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23話 女子高生、後輩の眩しさに負ける



「まさか香織ちゃんの彼氏がうわ――んんんっ」

「シャラーップ!」


 馬鹿な夕莉の口を塞ぎ、店内を回る花澤香織に手を振る。

 ぎこちない笑みをする陽菜と麻衣に対し、彼女からは目一杯の笑みが飛んできた。

 罪悪感で一杯だった。


(なんで。なんであんないい人が……)


 あれから、信号が変わって赤司総士とその彼女と思しきふたりを尾行しようかと思ったが、なかなか信号が変わらず、走って向かうもどこに消えたのか見失ってしまった。

 まだ近くにいるかもしれなかったが、無暗やたらと探しても時間の無駄だろうし、なによりも香織との約束があったため、早々に切り上げて『フランジェール』に入店した。


(異世界での力を使えば簡単に追いつくことができたんだろうけど、ふたりがいる手前、使えなかったし)


 追いついたところで、なにができたということではない。

 ただ浮気をしているという確信を得るだけだ。


(というか、ふたりには黙っているけど一応会話は盗み聞いてたから……まあまあ確信得ちゃっているんだよねえ)


 身体強化のひとつで聴覚を常人の何倍にもして総士と女子生徒の会話を聞いた。

 端的に言って、黒だ。

 真っ黒黒のクロ助さんだ。

 普通に家に寄るとかどうとかの会話をしていた。

 あの密着ようも兄妹だからという理由ではないし、友達だからというものでもなかった。


「ほぼほぼ浮気は確定だろうけど、どうしようね」


 麻衣が議論したいのは、香織に正直に本当のことを告げるかどうかだ。

 本来なら彼女のことを思って、このことを言うべきなのだろうけれど。


「彼氏の浮気を知ったら、香織ちゃん……すごく悲しむだろうな」

「うん」「……そうだね」


 三人の共通してあるのは香織に悲しんでもらいたくないということだ。

 初めての彼氏であれだけ毎日を楽しんでいる。しかも超がつくほどいい子。そんな子を突然崖から突き落とすことなんてできない。


「でもあの男とは別れてもらいたい」

「「ほんとそれ」」


 そこも三人の同意している部分だ。


「ふむ。ここはやはり……さりげなく別れるように持っていくしかない!」

「やったるで!」「それしかないわね」


 全員の意見が一致。

 提案した陽菜だが、夕莉はともかく麻衣まで乗り気になるとは意外だと思った。


(それくらい許せないってことかな)


 浮気をする男など女の敵。それは麻衣も同じなのだろう。


「よし、頑張るぞ!」

「「「おー」」」


 手を重ねて気合いの雄叫びを上げる。

 ……あれ、声がひとつ多くない? 手がひとつ多くない?

 錆びた機械が起動するような音を立てて首を回す。


「あれ、私、入っちゃいけませんでした?」


 首を思いっきり横に振る。

 ……花澤香織がいた。

 当人! 当人がいるよ! と三人で目配せをする。


「あ、あれ香織ちゃん? 仕事はいいの?」

「はい。この時間帯はまだ混まないので」


 そう言うと、厨房の奥から店長が顔を出し、ぐっと親指を立てていた。なるほど、公認らしい。

 そして香織は三人それぞれのところにプリンを置いていく。


「これは私からです。どうぞ、食べてください」

「ありがとう。でも本当にいいの?」

「いいんですって! 私が招待したんですから! どうぞ、皆さん遠慮せず」


 プリンの上にはクリームやスイーツが載せられている。

 月一でパフェを楽しみにしている陽菜だったが、これはデザートでもプリンだと言い聞かせてぱくりと一口いただく。


「「「美味しい!」」」


 三人同時だった。

 噛むとすぐに溶けてしまうぷるんぷるんとプリン。カスタードの濃厚さとさっぱりとしたスイーツが合わさり、まさに最高であった。


(や、美味しいけど!)


 それどころじゃないだろうと我に返り、真剣なそれに戻る。

 さてだれから先陣を切るかと目で会話をし、手を挙げたのは夕莉だった。


「ねえねえ香織ちゃん。最近ここらで噂になっている『カップル狩り』って知ってる?」


 口火を切った夕莉だが、そんな話聞いたことがない。

 つまり、嘘だ。


「え、なんですかそれ」

「なんでも高校生のカップルが霊に憑りつかれて家から出られなくなったとか」

「怖いですね。病気とかそういう?」

「精神的なあれみたい。なんかずっと倦怠感みたいなのが続いたらしくて、なにも手につかないんだって。でも、そのカップルが別れたら突然その症状が消えたんだって」

「その幽霊さんはカップルになにか恨みでもあったんでしょうか」

「かもね。だから香織ちゃんも気をつけたほうがいいよ。……ううん、別れたほうがいい! いますぐに別れたほうが香織ちゃんのため! 連絡取ってすぐに別れを切り出そう!」

