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修羅場も捨てたものじゃない  作者: くろまぐろ
1/2

修羅場道、開幕

 あの日、灰色がかっていた世界は色づき、俺は奇跡と出会った。

「ねえ、君。もしよかったらうちの研究会に入らない?」

 そう言って、放課後の校門で俺ーー小林大河を呼び止めているのは、光が丘高校一の美少女とうたわれている蒼月(そうげつ)楓だ。

 テストでは常に学年トップ、スポーツ万能、整った顔立ちに長く煌びやかな銀髪ーー、まさに絵にかいたような美少女。

 そんな人が、今、俺に向かって研究会に入らないかと言っている。まさにこれは、俺が高校生活に求めていたものだった。

 何を隠そうそれは、ラノベ的なイベント。

 オタク人生が始まり四年目にして、俺はついに夢を叶えた......、かに見えた。

 しかし。

 楓の鞄の空いた隙間から、どさりと音を立ててラノベ、それも最近出たばかりのものが大量に落ちる。

 その時、俺は絶望した。

 まさか、あの楓先輩が......。

「オタクだなんて!!」

 大河は、急に立ち上がり叫んだ。

 はっ、として大河が周りを見渡すと、きょとんとしたクラスメイトと担任の加藤沙織が心配そうに大河を見ていた。

「えっと、小林くん。おはよう」

 加藤は気を遣って苦笑いをする。

 大河は自分の状況に気づくと顔を真っ赤にして、慌てて着席する。

 周りからは笑いが巻き起こる。

「はいはい、静かに!まだ、ホームルーム終わってないでしょ!早く係決めないといけないのに」

「先生、もう終わったよ」

「嘘!?」

 女子生徒の指摘を聞き、加藤が黒板を振り返ると、そこには係の名前が綺麗な字でまとめられていた。

 加藤が驚いているのを見て、その女子生徒はさらにこう続けた。

「先生が職員室行ってる間に、麗華が全部決めてくれたんだよ」

 加藤は驚いて、麗華の方を見る。

「本当に? まだ、このクラスになって2日目なのに凄いじゃない、文月さん」

 麗華は手を顔の前で振りながら、謙虚にこう答える。

「いえいえ、みんなが協力してくれたおかげです」

「そんな謙遜しなくていいのよ。人をまとめるのは立派な能力なんだから」

 この時、ホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴る。

「あれ? もう終わり? じゃあ、新学級委員の......」

 加藤は黒板に書いてある名前に目を通す。

「小林くん、号令して」

 大河は、きょとんとした顔で加藤の方を見る。

「え? 俺?」

「そうよ。ほら、ここに書いてあるじゃない」

 大河は、加藤の手のさす方を見る。そこには、明らかに麗華の字で小林大河と書かれていた。

