33話 女子高生、敵陣に乗り込む
「ごめんください。赤司総士さんっていますかー?」
「おいだれだてめーなに勝手に入って――どわっ!?」
質問するとメンチを切られたので睨んだら吹っ飛んだ。
「いますよね、赤司総士さん。どこですか?」
「はあ、だからなんだってんだよ。赤司総士の女か?」
「だ・れ・が!」
「ぐおおおおおおお」
イラッとくる言葉を言われたのでつい吹き飛ばしてしまった。
まあいいか。
「あのーわたしは、ただ赤司さんに用事があってきただけで」
「よくもやったなごら――あああん」
突っ込んできたので押したら壁にめり込んだ。
全然話を聞いてくれない。
「わたしはべつに争いに来たってわけじゃないんですけど」
「三人もぶっ飛ばしてなに言ってやがる――うううぐぅぅううう!」
だから近づいてくるなって、と陽菜はげんなりとしてしまう。
やはりこういう相手となると、普通に話をしてはくれないらしい。異世界でも似たようなやつらはいたが、どうも苦手だ。こちらが寄り添おうとしているというのに……。
「覚悟はできてんだろうな」
金属バットやら隠し持っていたナイフやらを取り出す。
会話する気ゼロである。
こうなったらもう実力行使しかあるまい。
「歯を食いしばってください。言っておきますけどわたし、異世界行ってましたから」
そうして相手にとっては訳もわからない言葉を吐き、陽菜は邪魔する人を蹴散らしていった。
☆☆☆☆
「なんだか騒がしいですね」
赤司総士は来客用のソファに腰を預け、他人事のように言う。
実際、他人だ。
父の経営する風俗店の用心棒として雇っている暴力団の高田組。どういう経緯で繋がりを持ったのかは定かではないが、立場的には父のほうが上らしい。なんでも客を彼らのところに送っているとかなんだとか。よくはわからないが、要は総士のほうが命令する側ということ。
「ネズミでも入ったんだろう」
組長でもある男がなんでもないことのように言う。
ここを訪れるようになってもう長いが、こういうことはよくあったのも確か。
べつに大したことではないのだろう。
「しっかし、この女……最高に僕好みだ」
自身のスマホにある名前を見て総士は首を痛めたかのように回す。
「まだ付き合って一か月そこらの彼氏に誕生日プレゼントで一〇万もするカメラ買います?」
「は、金づるじゃねえか」
「べつに金が欲しいわけじゃないんですよね」
彼女と撮った写真をスライドさせる。
「女が僕を好きになる、これだけでいいんです」
悦に浸ったように笑う。
「女って好きになった相手にはとことん尽くす。本当にそれが快感で仕方ないですよ。なんにもしなくても僕を求めて、ちょっと疎遠になると僕の声が聞きたいと言って……ほんのちょっと優しくしてあげるところっと行く。まるでペットだ。……ただ僕は彼女たち好みの餌をあげているだけに過ぎないというのに」
くつくつと笑う総士に組長の男は理解できぬと言いたげな険しい表情となる。
「本当に女は扱いやすい。ピンチのところに僕が現れて、格好いいところを見せればそれで落ちる。自分が漫画のヒロインになったつもりなんだろうな。……僕という作者の掌の上で踊らされているだけだというのに」
自分のものとなった彼女たちを思い浮かべながら総士は言う。
「どんな気分なんでしょうね。自分が偽りのヒロインだって知ったら」
総士の言葉に男は「さあな」とだけ言う。
「ああ、そうそう。次のターゲットなんですが」
「見つけたぜ。ほら」
対面に座る彼から資料を渡される。
そこには写真に写るひとりの女子高生とその詳細が書かれている。
新たに彼らが総士に見繕ってくれた女性である。いまいる彼女たちでは物足りなかったから頼んでおいたのだ。
「なるほど、いいですね。ではいつもどおりお願いしますね」
「ほいよ」
「大変です!」
日程や日時の調整に入ろうとした総士たちだったが、ひとりの男の乱入により邪魔される。
「なんだ、どうした? 下がまだ騒がしいようだが」
「はいそれが――ぎゃふっ!」
説明しようとした男が襟首を掴まれて後ろにぶっ飛ぶ。
「ああ? なにがどうなってんだ」
立ち上がってやられた部下のほうに向かおうとする組長だったが――
「ちょっと案内してくれるって言うのになんで先に行くんですか」
まったく、と言ってぷんぷんと怒る女子高生が部屋に入ってきた。
