32話 女子高生、かつての友の苦しみを思い出しひた走る
「ヒナ。あいつはアタシのことなんかじゃなくて、アタシん家のあれが目的だったみたい」
それはヒナが異世界にいた頃のこと。
宵闇に輝く月の下、寂れた廃墟の中で王国軍の兵士、ナルシアが悔しそうに呟いた。
隣に腰を下ろすヒナは、ただ彼女の言葉を聞く。
「馬鹿だなあ、アタシ。まんまとあいつの手口にはまっちゃって」
「ナルシア……」
「そうだよね。そうじゃなきゃアタシみたいな女に近づくわけないもの」
「そんなことない」
「あるの。現にあいつは、アタシじゃあ無理だとわかったら露骨に距離置いて」
ナルシア家の家宝である『氷結の三叉槍』。
ヒナが異世界に呼び出される前、先代の魔王を倒した時にナルシア家の者がその武器を用いて魔王討伐の一役を担ったと言われている伝説の武器だ。
代々引き継がれていっており、いまは彼女の家に保管されている。
「アタシの女になれば使えると思ったんでしょーね」
実力もないくせに、と悪態をつく。
男はナルシア家の家宝を自分のものにしようとナルシアに近づいた。
娘である彼女に近づけば、それを手にすることができると打算だけで。
結局は彼女の父の御眼鏡には適わず、手にすることはできなかった。
すると彼はナルシアから露骨に距離を取った。
もう用済みであるかのように。
彼女など最初から見ていなかったかのように。
「だよねー。アタシみたいな筋肉馬鹿に優しくする理由なんてないもの」
「なに言ってんの」
「だってそうでしょ。そうじゃなきゃ断られてもアタシといてくれるっての」
軽い口調で言うが、その瞳には悲しみが宿っているように見えた。
「こんなアタシにも優しく接してくれて、ひとりの女性として扱ってくれたのに。……それも全部、ぜーんぶ、嘘だった。ただの目的のためにアタシは利用されただけ。ひとりで舞い上がって浮かれていたのが馬鹿みたい」
ナルシアは言う。
「初めて男の人を好きになったのになあ」
赤い髪の毛が風に揺らされ、その表情は女の子のそれだ。
「断られても認めてもらうために頑張ってくれると思ったのに……。たとえ認められてもらえなくてもアタシはべつによかった。強くなくても、一緒にいてくれればそれでよかった」
なのに、とナルシアは唇を戦慄かせる。
「苦しいよ、ヒナ。……殴られても斬られても全然平気なのに、なんでこんなに胸が苦しいの。ヒナぁ……。アタシもうわけわかんない」
強くてたくましいナルシアの涙を初めて見た。
いまでこそヒナのほうが実力は上だが、彼女から見習うべきことは多かった。
同い年で王立学院を首席で卒業して、王国軍の一角を担う彼女。
そんな尊敬してやまない彼女を泣かせた。
「待っててナルシア」
ヒナは言う。
ナルシアを苦しめる元凶に怒りをぶつけるようにして――
☆☆☆☆
「わたしが香織ちゃんを苦しめているものをぶっ壊してあげるから」
落ち着いた香織といること数分、「おーい」と遠くから声が聞こえてきた。
「よかった。見つかったんだね」
「無事みたいね」
夕莉と麻衣だ。
ふたりに香織が見つかった旨を連絡するとすぐに駆けつけてきてくれた。
「すいません。おふたりにまで迷惑とご心配をおかけして」
「いいよー、そんなの」「そうよ」
なんともないことを確認したふたりはほっと息を吐いた。
「ごめんふたりとも。香織ちゃんをおうちまで送ってくれる?」
「それはいいけど、陽菜は?」
「ちょっと行くところがあって」
具体的なことは述べず、陽菜は立ち上がる。
「陽菜先輩」
「大丈夫だから」
袖を引っ張る香織の表情は不安と心配がない交ぜとなっている。
優しく手を離してあげてから夕莉と麻衣に向き直る。
「あんたなんか危ないことしようとしていない?」
「ぜーんぜん。ちょっとお話してくるだーけ。だいじょぶだいじょぶ」
胸を張る陽菜にそれでも麻衣は不安を拭えないでいるようだ。
笑ってあげ、ふたりからこれ以上の追求を拒むように背を向ける。
「ふたりとも香織ちゃんのこと頼んだよ」
制するような声が聞こえてきたが、構わず走った。
極力人の域を超えないように抑え、見えなくなったところで加速――しようとしたところでとある人物に会ってしまう。
「だからなぜ俺と会うとそんな表情になる」
牛島陸也はどこか苦しそうに言った。
(だってタイミングが……)
悪すぎる。
狙ったように現れるこの男が悪い。
「ほんっとうにごめん。急いでいるからもう行くね」
「行くってどこに行くんだ?」
「それはその……まあいろいろと」
「赤司総士のところか?」
言い当てられた陽菜は驚いたように固まる。
「ふん、どうせそうだと思った。花澤香織を探すのなんのと言っていたからな……。あいつ絡みで急いで行くところと言ったら他になかろう」
「…………そうだけど」
「場所はわかるのか?」
知らないと首を振る。
冷笑し、陸也は自分のスマホの画面を見せてくる。
「ここだ。どうやら高田組というところにいるようだ」
「高田組……そっか」
示された地図に表示されてあるそれを見て、思い出す。
裏で繋がっているのは聞いていた。ならばいてもおかしくはないし、当てずっぽうに総士の家に行くよりは全然効率がいい。
「ここに行けばあいつも」
「待て御巫陽菜」
地図の場所を瞬時に割り出した陽菜が向かおうとすると陸也がそれを止める。
「ごめん、ありがと。でもわたし行かなくちゃだから」
「ひとりで行くつもりか? ここがどこなのかわかっているのか?」
「わかってるって」
「じゃあなぜひとりで行こうと――」
「香織ちゃんが泣いたの」
陽菜は言う。
「黙ってられないでしょ」
陸也の制止を振り切って陽菜は走った。




