24話 女子高生、別のアプローチをかけようとする
花澤香織の彼氏の浮気発覚から一夜明け。
なんとかしてくそ野郎である赤司総士という男と純情な可愛い後輩を別れさせようと奮闘するもあえなく失敗に終わり、どうしようかと悩み続けていたら授業が終わっていた。
結局なんらいい作戦も思いつかず、ため息が漏れるばかりだ。
「御巫さん、大丈夫?」
「ん?」
体調を気にして声をかけてくれたのは、隣の席の楠木凛太郎だった。
あまり自分から声をかけるタイプではないので、相当やばい状態だったらしい。
「うん。ありがと。でも大丈夫」
「それならいいけど」
というも、凛太郎はまだ心なしかこちらを気にした様子でいる。
心配かけまいとそれらしいことを述べたが、表情には出ているようだ。
「楠木くん」
ふと、その顔が目に留まる。
「超いい子が後輩にいるんだけど、付き合う気ない?」
「はい?」
目が点となる凛太郎だった。
――――
「なるほど。後輩の彼氏になって欲しい人を探していて、それでこの超絶完璧イケメンの牛島陸也に白羽の矢が立ったと」
謙虚の欠片もない発言にもはや尊敬の念を抱く。
「わかるぞ。いい男と考えた時にすぐに俺の名前が出るのは当然。だがそういう感じで付き合うのはどうかと思う。やはり付き合うというのは当人同士が好きであるというのが条件であろう。なのに片方にその気がなければ本末転倒であると俺は思うのだが」
なんかひとりで語りだしている。
「ごめん。なんでこの男を呼んだの?」
「いや恋愛に関して僕は役立ちそうになかったから、恋愛熟練者っぽい牛島くんをと」
「ものすんごい素人臭いんだけど」
「どうだろ? ま、まあ僕よりは経験あると思うから」
それなりの評価をする凛太郎と私情を挟みまくっている陽菜。
現在、このふたりと牛島陸也を含めた三人が並んで下校している。
しかし三人とも帰り道が様々だったのでとりあえず凛太郎が電車を利用するので最寄り駅に向かっていた。それでどうでもいい情報だが、陸也は陽菜の家と反対方向だった。ならなぜこの前、木の陰に隠れていたのだろうか、不思議でならない。
「牛島くん?」
「なんだ、御巫陽菜」
なんでこの人、毎回フルネームでわたしのこと呼ぶんだろう、と陽菜は疑問に思うもいまはどうでもいいかと頭を振る。
「駅方面じゃないなら無理してついてこなくてもいいけど」
「運がよかったな。俺はちょうど駅に用事があったんだ。いやあ、本当によかったな。俺は多忙を極めるため急な用事はお断りしているのだが、方向が一緒とあらばともにしないのも違うだろう」
「はあ、さようですか」
つまり暇人というわけだ。
いや本当に多忙を極めているのかもしれないが。
というかこの人とは普通に気まずい関係なのだが、あちらは平気そうだ。
「して、なぜまたあの女……なんだったか」
「香織ちゃん。花澤香織ちゃん」
「そうそう。その花澤とやらの彼氏を探しているんだ? この前いたやつが彼氏なのだろう」
説明を省いていたため、陸也は疑問に思っていたらしい。それは凛太郎も同様のようで、どこか説明を求めるような瞳で見つめてくる。
「実は、香織ちゃんの彼氏が浮気をしていて……。まだ香織ちゃんはそのこと知らないんだけど。なんとかして別れさせてあげられないかなあと」
「なるほど。やはりあの男、ろくなやつじゃなかったか」
こればかりは陸也の言っていたことが正解だった。
爽やかな優しいイケメンは、とんだ最低男だった。
「それであの男以上のいい男を紹介させる、か」
「うん。だれかいい人、いたりする?」
「……俺という人間が輝きすぎて他にいいやつなど知らんな」
「うん。あの、じゃあ二番目でいいので、だれかいない?」
「二番目と言われても、有象無象の順位などつけてられんからな」
「うん。ねえ、楠木くん、やっぱりどう? 香織ちゃんめっちゃいい子だよ」
「いや僕なんか無理だって」
「そうだな無理だな。貴様と俺とでは天と地ほどの差があるからな」
自己評価の高いこの男をどうにかできないだろうか。
まじ邪魔なんですけど。超うざいんですけど。
口が汚くなってしまう陽菜。
「おい、俺以外にいないぞ。どうする?」
「牛島くん、ちょっと黙っててくれる?」
「御巫陽菜。貴様がいい男はいないかと聞くから俺は正直に答えているだけじゃないか」
「じゃあはい。牛島くんはあり得ません」
「なんだと!?」
「言わなきゃわかんない? あなたにはだれとも付き合って欲しくないの」
