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26話 女子高生、辛い言葉を受ける



 ――きっと大丈夫だ、そう思っていた。

 花澤香織ならば信じてくれて、わかってくれると。

 しかし彼女から返ってきたものは、耳を疑うものだった。


「別れないって……わたしの話聞いてた?」


 陽菜はもう一度香織に聞く。


「はい。私は別れる気はありません」


 動じた様子もなく、悩む素振りも見せず、香織は答えた。


 翌日の昼休み。

 伝えるなら早いほうがいいだろうと、香織を中庭に呼び出した。

 一面緑の床に草花が彩を添える中、ベンチに腰をかけるふたり。


「あの人は、たくさん女の人と付き合っているの。しかもその子たちに順位までつけて。香織ちゃんにだって……。そんな最低なことしている人なんだよ」


 陽菜は言う。

 昨日のあの最低な下衆野郎のことを。


「どうでもいいって言ったんだよ。……香織ちゃんのこと、どうでもいいって。しかも告白してきたのは相手で自分はべつにみたいなことまで言って。あの人は香織ちゃんのこと好きでもなんでもないんだよ。ただちょっと好みだから付き合っているだけ。キープしている彼女の内のひとり。そんなことを悪いとも思っていない人となんか香織ちゃんが付き合い続ける必要ないよ」

「陽菜先輩」


 静かに呼び、興奮気味の陽菜を圧するように香織は言う。


「どうしてそんなこと言うんですか」


 発せられた声音こそ穏やかだが、怒りと悲しみが込められていた。


「応援してくれていたじゃないですか。アドバイスだってくれたのに、どうしていきなりそんなでたらめ言うんですか」

「でたらめなんかじゃないよ」

「じゃあ証拠はあるんですか。総士くんが他の人と付き合っているっていう証拠は」

「……それは、ないけど」

「でしたら勝手なこと言わないでください」


 ひどく辛そうに身体を震わせる。


「もしかしてこの前助けられた時に総士くんのことを」

「違うよ。そんなんじゃない」

「じゃあどうして私と総士くんを別れさせようとするんですか」

「だからあの人は本当に最低な人で――」


「なにも知らないくせに!」


 初めて香織が声を上げる。

 優しい彼女からは想像できない憤りの感情が露わになる。


「総士くんは視野が広い気遣いの達人です。この前も電車で年配の人が乗られた時に率先して席を譲っていました」


 わかってもらうように。


「総士くんは曲がったことが大嫌いな正義感溢れる人です。店の順番待ちをしている時に横入りしてきた人を注意して、他のお客さんや店の人を助けてくれました」


 知ってもらうように。


「総士くんは優しさの塊です。私がその……生理で辛い時とか、言わなくてもお腹をさすってくれたり、身の回りのことをやってくれたり、トイレとか気にかけてくれたり、デリケートなことなので深くは聞かずにただ『大丈夫?』って声をかけてくれました」


 自慢するように。


「総士くんは真面目なところがあるんですけど、時折お茶目なところもあって可愛いんです。責任感が強くって、任された仕事は最後まで貫いて……でもそういう無理しているところはだれにも見せない、そんな強い人です。勉強を教えるのがうまいですし、運動も私に合わせてくれるし、いろんなことやいろんな場所を知っていて、いつも私を楽しませてくれる」