 大河は机の下で握りこぶしを作り、麗華の方を見ると、麗華は爽やかな笑顔を大河に向ける。

 彼女は文月麗華といい、大河の幼馴染だ。

 周りからは、真面目な人だと思われるタイプだが本人の性格は、子供っぽく大河からすると周りの人の印象は違和感しかない。

 はあ、とため息をつき大河は号令をかけた。

「起立。礼」

「ありがとうございました」

 その後、大河はすぐに麗華のもとに直行する。

「麗華! お前なにやってくれてんだよ!」

「あら、どうしたの? 大河。もしかして怒ってる?」

 麗華はとぼけたように、首をかしげる。

 大河は怒りに震えながら、麗華の机を叩く。

「怒ってるに決まってるだろうが!」

「なんで?」

 麗華は、頬杖をつきながら茶色がかった髪の毛をいじる。

 ハーフアップにしているその髪はとても艶やかで、どこか大人な雰囲気を演出しているーー、当の本人は大人とは程遠いが。

「そんなのお前が勝手に俺を学級委員にしたからだろ!」

「入学2日目にして寝てた大河が悪いのよ。昨日何してたのよ?」

「妹と朝までゲーム」

「勝ち目ないのによくするわね」

 大河の妹はプロゲーマーで今業界では、天才少女現る! と騒がれている。

 麗華は大河の妹とも面識はあり、幼い頃はお姉さんとしてよく遊んでいた。

「戦う訳ないだろ。トレーニングモードで俺が言われたコンボをして、それの対応を妹が練習するんだよ」

「それ、楽しいの?」

「楽しい訳ないだろ。けど、せっかく妹がやる気になってるんだ。ほっておく訳にもいかないだろ」

 へえ、と麗華は驚いた顔で大河を見る。

「意外とお兄ちゃんしてるんだ」

「意外は余計だ」

「あ、そうだ。大河。さっき叫んでたのは何なの? もしかして彼女でも出来た?」

 麗華は、いたずらっ子のような笑顔を浮かべている。

 昔から彼女は人をからかうのが好きだ。

「んなわけないだろ!」

「じゃあ何なの?」

 麗華は、昔から変わらない真っすぐな目で大河を見つめる。

 目が合い大河は少しドキッとする。

 わざとらしく咳払いをして大河は冷静さを取り戻す。

「そのことなんだけど」

「大河、ちょっと顔赤いよ?」

「そ、そうか? 気のせいだろ、気のせい。で、そのことなんだけど。実はさ、俺昨日楓先輩と会ったんだ」

「えっ!?」

 麗華の驚いた声に、大河は不思議そうに麗華を見る。

「どうした? 知ってるだろ? テストでは常にトップ、スポーツ万能の天才美少女。この学校では、ファンクラブまであるって噂だ。その凄い人が俺に声かけてくれたんだよ。その時にさあ、ラノベが鞄から落ちたんだよ。楓先輩の鞄から。で、話聞いたら俺以上のオタクだった訳。で、さっきの叫びが出た」