「……だ、だだ、だれとも付き合って、とは……付き合って欲しくない、のか?」
「うん」
なぜかしどろもどろになる陸也だった。
(なに、どうしたの? 牛島くんと付き合う女の子とか考えたら普通に可哀想だと思っただけなんだけど)
急に歯切れが悪くなり、「つまり、これは……あいつなりのアプローチ!?」なんかよくわからないことを呟いて立ち止まっていた。放っておこう。
「ほんとどうしよう」
途方に暮れてしまう。
いい案だと思ったのだが、思いの外うまくいかなかった。相談する相手を間違えたのだろうか。……いやこれは凛太郎に失礼になる。原因は他でもない陽菜の交友関係の狭さだ。
「御巫さん。やっぱり無理なんじゃないかな」
「無理って?」
「花澤さんに新しい男の人を紹介して、付き合ってもらうってやつ」
「そう? 結構いいとわたしは思ってたけど」
「話を聞く限りだけど、花澤さん、いまの彼氏のこと相当好きなんでしょ? きっとちょっとやそっとじゃあいまの彼氏と別れることはないんじゃないかな」
「……それはあるかも」
いい策だと思ってすっかりそういった事情を排除してしまっていた。
そうだ、香織はかなり赤司総士に惚れている。それはもう傍目から見てもはっきりとわかるくらいに。いくらいい男が現れようと、じゃあとなるような子ではないこともわかっていたではないか。
「馬鹿だな、わたし」
結果、振り出しに戻ってしまった。
「まあでも御巫さんが花澤さんのことをすごく思っているのは伝わったけど」
「それは、ね」
「ただの後輩じゃないの?」
「え? あー、うん。そうだね。ただの後輩でよく行くファミレスの店員さん」
それ以上でもそれ以下でもない。
偶然助けたという関係で、そのお礼をしてもらったというだけ。
べつになにか大きな借りとか、弱みを握られているとかでもない。
戻ろうと思えば、ただの高校の後輩でありよく行くファミレスの店員という関係に戻れる。それくらいその間にはなにもない。
じゃあなぜだろう。
優しいから? 純粋だから? 可愛いから?
そういうのでもない。
たぶん。
「わたしは、悲しんで欲しくないの」
異世界で何人もの悲しい顔を見てきた陽菜は言う。
「わたしがなにかして助けられるのであれば、わたしは助けたい……ただそれだけ」
自分でも不思議なくらいすらすらと出てきた。
きっとそれは陽菜の心の奥底に根付いてしまっているから。
「こんな理由じゃ、駄目かな」
「いや、全然」
質問した凛太郎は陽菜が答えたというのに、目を逸らす。
やはり彼は人に見られるというのが苦手らしい。前髪も長いし。
「お、おい、俺を置いていくな」
「あ、忘れてた」
ひとりでぶつぶつ言っているから放っておいて歩いていたらずいぶんと距離が開いてしまっていたらしく、陸也は少し息が乱れていた。
「で、結局どうするんだ? 俺が付き合えないとなると妥協に妥協を重ねて、こいつか?」
「だから僕は無理だって」
水を向けられた凛太郎は三度拒否する。
「んー、ふたりともごめん。やっぱ他の方法考える」
付き合わせてしまったふたりに陽菜は手を合わせて言う。
いろいろ考えた末、あまり好ましい方法でないことがわかった。
「そっか。役立たなくてごめん」
「ううん、こっちこそ」
「なるほど。まあこの方法だと俺しかいないから、やむを得んな」
「はいはい。そうですねー」
差がありすぎる対応をする。
「さてどうする? もう駅に着いてしまったぞ」
気づけば、もうすぐそこは駅のホームだ。
人が増えてきたと思ったら、そういう理由か。市役所も近いので人の出入りが激しい。陽菜はあまりこちらには来ないのでなんとも新鮮であった。
「楠木はここから電車だろう? つまり、俺と御巫陽菜だけとなる。…………ど、どうしてもというのなら一緒に……、一緒にどこかへ――」
「あれ、駅方面に用事があるんじゃなかったっけ?」
「そうだったな! ああ、だがいま考えたらそこまで急ぐ必要のものでもないな」
うんうんと頷いている。
なにを言いたいのだろうかこの男は、と陽菜は不思議でならなかった。
「とにかく今日はありがとね、ふたりとも。じゃあわたしはこれで――」
「あれ? 御巫陽菜、さん?」
「え?」
ふたりに別れを告げようとした時だった。
駅の改札をとおって現れたのは、本日の話題に上がっていた人物。
「覚えていませんか? 赤司です。赤司総士です」
花澤香織の彼氏――赤司総士だった。




