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2話 女子高生、パフェの美味しさを知る

 ――甘苦しい。


 それが日本に戻ってきて最初に抱いた感情だった。


「ちょっと陽菜ちゃんなにしているの!?」


 とても懐かしい声とともに肩ごと身体を引き寄せられる――が、陽菜は自然と力を入れ、相手に負けぬように踏みとどまった。


「えっ!? ちょ、ちょっと陽菜ちゃんっ……。ぜ、全然引っ張れない」


 むぎぎと歯を食いしばって陽菜を全力で動かそうとするもまったく歯が立たない。


麻衣まいちゃんも手伝ってー。なんか陽菜ちゃん強いよぉぉ」

「なにしてんのよ」


 ふたりの少女からの声が両方向から聞こえたかと思うと彼女らから引っ張られる。

 しかし陽菜も負けじと力を入れる。


「いや、強っ! 陽菜、強すぎっ!」

「でしょ! なんか知らないけど女の子にあるまじき力でしょ!」


 童話『おおきなかぶ』を想起させる風景に、陽菜ははっとなって自ら顔を出す。


「抜けたあああ」

「抜けたっていうか、自分から出てきたような」


 安堵する少女と疑問符を浮かべる少女。

 そんなふたりを交互に見やり、陽菜はその懐かしさのあまり抱き着いた。


夕莉ゆり、麻衣! 会いたかったあああああ!」


「うええ、陽菜!?」

「陽菜ちゃんどしたの!?」


 感動の再会に、しかし、彼女らは困惑する。


「てか、クリームがつくから」

「落ち着いてよ、陽菜ちゃん」


「あいだがったのおおおおおおおお」


 嗚咽交じりの陽菜にふたりは顔を見合わせてますます混乱するのだった。



――――



「落ち着いた?」


 正面に座る麻衣から心配げな瞳を向けられ、こくりと頷く。


(ああ、麻衣だ。本物の麻衣だ)


 神代くましろ麻衣。

 勝ち気そうな吊り上がった瞳に、ショートヘアーが特徴の友人。

 鼻も、身長も高く、凛とした佇まいであり、同性から見ても格好いい。

 線の細い身体にはどれだけ憧れを抱いたことかわからないくらいだ。

 頭もよく、いつも冷静な彼女には一年生の頃からの付き合いでかなりお世話になっている。


「な、なにじろじろ見て」

「う、ううん! なんでもないよ!」


 かぶりを振る。


(信じてもらえないだろうなあ……3年間も別の世界で過ごしていて、すごい久し振りだなんて)


 麻衣の顔を凝視していた陽菜は隣から制服の袖を引っ張られ、意識をそちらに向けられる。


「ねえ、陽菜ちゃんどうしちゃったの?」


 滝本たきもと夕莉。

 大きな瞳にまん丸な輪郭は小さな子供がそのまま大きくなったかのようだ。

 髪の毛を両端に結み、その童顔や身体の小ささも相まっていつ見ても可愛らしいと思う。

 ただ子供のそれに反して意外とあるのが胸部の膨らみだ。現在の陽菜と夕莉とではおそらく彼女のほうがあるだろう。

 とても賑やかな子であり、いつも彼女を中心に会話が回っている。


「どうしちゃったのって?」

「だからー、いきなりパフェに顔をくっつけたやつー」

「ああ、それは……」


 言い淀む陽菜。


(たぶんだけど、あっちの世界から戻ってきた時に意識との齟齬が出ちゃったんだろうな。身体には戻ってきているけど意識はまだ、みたいな。まあこればっかりは怒れない)


 説明はなかったにしても、それくらい予想できる。

 でもパフェにダイブはないわ、と陽菜は思う。

 おかげで顔を洗うはめになってしまった。

 ファミレスにいた人たちからは何事だとばかりに注目を浴びるし。


(というか、そっか。わたしってパフェ食べている最中に異世界に連れていかれたんだっけ。すごい楽しみにしてたから当初はめちゃくちゃ泣いちゃったんだっけ……。いま思い出しただけでも恥ずかしいな)


「どんだけ食べたかったのー、もうっ」


 勝手に解釈してくれたらしい夕莉はぺしぺしと陽菜の背中を叩く。


(いや、うん。なんかわたしがすごい食い意地はっているみたいになってるね、これ)


