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31話 女子高生、後輩の涙に立ち上がる



 恋愛に幻想を抱いていた。

 きっと自分には白馬に乗った王子様が来てくれると。

 このなんでもない日常を色鮮やかにしてくれると。

 爽やかな笑顔で。

 優しく包み込んで。

 大きな背中で守ってくれる。


 ――そう思っていたのに。


「あー、そっか。僕って香織に対してはそんなこと言ってたっけ」


 大好きだと言っていた一眼レフカメラを渡した時言われた。

 喜んでくれると思っていた。

 そして花澤香織を彼女の中で一番大切な存在になってくれると信じて。

 なのに。


「ごめん、あれ実はその場のノリで……。そういう男性っていいかなあとか考えてね。いやまさか覚えているなんて」


 赤司総士は言った。


「高かったよね? もったいないから香織が使いなよ」


 受け取ろうとせず、彼は香織にそれを押しつけた。


「で、用事ってそれだけ? じゃあ僕は行くね。じゃあまた」


 他の人のところに行くのか、彼は香織のことなど見向きもせずにどこかへ消えた。


 馬鹿だなと香織は思った。

 現実はこんなものなのだ。

 残酷とかではない。これが普通なのだ。

 ただ恋愛に夢を見ていた自分が悪い。


「ほら、だれも来てくれない」


 これだけ苦しんでいるのに白馬の王子様は来てくれない。

 一番近くにいて欲しい時にいてくれない。

 恋愛なんてこんなものなのだ。

 都合よくヒロインのピンチにヒーローは現れてくれない。

 あれもこれも、いままでのすべてが偽り――


「なん、で……」


 ここがどこなのかも、どれくらい歩いているのかもわからない。

 なのにどうして。

 なんでこの人は。


「なんで……?」


 御巫陽菜。

 いつも香織のピンチに駆けつけてくれる。

 いつも香織のいて欲しい時にいてくれる。

 彼女の思いを無碍にしたのは一度だけじゃないのに。


「なんでいるかって? そんなものわたしが強運の持ち主だからに決まっているじゃん」


 橋の上に現れた先輩である陽菜がそんなふうにうそぶいていた。



☆☆☆☆



 河川敷の芝の上で隣り合って座る。

 あれから凛太郎の探し物を探し当てた時と同じ要領で香織の一眼レフカメラの場所を割り当て、走ってきた。だいぶ学校からも遠く、あまり慣れない土地で迷ったがなんとか見つけることができた。


「バイト先には連絡した?」

「はい。ごめんなさい、陽菜先輩たちにまで迷惑かけて」

「いいの。言ったでしょ? 飛んでいくって」

「……でしたね。ありがとうございます」


 薄く笑う香織。

 それが頑張って作ったものだということはだれでもわかる。


「陽菜先輩の言うとおりにしていればよかったなー」


 香織は後ろに手を置いて、下でサッカーをする少年たちを見つめる。


「これ、いらないみたいです」


 買ったらしい一眼レフカメラの箱を胸に抱いて言う。


「私にカメラ好きをアピールするために嘘、ついたみたいなんです。べつにカメラなんて興味ないらしくて、もったいないから私にあげるって言われました」


 嘘。

 それがどれほど香織を傷つけたことか想像するのも恐ろしかった。


「なんかそれを聞いた瞬間、これまでのこともすべて嘘なんじゃないかって思っちゃって。あの優しさもあの勇敢さもあの気遣いも……全部全部、私の好みに合わせて偽っていたんじゃないかって。そしたらもう、怒りとかそういうのは出てこなくて、ただただむなしくなっちゃったんです。それで気づけばこんなところに来ちゃってました」


 淡々と語るが、その横顔はとても悲しそうで。

 見ていることなんてできず、目を伏せた。


「私って馬鹿ですよねー。好きだからとか、一番になりたいとか言って。……きっと自分に酔ってたんです。他の人にはできないような大恋愛をして……それで…………それで」


 そこで嗚咽交じりの声となる。


「っ……。は、初恋だったんです…………。だれかを好きになったことなんてなかった私が初めて好きになった……人、だったんです。でもそれが、全部偽りでできてて」

「香織ちゃん」

「これも……彼の誕生日がすぐだからって頑張ったんです。さすがに一か月じゃあお金が貯まらなくって、お母さんにも少し出してもらって。それで買ったのに……」

「香織ちゃんもういいから」

「ごめんなさい。陽菜先輩のこと突き放して……。だれよりも私のことを考えてくれていた人の言うことを聞かないで、こんな結果になって。……本当に自業自得です」

「香織ちゃん! 無理しないで」

「ひ、陽菜先輩っ……」


 涙を流す香織を優しく抱く。

 とめどなく落ちる雫は陽菜のせいで流させた。

 あの時、里菜の言うとおり殴ってでも別れさせるべきだった。

 そうすればこんなに彼女が悲しむことなんてなかった。

 自分が嫌われるだけでこんなにも苦しませることなんてなかった。


「あの時、総士くんに助けられた時、本当に嬉しかったんです。怖くって、逃げ出したかった。けど総士くんが大丈夫だって言ってくれて……だから私は総士くんのことを……総士くんのことを…………」


 嗄れた声で香織は言う。


「好きに……、好きになったんです」


 胸が痛む。


「嘘だってわかった。全部私の好みに合わせて偽りの彼氏を演じてくれていただけ……、そうだとわかったんですけど、でも……嫌いに、なれないんです」


 香織は苦しみながらも絞り出す。


「好きだったから……。そう簡単に嫌いになれないんです」


 いつまでも巣食うものに香織はどうすればいいのかわからない様子だ。

 初恋。

 それは彼女にとってそれほど大きなものなのだろう。


「返して……」


 香織は初めて口にする。

 年相応の後輩らしく、わがままな子供のように。


「私の初恋……返してよぉ」


 陽菜の胸で顔をうずめて泣く香織の背中をさする。


「待ってて」


 陽菜は言う。


「わたしが香織ちゃんを苦しめているものをぶっ壊してあげるから」





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