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14話 女子高生、女の武器を用いて乗り切ろうと試みる



 忘れていた。

 忘れていた。

 忘れていた。


(すぐ見つかると思ってたばっかりに)


 探し物の捜索は想定していたよりも難航し、気づけば一時間近く経っていた。

 終わりだ。

 いま向かったところで陸也はいない可能性が高い。


 けれど、まだいるかもしれないし、全力で謝れば許してくれるかもしれない。

 だから走る。

 もはや常人の目で追えない速度で。


(いたあああああああああああ!)


 そこには仁王立ちで腕を組む牛島陸也の姿があった。

 時折、高級そうな腕時計を確認してはきょろきょろと周囲を見渡している。

 もうほとんど泣いていた陽菜は目を拭い、しっかりと覚悟を決める。


「あっ! おい遅いぞ」


 すぐに陽菜に気づいた陸也は待たされたことに不満げな声を上げる。


「ごめん。牛島くん。実は――」


 とそこで陽菜は本当のことを言うべきか迷う。

 べつに変なことをしていたわけではないが、約束をしていた陸也のことをすっかり忘れていたことには変わりない。そんなことを真正直に言ったら余計に腹を立てるのは自明の理。


 ――なんかやっちゃったら女の武器を使ってでもなんとかしなさいよ。


 先日、麻衣から言われた言葉だ。


(女の武器……か)


 正直、そういうお色気みたいなものは苦手だ。

 だがしかし、背に腹は代えられない。

 なんとしてでも退学だけは避けたい。そんなことなったら親になんて説明すればいいのやら、というか麻衣と夕莉とも別れなきゃだし。


「牛島くん」


 手を取る。

 ぎゅっと、優しく、包み込むように。


「な、なんだいきなり」


 仰天の行動に陸也は目を剥く。


「ごめんね……遅れちゃって」


 目を伏せ、心底反省しているかのように。


「実はちょっとドタバタしちゃって……こんな時間に」


 先ほど流した涙を利用し、うるうると瞳を揺らし。

 少しだけ屈んで下から見下ろす。

 つまり、上目遣いだ。


「待たせちゃってごめんね。…………怒っている、よね?」


 声を潜め、超落ち込んでいる女子を演じる。

 あたかも悲劇のヒロインっぽく。

 見ようによっては相手が悪いみたいな方向へと導いていく。


「あの、どうすればいいかな。わたし」

「ど、どうすればいいって……俺はべつに」


 聞きながらも行動は迅速だ。


「待て待て! 貴様はなにをしようとしている!」

「え、下着も?」


 ブレザーを脱ぎ、ブラウスのボタンに手を伸ばしていた陽菜を見て、自分の手で目を隠した陸也が大慌てで叫ぶ。


「だれがもっと脱げって言った!? というか俺は脱げとは一言も言ってない!」

「だってわたしが悪いから」

「悪いからってなにも脱ぐやつがあるか!」

「でもこうでもしないと悪いし」

「わ、悪くない! 悪くないから服を着ろ! 服を!」

「許してくれるの?」

「許すから早くしろ!」

「ありがとう牛島くん」


 陽菜は胸元をはだけさせながら陸也の手を握る。


「牛島くんって…………優しいね」


 ぼん、となにかが破裂する音がした。


(よし! なんかこれで合っているのかわかんないけど、遅れた件は許してもらえた!)


 作戦が成功したことに小さくガッツポーズをして、制服を直す。

 涙と上目遣いというふたつの武器を使って乗り切ることができ、一安心だが、ここからが本番だ。


「それで話ってなにかな」

「あ、ああ、そのことだ……が」


 ようやくこちらを視認できるようになった陸也だったがまだ若干の距離を保ちながら咳払いをする。


「まあいい。貴様もわかっているだろう。……この前の件だ」

「? あー、うん。あれね、やっぱりそのことだよね」


 優位な立場である陸也の表情には余裕の色が見える。

 なんかもうあれで有耶無耶にできないかなーと甘えた考えを持っていた陽菜の瞳には動揺の色が滲む。


(なに言われるんだろう。やっぱり退学かなあ。やだなあ、ほんとに無理。わたしは平穏な高校生活を送りたかっただけなの。少なくても親しく話せる友人がいて、そこそこ勉強しつつも適度に遊んで、ゆるーく何事もなく過ごしたかっただけ)


 今回の件を見逃す代わりに一生奴隷とかだったら嫌だなあ、といろいろマイナスなことを考える陽菜に陸也はなかなか判決を下さない。


「牛島くん?」

「御巫陽菜!」

「は、はい!」


 いきなりのフルネーム呼びに姿勢が正される。


「自分がなにをしたかわかっているのか」

「……一応わかっているつもり、です」

「それは俺のことをだれだかわかっていてやったということか?」

「はい……」

「ならばそれ相応の覚悟はできているつもりなのだろう?」

「…………はい」


 うっひゃあ、超怒っているなあ。

 陽菜はその言葉ひとつひとつに込められる怒気を感じ取る。


「貴様はあの時言ったな。俺が自分勝手でわがままで。汚いゴミのような人間で……クラスに迷惑をかけている、と」

「言ったような、言わなかったような……」


 この期に及んで言い訳めいたことをする陽菜だった。

 しかし陸也は自分のことで一杯一杯らしく、決めていたのであろう言葉を続ける。


「あいつらは……クラスに悪影響を与える存在。それはいまでも間違っているとは思えない。ああいうものに気持ちを持っていかれるから、勉強であったりスポーツであったりと高校生が本来すべきことを疎かにする。……だから俺はあいつらのことを強く否定した。決して身勝手なわがままで言ったわけではない、ということは伝えておく」

