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19話 女子高生、チンピラに因縁をつけられる



 タッチすらままならないそのスマホは電源をつけるも、使い物にならなくなっている。


「うわ、これもう使えないじゃないすか」


 隣を歩いていたもうひとりの男がスマホをのぞき込んでくる。


「おい、ヤミさんのスマホをこんなにしてくれてどう落とし前つけてくれるんだよ、ああん?」

「ごめんなさい。私が前を見ていなかったばかりに」

「こちとら謝って欲しいわけじゃないんだよ。どうしてくれるんだって言ってんの」


 部下っぽい男から迫られ、香織は自分の非を詫びる。

 ちょうど後ろを向いた時だったとはいえ、道は曲がり角。香織も悪いが、一方的に悪いというわけではないように思う。


「修理代っ、修理代払います」


 いち早くその結論に達した香織はふたりの男に自分のなすべき最善のものを告げる。

 相手がなにを求められているということもわかってのことだろう。

 陽菜もそれがなんのわだかまりや後腐れもない方法であろうと彼女の行動に賛成の姿勢を示す。


「わたしも払います」

「陽菜先輩はいいですから」

「ううん。わたしだって一緒にいて注意を怠ったから」

「……陽菜先輩」


 先輩として、また人として当たり前のことをする。

 後輩である香織は迷惑をかけて気に病むかもしれないが、彼女ひとりに責任を負わせることなどできない。陽菜も話に夢中でここがどこかであるかということを忘れてしまっていたのだ、この行動は当然である。


「じゃあ三〇万円な」

「「――っ!?」」

「たりめーだろ。こっちは物をぶっ壊されてんだぞ。しかもこれは日本で生産されていない海外モデルのスマホ。どれだけ値が張ったと思ってんだ。もういまじゃあ手に入れるのだって難しいやつなんだぞ。三〇万円なんざ負けたほうだ」


 陽菜たちは絶句する。

 法外すぎる要求。

 どれだけすごいものか並べ立てられようが、スマホの修理代。高くても一、二万だろう。しかも液晶画面だけで、電源自体はつくのだ。どちらが悪いかは一概に決められないが、傍目から見れば、物を壊しているこちらが悪いので多少の金額の支払いの心づもりはしていた。

 しかしこれはあまりにも高額すぎる。

 第三者の立場であったなら、アホかと強く言っていただろう。


「おいおいなんだよその反応は。そっちが修理代払うっつーから代金を言ったまでだろ」

「ですが、それは少し高すぎじゃあ」

「高すぎ? 被害者はこっちだぞ。なにを偉そうに……。三〇万円なんざ、妥協してやっているほうなんだ。感謝しろ。ねえ、ヤミさん?」

「ああ、本当だぜ。これは俺が大金をはたいてようやく手に入れた代物。それをお前、よそ見して壊されて、一万とか二万とかじゃあちょっとなあ」


 ヤミと呼ばれた男も同意見のようで、値段の交渉はできそうにない。

 それなら無理だと主張したらどうなるかわかったもんじゃない。

 全面的にこちらが悪いとなっている以上、要求を呑まざるを得ない。


「まあもし、金がすぐに用意できないっていうのなら」


 ヤミは下卑た目を向けてくる。


「お嬢ちゃんたちなりの誠意をお兄さんたちに見せてくれや」

「…………っ」


 顔を近づけられる。


 それがどういう意味を指しているのかなど子供じゃない限りわかる。

 数か月前まで中学生だった香織もその意味することを理解し、後ずさる。

 なんとか彼女だけは守ろうと陽菜は前に出る。


「さあどうする? さっさと決めてくれよ。俺たちも暇じゃないからね」


 急かすように後ろでヤミは足を小刻みに動かしている。

 相手はこういうことに慣れているのかもしれない。

 言っていることは無茶苦茶すぎるし、ほぼ嘘に近いだろう。

 けれど、その証拠はないし、暴力に訴えるということもできない。


 どうしていいかわからない。

 ここはひとまず金を払うと言って、後日穏便に済ます方法を探すか、最悪金を渡すしかない。もちろん香織にはこれ以上彼らに関わらせないように陽菜ひとりでなんとかして。


 そう自分の中で結論付け、陽菜は彼らにその旨を伝えようとしたところだった。


「さすがに三〇万円はないんじゃないかな」


 後ろから陽菜たちを擁護する声が聞こえてきた。


「声が大きくて聞こえてきたんですけど、要はそこの角でぶつかった際に彼がスマホを落としてしまい、その拍子に液晶画面が割れてしまったということなんですよね?」

「ああ? なんだいきなり現れて」

「彼女たちはよそ見をしていた……、だから非を認め、修理代を払うと言った。しかしあなたたちは通常の修理代よりも高く見積もった金額を要求してきた。で、さらに払えなければべつのもので払え、と。これは少し、どうなんですかね」

