22話 女子高生、現実を知る
(毎日毎日、朝登校してきて教室入るたびに見てくるのやめてくれないかなー)
朝からげんなりと肩を落とす。
ここ最近、牛島陸也とはなにかと接する機会が多いが、そのたびに衝突している。そのため、翌日学校で顔を合わせるのが気まずい。こちらとしては関わりたくないし、関わらないようにしているのだが、相手がそうしてくれない。なぜか毎回見てくるし、なんなら昨日に比べてその視線の鋭さは増しているように思える。
(もう少し、遅くに登校してこようかな)
極力陸也と同じ空間にいないように考える陽菜。
麻衣や夕莉がまだ登校していないため、逃げる口実も作れない。
(入ろう)
教室の扉の前で立ち止まっていたらまたこの前のようなことが起きる。
ゆっくりとした足取りで入ろうとした陽菜の横をひとりの影がとおる。
「あ、楠木くん」
反射的に名前を呼ぶと、楠木凛太郎は後ろを向き、小さく会釈した。
「おはよう」
「お、おはよう」
まだ陽菜に対して距離感のある対応であった。
こういうものは人の性格によるものだし、異性というのもあり、難しいものなのだろうと無理やり納得させる。決して嫌われているからではないとしっかり言い聞かせて。
「……えっと、入らないの?」
「あ、入る入る」
不思議そうに問われ、陽菜は気まずい人がいることを悟られないように努めて明るく振る舞う。
「あの……、なんで僕の身体に隠れるようにして歩いているの?」
「えっ!? いや、なにが!? わたしそんなことしてた!?」
「現在進行形で」
無意識で凛太郎を身を隠す壁として使っていたらしい。
「ええっと……それはね…………、く、楠木くんともっとお近づきになりたいから、かな」
なんとか捻り出す。
苦しいが、そこまで変な理由でもないだろうと堂々としていた陽菜だったが。
「…………」
凛太郎は固まっていた。
「は、早く行こ?」
とてもやらかした感は否めないが、ここで立ち止まっていたら陸也に見つかってしまうので凛太郎に先に行くよう促す。
(こっちのことも考えてよおお)
理不尽だとは理解しつつも、陽菜は謎に急停止した凛太郎のことを恨みがましく見つめる。
なんかやたらと強い視線を感じるも、凛太郎を歩かせるので精一杯だったので気のせいだろうと振り払った。
――――
凛太郎のおかげで朝に陸也の後ろをとおる時の視線はなんとか誤魔化され、本日も無事に学校が終わる。
「てか、陽菜ってここ最近、トラブルメーカーよね」
「はは」
隣を歩く麻衣に言われ、そのとおりだなと乾いた笑みを発する。
ファミレスでのことやクラスでのこと、そして昨日男たちに難癖つけられたこと。これだけ立て続けに陽菜の周りで起きれば、だれだってそう思ってしまうだろう。
「陽菜ちゃん持ってるー。私にもそういう力欲しい!」
下校をともにする夕莉からはせがまれる。
「あげられるものならあげたい」
切に思う。
ただただ平和に過ごしたいだけの陽菜にはいらないものである。
まあ、ほとんど自分から突っ込んでいっているものであるが。
「でもよかったわよ。香織の彼氏さんが助けに来てくれて」
「うん。本当に助かった」
「そうじゃなかったら、陽菜。また危ないことしようとするもの」
「しないって。今回は、普通にお金払うって言って、その場を収めようとしましたー」
「どうだか」
「信じてくれない!?」
「当たり前でしょ。最近の陽菜、いろんなことに首突っ込んでは事を大きくしているから」
「麻衣への信頼度がガタ落ちしてる……」
仕方ないことだった。
こんななにをしでかすかわからない女の言うことだれも信じられるはずがない。
「夕莉いいい! 麻衣があ! 麻衣がわたしを信じてくれない!」
「よーしわかったよ。こうなったら信頼度回復のために……遊びまくろうぜ!」
「いいね!」
「ものすっごくトラブルの匂いがするんですけど」
わいわいとふたりで遊びの計画を練る。
なにか横で遠い目をしている人がいるような予感もするが。
「遊びとかは少し控えなさいよ」
親みたいなことを言う同い年の麻衣だった。いや、年下か。
「でも今日は遊ぶために一緒に帰っているんでしょうが!」
「そーだそーだ」
「遊ぶっていうか、今日は香織のとこにお呼ばれしているだけでしょ」
ファミレス『フランジェール』。
言わずもがな、花澤香織のアルバイト先だ。
今日は昨日のお礼ということで来てくれと陽菜と友人ふたりが招待された。
部活も塾もなにもなかったため、ちょうどよかったのだ。
「そこで今日の課題やるって話だったでしょ」
事前にそう言われて誘われていた麻衣はごく当たり前のように言う。
「やだ、真面目ねえ」
「ほんとに。課題なんてないのに」
「帰るわよ」
「「ごめんなさい! 待ってください!」」
ひそひそと不真面目ふたり組が引き気味で会話していると麻衣が必殺の『帰る』宣言をする。その効果は絶大。ふたりは悪ふざけしたのを謝罪し、なんとか引き留める。
「あんたたちはもうちょっと自分の学力のなさを自覚しなさい」
「「はい」」
馬鹿ふたり組はしゅんとする。
それを見て、はあとひとつため息をつく麻衣。
「まあ勉強の合間にお喋りするくらいならいいけど。一応、香織に呼ばれているわけだし、勉強だけってのもあれだから」
「麻衣優しい」「麻衣ちゃんさすが」
そうして麻衣はふたりにくっつかれるまま、十字路に差し掛かる。
信号機が赤だったため、三人は止まり、麻衣が「いい加減離れなさい」と口にした時だった。
「あれ」
夕莉がなにかに気づいたように声を上げる。
「噂をすれば、あれだよね。香織ちゃんの彼氏が通っている高校って」
横断歩道を渡った先にいたのはふたりの学生。
私立六央高校の制服だ。
陽菜たちが通う八日町高校とはさして遠くはないため、その生徒がいてもおかしくはない。
「私たちみたいにくっついている。仲いいんだねえ」
仲睦まじげに腕を組んでいるふたり。
「仲いいっていうか、あれはどう考えても付き合っているでしょ」
「おお! なるほど! やっぱり麻衣ちゃんあったまいい!」
「あのね、あれはだれがどう見たって、カップルとかそういう類のものだから。ねえ、陽菜」
呆れる麻衣は自分の身体から離れていた陽菜を見て、怪訝そうに目を細める。
「陽菜?」
「ねえ、あれって兄妹とか、仲の良すぎる友達って線はないかな?」
陽菜の質問に麻衣と夕莉は顔を見交わす。
「ないと思うけど。……ほら」
自信なさそうに言いながらも、それを裏付けるかのような光景を発見し、知らせてくれる。
「あれはどう見ても、付き合っているでしょ」
女子生徒が男子生徒の肩に頭を乗っけ――かと思えば、その頬に唇を触れさせていた。
「…………は、はは」
言葉が出なかった。
事情を知るものならば、だれもがいまの陽菜の状態になっただろう。
(里菜。あなたが言っていたこと、あながち間違っていなかったかも)
その男子生徒はどう見ても昨日ピンチを救ってくれた赤司総士――つまり、香織の彼氏だった。




