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10話 女子高生、危機感を覚える


 あれから、それなりに陽菜のもとに人は寄って来た。

 陸也相手に啖呵を切ったのはすごいだとか、あの動きはすごかっただとか、最後のあれは本当に陸也がわざとやられたのかだとか。あとなぜかご愁傷様とも言われた。なんで?

 平和に過ごしたいと思っているので本当のことを言えばいろいろと面倒だし、信じてもらえるかわかったもんじゃない。そのため、適当に誤魔化した。最近ジムに通い始めたとか最後のあれも彼なりの反省だろうだとか。

 若干苦しいかと思われたが、みんな信じてくれた。

 きっと牛島陸也が大きな態度を取らなくなったのがみんなの留飲を下げたのだろう。


 彼は一部の生徒から嫌われていた。

 あれだけのことを日常的にやっていたら、当然と言えば当然だ。

 けれど、牛島陸也の人気は絶大だ。

 あんなことはあっても立場は変わらず、いまも友達と笑っている。

 きっとこのことも笑い話としていることだろう。


 変わったことと言えば。


(……うん、まあそうだよね)


 午後の授業から陸也の視線を感じるようになった。

 だがこちらから視線を向ければ、逸らされる。

 少なからず恨んでいることだろう。

 あんな恥ずかしい思いをさせられたのだから当たり前か。


「陽菜ちゃんひどいよ! 私たち運動できないズだったじゃん!」

「あれは運動とは違うって」

「違くない! てか、運動よりもすごいよあんな動き!」

「何回も言ったけど、あれはまぐれだから」


 何度目かの説明に辟易とする。

 昨日の文庫本を取りに行った時の動きのことだ。

 尋常では考えられないくらいの動きをしたが、あくまであれは偶然の産物であると説明した。だが夕莉は信じてくれていない様子。


「ジム通ってるってのも知らなかったし」

「あれはだいぶ嘘。い、妹の里菜が体験してみたいっていうからついてっただけ」

「ほんとにー? 陽菜ちゃんコソ練してそう」

「なにをよ! ほら、ドリンク飲んで飲んで」

「ん」


 オレンジジュースを飲ませてあげると夕莉は笑顔となる。


 ファミレス『フランジェール』にて。

 サービス券をもらったので、すぐに予定があった三人は本日の休日を利用して行くことになった。

 お昼のついでにと寄ったのだが、ここに来て一時間以上は経過している。

 専ら話題は昨日のことである。


(んー、やっぱりあの動きはまずかったかあ)


 とっさだったとはいえ、常軌を逸した動きをしてしまった。

 あんなの常人では間に合うはずないし、運動神経よくたってあんな漫画みたいな動きできるはずがない。

 一瞬のことだったのでクラスメイトには適当に誤魔化せたが、夕莉はまだ不満そうだ。


(まあ、夕莉とは運動苦手コンビだったからなあ)


 もともと陽菜は運動が苦手だった。

 ある程度はできるが、運動部なども一切所属経験のないため、球技も体力だってない。それは夕莉も同じで、仲間だと言って一緒にいたからか、裏切られた気持ちなのだろう。


「いいもん。私だって毎日ジョギングしてやる!」


 宣言する夕莉。

 三日坊主にならなければいいけどと陽菜はこっそり思う。


「てかそんなことはいいのよ。ねえ、陽菜」

「なに麻衣」


 その言葉に聞き捨てならないとばかりに夕莉が「そんなことってえ」と抗議するが麻衣は取り合わず、陽菜に向き直る。


「なんであんたはあんな馬鹿みたいなことしてんのよ!」


 ご立腹な麻衣からお叱りを受ける。


「あの牛島陸也だよ? 陽菜わかってる?」

「わかってるよ。わがままお坊ちゃんでしょ。麻衣もむかつくって言ってた」

「そうそう。あのわがままボンボン男――って違う! そういうことを言いたいんじゃないの」


 見事なノリ突っ込みをする麻衣は乱れた髪の毛を直す。


「牛島はクラスでも立場はかなり上。ほらよくあるカーストってやつ。あいつは私たちのクラスのトップと言っても過言じゃない。しかも親がお偉いさんで金持ちかなんなのか知らないけど、ぶっちゃけかなりの権力があるとかないとか」

「へえ、牛島くんってそんなすっごい子だったんだね」


 暢気にストローを口につけてイチゴジュースを飲む。


「いつだったか、彼に怪我を負わせた生徒が転校してったとか」

「怪我はよくないよねー」

「いつだったか、彼の告白を彼氏がいるからと言って断ったために彼氏から別れを切り出されたとか」

「愛想つかされちゃったのかなー」

「いつだったか、彼が休んでいる時に授業を進めた先生が左遷させられたとか」

「だから昨日も早く連れてこいとか言ってたんだ。牛島くんにはたまに休んでもらおっかなー」

「陽菜」

「んー?」


 真剣な表情の麻衣に、しかし陽菜はまだ事の重大さに気づけない。


「あんた退学させられるかもよ」

「へっ?」


 耳に垢がたまっているのか、よく聞き取れなかった。


「よく考えてもみなさいよ。牛島陸也は些細なことでも機嫌を損ねちゃうといろいろ手を使って制裁を与えるの。だれに対してもね。で、私の言いたいことわかった?」


 口についていたストローが離れる。


「あの牛島に反発したんだから……最悪退学させられるかもってこと」

「は、はいいいいいいいいいい!?」


 ようやく自分のしでかしたことに気づく。


(え、は……た、退学っ!?)