「女、だと?」
「ん? ……あっいた!」
だれか目的の人物を発見したらしく、目を輝かせる彼女。
しかしそんな彼女の言動に腹を立てたのか、組長の男は睨みを利かせる。
「おい、俺を無視してんじゃねえ――よぶぅっ!」
ワンパンだった。
「いま、なにを……?」
というか触れたのはこっちで相手はほぼなにもしていない。
(……あの女は)
忘れもしない。
一度目を付けた少女であり、自分の価値観をわかってくれなかった少女。
「やっと見つけた」
壁面に穴をあけて暴力団の長を蹴散らした少女は涼しい表情で言った。
下のフロアには多くの暴力団に所属する者がいたはずだが、どうやら彼女はすべてやっつけてここにたどり着いたらしい。どんなトリックを使ったのか、まるでわからない。
「とんだアプローチの仕方ですね」
御巫陽菜さん、と総士は平静を装って言う。
「アプローチ?」
「僕を求めに来たんですよね?」
「そうね、赤司総士さん。わたしはあなたを探してた」
「なるほど。どうやって彼らを吹き飛ばしたかはわかりませんが、それほど僕のことが好きということですか。いいですよ。これから彼女のひとりと会う約束をしていたのですが、断りましょう。わざわざこうして僕の居場所を突き止めてきてくれた、それだけで僕は嬉しいです」
握手を求めるように手を伸ばす。
すると陽菜も同じようにして手を伸ばしてきて。
「わたしの後輩を泣かしてんじゃないわよ、このくそ野郎!」
頬を平手打ちされ、総士はソファに身体を思いっきりぶつけた。
☆☆☆☆
無理だった。
我慢ならなかった。
目の前に来た瞬間、手が勝手に動いた。
「彼女が何人もいて、それに優先順位をつけて、それでも物足りずもっと多くの女の子と付き合おうとして……。でも香織ちゃんはそんなあなたを知ってもなお、好きって言った。だからわたしは我慢した。香織ちゃんが望むならそれでいいって思った。こんな最低な人でも香織ちゃんが好きになった人だし、きっと香織ちゃんのことを一番好きになってくれるって信じてた。なのにあなたは……、香織ちゃんを傷つけた」
花澤香織の初恋を奪った。
花澤香織の初恋を弄んだ。
「あなたはそういう純粋で恋を知らないような女の子を狙ってたんでしょ。こんな人たちの手を借りて演技までして、シチュエーションを作って――恋に落とさせた」
腸が煮えくり返る。
あんな不自然なこと頻繁に起こるはずがない。
けれど、それさえも信じてしまうような子を選んだ。
少女漫画のような展開に憧れているような女の子を。
「香織ちゃんがどれだけ好きだったか知っている? あの時、あなたが仕組んだとも知らずにどれだけ怖い思いをしたか、どれだけ救われたか……」
陽菜は香織の悲しげな表情を思い出し、顔を伏せる。
「でも、すべてを知ってもなお、あなたのこと……嫌いになれないって言ってた。……初恋だからって、あの時抱いた感情は忘れられないからって。……じゃあ、はい別れますってそんな簡単な問題じゃないのよ。わかっている!?」
恋の苦しみは陽菜にはわからない。
けれど、かつての友は恋に苦しめられた。
そして、今度は後輩が恋に苦しめられた。
そうやって陽菜の大切な人たちが苦しめられた。
彼女たちが傷つき、悲しみ、涙を流した姿を見せられて。
どうして苦しまずにいられる?
「あなたにとっては遊びだったかもしれないけど、香織ちゃんは本気だった。……あなたは自分がしたことをもっと自覚しなさい」
ゆっくりと倒れている総士に近づく。
「これから自分がなにをすべきか、よーく考えなさい。そして今後、香織ちゃんにどう向き合っていくのか、ちゃんと考える――ん?」
説教をしながら総士がぴくりとも動いていないのに気づく。
「おーい」と耳元に声をかけるも返事はない。
揺するが応答はない。
息はあるようだ。
「…………」
どうやらあの一撃で気を失ってしまったらしい。
つまり、陽菜が語ったものはまったく彼に届いていなかった。
「警察です。少しお話を――うおっ、なんだこの状況!?」
その声を聞き、部屋の窓から外を見ると多くのパトカーと警察官がこの建物を囲んでいる。
(なになに? なんなのこれ!?)
陽菜はパニックに陥り、とりあえずここにいては面倒なことになると瞬時に察し、窓から逃げた。