「関係ないやつはすっこんでろ」

「そうやって被害者ぶるのはいかがなものかと」


 すらすらと語りながら間に入ってきたのは爽やかな少年だった。

 まるでおとぎ話に出てくるかのような登場に陽菜は目を奪われる。

 それは彼の容姿の良さもあったからだろう。


「確かに悪いのは彼女たちなのかもしれない。事実、ぶつかった際に相手のことを見ていなかったようだし、物だって壊してしまった」

「だからそう言ってんだろ」


 相手の言葉など取り合う気はないとでも言うように自分のペースで喋る。


「しかし、あなたたちにも過失はなかったとは言えない」

「はあ? ヤミさんが悪いってのか?」

「ぶつかった時に、なぜスマホが地面に落ちたのか」

「なに言ってんだ? 馬鹿かよ。相手がぶつかってきた衝撃で持ってたスマホを落としたに決まってんだろ」

「そうですか。スマホを手に持っていましたか」


 発言の真意が読めない男たちは互いに目を見合わせる。

 そんな彼らに教えるように懇切丁寧に彼は言う。


「スマホを手に持っていた、それはつまり、スマホを使用していたってことになると僕は思うんですけど。どうですか?」

「……あ」

「スマホを使用していたということは、前方不注意になってしまうと思うのだけれど」

 そこのところはどうですかね、と挑戦的に問う。


 痛いところを突かれたヤミは舌打ちをする。


「はん、そんなもんただの想像に過ぎない。手に持っていたから使用していたなんて、だれが決めた? 俺はあの時、使用し終えて、ただ持っていただけだ。ぶつかった時に使っちゃいねえよ」


 なんとも馬鹿らしい言い訳だが、それなりに筋はとおっている。

 それこそなにも証拠はないので、論破することなど不可能。


「確かに。使用しなくてもスマホをただ持っていた、ということは十分あり得ます」

「だったら――」

「しかし、そのスマホ……かなり液晶画面がひどいことになっていますね」


 突然、話を変え、なにを思ったのか、ヤミの持つスマホに目を向ける。


「だろ? これもすべてこの女が俺に当たってきたから――」

「一度落としただけでそうも壊れるものですか?」

「は……?」

「いや、僕も恥ずかしながらスマホを落としたことがありまして。それも一度や二度じゃない。まあよくあるんですよ、ポケットに入れていたら立ち上がる時とか。つい手が滑ったとか。でも、たった一度落としたくらいじゃあそう簡単に、いまのあなたのスマホの状態になるとは思えない」


 確かに言われてみれば、この画面の割れようは、先ほどの衝撃ではつきそうにない。


「は、はは、そんなのわかんねえだろ。お前の落とした時の衝撃といまのぶつかった時の衝撃とじゃあ比べ物にならないくらい違いが――」

「じゃあ調べてみても?」


 間髪を入れず、少年は言う。


「落としたのはここですよね? ならこの場所と割れたスマホの液晶画面を見てみて、それが本当に先ほど落とした時についた時のものかどうか調べてみますか」

「そんなもんどうやって」

「専門家でもなんでも呼べばいい」


 すぐにその反発に返す。


「まあ専門家に見せなくても……その割れようは、一度や二度ではつきようがないと思いますけど、どうしますか?」

「……ああ、もういいよ。そんなことまでして弁償してもらわなくて結構だ!」


 趨勢の不利を言い渡されたヤミはお気に入りのスマホを握りしめてこの場をあとにする。

 部下の男もどう転んでもひっくり返らない状況に陥り、彼のあとを追おうとする。


「待ってください。これ、持って行ってください」

「んだよ」


 ばっと奪うようにして封筒を受け取った男は目を丸くする。


「こちらの不注意というのには変わりませんから。新しいものを買う足しにでもしてください」

「あ、ああ! ならありがたくもらっておいてやる!」


 いくら入っていたのか、少年から慈悲も受け、完全に敗北したかのように顔をこちらに見せずにヤミのあとを走って追った。


「よかった、ふたりとも無事で」


 まさに漫画から飛び出してきたかのようなイケメン過ぎる行動をした少年は、白い歯を覗かせて笑みを刻んだ。


総士そうしくん!」

「え?」


 香織が彼の名前を呼ばなければ、ときめいてしまっていたかもしれない。





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