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修羅場も捨てたものじゃない  作者: くろまぐろ
2/2

次々現れる刺客達

 春の昼の暖かい気候の中、大河は思い悩みながら家に着いた。

 駅から徒歩数分の二階建て一軒家は、大河が生まれた時に買ったもので、なんでも大河の父親が頑張ったらしい。

「ただいまー」

 家の鍵を開け中に入ると、玄関に妹である小林凛の靴が脱ぎ散らかしてあるのが、まず大河の目に入った。

 彼女は中学二年生で、黒髪ツインテールの引きこもりだ、と大河は認識している。

 散らかった靴を直して、大河はとりあえず二階の自分の部屋に鞄を置きに行く。

 その際、隣にある凛の部屋のドアをノックする。

 こういう昼飯を学校で食べない時は、必ずと言っていいほど凛は昼飯を食べていない。

「凛、昼飯食ったのか?」

「まだー」

「今から俺は食うけど、一緒に食うか?」

「うん」

 そういうと、ドアが内側から開き、中から黒いフード付きパーカーにジャージ姿の凛が姿を見せた。

「珍しいな。そんなに素直に出てくるなんて」

「まあ、丁度ゲーム終わったとこだったし。それよりお兄ちゃん、今帰って来たの?」

 制服姿の大河の姿を見て、凛は不思議そうに尋ねる。

「そうだけど……。なんか問題あるか? 昼飯は作り置きしてただろ?」

「問題はないけど、いつもすぐ家に帰ってたのになんで今日は遅いのかなって」

 凛の当たり前の疑問に大河はぎくっとする。

 今日の事を知られたら絶対にややこしくなるーー。

「え、えーと……ちょっと部活の体験しててな……」

「本当に?」

「ああ。これは間違いなく本当だ」

「これは? それってどういう事?」

 やってしまったーー。

 痛恨のミスに大河は思わず顔を手で覆う。

 その様子を見て確信を得た凛は、得意げにこう話す。

「やっぱりなんか隠してるんだ。お兄ちゃん分かりやすいから嘘なんてつかない方がいいのに」

 よほど嬉しいのかその場で一回転して、再び大河の方を見る。その透き通るような黒い目は亡くなった大河の母親そっくりだ。

「で、何があったの?」

「まあ落ち着け。飯食いながら話すから。とりあえずリビング行くぞ」

「絶対に話してくれる?」

「当たり前だ。俺は約束は守る。さあ、はやく行くぞ。もう空腹で倒れそうだ」

「はーい」

 二人は階段を降り、一階にあるキッチンに向かう。

 そこには、ラップがかけられたオムライスが置かれている。綺麗に丸められているその姿は、大河の料理上手な一面を充分に表している。

「うわぁーオムライスじゃん! やったあ!」

 凛は好物を前に目を輝かせる。

「朝出る時言ってただろ?」

「言ってたっけ?」

「全く……人の話はちゃんと聞けって前からずっと言ってただろ?」

「朝は眠いから無理なんだよ」

「いつでもあんまり聞いてないだろ」

「確かにそうかも」

「おい」

 大河は会話をしながら、電子レンジに二つの皿を入れ、電源を入れる。

「凛、コップとスプーン出してくれ」

「えー」

「異論は認めないからな」

「はーい」

 いかにも面倒くさいと言わんばかりの返事を返して、凛は食器棚からコップとスプーンを二つずつ取り出す。

 その時、電子レンジが温め終わりを告げる音が鳴る。

「食器類とケチャップ出したよ」

「サンキュー。こっちも出来たから食べるぞ」

 そう言い、大河は皿を持ちリビングへ向かう。

 皿をいつもの定位置のところにおき、それぞれ着席する。

 二人だけだが、定位置では大河と凛は隣同士だ。

「それじゃあ、いただきます」

「いただきまーす」

 挨拶が終わると同時に、凛はオムライスを大きくすくい食べる。

「うーん、美味しい! やっぱりお兄ちゃんのオムライスは安定の美味しさだねー」

 美味しそうに食べる凛を見て、大河も思わず笑顔で見つめる。

「どうしたの? 早く食べたら?」

「え? ああ、食べる食べる」

 どことなく恥ずかしさを感じながら、大河はオムライスにスプーンを入れる。