「…………それは、ごめん。わたしも勝手な想像だけで言っちゃったところもあって」


 相手のことも知らずに決めつけるように言ってしまっていた陽菜は陸也の言葉を受け、反省するように言葉をこぼした。

 しかし彼はそんな反省の言葉を聞きたいわけではなかったらしく、ただわかってくれればいいとばかりに表情を変えずに続ける。


「だがあの時、御巫陽菜が言うように…………俺にも、間違っていた部分があったのかもしれない」

「……ん?」

「ん、ではない!」


 どこか腑抜けた声を出した陽菜に真剣な陸也が語気を荒げる。


「だから、その…………つまりだ!」

「う、うん」

「俺が御巫陽菜を呼び出したのは…………」

「呼び出したのは?」

「呼び、出したのは…………」


 なかなか言い出さない陸也に陽菜はどうしたものかと頬を掻く。

 するとちらっと視界に人の影が映る。


「俺が言いたいのは」

「あれ、楠木くん?」


 ひょっこりと顔を現したのは先ほどまで一緒にした楠木凛太郎だった。

 気づかれた彼はぺこりと頭を下げる。


「どうしたの?」

「あの、これ。御巫さん、忘れてたみたいだったから」


 凛太郎が掲げて見せたのは陽菜のリュックであった。

 陸也との約束のことで頭が一杯だったため、持っていくのを忘れていたらしい。


「いま、だいじょ……ぶ?」

「? うん、なんか牛島くん、固まっちゃってて。楠木くんも大丈夫?」

「うん、まあ」


 駆け寄ってきた凛太郎は陸也が目を瞑って口をわなわなとさせているのを見て、ひとり納得して用件を素早く済ませようと手に持っていたリュックを渡してくれる。


「わざわざありがと。置いておいてよかったのに」

「いや、まあそれでもよかったかもしれないけど、御巫さんには手伝ってもらったから」

「そっか。そういうつもりで手伝ったんじゃなかったけど、うん、ありがと」

「だから、そのつまりだな。俺はあの時のことをあやま――ん」


 リュックを受け取ったところで陸也がようやく目の前の光景が変わっていることに気づく。


「なんだ、どうして御巫陽菜以外に人がいる?」

「さっき楠木くんの探し物を手伝ってて、わたしが慌ててこっち来たからリュック忘れちゃってたの。それを楠木くんがわざわざ届けに来てくれたの」

「探し物を手伝っていた?」

「うん。なんか大事なものだったらしくって――」


 そこで口を閉じる。

 なんか普通に喋っているけれど。


(わたしなに言っちゃってんの!?)


 失態だと自覚するがもはや遅い。


「御巫陽菜。貴様は俺という先約があったにも関わらず、そいつの探し物を手伝ったということか?」

「そ、そうなりますね……」

「つまり俺とそいつを天秤にかけた結果、そいつを優先したと?」

「優先だなんて」

「クラスでも目立たない隅っこにいる平凡な人間とこの牛島陸也という超エリート男の二択で前者を取っただと? ふざけるなよ。俺とこいつで普通こいつを選ぶか!? しかもくだらない探し物を手伝うなど……。信じられん。俺がせっかく時間を作って貴様に謝罪を――」

「ちょっと牛島くん」


 べらべらと言いたいことを口にする陸也に陽菜は我慢ならなかった。


「いまの言葉は取り消してもらうよ」

「なに?」

「目立たない隅っこにいる平凡な人間って、どうしてそういうこと言うの?」

「事実だろう」

「事実だろうがなんだろうが言っていいことと悪いことくらいあるわよ。それにわたし、人のことを顔だとか立場とかで順位づけるのどうかと思う」

「なにをぉ?」


 眉を吊り上げ、怒りを露わにする相手に陽菜も負けじと睨む。


「わたしだって楠木くんのことはあんまりわかんない。いつも寝ているし、髪の毛ボサボサで顔あんまり見えないし、面倒ごとには極力突っ込まないように逃げるところはあるけど、人のこと考えたりちゃんとお礼を言ったり謝ったりすることができる人だってことはわかる。それに比べて牛島くんはわたしから見て、あんまりいいところはないと思う」


 あえて悪いところは言わず、陽菜は寂しげに陸也に背を向ける。


「いいところあるんだって思ったのに。あんな横暴なことしているけど、そこにはちゃんとした理由があったんだってわかったのに……、やっぱりわたし、牛島くんのことは」

 好きになれない、と言って話を強制的に終わらせて歩み出す。


「おい、待て。まだ話は終わって……ない」


 最後まで陸也の言葉を聞かず、その場を去り、凛太郎と陸也という気まずいふたりが残った。





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