11話 女子高生、いまどきの女子高生の恋愛事情を知る
「先輩方、楽しそうにしてますねー」
手を振って現れたのは店員である花澤香織。
陽菜たちの後輩でもある彼女は、ファミレスの制服ではなく、私服姿だった。
「あれ今日は夜までじゃないの?」
「早めの休憩に入らせてもらったんです。みなさん帰っちゃうかなーって思って」
嬉しいことを言ってくれる可愛い後輩だった。
「一緒していいですか?」と問われたので陽菜は「いいよ」と隣を空ける。
「いやあ、さっそく来ていただいてありがとうございます」
改めて礼を述べられ、陽菜たちは首を振る。
「ここ、わたしたちの行きつけだから」
「そうだったんですか。言われてみると先輩方、よく見ますね」
「でしょ」
高校に入学してからというもの、三人は『フランジェール』を女子会の場としている。お金のことであったり、時間の都合上来れない時もあるが、月に一度はパフェを食べるという名目で必ず集まっている。
美味しいというのもあるが、立地もよく、集まりやすい場所であるのだ。
「私も香織のこと何回か見たことあるけど、なんかいつもいない?」
「私もー。香織ちゃんいつもおすすめとか教えてくれるから好きー」
「ありがとうございます。それなりに入ってますけど、たまたまですよ」
麻衣と夕莉は以前から香織のことを知っていたらしい。
陽菜もなんとなく覚えているが、いかんせん3年も前なので記憶が曖昧だ。
「いつからバイトやっているの?」
「言っても、一か月前くらいからです。高校入学と同時にって感じです」
「へえ、すごいなあ」
感心したように呟く。
アルバイト経験などなく、しようと思ったことない陽菜は素直な感想を述べていた。
いつかは働かなくてはならなくなるが、いまはまだ親の脛をかじっていたい。異世界で馬車馬のごとく働かされたのでますますそう思うようになった。
「やっぱり遊ぶお金?」
「そうですね。それもあります」
「それも?」
「はい。私、彼氏いるんですけど」
なんでもない発言に陽菜や対面にいる麻衣と夕莉もぎょっとする。
「え、香織ちゃん彼氏いるの?」
「はい、います」
「え、高校一年生だよね?」
「はい、今年から」
「え、アプリとかのあれじゃなく?」
「はい、現実の」
三人の先輩からの矢継ぎ早の質問に淡々と答えていく後輩。
「……あの、先輩方? お、おーい? あ、あれ? 生きてますよね?」
目が無となっている三人に香織は驚きを禁じ得ない。
恋愛に関してこの三人はてんでなにもないのでそれが普通だと思っていたが、いまどきの女子高生はこういう子を言うらしい。
「空が青いね」
「そうね」
「今日曇りですけど……?」
夕莉と麻衣の意識がどこかへ飛んでいるらしいので陽菜が引き継ぐ。
「やっぱり彼氏さんとのデート資金にってこと?」
「あ、はい。毎回出してもらうのは悪いので」
「年上の人なの?」
「はい。でも二個上の先輩で、高校三年生ですけど」
「先輩なんだ」
てっきり中学からの同級生だとか幼馴染だとか言われるかと思ったが、予想外だった。
「先輩って部活のってこと?」
復活したらしい麻衣が聞く。
「いえ、中学も高校も違うんです。ちょっとしたことがあって、偶然知り合って……まあ私の一目惚れで付き合うようになったんです」
恥ずかしそうに馴れ初めを語る。
なんだか運命的な出会いをしたようだ。
「……わたしの彼、カメラが好きなんですけど……、その一眼レフをプレゼントしようかと」
「プレゼントのためか」
彼氏の好きなものをプレゼントするためにアルバイトをするとか健気で可愛いな、と陽菜はにんまりとする。
初々しいというか、なんというか。
(超可愛い!)
