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25話 女子高生、またしても現実を突きつけられる



 駅のホームの真ん前ではあれだと言って、四人は手前の木々が生い茂る広場へと場所を移した。


「覚えていただけていてよかったです。僕ってそんなに印象薄いのかと心配になりました」

「助けていただいたのに覚えていないわけないじゃないですか」


 陽菜は前に会った時と変わらない態度で応じる。

 ここのところずっと赤司総士のことを考えていたためか、直接相対すると緊張してしまった。


「助けただなんて大袈裟な。僕は少し香織と陽菜さんの力添えをしただけです」

「ご謙遜を……。赤司さんが来てくださらなかったらあのままお金とかいろいろ払わせられるところでしたから」

「ふふ、まあ僕のしたことで救われたのなら幸いです」


 爽やかな微笑が咲く。

 会話だけ切り取れば超絶美少年のそれだが、裏の顔を知ってしまったため上っ面の会話にしか聞こえなかった。


「そういえば赤司さんってここら辺に住んでらっしゃるんですか?」

「いや、僕の家は電車で三駅ほど先のところ。こっちは結構店とかいいところが多くて頻繁に遊びに来るんです」

「なるほど」


 遊びに来る。それがどういう意味を持つのかなど考えるまでもない。

 実際にこの目で見てしまっているから。


「ちなみに今日は……?」

「少し用事があって」

「そうですか」


 言葉を濁す総士に不信感は増すばかり。


「ところでそちらのおふたりは、陽菜さんの高校の?」

「はい、同じ高校の……友達、です」


 関係性を説明すると牛島陸也が「おい、俺たちは友達だったのか?」と変なところを気にされる。


「え、違うの?」

「……ああ、まあどうしてもそういうことにしておきたいのであれば――」

「ごめんなさい。ひとりは友達ですけど、こちらはただのクラスメイトです」

「おい! 御巫陽菜! なぜ距離を遠ざけるような訂正をした!?」

「だって嫌そうだったから」

「べ、べべ、べつに嫌とかじゃないし」


 なんなんだこいつは。

 陽菜は面倒くさげな表情となる。


「ははっ。まあふたりとも、仲がいいってことはわかりました」

「よくないですから」


 誤解されたまま有耶無耶にされ、総士は朗らかに言う。


「陽菜さんたちはこれから遊んだりするんですか?」

「特には。みんな道もべつだったので、これで解散って感じでした」


 答えるとまたしても陸也が「俺は解散じゃなくても」とかなんとか言っている。放っておこう。


「ならどうです? これから遊びませんか?」

「え?」

「僕の用事は大したものではありませんので。これから帰るだけですよね?」

「まあそうですけど」

「陽菜さんさえよければ、どうですか? もちろんおふたりも」


 答えに窮する陽菜。

 こんな男と遊ぶなど考えられないので普通にお断り……したいところだが、総士には少なからず恩義はあるし、どこかで返さなければならないと思っているので即答できなかった。

