1話 女子高生、帰還する
「いやー、見事だったよヒナくん。きみのおかげで魔王の脅威は過ぎ去り、我が国もこの世界の頂点に登り詰めることができた。本当にありがとう」
もうずいぶんと慣れたその下品な笑みにヒナは「はあ」などと生返事する。
フリタリア王国、王城の玉座の間。
華美な装飾の施された明るい室内でふんぞり返るのはこの国の王フランクマン・リブス・ハーマン。御年50を超える贅肉のたっぷりついた男だ。
そして地球という星の日本で当時女子高生であった御巫陽菜をこの世界に呼び寄せた張本人である。
「これでこの世界の魔力が安定し、転移魔法が使えるようになったんですよね?」
「ああ。いつでもきみをもとの世界に戻せるさ」
その言葉にヒナは胸を撫で下ろした。
(やっと帰れる)
異世界に来て早いもので3年という月日が経った。
当時16歳だったヒナもすでに19歳である。
あどけなかった表情も凛々しく、垢抜け、出るところも出るという……女性としてもそれなりに成長してしまった。召喚された時に着ていた制服は胸の辺りが若干苦しい。着れなくはないが成人間近のヒナが着てしまったらいろいろとあれだ。
いきなりわけのわからない世界に連れてこられたと思ったらフランクマンという目の前にいる男にこの世界にいる魔王を倒せなどと命じられ、倒せなければ帰れないと脅された。
しかし。
この世界を脅かしていた魔王を討伐し、なんやかんやでフリタリア王国をこの世界の頂点に立たせるということもし、晴れて勇者としての役目を終えた。
ようやく。
ようやく、だ。
日本に帰れる。
この血みどろな世界から平和な日本へ戻ることができるのだ。
ずっとそのために頑張ってきた。3年もかかったが、ようやく悲願は達成された。
「本当にもとの女子高生だった頃のままの状態で戻れるんですか?」
「もちろん。私の転移魔法ならばなんの障害もなく、当時のままのきみの状態で戻せる」
「今度は本当の本当なんですね?」
「疑い深いな。期待以上の働きを見せてくれたヒナくんの当初の願いだ。そこは保証しよう」
満足そうに豪奢な椅子に腰を落とすフランクマンにヒナの疑いの視線は未だ消えない。
無理もない。
散々この男には振り回されたのだ。
本当ならば魔王を倒すことだけが使命だったのだが欲まみれのフランクマンに騙され続け、彼の利益になるようなことをたくさんさせられた。
右も左もわからず、純真無垢だった頃はそれはもう二つ返事で受けていたのだが、度重なる嘘にいまは耐性がついていた。
「本当だ。なんなら契約を結んでもいい」
「じゃあ結びます。もし嘘なら王の地位をはく奪……っと」
「ははは。ヒナくんも冗談言うようになったね――ってほんとに結んでるし!」
「いや結びますって。え、嘘なんですか?」
「ほんとだけど! 今回ばかりはほんとだけど! あれだけ頑張って手に入れた王様の地位をはく奪って!」
「まああれだけ汚い手を使えばなれますよね」
ぼそりと言う。
詳細は省くが、まあいろいろとやった。
ヒナもその手伝いをしたので同罪でもあるのだが。
「さて、それで本当にこの世界には未練はないんだな?」
「はい。昨日のうちにみんなとは別れを告げたので」
「そうか。私は留守にしていて悪かったね」
「いえ、行く気なかったですし」
「…………ヒナくん、ちょいちょいひどいこと言うようになったよね」
「そうですかね。まあいいんで早くしてください」
「はい」
相当砕けた会話ができるような間柄になっていた。
これも一種の成長ともいえよう。
3年前のヒナはそれはもう普通の女子高生で、子供だった。
けれど魔物や敵国との戦い、勢力争いや跡継ぎ問題、多くの価値観や人間の醜い部分などを見てきて、肉体的にも精神的にも強くなった。
(平和な日本に帰れる!)
しかしもう限界だった。
ただの女子高生であった少女なのだ。
べつにこういう世界に憧れていたわけでも、現実を逃避したかったわけでもない。
普通に辛かったし、戦いとか地獄だった。
なんてことないいままでの生活が恋しかった。
「この世界で得たチート能力も武器も防具もすべて失われ、もとの状態に戻るとは言っても、この世界での記憶は残る。こればかりは勘弁してくれ」
「ええ、それは以前にも聞いたことですし、なによりも忘れたくはありませんので」
辛いことや苦しいこともたくさんあった。
嫌な気持ちになったり、自暴自棄になった時だって一度や二度じゃない。
だけど、楽しいことがなかったわけじゃない。
フランクマンのような人間ばかりではなく、多くの人と出会った。
その人たちのことを忘れたくはない、そういう思いがヒナには強くあったのだ。
「それでは円の中心へ参れ」
「はい」
言われたとおり、幾何学模様の円の中心へ移動する。
長い道のりだった。
壮絶な戦いを繰り広げた。
当初は自分の運命を呪った。
だが終わりよければすべてよし、だ。
「じゃあなヒナくん。本当にきみには感謝してもしきれないよ」
「はは、なんだか最後ってなると少し寂しいですね」
不思議と芽生えた感情に必死に堪える。
(なんだかんだでこの人にもお世話になったなあ。自分のことばかり考えるおじさんだったけど、いろいろ教えてくれたのは他でもないこの人)
最後にお礼を言おうとしたヒナにフランクマンが思い出したように口を開く。
「あ、そういえば先日なくなったって言ってた下着……実は私が持ってるんだ」
「やっぱ一発殴らせろおおおお――――――――――」
そうしてヒナ・カンナギは御巫陽菜となって日本へと帰還した。
――――
玉座に残されたフランクマンはぽつりと言う。
「やっべ、設定いじるの間違えちった」
フリタリア王国、現国王フランクマン・リブス・ハーマン。
王、失脚が確定する。