「で、お兄ちゃん。今日なんで遅くなったの?」

 覚えてたかーー。

「どうしても話さないとダメか?」

「うん」

「千円あげるって言ってもか?」

「うん」

「ゲーム一本買うって言ってもか?」

「……うん」

「ちょっと悩むんだな……まあいい。話すって約束したしな」

 そして、大河は今日の出来事を順を追って話し始める。

「……というわけで遅れた」

「……お兄ちゃん」

 いつにない真剣な表情で凛は大河を見つめる。

「ど、どうした?」

「ご愁傷様です」

 両手を合わせて、頭を下げるその姿は心からの憐れみを表しているのだろう。

「厄災は免れないよそれ」

「いやでも……」

「どうせまた馬鹿みたいなこと思ってるんでしょ? お兄ちゃんは昔から乙女心には相当鈍いんだから素直に私の言う事聞いてた方がいいって」

 特に麗華姉ちゃんに関しては、と言おうとして凛は口をつぐむ。

 彼女が大河の事を好きなのはずっと前からなのは、大河以外の人は気づいている事なのだ。

「まあ、そこまで言うなら別にいいけど。で、俺はどうしたらいい?」

 大河の言葉を受けて、ふっふっふ、と凛は不敵な笑みを浮かべる。

「な、何か秘策があるのか?」

「何もしない!」

「……へ?」

 予想外の言葉に大河は間抜けな声を出してしまう。

「ど、どういうことだ?」

「だから! 何もしないんだよ! こういう時は向こうの動きに合わせてこっちも動いていくの!」

「例えば?」

「うーん、そうだなあ。まあ、基本的には誰とも付き合わないとか?」

「え?!」

 大河の脳内プランである、麗華と付き合って修羅場を切り抜けるがはやくも否定されて、思わず声を張り上げる。

「どうしたの? これくらい余裕でしょ? 今までほとんど女子と話せてないじゃん。麗華姉ちゃん以外と……ってまさか……」

「いや! 違う! 別に麗華と付き合おうとかそういう訳じゃなくて!」

「いや! べ、別にそういう手もあると思うよ! むしろそっちの方がいいというか……」

「え? なんて?」

「いや、なんでもない! 忘れて! それより、流石にそれはちょっと無茶だと思うよ。いくらなんでもそんな形でふられて普通にいられる人なんていないと思うし」

「そうだよなー。やっぱり上手くやっていくしかないかー」

「そうだよ。まあお兄ちゃんがもっと心を鬼にしてやれば済む話なんだけどね」

「それは出来ないな。今後の活動にも関わってくるし」

「なら、そうするしかないよ。まあ、私に出来ることがあればいつでも言って」

「サンキュー。こういう時のお前は凄く心強いよ」

 そう言って大河は凛に向かって笑顔を向ける。

 嬉しさと恥ずかしさの同時攻撃に凛は顔を赤らめてそっぽを向く。

「そ、そう? お兄ちゃんもたまには乙女心を分かるんだね」

「なんだそりゃ。ていうかはやく食べろよ。まだ残ってるぞ」

 凜がはっとして大河の方を見ると、いつの間にか大河は食べ終わっていた。

「お兄ちゃんってほんっとうに馬鹿だよね……」

「なんか言ったか?」

「なんでもない! とりあえず余計な事はしないようにだけしててよね」

「分かったよ」

 凛がもっと兄に褒めて欲しいなど知る由もなく、大河は不思議そうに首を傾げながら自分の皿を洗う。

 そんな兄を横目に凛は一気に残りのオムライスをかきこむ。

「ごちそうさま」

 そして、足早に二階の自分の部屋へと向かう。

「なんなんだあいつ?」

 まさか自分が原因とは思わない大河は、綺麗に食べられたオムライスの皿を片付けながらポツンと呟く。

 ふと、ここで大河は楓が言っていたある事を思い出す。

 確か明日もある的な事を言ってたようなーー。

 これからの事を想像するだけで大河の気分は右肩下がりになる。

「でも、気にしても仕方ないか。どうせなら楽しんでやる!」

 まるで忘れようとするようにわざとらしく声を上げて、力強く皿を洗う。

 そして翌日ーー。

 朝から小林家では、大河の大声が響いていた。

「凛! 早くしろ!」

「ちょっと待って! まだ準備終わってない!」

 大河は凛をせかしながら腕時計を見る。

