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29話 女子高生、まさかの再会をしてしまう



 よく行くデパートの洋服屋。

 陽菜の目の前でファッションショーが繰り広げられる。


「どう、お姉ちゃん」

「うん、いいと思う」

「そう? でもこれ意外と中の生地があったかくてこれから暑くなるからあんまりって感じなのよねえ」

「…………」


「ま、いいや。次次」と妹の里菜が再び試着室のカーテンを閉める。


(なんでわたしが付き合わなきゃいけないのよ)


 日曜日の昼下がり。

 昨日、買い物袋をほっぽって後輩と長く話し込んだことで里菜は少々お怒りの様子だった。そのお許しをもらうため、彼女の買い物に付き合っているのだが。

 長い。

 やたらと長い。

 女子の買い物ってこんなんなのと女子の陽菜は億劫で仕方なかった。

 ちょろっと出かけて、ささっと選んで買って終わるものだと油断していた。


(これが女子なのね……)


 しかし陽菜とて女子高生。

 ピッチピチではないが、女子高生。

 前まではあちら側にいたのだが、いかんせん異世界にいた期間が長すぎたのでもはや遠い昔のようだ。こんなふうに余暇時間が多く取れなかったし、おしゃれな店など王都くらいにしかなかったのでもうなんかどうでもよくなってしまっていた。


(おしゃれしてもどうせ汚れたし)


 だったらしなくていいじゃないかと思うようになり、やめたのだ。

 だからこうして付き合わされるのは、正直面倒と思っている。

 が、昨日のは陽菜が悪い。

 なんせあれは普通の女子では相当きつい重さのものだったから。


「どうお姉ちゃん」

「うん。可愛いよ」

「だしょー」


 うん。けれど、先ほどからずっとそうなのだが。

 おしゃれわっかんない。

 服とか小物とか、靴とか諸々わからなくなってしまった。

 女子として、致命的ななにかを異世界でなくしてしまった陽菜なのだった。



――――



 あれから二時間近くかかってようやく終わり、デパート内にある喫茶店に来ていた。

 ゆったりとした音楽が流れ、木目調に統一された店内はとても落ち着いた雰囲気だ。

 お昼過ぎだが、人気店ともあってそれなりに混んでいた。


「お姉ちゃんは買わなくてよかったの?」

「うん。家にあるし」


 テーブル席に案内された陽菜と里菜はそれぞれパンケーキを注文していた。


「家にあるって、その時期によってトレンドとかあるじゃん」

「は、はあ」

「というか普通に同じ服ばっかだと飽きるし、他の人にだっていろいろ言われるじゃん」

「言わせておけばいいのに」

「馬っ鹿じゃないの!? おしゃれに疎いと置いて行かれるの! モテないし、モテないし、モテないのー」

「そればっかね」


 男の子にしか興味のない妹に適当に返してからパンケーキを食す。


(うわ、美味しい!)


 ふわふわな触感に食べた瞬間、しゅわっと溶けていく柔らかさ。

 パフェ以来の感激だった。

 これも月一で食べに行きたいなと計画を立てる陽菜に、里菜は呆れたように言う。


「だからお姉ちゃんはモテないの」

「余計なお世話ね」

「おっぱいだって大きくなったんだから、いまのブラだとあれでしょ」

「……まあ」

「自分に合ったやつじゃないと駄目だって聞くよ」

「今度ね。今度買いますから」


 ずいぶんとずぼらになってしまっている陽菜は、行く気の感じさせない取ってつけたようなことを言う。今度買うとか今度遊ぶとかは大抵しないのは相場が決まっている。


「というか昨日の赤司総士さん。ほんとなの? 何人もの女の子と付き合っているって」

「ほんと。昨日言ったでしょ。わたしの後輩の話。それがそうなの」

「はあ、なるほどねえ。よかった。わたしは一回だけ遊んだだけで」

「そうよね。一回だけでよか――はあ!? 遊んだってデート!?」

「べつにデートじゃないし、ふたりっきりでもなかったから」

「あ、そう」


 なんてことのないように言われてしまう。

 しかし陽菜にとっては衝撃的と言っても過言ではない。

 たった一度助けられただけで会って遊ぶ――なんていうかもういまどきの女の子はすごいなあと感心してしまう。


「でも、うん。あの人はないね。……お姉ちゃんに話を聞いたから思っちゃうだけなのかもしれないけど、なんかあの人って掴みどころがないというか、胡散臭いというか」

「ふーん、そうなんだ」

「確かに優しいし、超いい人なんだけど、それがもう完璧すぎていて逆に怖いというか。いまいち言い方がわかんないけど、わたしたちのことを思ってやっているというよりかは、こうすれば落ちるってことをわかってやっている、みたいな?」