 ふたりに判断を委ねようと振り返る。

 楠木凛太郎はあまり乗り気ではないようで、牛島陸也は真剣に考えているようだった。

 前者は想像どおり、後者はどこか意外であった。


「俺は御巫陽菜が行くなら行くぞ」

「わたしが?」

「貴様が行かねば意味なかろう」


 なるほど、一応は知り合いである陽菜が行かなければふたりとも初対面ということになってしまう。これはなかなかにきついものがあるだろう。


「だ、そうですけど。陽菜さん、どうですか?」


 再度問われる。

 こういう役割は本当に嫌だ、と内心で愚痴りながら平時の表情で言う。


「ごめんなさい。今日は難しい、ですね」


 絞り出した返答に総士は残念そうに「そうですか」と声を落とした。


「き、急だったので! 今度! 今度機会があれば!」

「確かにいきなり過ぎましたよね。これからの予定も勝手に決めつけちゃってすみません」

「全然っ」

「では連絡先、交換しましょうか?」


 ありきたりな言葉を続けて、このままフェードアウトしようとした陽菜だったが、相手は建前で誘ってきたわけではないらしい。


「連絡先、ですか」

「はい。連絡先をお互いに知っていれば、今度遊ぶ時に計画を立てやすいですから」


 こちらの了承を待たずして総士はスマホを取り出す。


「あれ、どうしました?」


 固まる陽菜に総士はなにか変な発言をしたのではないかと不安に駆られたかのように頬を掻いていた。


「……えっと、そういうのはちょっと」


 なんとか頭をフル回転させ、妙案を思いつく。


「後輩の彼氏、ですから。……そういう心配はないのはわかっていますけど、やっぱり悪いかなあと」


 ごく自然な断り方をする。

 あまりこういう相手と関わり合いたくないのだ。


「後輩の彼氏……」


 いくら下衆野郎でもこれで陽菜に脈がないことが伝わって諦めてくれるだろうと高を括っていた。しかし、彼は柔らかい口調のまま当たり前のことのように言ってきた。


「べつにいいじゃないですか」

「は……?」


 開いた口が塞がらず、ぽかんとする。


「香織と付き合っているからと言って、なにか支障でもありますか?」


 そよ風が陽菜の頬を撫でる。


「――――」


 きっとそれに気を取られていたからだろう。

 次の彼の言葉を聞き逃してしまった。


「あのいまなんて」


「香織なんてどうでもいいと」


 二の句が継げない。

 彼女のことをどうでもいい呼ばわり。

 香織はあんなにも彼氏のことを思っているのに。


「彼女、ですよね?」

「彼女って言っても香織は……八番目ですからね」

「……は?」

「だから彼女の中の順番です。僕はいまのところ十人とお付き合いしているのですが、彼女の優先度は八番目。という説明でよろしいですか?」


 あっけからんと。

 まったく悪びれる様子もなく。

 総士は言った。


「僕的に陽菜さんは三番目くらいに入る好みの顔なのでできればお近づきになりたいんですよね」

「なにを言っているんですか……?」


 まるで理解できぬ相手に陽菜が恐怖すら覚えていると、


「こんなやつを相手にするな、御巫陽菜」


 陸也がふたりの間に食って入り、陽菜を背に隠す。


「牛島くん……?」

「ひとりの人間を愛せぬ輩など、付き合う価値もない」


 堂々と言い放つ陸也の態度は凛然としていた。


「もしかして、こういうの理解ない人たち?」

「理解もくそもあるか」

「ごめん。いや、いいんです。いままでもそれなりにいましたから」


 陸也の言葉もどこ吹く風と言った様子の総士。


「赤司さん。昨日、女の人とこの近くを歩いていましたよね? あの人は……?」

「ああ、五番目の彼女です。彼女は僕に何人も彼女がいることを理解していますよ。あなたたちと違って」


 嫌な言葉をわざわざ付け加え、間違っているのは陽菜たちだとでも言いたげだ。


「か、香織ちゃんは? 香織ちゃんはこのこと知っているんですか?」

「香織、か。……どうだったかな。べつに隠すつもりはないんだけど、わざわざ説明もしていないんですよね。それで嫌だって言うのなら別れればいいわけだし」


 どこまでもクズな発言をする総士に陽菜は怒りを抑えるように拳を握りしめる。


「ふざけないでください。あんないい子を騙して」

「騙す? べつに騙してはいませんよ。彼女が聞いてこないだけ。……それに告白をしてきたのは彼女のほうですからね。僕はそれに応えたまで。こんなことで離れるようなら離れてくれて構いません。どうぞ、このことを彼女に伝えてください」

「なにをあなたは――」

「ごめんなさい。どうやら呼び出しがあったようで、これから行かなければいけなくなってしまいました」


 スマホの振動を受け、総士はなにやら返信をぱぱっと素早くする。

 呼び出しということは、彼女だろうか。きっと今日も何人もいる彼女の内のひとりと約束があったのかもしれない。どうでもいいが。


「では僕はこれで」


 広場をあとにする赤司総士という男の後ろ姿は清々しいほど気持ち悪かった。


「ふん。やはり俺の目に狂いはなかったな。くだらん輩だ」


 吐き捨てるように言い、陸也は総士がいた場所を睨みつけ、芝生を蹴る。


「ん、なんだ?」

「ううん、なんか意外だなあって……や、違うな」


 こちらを見てきた陸也に陽菜はかぶりを振って、一歩前に出る。


「さっきはありがと。わたしのために前に出てくれたんでしょ?」

「言っている意味がわからんな。俺が御巫陽菜のために? 自惚れるな。ただむかつく男だったから俺がびしっと言ってやろうと思ったまでだ」


 肩をすくめ、素直に礼を受け取ってくれない。

 相変わらずなところは相変わらずなのだな、と陽菜はくすっと笑う。


「はいはい。自惚れでもなんでもいいです。とりあえずわたしは助かりました。ありがとね」

「…………ふん、まあ貴様が勝手に救われた気でいればいい」


 もうこれ以上なにか言っても無駄だろうと思い、総士と会ってから一度も声を発していない凛太郎のほうを見やる。彼はひとり少し距離を取り、木陰に入っていた。


「楠木くんもごめん。変なことに巻き込んじゃって」


 大丈夫だと言うようにふるふると首を振る。


「して、どうするんだ? このことを花澤香織に言うのか?」

「言おうかな。……さすがに言わなきゃだと思うから」

「そうか。花澤も常識人であれば、すぐにあのような男とは別れることを選択するだろう」

「うん。大丈夫だと思う」


 彼女のことを信じて言う。


 そうして三人は最後に言葉を交わして、各々別々の道に進んでこの日は帰宅した。





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