 そして陽菜を軽蔑するように一瞥する。


「そんな……そんな私の大好きな人を悪く言う陽菜先輩は、嫌いです」


 香織の声は震えている。

 きっと彼女は『嫌い』などという言葉を使うのに抵抗があるのだろう。それもお世話になった陽菜相手にならばなおさらだ。

 けれどそんな彼女がすべての葛藤を振り切って言った。


「もうお話は以上ですか?」


 ベンチから立ち上がる香織。

 それはもう陽菜とは会話をしたくないという意思表示であった。


「それでは」


 地面を踏みしめる香織の足取りは強く、それでいて苦しそうであった。

 小さくなる背中。

 信頼からの裏切り。

 きっと彼女にはそのように感じさせてしまったのだろう。


「なにやってんのよ、わたしは……」


 陽菜は香織がいなくなった中庭で自分の過ちを悔いるように声を落とした。



――――



 午後のホームルームが終わり、下校となる。


「そっか。駄目だったか」

「すごい好きなんだね」

「うん」


 香織の説得に失敗したことを麻衣と夕莉に報告すると彼女たちは残念そうに目を伏せた。

 ふたりとも香織とはもう先輩後輩という間柄では収まらないくらい仲良くなっているため、他人事のように思えないのだろう。


「私たちからも言ってみようか?」

「ううん。麻衣と夕莉まで香織ちゃんとギクシャクしちゃうのもあれだし。それに香織ちゃんの意思は固そう」

「でもなにもしないっていうのは」

「そんなことないって!」


 麻衣が痛ましそうにしているのを見て陽菜は笑いかけて和ませる。


「でもどうするの? 香織ちゃん、これからも付き合っていくんだよね?」

「うん、たぶんね」

「そんな……」

「いまは無理かもしれないけど、これからも香織ちゃんには伝えていこうと思う」


 後輩の身を案じ、夕莉もいつもの調子を出せず、元気はない。

 根気よくやっていくことを伝えると、ふたりは不安げに顔を見合わせた。


「でもそんなことしたら」

「嫌われるだろうね。でも何度嫌われようと、強い言葉を言われようと、わたしは諦めない。香織ちゃんには悲しい思いをさせたくないから」

「陽菜……」

「ほら、ふたりとも。今日は塾と部活でしょ!」


 気を取り直させようと手を叩いて明るく言う。


「頑張ってきて! わたしはどう説得しようか考えるから。行った行ったー」


 陽菜の席に集まってくれたふたりを追い返すように手をひらひらと振る。

 時間も迫っているせいか、彼女たちは後ろ髪を引かれる思いで一歩踏み出す。


「わかった。でも私たちも思いは一緒だから。いつでも協力するよ」

「うん。今度は失敗しないようにいろいろ作戦考えようね!」

「ありがと」


 嬉しいことを言ってくれたふたりは、教室を出ていく。

 残った陽菜はひとつ息を吐き、髪の毛を掻く。


(ふたりの手前、あんなこと言ったけど、正直無理。あの言葉はきついって)


 嫌い。

 その言葉が陽菜の胸に深く突き刺さった。

 仲良くなってから日は浅いが、すごく大切で大好きな後輩だ。そんな彼女から言われてしまえばさすがの陽菜でも堪えてしまう。


「結局、別れないんだって」

「ふえっ!?」


 真横からの声にすっ転びそうになる。


「ご、ごめん。いきなり」

「や、こっちこそ。びっくりして」


 ずっと寝ていた楠木凛太郎だ。下校時間となり、起きたのだろう。それでたまたま麻衣たちと会話をしているのを聞き、説得がうまくいかなかったことを知ったというところだろう。


「まあいろいろあるから」

「うん。……ほんとに」


 そこで会話が止まる。

 なにか言って間を繋ぐ気力もなかったため、陽菜は凛太郎の言葉を待った。


「……じゃあ、僕は」

「あ、うん」


 ですよね!

 わかってたよ! わかってましたよ!

 なにかあるかと期待していた自分を追いやり、頑張って笑顔を作る。


「恋愛とかよくわかんないけど」


 荷物を持ち、帰る準備の整った凛太郎は最後に言う。


「僕はあの人からあまりいい感じは受けなかった。……だから御巫さん、頑張って」


 もともと見えにくいというのにさらに顔を伏せて凛太郎は足早に帰る。

 彼なりの励ましだったのかもしれない。

 麻衣と夕莉との会話から陽菜があまり元気がないのを知ったから。


(なんて、違うか)


 ここにいてもなにも思いつかないので帰ろうかとした時だった。


「おい、御巫陽菜」


 牛島陸也が真正面に腕を組んで立っていた。

 こういう登場には慣れた。


「牛島くん。どうかしたの?」

「い、言ったのか? 花澤とやらに、あの男と別れるよう」

「ああ、うん。でも駄目だった」

「はあっ!? なんでだ!」


 キレ気味に言われる。


(こっちが聞きたいっての)


 むっとする陽菜。


「わたしの話が信じられないくらい彼のこと信頼していて、好きだってこと」

「はあ、貴様の信頼度の低さには呆れるな」

「…………」

「貴様の矮小さが顕著に出たな。日頃の生活からなっていないんだ、まったく。俺を見習え」

「うっさい馬鹿っ!」

「なっ!?」


 ひどく単調な罵りが出た。

 いや、べつにこの際どうでもいいだろう。


「確かにわたしは説得に失敗したよ。でも、普通そのこと責めます? わたしすっごい落ち込んでいるのに、日頃のなんちゃらどうちゃらって……心配してきてくれたのかと思ったら馬鹿にしてきて。もういいです。牛島くんはやっぱり牛島くんだね」

「いや、べつに俺はそういうつもりで――ちょっと待て御巫陽菜!」


 弁明など聞きたくなかった陽菜は陸也を置いてそそくさと昇降口を目指した。


「だからなんでこうなるんだ……」


 陸也の嘆きは、しかし、陽菜には届かなかった。


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