「ま、あの人は女の子には慣れているからそうなのかもね」

「それもそうか」


「もう会う気もないし、友達にもやめておきなって言ったから関係ないけど」と里菜はどうでもいい人のように言い、小さな口にパンケーキを運んでいく。

 陽菜もこの話題はあまり広げたくなかったので食事をして紛らわすことに。


「おう、ふたりだ」

「では、お席へご案内しますね。こちらへどうぞ」


 野太い声と同時にカランコロンと入店の音が鳴る。

 かつかつと床を踏む音が近づいてくる。

 おそらく陽菜たちの後方の席に案内されているのだろう。他の場所はもうすでに埋まっている。

 特に意識するわけでもなく、ちらっと顔を上げてお客さんを視界に入れる。


「まったく、この前のやつは俺たちのせいじゃ――ん」

「……あ」


 その人と目が合った。

 忘れもしない。

 なぜならこの男の人は陽菜が異世界から帰還して楽しい雰囲気をぶち壊したチンピラだったから。


「おい、ズラかるぞ」

「え、あのっ、お客様!?」


 回れ右をして客である男ふたり組は店内から出ていく。

 なにが起きたのかわからない店員と里菜を含めた客たち。


(なんかすっごい嫌な感じっ)


 ひと悶着はあったが、そんな目を合わせただけで逃げられると陽菜だって傷つく。


「ちょっとごめん」

「はっ、え、お姉ちゃん!?」


 陽菜はパンケーキを半分近く残して、彼らを追うようにして店内を出た。

 逃げ足の速い彼らはほんの数十秒だというのに、結構な距離のところにいた。

 だが、異世界帰りの陽菜の速度には敵うはずがない。


「どへえ」


 デパート内に響き渡るくらいの声量で驚き、尻もちをつく。

「ちょ、大丈夫っすか」と痩せた男が大柄な男に駆け寄る。


「ちょっと。いきなり逃げるなんてひどくないですか」

「待ってくれ。今日は俺たちなーんもしないって」

「や、なんもしないって……。なんですか。今日じゃなかったらするんですか? また煙草を吸って迷惑かけるとかそういう」

「あれは、前回のやり口なだけで、毎回するわけじゃあ」

「はい? なに言っているんですか?」

「――い、いやなんでもねえ。なんでもねえから。とにかく俺たちはもう行くから」


 失言だとばかりに口元を塞いだ男を、逃がすわけがなかった。

 彼の肩に手を置き、少しだけ力を入れて言う。


「どういう意味ですか?」

「言う言う! 言うから手をどけてくれ!」


 肩を抉るような勢いだった。

 本気で痛がっている様子だったので、すぐに手を離してあげる。

 逃げられないように警戒を怠らずに。


「俺たちはただ頼まれてやっただけに過ぎないんだ」

「頼まれてやったってどういう意味ですか?」

「そのまんまだよ。俺たちが絡んだ店員いただろ? あいつを困らせるようにって依頼でよ」

「香織ちゃんを? どうして……、一体だれが?」


 言い淀む男だったが、肩の痛みを思い出したのか、観念したように言う。


「俺たちは高田組っつー、とこに属しているんだが、夜の店といろいろと繋がっていてな。用心棒の役割であったり、客を寄越してくれたりな。……そんでまあ、そこのオーナーの息子に定期的に頼まれるんだよ。特定の女を適当な理由をつけて困らせるようにって」

「どうして」

「その息子が助けるためだ。そうすれば、女を助けたヒーローになれる。するとどうだ、ほぼ間違いなく女は惚れるだろ? そうでなくても女と繋がることができる。そっから時間をかけて落とすことだってできる。つまりはオーナーの息子の女づくりに駆り出されたってわけだ」


 滔々と語る男だったが、陽菜の頭にはある人物が浮かんでくる。


「オーナーの息子さんっていうのは」


 男は言う。


「赤司総士っつー、ガキだよ」






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