間帯であるが、年配の人や主婦、また学生たちが見受けられる。
珍しい時間帯の混雑具合に店員たちは右に左にと忙しそうだ。
「つまり、香織ちゃんの彼氏くんは捕まっちゃったってわけ?」
「彼は捕まってないって。高田組っていう人たちの大半が捕まったらしいけど」
夕莉の間違った解釈に麻衣が丁寧に答える。
どうやら高田組というのは阿漕な商売をしていたらしい。それだけでなく、騙して契約させたり、脅迫まがいなことまでしていた。
いろいろと躱してきていたのだが、とある人の情報提供によりがさ入れが入った。
総士の父とも繋がりがあったとかで事情聴取のようなことはされたようだが、総士はもちろんのこと父も捕まるということはなかったとのこと。
「彼氏じゃなくて、もと彼氏ね」
重要な箇所だったので訂正した。
彼氏ではなく、もと。
そう、つまり花澤香織と赤司総士は別れたのだ。
香織によれば直接会って別れる旨を伝えたらしい。メールとかでもいいじゃないかと言ったのだが、そういうのはきちんと自分の口から伝えたいとのことだった。
とはいえ、あんな騒動のあとだ。総士は心ここに非ずという状態だったらしいが。
「でもよかったね。別れることになって」
「うん。ほんとに」
「てか、あんな最低なことしていたなんてね」
「ほんとに。最低でしょ」
ふたりはあの男の行為を知り、また香織を泣かせたということも相まって、自分たちにも殴らせろとかなり怒っていた。そこは一応止めておいたが。
「でもよかったわよ。陽菜が乗り込む前に警察が来て」
「……う、うん」
「あんな危ない相手だったなんて……。もしあそこに乗り込んでいたらどうなっていたことか」
「だ、だね」
麻衣からの言葉に陽菜は冷や汗をかきながら答える。
言えない。
普通に乗り込んで、普通にぶっ倒してきたなんて口が裂けても言えない。
「それに、なんかよくわかんないけど、荒らされたあとだったらしいじゃない」
「それ私も聞いたー」
「へ、へえー。わたしは初めて聞いたなあ」
ぎくりと喉を引き攣らせる。
「だれかと争ったあとみたいな」
「なんかひとりの女の子にやられたとかなんとか言ってたらしいよね」
「女の子が? まっさかー」
ないないと笑ってはいるが、内心ではやっべーと思っている陽菜。
一瞬であったし、すぐに意識を飛ばしたから大丈夫かなと思っていたが、記憶は飛ばせていなかったらしい。だが、そんな眉唾な話に警察も信じてはいないとのこと。
「だれが通報して警察呼んで家宅捜索ってなったか知らないけど、その人に感謝しなきゃね。そうでもなきゃ、陽菜。あんたいまごろどうなってたことか」
「あははー、考えただけでもおそろしいね」
「結局、おうち見つけられなかったとか陽菜ちゃんらしいけど」
「……うん、そだね」
彼女たちには総士の家及び高田組が占拠する建物がわからなかったということになっている。あれだけ格好つけて向かったので相当恥ずかしいが、特にそこを疑うということはされなかったのは幸いだ。
「お待たせしましたー。チョコミントマカロンパフェです」
三人で話しているとひとりの女性店員が注文の品を持ってきた。
言わずもがな、会話の中心人物だった花澤香織だ。
彼女はこの前見せた悲しい姿など欠片も感じさせず、元気はつらつといった様子でテーブルの真ん中にパフェを置いた。
「ありがとー、香織ちゃん」
「いえいえー。マカロン、マシュマロ、クレープとかひとつひとつ手作りなのですごい手の込んだ新作ですよ。どうぞ召し上がってください」
「じゃあ早速いただきまーす」
ぱくりとスプーンですくっていただく。
外はさくっとして中はややねちっとしたマカロンにチョコのコクとミントの爽やかさが共存し、めちゃめちゃ美味しい。
月一と決めていたが、もう今月で二度目。……まあよしとしよう。
新作だし、と誘惑に負けた陽菜は典型的な太る言い訳を自分にする。
「美味しい!」
「よかったです!」
満面の笑みを作ると、香織からも同じくらいの笑顔が返ってきた。