 時計の針はすでに八時十五分を指していた。

 始業時間まで後十五分だ。

 しかし、これは珍しいことではない。

 朝までゲームしている事が多い凛が、基本寝坊するため、いつもこのくらいの時間になるのだ。

「出来た!」

 そう言って凛は鞄を持って大河の待つ玄関に走ってくる。

「全く……少しは早く寝ろよなー」

 毎日のように言っている小言を言い、大河は玄関のドアを開けた。

 すると。

「大河! 遅い!」

 なんとそこには大河の遅さに怒っている麗華がいた。

「れ、麗華! なんでここに?!」

「昨日、逃げるように帰ったからなんかあったのかなーって思って。別に心配したわけじゃないけど」

「飯作るためだって言っただろ? なんでそれが心配なんだ?」

 大河の冷静な指摘に麗華の顔は一気に真っ赤になる。

「べ、別にいいじゃん! 心配してくれる人がいるだけありがたいでしょ!」

「なんか厚かましいな……まあいい。それより、急がないと遅刻するぞ」

「誰のせいだと思ってるの?!」

「麗華姉ちゃん、お兄ちゃん。痴話喧嘩もその辺にしないと本当に危ないよ?」

「な……! 何を言ってるんだ凛! そんなんじゃないよな! 麗華!」

 大河は僅かながらの期待を込めて麗華の方を見るが、

「痴話喧嘩……。周りからはそんな風に見えるんだ……ふふふ」

 麗華は我を忘れて浮かれている。

「凛! お前……!」

「いいじゃん別に。さあ、このままだと遅刻だよ?」

 凛は完全に悪戯好きの子供の目をしている。

 おそらくこの様子の麗華の手を引っ張って連れて行けとでも言うんだろう。

 もしそれを誰かに見られて噂になったら、と考えるだけで大河は悪寒が走る。

 と、その時。

 大河の頭にある打開策が思い浮かぶ。

 これしかないーー。

 そう思い、大河は慌てて家に戻る。

「お兄ちゃん! どうしたの?」

「ちょっと待ってろ!」

 しばらくして、大河は慌ただしく出てくる。

「何してたの?」

 少し息を切らしながら、大河は凛の手に二つの自転車の鍵を乗せる。

「これって……」

「もう言わなくても分かるだろ?」

「二つしかない……ってお兄ちゃんもしかして……」

「ああ。俺は走る。大丈夫だ。今までの勝率は八割越えてる」

 そういうと、大河はクラウチングスタートの姿勢をとる。

「ちょ、ちょっとお兄ちゃん……」

「じゃあ後は頼んだ!」

 凛の制止も聞かずに大河は綺麗なフォームでスタートする。

「流石に十分じゃ無理なんじゃ……まあいっか。それより……」

 凛は未だに浮かれている麗華の方を見る。

「これはどうしよう……とりあえずこちらの世界に引き戻さないと。麗華姉ちゃん! 戻ってきて!」

 凛の呼びかけに麗華は、はっと我を取り戻す。

「あ、あれ……私は一体……って凛ちゃん。そんなに血相を変えてどうしたの?」

「どうしたもこうしたもないよ! 早く行かないと遅刻だよ!」

 凛は麗華に自転車の鍵を投げ渡す。

 幸運な事に大河は背が低く、麗華とほとんど変わらないため、自転車にはそのまま乗れる。

「それ、お兄ちゃんの自転車の鍵! ここにあるからそれで行こ!」

「で、でも……」

「いいから!」

 凛は半ば強引に麗華を大河の自転車に乗せ、自分の自転車に乗る。

「今から飛ばせばギリギリ間に合うはず! 行こう!」

 麗華の返事も聞かずに凛は高速で自転車のペダルを漕ぐ。

 慌てて麗華も後を追う。

 信号も運良く青になり、二人は風を切り高速で突き進む。

「見えた! まだ大丈夫そう!」

「でも、凛ちゃん中等科は校門から少しあるよ? 大丈夫?」

「大丈夫! ……多分」

 そう言ってる間に二人は校門を通過する。

「じゃあ、私はこのまま中等科の昇降口まで行くから麗華姉ちゃんも頑張って!」

「う、うん。凛ちゃんも頑張って」

 麗華のその言葉も聞かずに、凛は高速で去って行く。

「私も急がないと。自転車置き場は……まあ後でいっか」

 麗華は適当な所に自転車を止め、昇降口へと走って向かう。