 ぐるぐると思考が定まらない。


「どうしてあいつがいままで偉ぶれてたかなんて考えるまでもないでしょ。いろいろ完璧にできてたけど、それだけじゃない。あいつには逆らえない事情があったの。というかそれは陽菜だって理解していたことでしょ。……なのにどうしてあんなことを」


 すっかり忘れていた。

 3年間も向こうに行っていたせいですっぽりと頭から抜け落ちていた。

 異世界じゃあ力でものを言えていたかもしれない。

 しかしこちらじゃあ無理だ。

 ワンパンしたところで退学は取り消せない。むしろ即刻退学だ。

 ご愁傷様とはこのことだったのか。


(馬鹿だああああ。強ければどうにでもなるのは異世界だよ! こっちじゃ強くたって無意味! というかわたしはそういうこと望んでないって! 平々凡々な生活を望んでいるの!)


 後悔先に立たずとはこのことだろう。

 異世界のことをなめられて頭にきて、挙句ふたりを庇って陸也を批判。


(人気があったのもそうだけど、そういうことかあああ! 牛島くんやばいやつだったじゃん。絶対に逆らっちゃいけない相手だったじゃん)


 異世界だって絶対に逆らっちゃいけない相手くらいいた。

 けれどそういうやつは大抵嫌なやつだったため、すぐに手が出た。

 あっちじゃあ暴力こそ最強って節があったから、ついつい……。

 で、こっちでも同じようにした結果がこれだ。


「ど、ドリンクのサービス券でどうにかならないかな?」

「なるわけないじゃない」

「ですよねー」


 はらり、と香織からもらったサービス券がテーブルに落ちる。

 同時に陽菜の顔もテーブルに落ちる。

 少量の涙とともに。


(わたしの高校生活うううううう)


 普通の高校生活を送りたかったのに。

 そのために異世界を救ってきたっていうのに。

 これはないだろうと思うも自業自得であるのは自覚している。


「陽菜ちゃん。一年間っていう短い間だったけど、楽しかったよ」

「わたしもう退学するの決まっているの!?」

「これも陽菜ちゃんが私に内緒で運動できるようになるから」

「まだ根に持ってたんだ! あれは違うって何回言えばいいの!?」


 ずいぶんと感情のこもっていない別れの言葉だったが、どうやら夕莉は根に持つタイプらしい。今度なにか喜ぶことをしてあげなければいけないと思う陽菜だった。


「そうなのよね、陽菜の言うとおり……まだ退学するとは決まってないの」


 一縷の望みがまだあるらしい麻衣に期待の眼差しが向けられる。


「あのあと、特になにもなかったでしょ?」

「うん。……なんか視線は感じるけど、特になにか言われはしなかったな」

「そこなのよ。そこがおかしいのよね」


 腕を組んで疑問点を口にする。


「これまでの人たちって事件が起きたあとすぐに転校とかさせられたわけ。なのに陽菜はまだなにもされていない。昨日は金曜日だし諸々のことがあるのかもしれないけど、こうもなにもないと逆におかしいというか」

「なるほど」


 望み薄だが、可能性がないわけでないということはわかった。


「……牛島くんって案外聞き分けもよくっていい子なのかも。だってあのふたりに対しても邪魔だとか言いつつ、転校とかクラスを替えさせるとかしなかったでしょ?」

「言われてみれば……」


 意外な一面の発覚に麻衣も陸也の印象がよくなったらしく、どこかそういう面があったのかもしれないと過去を振り返っているようだ。


「とか言って、陽菜ちゃんのこと好きだからだったりしてー」

「またまたーないない。それにわたし牛島くんの顔って好みじゃないから」


 夕莉の冗談に笑って返す。


「ここで話し合っても仕方ない。動きがあるとすれば来週。それでも動きがなかったのなら、なんだかよくわからないけど、許されたってこと。けど、許されたからと言ってなにしてもいいってわけじゃない。いままで以上に牛島には気を遣って、機嫌を損ねないように。なんかやっちゃったら女の武器を使ってでもなんとかしなさいよ。もうマークはされているのは確実なんだから」

「はーい」


 そうして暗い話題がなくなると本日の女子会も笑顔の絶えないものとなった。



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