それを見て、麻衣と夕莉も「いただきまーす」と言って中央に置かれたパフェを食べる。
美味しかったようでふたりとも自然と笑みが作られていた。
「そういえばまだバイト続けるんだね」
「はい。お世話になりましたし、この前は迷惑かけちゃいましたので」
「そっか」
「それにここにいればみなさんに会えますから」
屈託なく、なんの打算も計算もないその表情にこちらも安心する。
「陽菜先輩、それに夕莉先輩や麻衣先輩。このたびはご迷惑をおかけしてごめんなさい。それとありがとうございました」
「やめてよ。なんにもしてないんだから」
「私たちは特にね」「うんうん」
もう何度も謝罪やお礼をしてもらった。
充分すぎるくらいに。
「そんなことないですよ。……あの時、私がどれだけ救われたか」
陽菜を見て言う香織。
あの時とはきっと総士に傷つけられてひとりでいた時のことだろう。
でもあれだってべつになにかしてあげたわけではない。ただ話を聞いたそれだけだ。
だから陽菜は照れを隠すようにおどける。
「わたしのここはいつでも空いてるからね」
言いながら隣をぽんぽんと叩く。
すると香織はその冗談に冗談で返すように頬を朱色に染めて言う。
「じゃあ、いつか……陽菜先輩の隣に行きますよ?」
吸い込まれるような可愛いらしい言い方に陽菜は一瞬呆けてしまう。
「花澤さーん。レジお願い」
「はーい」
すると香織は店長から呼ばれ、くるっと回転して踵を返す。
「じゃあみなさん。ごゆっくり」
その笑顔はまるで恋する乙女のような感じがしたのはきっと気のせいだろう。
☆☆☆☆
白い、キングサイズのベッドの上で寝転がる少年。
この部屋の主にしてこの家の息子――牛島陸也だ。
「入っていいぞ」
高級そうなシャンデリアを見上げながら、ノックの音に反応する。
「失礼します、陸也坊ちゃん」
陸也坊ちゃんと少年の名を呼んだのは、皺の多い老人だ。
彼は牛島家を任されている執事であり、陸也の身の回りのお世話をする田中葉造。
細いフレームの眼鏡をかけ、細い身体を俊敏に動かしてささっと陸也の横に移動する。
「で、どうだった?」
「はい。やはり御巫陽菜という少女はあそこにはいませんでした」
「そうか」
「ただ。捕まった高田組の人の話によれば、女子高生と思しき少女に手も足も出なかったとかなんとか」
「……手も足も出ない、か」
不意に思い出すのは御巫陽菜と初めて対立した時だ。
あの時、彼女の一撃により、泣いてしまうくらいの痛みを負った。いままでずっとあり得ないと思っていた陸也だったが、あれが彼女の強さだとすればその話もあながち嘘ではないと思わざるを得ない。
「しかしどうしてまた、高田組を調べるように……?」
「なんでもない。……ただ父さんが電話で会話をしているところをたまたま耳にして、それでなにか手伝えないかと思っただけだ」
「左様ですか」
嘘だ。
べつに父というのは口実に過ぎない。
御巫陽菜が高田組に関わってしまうかもしれないと思ったから手を打ったのだ。
まあ、赤司総士の父が運営する店に関して、父が現在取り扱っている仕事で悪い噂があったというのを耳にしていたのは本当だが。
「それで陸也坊ちゃん」
「なんだ?」
「御巫陽菜というクラスメイトの子とは、どういったご関係で?」
「は、はあ!? べ、べつに? ただのクラスメイトだが?」
「それは失礼しました。とても気にした様子でしたので」
「そんなわけないだろう」
「はあ。しかし、すぐに警察に連絡するように言ったのは、彼女の身を案じてというわけではなかったのですか?」
「ち、違う! ああいう輩はさっさととっ捕まえてやらねば気が済まなかっただけだ。そう、ただそれだけだ! わかったか!」
「……失礼しました。私の勘違いですね」
下がってくれる葉造。
そしてそのまま彼は部屋から出ていく。それを確認してから陸也ははあと息を吐く。
「まったく、爺やまでなんなんだ」
恋などではない。
そう自分に言い聞かせる陸也の頭には陽菜のことで一杯だった。




