27話 女子高生、妹にもっともなことを言われる
衝撃の連発であった一週間を終え、土曜日を迎える。
花澤香織の超絶イケメン彼氏に助けられて仲のいいところを見せられたかと思えば、そいつの本性はただの下衆野郎で、そのことを伝えるも香織は別れることはせず、陽菜が嫌われてしまう結果に。
(どうすればいいんだろう)
説得とは言っても、もうできることなどないに等しい。
香織は赤司総士という男にぞっこんしている。だからなによりも彼のことを信じてしまっている。そんな彼女になにか言ったところで耳を傾けてくれることなど難しい。それはすでに検証済みだし。
「はあ」
椅子に背もたれを預け、天井を見上げる。
勉強机に向かって悩むこと数時間。なにをするわけでもなく、ただ唸ったりため息をついたりを繰り返している。
「お姉ちゃーん」
扉の外から妹の里菜の声がする。
「なにー?」
億劫そうに答えるとガチャリと部屋を覗かれる。
「なにしてんの?」
冷めた瞳を姉に向ける妹。
休日に部屋にこもってだらしない格好で呆然となにをするわけでもなく椅子に座っていればそういう目で見られるのも無理はないだろう。
「んーまあ勉強とかかなあ」
「机になにも出してない人がよく言うよ」
首だけを動かして応対する陽菜に里菜は呆れたようにずかずか奥に入ってくる。
「なーに? お姉ちゃんに構って欲しいの?」
「ちっがーう。お母さんから連絡来て、夕飯の買い物行ってきてだって」
スマホの画面を見せられ、母とのやり取りが映されている。
今日は休日出勤で、両親ともいない。こういったように姉妹水入らずで朝、昼と過ごすこともいままでに多くあった。
「どうせすることもないんならお姉ちゃんも行こー」
「んー、わかった」
のんびりとした口調で言い、陽菜はそのまま部屋を出ようとする。
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん。そんな格好で行かないでよ」
だるだるのシャツにジャージというザ・部屋着の陽菜。
出かける予定もなかったのでずっとこんなので過ごしていた。
「もう、お願いだからちゃんと着替えてー」
「はーい」
どちらが姉なのかわからない姉妹だった。
――――
白のタートルネックニットにブラウンのパンツというそれなりの格好をして買い物を終える。
すでに空は茜色に染まり、陽菜たち同様に買い物帰りの奥さんが見受けられる。
(わたしって普段こういうの着てたんだっけ?)
タンスに入っていたものを適当に取って着てきたのだが、女子の感がなくなっていたためどんなものを着ればいいか忘れてしまっていた。異世界じゃあガッチガチの防具とか動きやすい服装が多かったため、おしゃれなど頭の片隅に追いやられていたのだ。
まあ以前からおしゃれであったかはべつである。
「里菜、重い?」
隣を歩く里菜が陽菜についていこうと一生懸命にしているのを見て言う。
「ちょっとね」
「買いすぎたもんね」
週末ということもあって家にはあまり食材がなかった。そのため、頼まれていたもの以上に買い込んでしまったのだ。飲み物とか、お菓子とか。……母がいないから制限がつかなかったので。
「持ったげる」
「ええ、いいよ。お姉ちゃんだって重たいの持っているし」
「いいからいいから」
ひょいと里菜が片手に持っていたスーパーの袋を取り上げる。
これで陽菜の右手にはふたつ、左手にはひとつ、里菜は両手でひとつ持つことになった。
「なんかすごい涼しい顔で持つね。重くないの?」
「全然? ただ両手塞がっちゃっているなあってくらい」
「そ、そう? お姉ちゃんってそんな力あったんだ」
妹は姉の知られざる筋力を垣間見て、引き攣った笑みを浮かべた。
「てか、お姉ちゃん。朝からなにやってたの?」
「んー、後輩が彼氏とどうやったら別れられるか考えてた」
「鬼畜!?」
「鬼畜なのはわたしじゃないから」
仰天する里菜に陽菜はげんなりとしながら言う。
スーパーの帰り道。店が立ち並ぶ中、ちょうど『フランジェール』が見えてきた。中を見てみるも今日はどうやら香織は出勤していないようだった。
「っていう感じでその彼氏がやばくてね」
「なにそれ最低! 絶対別れたほうがいいよ!」
簡単にこれまでの経緯を説明すると、里菜は憤る。