「なんて言ってたの?」

 聞きたいのはそれじゃない、とばかりに麗華は食い気味に大河に尋ねる。

「え? ああ、確か研究会に入らない、みたいなことだったと思うけど」

 その言葉を聞き、はあ、と麗華はため息をつく。

「やっぱり。私が連れていくからいいって言ったのに」

明らかに普通じゃない麗華の反応に大河は、慌てて説明を求める。

「どういう事だ? お前、楓先輩と知り合いなのか?」

「後で説明するからとりあえずついてきて。どうせ家帰ってもやることないでしょ」

 麗華はそういうと、おもむろに立ち上がり廊下に出る。

 大河は慌てて後を追う。

「麗華! ちょっと待てって! まだ何も言ってないだろ」

 麗華は振り返ると、照れながら笑顔でこう答える。

「いやー、何があっても来てもらうつもりだったから別にいいかなーって」

「じゃあ聞くなよ......」

「別にいいじゃん。減るもんじゃないんだし」

 麗華はそういうと軽やかな足取りで歩き出した。

 それに合わせて大河も歩き出す。

「何がだよ......。で、今からどこ行くんだ?」

「え? 知らないの? その研究会の教室だよ。楓さんから、大河連れてくるように言われてるんだよ」

 思いもしない名前に大河は驚愕する。

「え?! ど、どうして?!」

「大河、中学の時から有名だったじゃん。光が丘中学のミスター宝の持ち腐れって」

 大河は中学の時から常に学年トップでスポーツ万能だったが、アニメゲーム漫画オタクだった為、そう呼ばれている。

 大河はそのおかげで中学三年間は、いらない注目を集める羽目になった。

「そんなに持ち腐れしてないっての。ていうか、それだけの理由で呼ばれるか?」

「持ち腐れの主な理由に惹かれたんじゃない?」

「なんだそりゃ。意味が分からないぞ」

 大河の言葉に麗華は、大きくため息をつく。

「もー、本当に馬鹿だよね、大河。こんなのが一番なんてこの高校も終わりじゃん」

「こんなの呼ばわりすんな! てか、お前が言えた事じゃないだろ」

 大河の言葉に麗華の額に青筋が浮かぶ。

「私は大河みたいな馬鹿じゃないし! 理解力あるって友達に言われるし!」

「それは友達の優しさだ! 本当のお前は理解力ねえよ!」

「大河、友達がいないからって八つ当たりしないでよ!」

「いるわ! 少しだけど」

「いるんだ。意外」

「結構傷つくぞそれ......」

「あ、ここだよ」

 麗華は、立ち止まってその場所の方を見る。

 二人の前には、普段使われていないであろう教室があった。

 中からは椅子が地面と擦れているであろう音が聞こえる。

「どうやらもう来てるみたい。さあ、入って入って」

 麗華は大河の背中をグイっと押す。

「うわ! ちょ、ちょっと押すなって!」

「こうでもしないとヘタレな大河は入れないでしょ。私以外の女子と話してるの見た事ないし」

「それはそうだけど! とりあえず落ち着け!」

「うるさいなあ、そんなのじゃ社会でやっていけないぞ!」

「お前に心配される筋合いはねえよ!」

 大河がそう叫んだ時、扉が勢いよく開く。

 中から、長い銀髪をなびかせて出て来たのは、ほかの誰でもない、蒼月楓だった。彼女は麗華を見ると、こう話しかける。

「さっきから何してるの? 麗華? って君は......」

二人が呆然としてる中、楓は大河に顔を近づける。

はっ、と我に返った大河は、至近距離にある綺麗なそれに顔を真っ赤にする。

「か、楓先輩?! ど、どうしました?」

「来てくれたんだって思って。昨日、君すぐに帰っちゃったから不安だったんだよ」

 その言葉を聞いた麗華は、大河を睨みつける。

 横を見て、それに気づいた大河は慌てて目をそらす。

「麗華、そんな顔してどうしたの?」

 麗華はさっきまでの態度とは、うってかわってもじもじしながら答える。

「え、いや、その、何でもないです」

「そう? 絶対大河の方見てたけど」

 麗華の顔が一気に赤くなる。

「み、見てません!」

「嘘、絶対見てたと思うけど」

「見てないです!」

「可愛いなあ、麗華」

「からかわないでください!」

 顔を真っ赤にして、楓にからかわれている麗華を見て、大河が珍しさを感じていた時、ふと自分の名前を呼ばれた事に気づく。

「てか、先輩。何で俺の名前を?」

 楓は両手を腰に当てて、胸を張りながらこう答える。

「そりゃあ、常に学年トップ、スポーツ万能、おまけにイケメンのオタクの情報なんて、光が丘オタク業界では当たり前の情報だよ」

「何ですかその業界......」

 光が丘高校は、中高一貫で中学生と高校生の距離が近く、情報も出回りやすい。

「まあ、そういう事だよ。とりあえず入って」

 楓はそういうと、髪をなびかせ、教室に入っていった。

 大河は恐る恐る後についていく。

 足を踏み入れ、顔を上げ、大河は驚愕した。

 そこにはいかにも会議室、と言った感じの風景が広がっていた。真ん中にはよくある持ち運び式の長机が置いてあり、その周りにはパイプ椅子が置かれている。

 その机から程よい距離感でホワイトボードが白い面を午後の太陽光の反射で光らせている。そして、一番大河を驚かせたのは周りの棚に大量に並べられたライトノベルの数々。とても一人で集められる量ではなかった。