 高速で階段を駆け上がり、チャイムが鳴るコンマ数秒前になんとか教室のドアを開ける。

 肩で息をして、汗をかきながら自分の席へ向かう麗華に、クラスメイトからは不思議そうな視線が注がれる。

「麗華。大丈夫?」

 麗華の後ろの席の星河柚月が心配そうに声をかける。

「だ、大丈夫……」

「なんで今日遅れたの?」

 柚月が事情を聞こうとしたその時、教室のドアが開き、担任の加藤が教室に入ってくる。

「また後で聞くね」

 柚月は麗華の耳元でそう囁いた。

「じゃあ今日はここまで。委員さん号令よろしく」

「起立、礼」

「ありがとうございました」

 四時間目が終わり、麗華は身体をゆっくりと伸ばす。

「疲れたー」

「麗華、昼ご飯どこで食べる?」

 後ろの席の柚月が、鞄から弁当箱を取り出しながら尋ねる。

「ここでいいんじゃない? 動くの面倒だし」

 そう言いながら、麗華は横目で大河を見る。

 その周りには、大河の男友達が座っていた。

 その様子を見ていた柚月は、弁当を開けながらこう話す。

「小林君の事もちゃんと聞くからとりあえず食べようよ」

「べ、別に大河にも友達いたんだって思ってただけだし!」

「その返しは失礼だと思うよ」

 麗華は少しむすっとした表情で、鞄から弁当を取り出した。

「で、なんで今日遅れたの?」

 柚月は弁当のおかずを口に運びながら、麗華に尋ねる。

 彼女の弁当は自作で、そのクオリティは高い。

「ちょっと寝坊しちゃって。別に大したことないから大丈夫」

 麗華はなんとか朝の事を悟られないように、弁当のおかずを食べて平常を保とうとする。

「本当に? じゃあなんで授業中に小林くんの方見てたの?」

 柚月の指摘におかずが気管に勢いよく飛び込み、思わず咳込む。

「だ、大丈夫?」

「う、うん。なんとか……。で、私が授業中に大河の方を見てたって? そんな訳ないじゃん。変な事言わないでよー」

 なんとか誤魔化そうとしている麗華の耳を柚月はぐいっと引っ張る。

 いたた、と麗華は顔を歪める。

「麗華、耳が赤いよ。嘘ついてる証拠。私に嘘つけると思ったら間違いだよ?」

 ふふ、と微笑んで柚月はそう麗華に話す。

 小悪魔のようなその笑顔は、数多の男子を勘違いさせてきた。

 もちろん、本人はそんな事には気づいてないーー、いやあえて気づかないふりをしているのか。

「全く……柚月には敵わないなあ。まあ、もちろん寝坊なんかじゃなくて、本当は……」

 麗華は朝の出来事の一部始終を柚月に話した。

 その話を聞き終わると、柚月は静かにこうつぶやいた。

「麗華ってなんか成績いいけど馬鹿だよね」

「今地味に酷いこと言ったよね?」

「でも、麗華の話が本当だと小林くんが怒られてたのって麗華のせいだよね?」

 大河は今日登校は間に合ったものの、麗華が適当に停めた自転車のせいで結局先生に怒られたのだ。

「ま、まあ確かに……。それは後でちゃんと謝るから」

「動揺せずに謝れるの?」

「多分、大丈夫……だと思う」

「まあ、いくら好きとはいえ幼馴染相手だし大丈夫か。小林くん、優しいし。さてと、そろそろ昼休みの時間なくなりそうだね。早く食べないと」

 柚月の言葉を聞き、麗華は時計を確認する。

 時計の針は一時十五分を指していた。

「って授業二十分からじゃん! 後五分しかないじゃん!」

「五分あれば余裕だよ」

「柚月はそうかもしれないけど! 私はきついって!」

 余裕綽々な柚月にキレながら麗華は弁当を一気にかきこむ。

 五時間目開始のチャイムが鳴る頃には、なんとか麗華の弁当は空になっていた。




「じゃあ今日はこれで終わりです。委員さん号令」

「起立、礼」

「ありがとうございました」

 まだ慣れない挨拶を済ませた後、大河は麗華の元へ行く。

 出来れば一緒は避けたいが、同じクラスで同じ部活で一緒に行かないのは明らかに不自然だ。

「麗華ー、行くぞー」

「うん」

 二人は廊下を並んで歩き出した。

 たわいもない会話を交わしながら、二人は部室ーーもとい今は使われていない教室についた。

 大河がドアに手を掛けると、ドアは普通に開いた。