「だから一刻も早く別れさせようとしているんだけど、うまくいかなくて」
「ぬるいよお姉ちゃん。そういう時はぶん殴ってでも正気に戻さなきゃ!」
「ぶん殴るって、あなたね」
「じゃあなに? その子は彼氏が何人も彼女いることに理解示しているわけ?」
「理解、は示していないと思うけど」
「だったら殴るなり蹴るなりしてこっちに引き寄せなきゃ駄目じゃん!」
物騒なことを口にする里菜に陽菜は冷静さを崩さない。
「殴って蹴って、そうやって物理的に傷つけて強制的にこっちに引き寄せることは望んでいないの。わたしはあくまでも自分で気づいてもらおうって思って――」
「わかってない! お姉ちゃんはわかってないよ!」
里菜は言う。
「それでその子が心に傷を負ったらどうするの?」
胸を衝くような言葉だった。
傷ついて欲しくない――悲しんで欲しくないと願っていたのに。
正論をぶつけて、綺麗な言葉を並べていただけに過ぎなかった。
憤って我を忘れていたのかと思ったが、里菜のほうがずっと香織のことを考えていた。
「まあ殴るとか蹴るとかは言いすぎたけど、それくらいの思いをぶつけなきゃ駄目でしょ。恋愛で傷つくと女の子はずっと心に残るものだからね」
恋愛素人のくせに一丁前に語るが、間違っているとも思えない。
「お姉ちゃんが一日中悩むくらいなんだから仲いい後輩なんでしょ? じゃあなおさら頑張らなきゃ」
「うん、そだね」
ずんずんと先へ先へと進んで行く里菜に陽菜も小走りで追いつく。
と、そこで里菜が足を止めた。何事かと思って彼女が見つめる先を見やる。
反対側のとおりの自販機の前。
そこにはある男女のふたり組がいた。
「あれ、あの人」
「あーなに、知り合いな――」
の、と聞こうとした陽菜は唖然としてしまう。
なぜならその人物は話題に上がっていた――赤司総士、だったから。
「やっぱり彼女持ちじゃーん。あんな思わせぶりなことしてー。友達にも言っとこ」
なにやらスマホを取り出して操作し始める里菜。
しかしそんな妹の行動などどうでもよかった。
(また、他の女の子とイチャイチャして……っ!)
前回の子とも違う女の子と自販機の前でなにやらどれにするか選びながらいちゃついている。陽菜たちとの一件がなにも彼の心に響いていなかったことに、根っからのものなのだと知る。腹を立てるのもお門違いなのかもしれないが、やはり怒りは押し寄せてくる。
「なにお姉ちゃん怖い顔して」
「むかつくから」
「なんでまた……? なに、まさかお姉ちゃんもあの人に助けられたとか?」
「助けられた? うん、助けられたけど……って、お姉ちゃんもってなに?」
妹の存在を忘れるくらい怒り心頭だった陽菜は、いかんいかんと睨むのをやめる。
「だからあの人。塩顔イケメン。前に言ったじゃん」
「塩顔イケメン……、あっ! 確か前に里菜を助けてくれたった言ってた人?」
「そ、その人があれ。確か名前は……」
「赤司総士」
「そうそう――ってなんで知っているの? やっぱり助けられたってほんとなの?」
里菜から追及が飛ぶが、再び彼女の存在が頭から消える。
(なるほどね。いろいろな女の子を助けては虜にしようってのがあなたの目論見ってわけね)
ハーレムが成り立つ所以がわかった。
そうやって心証を良くして、仲良くなって相手から告白されるのを待つ。
くだらないが、実際香織や里菜なんかもメロメロになっていた。
「やっぱ無理」
一発ぶん殴りたくなった陽菜は拳を握る。
「――――」
と、そこで横断歩道を目指そうとした陽菜の視界にある人物が映った。
「なん、で……」
いや、なんでもくそもない。
いるだろう。
いてもなんら不思議ではないだろう。
だってここは。
「香織、ちゃん」
花澤香織――彼女のアルバイト先の近くなのだから。
きっと彼女は休日で朝から夕方までとかそういうシフトだったのだろう。
ちょうどアルバイトが終わって、帰宅するところだったとしたらいてもおかしくない。
「――――っ」
陽菜の声に反応し、香織は一直線に走り出してしまう。
「待って」
「ちょっとお姉ちゃん!?」
「ごめん、荷物持って先に帰ってて」
「いや持っててって――重たっ!?」
里菜からの制止を振り切って陽菜は香織を追いかける。
買い物袋もすべて押しつけてひた走る。
(香織ちゃん)
ひとりにしてはいけないと、そう強く思ったから。