「これ、どうしたんですか?」

 大河は、適当なライトノベルに目を通しながら楓に尋ねる。

「これはね、みんなで家から持ってきたんだよ。保存用のやつとか間違えて一冊多く買ってきたやつとか。

まあ、一冊だけとかのはちゃんとシリーズごと買ったけどね」

 楓は、少し照れながら笑う。可愛い、と思わず呟いてしばらくしてから大河は自分の失言に気づく。

「あ、いや、えーと、これは......その、あれです。初対面にする挨拶みたいなもので......」

 大河の豪快な慌てっぷりに、楓はふふふ、と笑い出してついには大声で吹き出し始める。

「はははっ!! 大河慌て過ぎだよ!! 可愛いのは大河の方じゃん!」

 大河は予想だにしない楓の言葉と態度に、困惑して苦笑いする。昨日に続いて、彼の楓のイメージは大きく塗り替えられる事になった。

 笑っている楓をよそに、大河は麗華に耳打ちする。

「楓先輩って、いつもあんなのなのか?」

「残念ながら。大河が思い描いていた蒼月楓はこの世にはいないのよ。と言っても、勝手におしとやかでみんなに優しい蒼月楓を作ったのは、私達周りの人間なんだけどね」

「はあ、疲れた。麗華、何話してるの?」

 爆笑して息苦しくなって、肩で呼吸しながら楓は尋ねる。まさか自分の事を話しているとは思ってもいないのだろう。

「何でもないです。それより、他の先輩方はどこに行ったんですか?」

「今日は来てないよ。渚はゲーム買いに行くって言ってたし、飛鳥も新しいなんか買いに行くって言ってたし」

「なんかって......」

「まあ、そんな事より大河! うちの研究会入ってくれるよね?」

 楓のキラキラとした目が大河に向けられる。

「え? あ、えーと。ちょっと家事があるんで......」

 大河は動揺して、思わず目をそらす。

 楓は肩を掴んでさらに追撃する。

「入ってくれるよね?」

 子供の頼みを断ってるようで、なんとも言えない罪悪感が大河を駆け巡る。

 仕方ない、そう思い大河はため息をついた。

「分かりました。入りますよ」

 その瞬間、楓は大河の手を掴んで涙ぐむ。

 突然手を取られ、大河の身体の血液が加速する。

「本当に!? ありがとう!」

 予想外の涙に大河は顔を赤くしながら、慌てて麗華に助けを求める。

「れ、麗華!これってどうしたら?!」

 あーあ、と麗華は大河を蔑むような目で見ている。

「女子泣かすなんて大河さいてー」

「麗華! マジで頼むって! 今度同人誌の原稿手伝うから!」

 その言葉を聞き、麗華は手のひらを返したように態度が変わる。

「マジで! それなら。ちょっと、楓さん! 非リアの大河が勘違いしてるんでやめてください」

「してないわ! 後、その形容やめろ!」

 麗華の言葉を聞き、楓はパッと手を放した。

 その行動の早さに、一抹の寂しさを大河は感じる。

「ごめん。なんも考えてなかったよ」

「あ、いえ。こちらこそ動揺してしまって」

 どこかよそよそしい二人、特に大河は明らかに楓と話す時は口調が硬かった。

 その様子を見かねた麗華が2人の肩に手を乗せ、わざとらしく調子を上げて話す。

「なーに初対面みたく話してんの。これから同じ研究会で活動していくんだからもっと笑顔で、フレンドリーにいきましょう!」

「麗華、私達実質的に初対面なんだけど」

「細けえことはいいんですよ!とりあえず、自己紹介からいってみよー!」

 麗華は右手を上げて笑顔で叫んだ。

 あまりのテンションの違いに、楓と大河は唖然として立ち尽くす。

「大河! ほら、これで名前書いて適当に自己紹介して!」

 先程のテンションからくる恥ずかしさを紛らわすように麗華は大河に、マジックペンを投げつける。

「いたっ。麗華、何も投げなくても」

「いいから! 早く書くの!」

「はいはい。分かりましたよ」

 大河はホワイトボードにスラスラと名前を書いていく。

「字、綺麗だね」

 楓が大河の字を見ながらふと呟く。

「そうですか? あんまり気にした事なかったです」

 大河が澄ました顔で言った直後、麗華の説明が入る。

「嘘でしょ大河。学年トップが字が汚かったら、恥ずかしいからって前練習してたじゃん」

「余計な事言わなくていい!」