 だがしかし。

 このパフェを楽しみにしていたのは事実だ。

 金銭面や太ってしまうという理由から月に一度、こういう甘いものを食べることにしていた女子高生陽菜にとって当時はめちゃくちゃ楽しみにしていたのだ。

 さらに現在、3年間異世界に行っていた陽菜にとって楽しみは増大していた。

 なぜなら異世界ではこういったパフェなるものは出たことがなかったから。


「ほらほらー、食べなー。月一の楽しみだよー」


 心底楽しそうに陽菜に向かってパフェの乗ったスプーンを差し出してくる夕莉。


「んっ」


 遠慮なく食べる。


 もぐもぐ、ごっくん。


 甘いソフトクリームが口の中で溶ける。

 キウイフルーツやいちごソースが甘みを強調してくる。

 さらにプチシュークリームが柔らかな口溶けであり、白玉がいいアクセントとなって合わさってくる。

 まるで口の中がメリーゴーランドのように乱舞する。


「うまああああああああああい!」


 思わず声が大きくなる。


「なにこれなにこれ! これがパフェ! これがパフェなの!?」


 TPOを弁えずに叫ぶ。


「やばい! 甘うまああ。うま甘ああ。クリーム、フルーツ、もろもろ美味しすぎる!」


 本当に落ちそうになる頬を抑える。


「陽菜、ボリュームボリューム」


 さすがに見ていられなかったのか、麻衣が注意する。


「美味しいのはわかるけど、ちょっと大げさすぎでしょ」

「だって3年振りなんだもおおおん」

「え、なに3年振り……?」

「あ、ごめん。なんでもない。……あうう、美味しいよおお、パフェ美味しいよおお」


 いつの間にか夕莉からスプーンを拝借していた陽菜はパフェを口に運んでいた。


(異世界じゃあこんなの食べられなかったもんなああ)


 こうして恥じらいもなくがっついてしまうのは致し方ないことだろう。

 なぜなら異世界の食事は味気ないものが多かったのだ。

 美味しいものはもちろんあったし、勇者ということもあってそれなりに好待遇ではあった。しかしもともと食というものにこだわりがない世界であったようで、心から美味しいと感じたものはなかった。しかも旅をすることも多かったため、そこら辺に生えているキノコ類や野菜っぽいもの、果ては獣の肉などを食すこともあったので、美味しいものばかりがあった日本人の陽菜にとっては苦しい毎日だった。


 日本に帰りたい理由のひとつでもあるくらい食に関しての欲があった陽菜はもう止まらなかった。


「…………」

「…………」


 涙すら浮かべ始めた陽菜にふたりは言葉を失っているようだ。


「うーん、美味しかったあ。……あれ、ふたりとも食べないの?」


 陽菜は友人ふたりの手が止まっていることに気づく。


「いらないならわたし食べちゃうよー、なーんて」

「あげるわ」

「私もー」

「え」


 冗談で言ったつもりだったが、麻衣と夕莉から返ってきたのは予想外のものだった。


「ほんとにふたりともいらないの? パフェだよ? 超絶美味しいあのパフェだよ?」

「わかっているって。でも……ほら、ね」

「うん。私たちなんかが食べるよりも陽菜ちゃんに食べてもらったほうがパフェさんも嬉しいんじゃないかなって」

「なにそれー」


 変な冗談が続くなあと思っていた陽菜だったが、本当にふたりは自分のパフェをこちらに寄せてきた。


(えー、そんなあ……ほんとに食べちゃうよ、わたし)


 とか思いつつ、口内にはもうすでに彼女らのパフェが入っていた。


「……あはは、なんだか今日の陽菜ちゃん、別人みたい」

「今日っていうか、この数分って感じだけど」


 夕莉と麻衣の声などいまの陽菜の耳には入らない。


 ものの数分で食べ終えた陽菜はぱんぱんとなったお腹をさする。


「いやあ、食べた食べた。やっぱり食べるってこうじゃなきゃね! もうあんな血の味のしたものなんて食べなくていいんだああ。幸せっ!」

「血の味って……なに食べたのよ」

「猪みたいなのとか、ライオンみたいなのとか、そういう獣系?」

「サバイバルしているんじゃないんだから」

「うん、あれはサバイバルだったね。だってあのエロ親父、金ないって言って全然旅費出してくれなかったから野宿ばっかだったもの。普通、女子に野宿させるかってのー」

「エロ親父って……陽菜のお父さん、普通に誠実そうな人だったけど」

「お父さん? お父さんは普通だよ。まあちょっと厳しいけど」


 麻衣はついていけなくなり、黙る。


「でもそんな食べて大丈夫? 晩御飯もうすぐなんじゃないの?」

「あー、だいじょぶだいじょぶ。どうせ帰り道でなんか獣とか出てくるだろうからそれと戦えばいい運動になってお腹もすくだろうから」

「け、獣!? ここ住宅街だよ!? え、そんなニュースあったっけ!?」

「そっか。それじゃあちょっと森までひとっ走りしてこようかな」

「森までひとっ走り!? 近くても30、50キロくらいあると思うよ!?」

「それくらいなら行って帰ってで20分くらいかなあ」

「自動車でだよね!? ……それでも充分速すぎる気がするけど!」

「まさかー。わたし、免許持ってないし。走ってだよ」


 夕莉もやはり陽菜にはついていけず、口は閉ざされた。


「てか、ふたりともわたしを太らせようとパフェくれたんじゃないでしょうね」


 それならば感謝した気持ちを返してもらいたいものだと少し語気を強め、問いただそうとした陽菜だったが――


「はあ、灰皿ねえってどういうことだよ」


 店内に響いた声によってそれは中断された。


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