13話 女子高生、探し物を手伝う
授業が長引けと念じたのは初めてであった。
時間は普通に過ぎ去り、掃除も終わってしまった。
つまり、放課後だ。
本来ならば部活動を行っていない陽菜は帰宅している。
だが今日は予定がある。
もちろんリア充的なイベントではなく、陽菜の今後の高校生活が懸かっている重要なもの。
自然と足取りは重くなる。
お手洗いから戻り、教室にリュックを置いておいた陽菜はとぼとぼと教室に戻る。
クラスメイトたちはめいめいに散っていき、教室は閑散としていた。
(あれ、楠木くんがまだいる)
時間をかけて歩いてきたので放課後になってからだいぶ経つ。常なら帰宅の早い楠木凛太郎の姿はないのだが、今日はなぜかまだ教室に残っていた。
せっかくの機会であるし、最後かもしれないと思ったので話しかけてみることに。
「楠木くん」
「……ああ、御巫さん」
「どうかしたの?」
自分の鞄の中を漁る凛太郎を見て、なにをしているのだろうかと尋ねる。
作業をやめた彼は頬を掻き、どこか言いにくそうにしている。
「あ、あーっと……まあなんでもないんならいいんだけど」
なにか話せない事情があるのかもしれないので、強いることはしない。
ここ数日、隣にいてそういう人であることは理解しているから。
教室でなにかするつもりだろうから早く自分の荷物を持って出ようと考えた陽菜に凛太郎が小さな声音で言う。
「……ごめん、御巫さん。ひとつ聞いてもいい?」
「へっ!? え、ええ、どうぞ!」
まさか話しかけられると思っていなかったので声が裏返った。
だが凛太郎は陽菜のそんな動揺など気にした様子はなく、自分のペースを崩さず言う。
「USBメモリ。……どっかで見てないかな?」
「USBメモリ?」
「うん。これくらいの黒いやつなんだけど」
手でサイズを示される。5、6センチほどのものらしい。
「ごめん。見てないな」
「そっか。ならいいんだ。……時間取らせてごめん」
「や、全然いいけど」
それで会話は終了したらしく、凛太郎はUSBメモリの捜索に戻る。
しばしの無言の間となり、陽菜が動いたのを見て彼は鞄以外のところを探そうと視線を移した。
「あの、御巫さん?」
「ん?」
「なにしているの?」
「なにって……USBメモリ探しているの」
陽菜は後ろにあるロッカーや掃除用具入れを開けては「ない」と言って閉じる。
「僕のだし、ひとりで探すから大丈夫」
「でもひとりよりふたりのほうが早く見つかるでしょ」
「そうかもしれないけど、御巫さんはこれから――」
「いいから。どこら辺でなくしたとかってわかる?」
不毛なやり取りが始まるとわかった陽菜はさっさと話を切り上げ、手がかりを求める。
凛太郎はどこか諦めたように一度下を向き、すぐに顔を上げた。
「わからない。昼休みの時に使ったからなくなったのはそのあとだと思うけど」
「なら昼休み以降どこか行った?」
自分の行動を思い出すように宙を向く。
「特には。使っていたのが屋上に続く階段で、そこから帰ってきてからはトイレに一度だけ行っただけ。あとは掃除だけど、教室だったから」
「つまり、あるかもしれないのは屋上からの帰り道か、トイレまでの道のりか」
「かな。教室はあらかた探したから」
「んじゃあ行こうか」
決めるや否や、さっさと教室の扉の前に移動する。
「ほら、楠木くん。楠木くんが案内してくれないと道のりがわかんないから」
「あ、うん。ごめん」
たたたっと駆け足で陽菜のところまで来ると、凛太郎は「じゃあ」と言って先導し始めた。
――――
捜索開始から30分が経過した。
「なーい!」
未だに見つかっていなかった。
あれほど小さいものである。なかなか難儀であることは承知であったが、ここまでとはと陽菜は小さく息を吐いた。
「だ、だね……。御巫さんも無理しなくていいから」
「ここまでやったんだから最後まで手伝うよ」
「……そ、そか。ありがとう」
「うん」
遠慮がちに言われ、陽菜はそれを突っぱねる。
先ほどから何度かそんなことを言われているが、すべて同じように返していた。
ここまで付き合わせて悪いと思っているのだろう。
「大切なデータが入っているの?」
「まあ」
「そうなんだ。じゃあなおさら見つけなきゃね」
屋上へ続く階段付近もなにもない。
小さいものとはいえ、落ちていたら嫌でも見つけられる。
しかし見つけられないということは、だれかが拾ったという可能性もある。
「でも落とし物には届けられてなかったしなあ」
「……だね」
もうすでに凛太郎が行動した範囲はすべて調べた。
もう二周目であるが、成果は出ず。
落ちているUSBメモリをだれかが蹴ってどこかへ行ったということも考えられたので下の隙間とかもくまなく探しているのだが、見つけられない。
「…………」
「…………」
会話のない時間というのももう慣れた。
こちらから積極的に話しかけてもさほど長く続かないのだ。もともとそこまで話術に長けているわけでもなかったし、べつに無言が苦痛ではないのでさほど気にしはしていないが。
