21話 女子高生、姉妹であることを痛感する
「なるほど。それでお姉ちゃんは見事に振られた、と」
「やっぱりわたしって説明下手かなあ!?」
今日の出来事を一緒にお風呂に入ってきた妹の里菜に話すも見事におかしなふうに取られた。
夕莉に続いてこれでふたりめだ。
自分の説明力のなさを疑わざるを得ない。
……ただ単にこのふたりが特殊なだけなのかもしれないが。
「でもさ、魅力的に感じたのは本当なんでしょ?」
「……まあ、ああいうことされれば」
惚れかけた。
赤司総士に彼女がいなくて、陽菜がひとりで、さらに異世界に行っていなかったら一発だったろう。
しかし異世界に行ったせいで、あれくらいの出来事、てんで平気になってしまった。おそらく普通の女子ならば怖がる場面でも、いまの陽菜は恐怖の感情は一ミリも湧かないだろう。
「お姉ちゃんはちょろいからね」
「里菜にだけは言われたくない」
「わぷっ」
ぷしゅん、と水鉄砲ならぬお湯鉄砲を食らわせる。
髪の毛を洗っていた里菜は湯船からの攻撃を避けられず、顔面に直撃していた。
そして悶絶していた。
「お姉ちゃん、銃で撃った?」
「……ごめん、加減ミスった」
馬鹿力であることを忘れていた。
あんな些細なものでも、ガチの鉄砲になってしまう。
「そりゃあその人、彼女いるよ。そんなイケメン過ぎる行動、惚れない女はいないからね」
姉妹の血は繋がっている。
異世界では争いごとはお手の物で、むしろ解決させるために駆り出されることがあるくらいに頼られていた。
だからこそ、だれかから守られるというのはなかなかに来るものがあるのは確かだった。
「ほんとそれ。イケメンは顔だけじゃないってのが本当によくわかった。世の中には顔だけはそれなりでも中身があれなやつがいるから」
「なんか特定のだれかのこと言ってない?」
「んー? 大概はそういうもんでしょ。自分の顔に自信持っているのか知らないけど、いろんな行動や発言が許されると思っているやつ」
「だからだれか特定の人のことじゃない、それ」
なんのことやら。
陽菜は浴槽の縁に手を置き、その上に顔を乗っける。
「そういえば、里菜。この前、助けてくれたイケメンくん? 連絡取ったんでしょ? どうだった?」
「ああ、あれはやめた」
「なんでまた」
「やー、だってさ、わたしと一緒にいた子もメロメロらしくて。なんだか、わたしだけでなく他の子にもしているんだろうなって考えたら萎えちゃって」
「いいじゃん、いい人で」
「やだよ。だって彼氏ならわたしのためだけにやって欲しいもん」
「はへえ、そういうものなのね」
妹の持論を聞き、一理あるなあと感心した。
多くの人を助けるのはいいことだろうけれど、やはり自分のことは一番に考えて欲しいものだ。その点、そういういい人というのは、いい意味でも悪い意味でも女子を平等に扱ってしまうのかもしれない。そう考えると、それはちょっとと思うのは女の子としてわからないでもない。
「つまりその人もお姉ちゃんじゃなく、後輩の子を助けたってわけ。おわかり?」
「うわあ、そう言われるとわたしってひとりで浮かれてた超恥ずかしい人じゃん」
「なんか恋愛漫画の一シーンに使われたみたいだね」
「言いえて妙」
「どんまい、モブお姉ちゃ――うぷっ」
明るく言われ、むかついたのでもう一度お湯を食らわせた。
さっきより強めにやってしまい、里菜はお風呂の椅子からすってんころりんと落ちた。
「もう怒らないでよ」
「ごめんごめん」
本当にごめん、妹よ、と陽菜は反省する。
里菜は座り直し、今度は顔を洗い出す。
「でもやっぱりわたしは気になるなあ」
「なにが?」
「そのお姉ちゃんの後輩ちゃんの彼氏」
「後輩の彼氏を妹に紹介するとか、さすがに無理」
「お姉ちゃんはわたしのことをどんな女だと思ってんの?」
心外そうに口をすぼませる。
「そうじゃなくて、その彼氏、慣れているんじゃないかって」
「慣れている?」
「女の子に」
「あー」
言われて陽菜は天井を仰いだ。
考えなかったわけじゃない。
ただあまりにも仲が良かったから、べつに気にすることじゃないと思っていた。
けれど、そうだ。
あれほどのイケメン。これまで付き合った彼女の数も多かろう。
「知り合ってすぐに付き合って、一か月で理想のラブラブカップル。めちゃめちゃ順風満帆だけどさ、わたしはやっぱり勘ぐっちゃうんだよねー。本当に彼女のこと好きなのかって」
「さすがに好きは好きでしょ」
「わかってないなー。好きの度合いだよ。後輩ちゃんのほうは恋愛経験のほとんどない子だから彼氏超好きーかもしれないけど、相手は可愛いしとりあえず付き合ってみるかーみたいなノリの好きかもしれないよ」
「はは、まさか。あんないい人がそんなこと……ないない」
陽菜は里菜の言を否定する。
「そういうやつに限って、でしょ」
「う……」
言い返され、押し黙ってしまう。
「彼女は本気かもしれないけど、彼氏は遊びかもしれない。まあよくあることだよ」
恋愛に関しては妹のほうがよくわかっている。
その説得力に押され、陽菜はなにも言えずに湯船に沈むように肩まで浸かる。
「って、ただの憶測に過ぎないことだけどねえ」
いつの間にか、顔も洗い終えていた里菜が「よいしょ」とお湯に浸かってきた。
「はあ、やっぱりわたしはあの人がいいなあ」
これでこの話はおしまいなのか、自分のことを話し始める。
「やっぱりあの人だとそういう心配もいらないし、一途に思ってくれそう」
「ああそう。だったら告白しちゃえばいいじゃない」
「嫌。告白は男からって相場は決まっているの」
「面倒くさい子」
「普通だから」
ずびしっと人差し指で差される。
「告白はしたほうが負けなの。だってそれって相手が好きだから告白したってことだから、主導権はおのずとされたほうになる。主導権を握られるとか絶対に嫌。そういう意味では、その後輩ちゃんも一目惚れしたんだからきっと彼女のほうから告白したんだよね? 主導権を相手に握られちゃっているわけだから、これは相手の思う壺かもねー」
里菜はどこか遠い目をして言う。
「だれかに尽くされるってすごい気持ちいいから。きっと彼氏のほうも尽くされるだけ尽くされようと思ってんじゃない? 世のカップルなんて、形だけの人たちばっかり。あー、気持ち悪い気持ち悪い」
「ねえ、里菜」
口が悪くなっている妹へ陽菜は言う。
「あなた、ただ僻んでいるだけじゃない?」
いろいろとそれらしいことを述べていたが、畢竟、里菜はカップルを羨んでいるのだ。
自分は告白もされない――というか陽菜が知る限りでは付き合ったこともない――から、幸せなカップルの話を聞いて、荒んだ心の声を吐き出しているのだろう。
「……さーて、わたしは身体も洗ったし、上がろっかなー」
ばつが悪くなった自称恋愛上級者は浴室から出ていく。
(やっぱ、わたしの妹だなあ)
こりゃあ当分、彼氏なんてできないだろうと姉は思った。