こんなの惚れるわ、と陽菜には香織が眩しく映る。
「一眼レフって高いんじゃないの?」
「そうなの?」
「私も詳しいわけじゃないけど、ああいうのって高いって聞くし」
幅広い知識を持つ麻衣が香織を心配するように見つめる。
「そうですね。買おうと思っているのは10万円くらいするやつで」
「「「10万円!?」」」
あまりの金額の大きさに高二女子が声を揃えて驚く。
「高いよ香織ちゃん! スマホのカメラでいいじゃん!」
「私も詳しくないのでわからないんですけど、昔ながらのカメラがいいらしく。いろいろ写真とか見せてもらったんだけど、こだわりがあるみたいで……。その写真を見る彼の顔がまた楽しそうで。彼のためならって」
「……ぞっこんだね」
引き下がる夕莉。
「さすがにカメラ本体じゃなくたっていいんじゃない? ストラップとかカメラバッグなんかもあるって聞くし、そういうのならまだ安くていいと思うけど……。ほら、さすがに10万円のものをプレゼントするって」
「やっぱり重い、ですかね。……でも彼が欲しいって言ってたやつなので」
「重、くはないと思うけど……。欲しいって言ってたのなら」
意志の固さを見せられ、麻衣も説得を諦める。
「だからアルバイトを」
「はい。……やっぱり陽菜先輩もやめたほうがいいって思ってますか?」
「うーん」
至極真面目に相談され、すぐに解答を出すことができない。
正直、陽菜はやめたほうがいいと思っている。それは麻衣や夕莉も同様に思っていることだろう。高校生のプレゼントにしては高すぎる。騙されているとまではいかないものの、これを機に香織の愛を利用して高額なものを要求する可能性だって捨てきれない。
だが香織の選んだ相手。悪い人ではないだろうし、彼女からも強い愛情が伝わってくる。たった一か月程度しか働いていないようだが、アルバイトもちゃんとしているように見受けられる。彼氏のために頑張っている香織の努力を無下にはできない。
「わたしはいいと思うよ」
陽菜は後押しするように言う。
「健全なお付き合いなんでしょ? 彼氏に送る最初のプレゼント……彼氏のハートを掴むチャンスだもん。いいものをあげていいとわたしは思う」
「陽菜先輩」
「あーでもちゃんと親御さんには言ったほうがいいよ? さすがに高額すぎるから親御さんの許可を得られなきゃいけないと思うから」
「はい! ちゃんとお母さんとお父さんにも相談してから決めます。ですが、ありがとうございます。そう言っていただけただけで嬉しいです」
安心したように言い、笑顔を湛える。
おそらく香織も本当に買うべきかどうか悩んでいたのかもしれない。これだけいい子なのだ、いくら彼氏のためとはいえ高額すぎるプレゼントに待ったをかける自分がいたのだろう。そこに期せずして先輩である陽菜たちから話を振られ、プレゼントを贈る決心がついたというところか。
(本当なら恋愛の先輩とかに聞きたかったんだろうけど)
生憎ここにいる先輩は全員、異性とお付き合いをしたことがない(隠しているだけで昔にいたのかもしれないが)。少なくとも陽菜はいない。
「ごめんなさい。私の話ばかりで。私もう戻りますね」
「いいよ全然」
「ではごゆっくり。私まだ休憩残ってますけど、帰る時声かけてくださいねー」
「うん、わかったよー」
礼儀正しくぺこりとお辞儀をしてから香織は店の奥へと向かった。
「香織ちゃんいい子だなあ」
見えなくなるまで手を振り続け、陽菜はぽつりと言う。
「だねー」
「うん」
激しく同意するように首を何度も縦に振るふたり。
「10万円あったら音楽、ゲーム、少女漫画、映画に旅行、カフェ巡りなんかもし放題じゃん」
「私は現金が欲しい。貯金する」
散財女と堅実女だった。
ふたりに彼氏がいない理由がわかってしまった。
「陽菜ちゃんは10万円あったらどうするー?」
「んー、わたしは」
一拍置いて言う。
「10万円分のパフェ食べたい、かなー」
陽菜も大概だった。