「結構乙女なんだね、大河」

「別に乙女要素ないですよ!」

 ふとこの二人の関係を疑問に思い、大河は質問を投げかける。

「ところで、二人はどういった関係なんですか?」

「え? 教えてなかったっけ?」

「私達は、同じサークルで活動してるんだよ。と言っても、私は依頼されたらやるくらいだけどね」

 訳がわからず、大河が呆然としてると、麗華から説明が入る。

「えーと、私がサークルに入ってるのは知ってるでしょ?」

「当たり前だ。なんてったってあの有名サークル、金城鉄壁なんだからな」

 金城鉄壁とは、ジャンル種類問わず様々な物を作っている大人気サークルで、コミックマーケットで歴代最高売上記録を持っている。通称、金鉄。

「そこで、私達は何年か前から映像関連にも手を出そうって事になってさ。で、その時に丁度楓さんの噂を聞いて、声をかけたって訳」

「あ、え? なんでそれで楓先輩に?」

 大河は新しい情報が錯綜して、頭が混乱している。

「知らないの? 大河。私、動画作ってるんだよ。一応仕事で」

 大河の脳に新たな衝撃情報が突き刺さり、大河の思考回路にダイレクトアタックしてくる。

 頰を叩きなんとか気を保ち、大河は質問をする。

「え? し、仕事?」

「そう。趣味であげてたらなんか目に留まったらしくて。こっちの事情も考えずに契約だのなんだのうるさくってさー。だから、今はあんまりしてないんだよね」

 これが天才かーー、と大河と麗華は震撼する。

「そ、そうなんですね。先輩も大変ですね」

 それを聞いた途端、楓は唐突に大河の肩を掴んで、興奮気味に前後に揺らす。

「そうなんだよ大河! いやー、分かってくれると信じてたよ! 周りの人は勿体無いとか、他の人への侮辱だとか、うるさくて。そんなの私の勝手じゃんって言いたいよ」

 早口でまくしたてながら、楓は大河の肩を揺らし続ける。

 これだけ周りから人気があって、才能があっても中身は高校二年生と変わらないな、と大河は揺らされながら思ったーー、いやそんなに普通でもないが。

「あ、そうだ」

 楓の手は急に止められ、慣性の法則が大河の首を襲う。

「大河、色々説明しないといけなかったね。まだこの研究会の名前も知らないんじゃない?」

「た、確かに。この研究会に関する事はあまり聞いてないですね」

 首をさすりながら、大河は今までの会話を思い出す。

 よくよく考えれば、その事には一つも触れていないのが不思議なくらいだ。

「じゃあ改めて」

 楓はホワイトボードに向かっていき、横に立ち、いきなりボードを掴むとひっくり返す。

「ようこそ! 属性研究会へ!」

 ボードにはようこそ! 属性研究会へ! と色とりどりの色で書かれている。

「属性......研究会?」

「そう! 大河ならもちろん何のことかわかるよね?」

 まさかーー。ある一つの考えが大河に浮かぶ。

「もしかして......萌え属性の属性ですか?」

「そう! それについて研究するのがここ、属性研究会だよ」

「よ、よく許可おりましたね......」

「まあね。学年トップ獲っててよかったって初めて思ったよ。そういえば、大河もそうなんだよね?」

「はい。スペックだけは抜けて高いですからねー。大河は」

 何故か麗華が嫌味のように答えた。

「スペックだけとか言うな! 中身もちゃんとしてるわ!」

 麗華を睨みつける大河にまあまあ大河、と楓が大河の肩をポンポンと叩き、親指をグッと立てた。

「スペックさえあれば、ある程度はゴリ押し出来るからいいじゃん!」

「よくないです! ってまた話題それてますよ! この研究会の説明してくれるんじゃないんですか?!」

「そうだった。ごめんごめん。で、説明って何からしたらいいの?」

 想像以上の楓の考えてない返答に思わず大河はガクッと肩を落とす。

「それくらい考えて下さい! 活動内容とか日にちとかですよ!」

「あ、そっか。でも、言うことないんだけど」

 大河は予想外の言葉に呆然とする。

 その大河の様子を見かねた麗華は楓に質問する。

「本当に何にもないんですか? 流石に活動内容くらいはあると思うんですけど」

「うーん、そう言われても......。あ! そういえば!」

