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3話 女子高生、チンピラを相手取る

「ですから当店舗は全席禁煙でして」

「いやいやあり得ねえって。だって前に来た時、煙草オッケーだったぜ?」

「ここは半年前に喫煙席はなくなり、全席禁煙席となったので、お客様はその時に来られたのだと……」

「知らねえし、聞いてねえよ」


 まさにチンピラ然とした男が横柄な態度でテーブル席に座り、文句を言っている。

 罵られるようにして文句を言われているのはまだ若い女子店員だ。


「灰皿くらい奥にあんだろ。持ってこいよ」

「いえ、ですから禁煙なので」

「ああ?」


 メンチを切られ、委縮してしまう女子店員。

 三人の強面の男性客に凄まれればだれだって恐怖を覚えるだろう。


「嫌な時に来ちゃったわね」

「あの店員さん可哀想」


 注目の集まる光景に目をやり、麻衣と夕莉は気分を害しているようだ。

 美味しいパフェを食べて幸せな気分であった陽菜も同様の気持ちだ。

 ひとつ挟んだ席のため、なおさら居心地が悪い。


(ここでも似たようなことがあるもんなのね)


 陽菜は辟易とする。


 冒険者御用達の居酒屋なんかではしょっちゅうあった。

 お客様は神様だと言わんばかりの態度で、店員をいびる。

 しかも狙ったように弱い者を。


(ああ、もう……)


 怒りが込み上がってくる。


 以前までの陽菜は気持ちこそ芽生えるも行動に移すようなことはしなかった。

 異世界に召喚された当初もそうだった。

 しかし。

 異世界に行き、心身ともに強くなった陽菜は――


「え、ちょっと陽菜!?」

「わわ、陽菜ちゃんっ!?」


 突如、席を立った陽菜をふたりは目を丸くして見送る。


「て、店長を呼んできますので」

「いいよ、もう。おい、携帯灰皿あったろ。それでいいや」

「うす」


 正面に座る痩せた男が大柄な男の指示に応え、携帯灰皿を出す。

 煙草を吸うことのできる環境が整うと、煙草に火をつける。


「だ、駄目ですって。他のお客様の迷惑になるのでお煙草は――」


 ――ぷしゅっと。


 煙草の火が消え、弱々しい煙だけが上空に飛んでいく。


「はっ」「えっ」


 大柄な男と女子店員の声が重なり。

 その視線は――握りつぶされて、火を消された煙草に向けられる。


 多くの注目と驚倒をかっさらった陽菜は言う。


「禁煙」


 でかでかと張り紙に書かれている文字を読み上げる。


 だれもがその少女の行動に驚愕する中、火を消された男も肩を震わせて驚きを隠せずにいた。


「は、はは。お前なにやってんの……? 火、ついてただろ」

「ついてましたけど」

「ついてましたけどって……熱くねえのかよ」

「あの、いま熱い熱くないの話をしたいんじゃありません」


 ずびし、と再び張り紙を指差す。


「ここ禁煙なんですよ。店員さんも言ってましたよね。ルールはちゃんと守っていただけますか」

「いや、だって前来た時は――」

「前は前です。そんなに吸いたいのならべつの場所に行ってください。店員さんにも他のお客さんにも迷惑です」


 言葉に怒りを込める。


 煙草を持つ手はすでに戦意をなくしたかのように下ろされ、仲間の男たちも彼の意思に従うようにして身を縮めた。


「俺はただ煙草を吸いたいっつー、その…………」


 だが大柄の男はすべて言い切る前に周りの視線に気づき、顔を伏せた。


 騒ぎが大きくなったため店内にいるほとんどの者がこちらを見ていた。

 一気に劣勢に立たされた男たちは煙草や携帯灰皿などをしまう。


「おいなんか聞いてた話と違くねえか? ああもうくそ、帰るぞ。おら、お前らも」

「は、はい」


 逃げるようにして男性客たちは陽菜の横をとおり過ぎ、店を出ていく。


「あ、ちゃんと店員さんに謝ってから――って行っちゃったよ」


 多少の不満は残るものの、当初の目的は果たすことができ、一安心する。


(ってわたしなにやってんだろ。平和な日常を求めていたのに……)


 だがこのまま事が大きくなっていたら、だれかが怪我を負っていたかもしれない。それを未然に防げたのだからよしとしよう、と陽菜が前向きに考えたところで「あの」と後ろから声をかけられる。