「え、え、ええ!?」


 話をでっちあげ、さらには強硬策と言わんばかりの強引さで別れるように促す。

 しかし香織には恐怖心など植えつかれなかったようで、もじもじと指を絡めて言う。


「心配してくださりありがとうございます。でも大丈夫です。きっと彼がその幽霊さんを宥めてくれると思いますから」


 ……お、おっふ。

 眩しくて香織が見れなくなった。


「香織、少し言いにくいんだけど」


 気を取り直して麻衣が仕掛ける。

 かなり真剣な様子で、その表情には翳りが窺える。


「あんたの彼氏って高校三年生なわけじゃない? つまり今年は受験生ってことだよね」

「そうなりますね」

「しかも超名門私立に通っている優等生。きっと志望校もそれなりのところなんだと思う」

「確か、偏差値80を超える難関大学だと」

「やっぱり。……じゃあ、香織もそこに入学するのはどれだけ勉強しなきゃいけないのかも把握しているわけね」

「はい。ずっと勉強しているみたいで、その合間を縫って私と会ってくれているんです」

「……そう。私も高校受験とか定期テストとかで勉強しているけど、恋愛って重荷になる場合がほとんどなのよね。だから私はずっとそういうことはやめてきた。……私がなにを言いたいのかわかる?」

「……私と付き合っていることで勉強が疎かになってしまう、と」


 重々しく綴られる。

 なるほどこれは非常に心苦しいやり方だ。罪悪感を抱かせて別れたほうがいいのではないかと思わせる策など考えついてもやりたくはない。

 しかし香織はそんなこと承知しているようで身体をくねらせて頬を赤く染める。


「私も前に同じようなことを彼に言ったことがあるんです。でも彼はむしろ私がいるからこそ頑張れるって私のことを思って言ってくれて。それを聞いたら、別れようなんて切り出せなくて。……全力で応援しよう。私にできることをしようって考えるようになって、合格祈願のお守りを買ったり、栄養のあるものを作ったりしたら、模試でもいい点数を取れたみたいで。……彼はそういうものを力に変えるタイプみたいなのでその心配はないかな、と」


 ……お、おっふ。

 幸せオーラ全開の香織が見れない。


 最後の砦となった陽菜はふたりから口だけで「頼んだ」とエールを送られる。

 よし。


「知ってた? 香織ちゃん。世の中の男って……ろくなやつがいないんだよ」


 陽菜は言う。

 実際に会った、異世界の男どもの腐ったところを。


「まず態度のでかさね! 自分がどれだけ偉いのか知らないけど、まあ指図してくるわけ。こういう経験則から、こうだって論理づけてくるんだけどまったく意味不明だし、うざい」

「は、はあ」

「あと自分の話ばかりする人! 過去の功績とか武勇伝を知って欲しいのかなんなのか知らないけど、聞いてもいないのにもべらべらべらべら……知るかっての」

「……ええっと」

「それにだらしなさね! 戦ったり、動いたあとなんだから汗びしょびしょで臭いってのに、シャワーも浴びずに普通に接してきたり、そのまま寝たり。疲れているのはわかるけど、それはないでしょ! 女子がここにいるのよ! 女子が!」

「あの、なにを――」

「さらにプライドだけは高いやつ! あれは本当にむかつく。俺なら一分もかからないで倒せたね、とか。あんな雑魚は俺の相手じゃないとかいろいろ言っては戦わないで。で、そういうやつに限って弱いのよね! はん、オークになにびびってんのよ!」

「ひ、陽菜先輩?」

「ほんとまじで嫌だったのが下品な男ね。百歩譲って男の人だけならまだしも女子がいる前で平気でド下ネタ言うんだよ? あり得ないでしょ。それでわたしにも振ってきて、顔を赤くするのを楽しんでるのよ? あれほど殺意湧いた瞬間はなかったわ。それにわたしの下着とか――」


 とそこで陽菜はみんなが静まり返っているのに気づく。

 どうやらヒートアップしてしまっていたようだ。いけないいけない。


「つまり、わたしがなにを言いたいかっていうとね」


 陽菜はゆっくりと言う。


「こっちの男の子は全然マシ!」

「なんの話よ」


 麻衣から叩かれる。

 ……確かになんの話だろう。目的と合致しなさすぎである。


「よくわからないですけど、皆さん今日も楽しそうですねー」


 ニコニコと笑顔で後輩に気を遣われる。

「じゃあ私は仕事に戻りますねー。ごゆっくりー」と陽菜たちのテーブルから離れて仕事へ戻ってしまう。別れさせる作戦も案の定、失敗に終わった。






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