「あれ? 麗華。ここって鍵かかってないのか?」

「さあ。楓さんは何にも言ってなかったけど」

「まあ、開いてるなら中で待つか」

 大河はそう言ってドアを開けた。

 まず最初に二人の目に飛び込んできたのは、つり上がり、大きく開かれた赤い目。

「うわあああ!!」

「きゃあああ!!」

 二人の悲鳴が、静かな廊下に響き渡る。

 校舎のはずれでなければ、まず怒られる事は確実だ。

「ご、ごめんなさい! 教室間違えました!」

「私達は、無一文ですから!」

 そう言って怯えながら、二人は必死にジャンプする。

 その様子をその目の持ち主である、竜崎渚は困惑しながら見つめていた。

「あ、あのー」

「ひっ」

 麗華が怯えて大河に抱きつく。

 その目は涙で潤んでいた。

 どうやらまともに会話は出来なさそうだーー、と渚は頭を抱えた。

 勘違いされる事はよくある事だが、ここまでなるのは初めてだ。

「さて、どうしようか……」

 と、その時。

「渚ー? もう来てるー? って……」

 開かれた扉から中を覗き込んだ楓の目の前に広がっていたのは、涙目の麗華に抱きつかれている大河と、その二人を困惑した様子で見つめている渚だった。

「あ、楓。ちょうどいい所に」

 言わなくてもわかるだろ、と言わんばかりの視線が楓に向けられる。

「あー、大河。麗華。ちょっと落ち着いて。この赤い髪の見た目ヤンキーなのは、私の親友の竜崎渚で、この部活の部員だよ」

「そう。だから、別に何もしないし、出来ないから」

「そ、そうだったんですか。すみません、変に驚いてしまって」

「いや、慣れてるから別にいいよ」

「ほら、麗華。この人、先輩だから別にもう大丈夫だ。だから、その、離れてくれ」

 大河は恐る恐る楓の方を見る。

 楓は大河の方を不機嫌そうに睨みつけている。

「分かった。あの、怖がってすみませんでした」

 麗華は名残惜しそうに離れる。

 その麗華の行動の一部始終をジッと見ていた楓が、不思議そうにこう尋ねる。

「麗華って本当に怖がってた? もしかして……」

「あー、楓先輩! この……えーと竜崎先輩の事が知りたいなー!」

 頼む、察してくれーー。

 大河は藁にもすがる思いで渚の方を見る。

「あ、ああ。確かに私も自己紹介しときたいな」

 伝わったーー。

 大河はとりあえずほっと一息つく。

 もしあのまま進んでいたら、おそらく凄く面倒なことになっていたに違いない。

「なんか二人とも変な感じ……まあいっか。で、自己紹介するの?渚?」

「いや、別に……あ」

 渚が思わず大河の方を見た時には、大河は既に肩をガックリと落とした後だった。

「やっぱり変だよ二人とも。さっきから何してるの?」

「……あ!」

 麗華は何かを思いついた様子で、楓のもとに駆け寄る。

「……うん……え?!」

 麗華からの耳打ちで、楓は驚きの声を上げる。

 渚は状況確認のため、大河のところへ向かう。

「あー、えーと今、どういう状況?」

「え、あ、はい。簡単に言うと、凄く面倒な状況です」

「もしかしなくても私のせい?」

「いえいえそんな。むしろ、あの時に俺の話にあわせてくれたので、助かるかもしれないという希望が見出せましたよ」

「……ごめん」

「……はい」

 二人が意気消沈した時、二つの手が渚の肩に乗せられる。

「渚。ちょっといい?」

 渚が振り返るとそこには、真剣な表情の麗華と楓の姿があった。

「なんだ?」

「ちょっとこっち来て」

 楓に引っ張られて、渚は部室の端に連れていかれる。

「な、なんだ?」

「ちょっとお話があります」

「単刀直入に聞くけど、渚、大河の事好き?」

「……まあ、悪い奴ではないと思うが……」

 渚の不注意な一言に、大河の背中に冷や汗が流れる。

 回答によってはこの状況がさらに悪化していく事になる。

「なんか随分と遠回しな言い方してるけど、もっとはっきりと、イエスかノーかで答えて」

 楓はいつにない真剣な表情で 、渚をジッとみる。

 その目は透き通る美しい蒼色をしている。

「まあ、イエスかノーかで言われれば……」