 振り返ると女子店員が顔を明るくさせて腰を折った。


「ありがとうございました」


 丁寧なその姿勢に陽菜は手を横に振る。


「いえいえ。それよりも大丈夫でした? ああいうお客さんは手を出してくるかもしれないですから気をつけたほうがいいですよ」

「わたしは大丈夫ですけど――あ、お、お客さん……手! 手は大丈夫ですか!?」

「手?」


 言われて、ああこれかと先ほど握りつぶした掌を見つめる。


「あれくらいなら大丈夫ですよ。ちょこっと熱いなあくらいでしたし、こんなの治癒魔法でぱぱっと回復っと――ああ、できないんだっけ……ん」


「え……」


 異世界生活の名残でできるはずもない治癒魔法を自身にかけた陽菜の掌についていた火傷の跡はすっかり消えていた。


「消え、た……?」


 女子店員さんの声など陽菜は耳を傾けている場合ではなかった。


「はは、やってくれたね、あの嘘つき国王……」


 乾いた笑い声と恨み節が店内に落ちた。



――――



「陽菜、本当に跡になってないの?」

「うん、なんか運が良かったみたい。あは、あははは」

「火傷のこともそうだけど、あんな怖い人たちに向かって行って。私、冷や冷やしたよ!」

「ごめんごめん」


 帰り道。

 いろいろとあったが、三人がなにかしたわけではなかったため、会計を済まして店を出ていた。とはいえ、助けた女子店員や店長などから散々お礼を言われたり、お代をサービスするなど言われてあのあとも多少の滞在をさせられたが、時間も遅いからと言ってようやく解放されたところだ。


「だって居ても立ってもいられなくって」


 がしがしと髪の毛をかきながら言う。


「ほら、あの店員さんだって困ってたし、他のお客さんだっていい気はしてなかったじゃん。それに麻衣や夕莉も嫌だったでしょ。だからなんとかしたいなあって」

「なんとかって……陽菜ってそういうタイプだったっけ?」


 疑惑の念を向けられ、陽菜はバツが悪く、顔を逸らす。


(ほんと、わたしってそういうタイプじゃなかった)


 異世界に行く前の陽菜は八方美人の事なかれ主義者。

 友人たちにどう見られているのか定かではないが、自分ではそんなふうに思っていた。


「まあほら、わたしも高校二年生になったわけだし? 変わらなきゃなあって」


 苦しい言い訳をし、この話題から逃げるように先を急ぐように歩く。

 ふたりは走って追いつき、ずっと引っかかっていたのか、陽菜の顔を覗き込んで言う。


「ねえ、陽菜。……ちょっと老けた?」


「え……?」


 ぴたりと足が止まる。


「いや、老けたっていうか、大人っぽくなったというか」

「私も思ってた。なんか陽菜ちゃん、パフェ食べた辺りから大人っぽくなったなあって」


 麻衣の意見に夕莉も同意する。

 今度はふたりからじろじろと見られる番だった。


「陽菜って私よりも背、低かったはずなのに……一緒くらいじゃない?」


 自身の頭と陽菜の頭を比べる麻衣。


「おっぱいも大きくなってない? なんかきつそうだよ?」


 膨らんだ胸部に心配げな目を向ける夕莉。


「…………」


 どう説明していいかわからない陽菜は黙ったままだ。


(どうしようどうしよう。3年間異世界行ってましたー、てへぺろって言って信じてもらえるはずないし、でもいまのこの成長した状態を誤魔化すことなんてできないしー)


 3年間。

 中学生が中学を卒業するように。

 高校生が高校を卒業するように。

 なかなかに長い期間だ。

 いくら成長のピークをすでに迎えていたとはいえ、まだ成長過程である。

 指摘された身長や胸、それこそ顔なんかも変化する。


 ずっと一緒にいればその変化はさほど気にしないものの、一瞬で変わればべつだ。


(あのくそ親父のせいだ。あれほど念を押したのに、なんで普通の状態に戻してくれないのよ。てかさっきのやつも異世界にいた頃の能力まんまじゃん。治癒魔法使えちゃったよ)


 普通の女子高生をしたかったのに。

 以前までとなんら変わらない生活を望んでいたのに。


(最悪だ……)


 絶望に打ちひしがれるようにふたりの視線から逃れようとするが――


「陽菜も成長したってことね。気づかないうちに大きくなってたのか」

「うんうん。陽菜ちゃんおっぱい大きくなりたいって言って努力してたもん」


 隣に並んだ友人ふたりから温かい言葉をかけられる。

 なんにも疑わずに受け入れてくれた彼女たちが愛おしくて仕方ない。


「って、また泣きそうになってるし。え、なにどうしたの陽菜」

「陽菜ちゃん、ほらティッシュだよ。ちーんってしてちーんって」


「頑張って帰ってきてよかったあああ」


 3年間異世界に行っていたけれど、やはり変わらずにあるものはある。


 御巫陽菜、女子高生、19歳。

 心身ともに強くなり、チート能力も持って地球に帰ってきてしまった少女。

 それでも平和に普通の生活をしたいと思います。


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