18話 女子高生、後輩相手に悶絶しそうになる
今日も何事もなく終わると、昇降口でばったりと花澤香織と出会う。
「陽菜先輩」
「わお、偶然だね、香織ちゃん」
靴を履き替え、そのまま昇降口を出る。
「今日はバイト?」
「はい。いまから直行です」
「そりゃあお疲れだ」
ふたり並んで校門を出る。
ファミレス『フランジェール』は陽菜の通学路にあるのでそこまで一緒することに。
高校付近では生徒も多くいたが、数分歩くともうほとんど生徒はいなくなっていた。
部活をしている生徒や駅の方面へ行く生徒が多いため、こちらの道はあまり使わないのだ。
「そういえば香織ちゃん。カメラのこと親御さんに相談した?」
「しました。お父さんは難色を示したんですけど、お母さんが説得してくれて」
「いいお母さん! オッケー出た?」
「出ました。自分の稼いだお金なら、とお父さんも最後は許してくれて」
両親の了承を得られたのであれば、あとは稼ぐだけ。
聞くところによると毎日のようにシフトに入っているとか。
お金が足りるかどうかは聞くだけ無意味なものであろう。朝から晩まで入っていることも多いらしいし。
「それじゃあイコール交際も認めてくれたわけだ」
「まあそうですね。お母さんには前から言っていたんですけど、お父さんには初めて言って。案の定、いろいろと言われまして」
「どこのうちのお父さんも同じだね」
陽菜の父もそれはもう娘想いの心配性である。本人は隠しているつもりだろうが、バレバレである。異世界に行く前は妹同様にうざいなあと思っていたが、いまはなんだか可愛らしく見え、これはこれでいいかなと思っている。
「ところで陽菜先輩は彼氏さんとかいないんですか?」
「いないよ」
「ええ? 本当ですか?」
「うん」
「絶対いると思っていました。だって陽菜先輩可愛いし、勇敢だし、いい人だし」
「や、そんなことは」
純粋無垢な瞳で見つめられる。
なんの打算も皮肉も込められていない言葉に陽菜は心を打たれる。
(なんていい子なんだ……っ)
陽菜に彼氏がいないことが本当に信じられないらしい。
眉を寄せて、本格的に悩みだしてしまう香織。
「私だったら絶対付き合いたいですもん」
「わたしもだよ!」
「本当ですか? 嬉しいです!」
「香織ちゃん。ハグちょうだい!」
「はーい!」
冗談で言ったが、香織は陽菜に抱き着いてくれる。
(うわあ、超いい匂い! 従順!)
未だ、自分からだと力のコントロールができないので相手から抱き着いてもらったが思った以上にやられる。
男だったら絶対こんな子放っておけない。
こんだけ優しくて、可愛く、彼氏思いと来たら完璧すぎる。もはや彼氏は紐になっちゃうんじゃないだろうか。
「ごめんね。あまりにもいい子過ぎたからつい」
「どうぞどうぞ。私なんかでよければ、いつでもハグ要員として駆けつけます」
「そんなこと言われたら甘えちゃうじゃん!」
「大丈夫です。私も甘え返しますんで!」
「なにそのメリットしかないやつ! バリバリ使っちゃうよ!?」
ダメ人間になり下がる陽菜だった。
実年齢的に四歳ほども年下の子……超癒される!
「おっとわたしとしたことか。超えてはいけない一線を越えるところだった」
我に返った陽菜は香織から離れる。
名残惜しそうにされた……惚れてまうやろおおおお!
「陽菜先輩大丈夫ですか?」
「ちょっと鼻血がね」
「ええ!? ティッシュあげましょうか!?」
「いいいい! むしろ逆効果!」
なんとかひとりで処理し、歩みを再開させる。
「惚れてまうと言えば」
「はい?」
「ごめん。いまのは忘れて。ええっと彼氏さんとはどこで知り合ったとか聞いていい?」
「いいですよー」
香織は顎に人差し指を当て、小さく唸る。
「ほんと知り合って一か月とかそこら辺なんですけどね」
そう前置きをしてから陽菜のことを見て、ぽんと手を叩く。
「それこそ出会いは陽菜先輩と知り合った時と同じ感じだったんですよ」
「わたしと?」
「そうです。お客さんに絡まれた時ですよ」
「だよね。……え、絡んできた相手?」
「いえいえ、怖いですから」
そりゃあそうだと陽菜は自分の早とちりに頭を叩く。
「逆です。絡んできた相手から私を救ってくれた人です。……やっぱり陽菜先輩とまんま一緒ですね」
「あーなるほど。そりゃまた王道で」
「場所は夜の道だったんですけど。私はたまたま友達と別れて、ひとりで。この前みたいな怖い人たちに囲まれて逃げれなくなったところに現れてくれたんです」
あの人が、と香織は照れたように語る。
一目惚れと以前に聞いていたが、得心する。
怖い思いをしているところに現れた王子のような存在。
惚れないわけがない、か。
あれ、と陽菜は思う。
(そういえば、里菜も同じような体験して惚れた腫れたとか言ってたような)
いや、自分の妹と比べるのはよそう。
あの子と香織とでは出来が違う。
前者は惚れっぽい、後者は純粋な子。全然違う。
「そうだったんだ。じゃあもう運命的な出会いだったんだね」
「いま思えば、運命的だったかもしれません」
自慢のポニーテールをしおらしくいじる。
「私いままで彼氏とかそういうものに無縁で、全然恋愛とかわからなくって。ただ漠然と理想だけはあって……それはもう少女漫画のような、ご都合主義の展開で相手もこれまたよく出てくるような気障な感じの人とかに憧れてて……。でも頭ではそんなことないってわかってたんです。でも実際に漫画みたいな展開があって、しかもその人が付き合ってくれるってなって。すごくすごく嬉しかったんです」
理想が現実となり、だからこそ香織はその恋に全力なのだろう。
憧れを抱いていた恋をまさにしている。
(香織ちゃん、幸せそう)
突然異世界に召喚されるように。
こんな漫画のような出来事も現実に起きている。
(こんな幸せそうな香織ちゃんを泣かせたらただじゃおかないぞ、白馬の王子様)
会ったこともない二次元から飛び出してきた男に釘を刺す。
「それで私から告白をして……って、私の話はもういいですから。陽菜先輩は実際のところ――いたっ」
照れ臭くなったのか、香織が話をやめ、違う話題を振った時だった。
曲がり角から現れた筋肉質な男に身体をぶつけてしまう。
「ごめんなさい。よそ見してて」
「おいおい痛えな――って、おい」
謝る香織に男は地面に落ちたスマホを――否、液晶画面がバッキバキに割れたスマホをこちらに見せてくる。
「どうしてくれんだよ、これ」