 渚は後ろで顔面蒼白になっている大河をよそにうーん、と少し考えた後呆気なくこう答える。

「ノーだな」

「……そう。ならいいけど」

 楓の意外そうな返事と共に、大河は胸をなで下ろす。

 状況が悪化しなかった事もそうだが、まともな人がいてくれたことが大河をより安心させた。

「と、とりあえずどうしますか? やっぱり自己紹介しますか?」

 大河が好機とばかりに話題を変えようと話を楓に振る。

「別にいいと思うけどなー、まあいいや。じゃあ渚。よろしくー」

「えーと、二年の竜崎渚だ。よろしく」

「……それだけ?」

「他に言う事ないだろ?」

「いや、なんかあるじゃん。例えば、趣味とか」

「ああ、なるほど。趣味はゲームしたり、プロゲーマーの動画見たりとかだな」

 渚のその一言に、大河は少しテンションが上がる。

 まともで話が合うとなると、一気にここでの過ごし方、もとい立ち回りが楽になる。

「誰の動画見るんですか?」

「えーと、名前なんだっけ?」

「小林大河です」

「じゃあ、小林、でいいか。小林も見るのか?動画」

「はい。まあ、たまにですけどね」

「で、誰のかどうかだったな。私がよく見るのは、この人だ。動きに無駄がなくてな。なんというか、そう洗練されたって感じだ。どんな人かはわからないが、私はこの人に惚れているといっても過言ではない」

 そう言って渚は、スマホでその人の動画を再生する。

 三人は、渚の肩越しにその動画を覗き込む。

「渚、本当にその人好きだよねー。なんでもその人まだ中学生らしいよ」

「ああ、そうらしい。それがまたこの人の凄さを引き立てているんだ」

「へぇー、中学生でこの動きかー、ってこれってもしかして……」

「ああ、これは……」

 何か訳ありな二人の反応に渚は、首をかしげる。

「どうした? 何かあったか?」

「え?! あー、えーと。竜崎先輩ってこの人の事は好きですか?」

「ああ! この人になら、私は命すら捧げれる!」

 自信に満ち溢れたその一言は、渚の本気度を表すには充分だった。

 言えない、ここまで言ってる人にこれ、俺の妹だなんてーー。

 大河が、そう考えるのとほぼ同時に麗華の口から例の言葉が発せられる。

「これ、大河の妹ですよ」

「れ、麗華?!」

「別にいいじゃん。どうせバレるだろうし。それにそんなに隠す事でもないでしょ?」

「いや、隠さないとまずいというか……」

「小林、いや、お兄さん」

 渚は真剣な表情で大河を見つめる。

 その表情と言葉から、大河は明らかな危機感を感じた。

「妹さんを、私にください!」

「……え?」

 流石におかしいと思ったのか、楓のストップが入る。

「ちょ、ちょっと渚、何を言って……」

「ど、どうだ?」

 しかし、そんな事御構い無しで渚は大河に詰め寄る。

 真剣に向けられたその顔は、可愛いというよりカッコいいと思わせるようなものだった。

「え、えーと。とりあえず、今度妹に会いますか?」

「い、いいのか?」

「はい。まあ、変な事しないのが前提ですけど」

「もちろんだ!」

 余程嬉しいのか、先程までとは声のトーンが全然変わっている。

「わ、私も会っていいかな?」

 先程までの反応から一転、チャンス到来とばかりに楓が提案する。

「いいですけど……でも、そんなに会うほどのやつでもないですよ?」

「そんなの会って見ないと分からないよ。じゃあいつにする?」

「今日……じゃダメか?」

「別にいいと思います、多分ですけど」

「本当か?! ありがとう!」

「大河! 私も行きたい!」

「でも、お前凛の事知ってるし……」

 大河が続きを言う前に、麗華の顔がどんどん暗くなっていくのが、目に見えてわかる。

「分かった分かった。お前も来ればいいだろ。全く……」

 大河がそう言って肩を落とした時、急に教室の扉が開かれる。

 金髪碧眼のその彼女は両手に黒髪ツインの少女を抱えていた。

「ねえ、見てみて! 小学生拾った!」


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