「ないなあ」
自動販売機の下のお金を確認するがごとく、隙間をチェック。
ない。
ないない。
ないないない。
「御巫さん」
「ん? あった?」
「いや、そうじゃなくて……顔」
言葉少なく、そう言って凛太郎はハンカチを渡してくる。
「さっきゴミ箱探った時についたんだと……」
「あ、ああ。……ごめんね、ありがと」
どうやら顔に汚れがついてしまっていたらしい。
鏡がないので確認できなかったが、手で少し拭うと汚れがついたのでありがたく使わせてもらう。
「これ、洗ってから返すね」
「全然そのままでも」
「さすがにそれは」
「……ま、まあそうだね。じゃ、うん、今度で」
「うん」
短い間だったが、見つめ合っていると凛太郎が先に逃げるようにして視線を逸らした。
こちらはボサボサの髪の毛のせいで彼の目はあまり見えていなかったけれど。
「御巫さんって、あんなことする人だったんだね」
初めて凛太郎のほうから話しかけてきたので少し意表を突かれ、返しが遅れる。
「……あまりそういうことをする人には見えなかったから」
凛太郎は言う。
「なんか変わった気がする」
「…………」
まさかこれまで話したこともなかった相手に、指摘されるとは思わなかった。
しかも他人に興味なさそうな凛太郎に、だ。
なぜだか無性に恥ずかしくなる。
楠木凛太郎という男に御巫陽菜という女の底を見抜かれてしまったかのような。
見透かされてしまったかのような、そんな感じ。
まるで真っ裸にされた気分だった。
「ごめん変なこと言って……大丈夫?」
「えっ!? うん、全然大丈夫だけど、なんで?」
「顔、赤いから」
「~~っ」
今度は陽菜が顔を逸らす番だった。
(え、うそ!? なんで!?)
なんか目が合わせられない。
というか、身体が火照っているように熱い。
(馬鹿ねわたしは! 相手は三歳も年下よ。変化を気づかれてなにをテンパっているんだか。わたしは異世界帰りのチート持ち。なにを焦る必要が――)
陽菜はぱん、と手を叩いた。
「そうだ。わたしってなんでもできるんじゃん」
閃いた。
治癒魔法が使えたように、他のチート級の魔法なりなんなりを行使すればいいじゃないか。
「御巫さん?」
「楠木くん。もう一度探しているものの特徴を思い出してくれないかな」
「特徴を?」
「そ。その間、少し触れさせてもらうけど」
一瞬、躊躇してしまう陽菜。
(なにを意識しているんだわたしは!)
両頬を叩き、気合を入れて凛太郎の手を取る。
彼はその大胆な行動に驚きつつも、言われたとおり目を閉じて頭にUSBメモリを思い出していく。
「――――」
『情報共有』と『索敵』。
凛太郎の脳と陽菜の脳とがリンクされ、脳に彼の思い浮かべているものが入ってくる。
探し物の詳細が鮮明にされると、検索が開始される。
この能力は至って簡単。『索敵』は一度見たものを探してくれるもので『情報共有』は相手の現在脳に思い浮かべている物を陽菜の脳へと送り込まれるもの。このふたつを応用し、陽菜が実物を見ていまいが、凛太郎が見たことでそのものを捉えられ、『索敵』がかけられるというわけだ。
「あれ、教室だ」
場所がわかった陽菜はそのまま突き進んでいくと、そこが自教室であるとわかり、自分の能力を疑ってしまう。
「あの、御巫さん?」
言われたはたと気づく。
もう離してよかったのに、いままでずっと手を繋ぎっぱなしだった。
「あーごめんごめん。ええっと待ってね」
すぐに手を離し、導かれるまま教室の奥――陽菜と凛太郎の席へ。
「あっれ……もしかして」
『索敵』が示す場所――それが陽菜のリュックの中であった。
中身はそこまでないのですぐにそれを手にすることができた。
「あったあああああ!」
歓喜の声を上げる。
どうやらチャックの開いていたリュックへなにかの拍子に入ったらしい。
教室の中は探したけれど、さすがに陽菜のものを勝手に見るわけにはいかなかったため、探さなかったのだろう。陽菜もまさか自分のリュックにあるとは知らず、まったくの予想外だった。
「ほんとだ……、よかった。御巫さんのリュックに紛れてたのか」
「うん。あれかな、机の上に置いてて、手かなにかに触れた時に飛んじゃってわたしのリュックに入っちゃったとかかな。……はは、ごめんね、わたしが開けっぱだっただけに」
「いや、御巫さんのせいじゃないよ。それに御巫さんのおかげで見つけることができたから」
ありがとう、と凛太郎は言った。
なにはともあれ、見つけることはできたのだ。
これで安心して帰ることができる。これで見つけることができなかったら寝るに寝れなかったかもしれない。
「よーし、時間も遅くなっちゃったし、早く帰ろう」
「御巫さん」
一仕事を終えた陽菜が大きく伸びをした時、言いづらそうに凛太郎が口を開いた。
「……放課後、なにか用事があったんじゃ」
「放課後に用事…………」
凛太郎の言葉を反芻し、
「あああああああああ!」
絶望の声とともに全速力で体育館裏へと走っていった。




