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17話 とある男子高生、ある秘密を知る



「おい、楠木、だったか?」


 先週末。

 御巫陽菜の荷物を届けに来た楠木凛太郎は、彼女たちの用件が終わり次第話しかけようとしていたのだが、運の悪いことに彼女に見つかってしまい、しかもそのせいでふたりは言い合いみたいなことをすることになり。

 腹を立てたらしい陽菜はひとりでさっさと帰ってしまった。

 凛太郎も彼女に続こうとしたのだが、陸也がそれを由としなかった。


「そう、だけど」


 相手がどういう人物なのか、凛太郎も重々承知している。

 今日の朝だって、陸也の取り巻きが陽菜に近づいてきた時、面倒だと思って逃げた。

 ここで無視できるような玉ではない。


「御巫陽菜が言っていたことは本当か?」

「僕の探し物を探してもらっていたのは本当」

「なるほど、そうか」


 なんの確認だろうかと訝しむ凛太郎に陸也はひとりで「本当に俺よりもこんなやつを優先していたのか」となかなかにひどいことを呟いていた。

 凛太郎も自分の優先順位は低いことは自覚しているが、それを悪びれもせずに直球で言われると怒りといった感情など湧いてこなかった。


(まあべつに本当のことだから怒りはしないけど)


 けれど、御巫陽菜は自分のことではないのに怒りを露わにしていた。

 普通、凛太郎を庇って陸也に楯突こうなどと考える人間はいない。

 なのに彼女は――


「待て、楠木」


 ひとりの世界に入った陸也の目を盗んで帰ろうとした凛太郎の策は失敗に終わる。


「ひとつ、貴様に言いたいことがある」

「はあ」


 御巫陽菜ではなく、なぜに自分なのだろうかと疑問に思うものの、それを飲み込み、陸也の言葉に耳を傾ける。


「先ほども言ったように、楠木。貴様はいつもひとりでいる、勉強も運動もできるわけではない、クラスで目立たないなんの取り柄もないような底辺の存在だ。それに比べて俺は人気者で勉強も運動も完璧で、欠点を探すほうが難しい超エリートの校内のトップに君臨する存在だ」

「……あ、はあ」


 この人の辞書には謙虚という言葉はないらしい。

 しかも凛太郎のことに関しては、先ほどよりも微妙にきつくなっている。


「そこは揺るぎない事実であり、紛れもない真実。……だが」


 息を吸い、慎重に言葉を選ぶように沈黙の間ができる。


「…………人間、それだけではない、というか。なんだ……、そういうことで順位やら上下をつけるのは、あれというかだな。……俺たちはいまを生きている、平等な立場であって、できるできないで変わるような関係ではない、というか」


 拙く言葉を紡ぐ陸也に凛太郎はまさかと次の言葉を予期する。


(う、嘘だよね……?)


 あの牛島陸也が。

 傲岸不遜を体現したかのような人間が。


「だから、つまり俺が言いたいのは…………さ、さっきは悪かったってことだ」


 謝罪した。

 ものすごく長い前振りのようなものがあったが、どうやら謝りたかっただけのようだ。


 しかしあの陸也が人に謝るところなど見たことがなかった。

 すべて自分が正しいと思い、間違っていることも捻じ曲げてきた男。

 謝っているのに態度がでかいのはあれだが、確かに謝っている。

 つまり自分の非を認めたということだ。


「おい! なんか言ったらどうなんだ!」

「え、ああ。えっと」


 初めての経験なのか、反応がないことに怖くなったらしく、謝罪を受けての言葉を要求される。なかなかにめちゃくちゃだが、無反応というのも悪いのは確かである。


「僕は、気にしていないから、大丈夫」

「なに? なら俺はべつに謝る必要などなかったではないか……」


 本音がダダ漏れだった。

 やはり謝ること自体には抵抗があったようだ。


「ふん。まあいい。俺の用事はそれだけだ。帰っていいぞ」


 帰宅の許可をもらう。

 なるほど、勝手に帰ってはいけなかったらしい。


「なんだ。まだなにかあるのか? 俺は貴様に用はないぞ」


 じっと見つめられていたことに気づいた陸也は腕組みをやめる。

 凛太郎は気になったので、話しやすい雰囲気を利用して口を開く。


「あのもしかして、御巫さんに言われたこと……気にして謝った、とか?」

「は、はああ!? な、ななな、なにを言っているんだ貴様は!?」

「いやだっていきなりそういうことをされたので」

「べつに俺が言いたいことを言っただけだ! 御巫陽菜は関係ない! 断じてな!」


 嫌に強調して言われる。

 逆にそれが不自然で仕方ないと思うのは凛太郎だけだろうか。


「本当に気にしていないからな。ちゃんと謝れないこととか指摘されて、直そうとかそういうことを思ったんじゃないからな。ただ単に俺の発言の中で不適切なものがあったから訂正というか謝罪をしなければいけないと思っただけで、あんな女の言葉に影響されたわけではない」


 念を押すところがますます怪しい。

 というか前半、ほとんど謝るに至った経緯を述べていると凛太郎は思ってしまう。


(牛島陸也くんってこんな感じの人だったのか)


 正直意外だった。

 権力を盾に大仰な振る舞いをしてきた陸也に人に謝る一面があるなんて。

 いや、違う。

 そうさせたのは、おそらく。


(御巫さん)


 もともと悪い人ではなかったのかもしれない。

 けれど、きっといままでだったら謝るという行為絶対にしなかっただろう。


「そういえば、どうして今日、御巫さんを呼び出したの?」

「なんだ藪から棒に……。べつに貴様には関係ないことだろう」

「まあそうだけど」

「……あの件についてだ。貴様も知っているだろう。先日の一件のことで少し、御巫陽菜に言いたいというか、訂正というか、俺がしたことで迷惑をかけてしまったから……言わなければいけないことがあっただけだ」


 渋った割には存外あっさり言ってくれた。

 要約すると、謝りたかったということだろう。

 素直になれない男である。


「なんなんだ、さっきから。言いたいことがあるのなら言え」


 可愛らしい一面を目にし、どこか温かい目で見ていた凛太郎に陸也は指を差して格好つける。あくまで態度は変えないらしい。


「牛島くんは、御巫さんのこと……好き、とか?」


 そう思わざるを得ない。

 少なくとも意識はしている、はず。

 しかし陸也はというと。


「ば、ばばば、馬鹿じゃないのか!? 俺があんな女、好きなわけないだろう!? いつも俺に突っかかってきて、ぎゃーぎゃーうるさく、暴力まで振るうあんな下品な女など俺に釣り合うわけがない! 馬鹿な勘違いはよせ」


 すんげえツンデレっぽい台詞だなあ、と凛太郎は笑うしかなかった。


「もういい。俺は帰る」


 顔をほんのりと赤く染めた陸也はこれ以上ボロが出ないように去ろうとする。


「おい。ほんとに俺はあんな女好きなんかじゃないからな。わかったな!?」

「う、うん」

「わかったならよし」



――――ということがあったけれど。


「あ、麻衣たち来た。じゃあ、わたしあっち行ってくるね」


 場の空気が悪かったのでちょうどよかったのだろう。陽菜はすぐに友人のもとへ向かおうとする。


「牛島くん」

「え?」

「結構、いい人だと思うよ。……あと、USBメモリはべつにエッチなやつとかじゃないから」

「うん? うん。わたしもわかっている。……そなのね、あんな反応したからびっくりしたよ」


 まあこれくらいのことならしてもいいだろう。

 それに後半のやつは訂正しておかなければいけなかったし。


 そうして凛太郎は今日も今日とて睡魔に襲われるのだった。





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