「何かありました?」

「ひたすらに遊ぶだけ!」

 麗華はガクッと肩を落とす。

「何ですかその子供みたいな内容......第一萌え属性の研究すっ飛ばしてますよ」

 えー、と楓は不満の声を上げる。

「別にいいじゃん。ラノベの部活って大抵こんなのじゃない?」

「そうですけど......ていうか先輩」

「どうしたの?」

「もしかしてこの部活作ったのって......」

「もちろんラノベ的部活動をするためだよ!」

 屈託のない笑顔で楓は麗華に向かって答えた。

 か、可愛い......。

 誰が見てもそう思えるような笑顔だった。

「ていうことは先輩ってラノベ的生活をしたい人なんですか?!」

 唐突に質問が楓にぶつけられる。

 質問の主は同じ願いを持つ大河だったのはいうまでもない。

「大河もそうなの?! いやー、やっぱり大河を誘った私の目に狂いはなかったわけだね」

 楓は満面の笑みで腕組みをしながら頷く。

 相当自分の成果に酔いしれている感じだ。

 置いてけぼりの大河は追いつこうと質問を投げかける。

「どういう事ですかそれ? 俺を誘った理由ってオタクで有名だったからじゃないんですか?」

「まあそれもそうなんだけど。本当の理由としては」

 楓はゆっくりと深呼吸をして、真っ直ぐ大河を見る。

 今までとは違う真剣で整った顔に大河は、ただならぬ雰囲気を感じた。

 何かくるーー、大河はそう直感し、対衝撃体制をとる。

 少し間が空いたのち、ゆっくりとその口は開かれる。

「私が......大河に一目惚れしたから!」

 楓はそう言うと大河の胸に飛び込む。

 流石に物理的にくるとは思っていない大河は、勢いのままに押し倒される。

 嗅いだことが無いようないい香りと、今までで感じたことのないふんわりとした感触が大河の神経を駆け巡り、一気に大河の血液が加速させる。

「か、楓先輩?!」

「はあ、やっぱり大河の胸落ち着くねー」

 楓は大河の胸に赤らめた顔を擦り付け、匂いを嗅ぐ。

 大河は助けを求めるために麗華の方を見るが、その肝心の麗華はこの状況が飲み込めていないのか呆然としており、目が虚ろだ。

 仕方なく大河は楓の肩を掴んで引き離す。

「せ、先輩! 離れてください!」

「全く、しょうがないなあ」

 楓はゆっくりと身体を浮かせる。

「ほら離れた」

「数センチも浮いてないですよ!」

 えー、と不満の声を上げ、しれっと再び密着させる。

「別にそんな指定無かったじゃん」

「常識的に考えてこの状況なら大体わかりますよね?」

「常識なんてそんなもの、人によって違うものだよ!」

「十人十色の常識なんて常識じゃないですよ!」

「うるさい! とりあえず私はしばらく大河を堪能させてもらうから!」

「ちょっと待った!!」

 さっきまで呆然と立ち尽くしていたはずの麗華が、いつのまにかマジックペンを楓に向けて立っている。

 その姿はまるで剣先を敵に向ける剣士のようだ。

「どうしたの? 麗華。そんなに中二病してたっけ?」

「そんな事はどうでもいいですよ! それより......」

 麗華は鋭い眼できょとんとした顔の楓と大河を睨む。

「大河に何してるんですか!?」

「見ての通りだよ。大河を満喫してる」

「そんなの分かりますよ! 羨ましい!」

「そうでしょー」

「ちょ、ちょっと待て! 麗華、お前何言って......」

 大河が続きを言おうとした時、麗華は自分が何を言ってたかに気づいた。

 一気に麗華の顔が真っ赤になる。

「べ、別に大河の事が好きだって訳じゃないんだからね!」

「ツンデレきたー!! 大河! 生ツンデレ!!」

 楓は生ツンデレに大興奮して、倒れている大河の首を掴む。

「せ、先輩......苦しい......」

「あ、ごめん。つい......。それより大河。麗華とはどういう関係なの?」

「ただの幼馴染ですよ......」

 大河は二度目のダメージを受けた首をゆっくりと回しながら答える。

「お、幼馴染......だと?! あのありとあらゆる作品でも定番のあの幼馴染なの?!」

「別に心配しなくてもさっきのは冗談ですよ。なあ、麗華」

 というか冗談じゃないと困るんだけど、という大河の本心とは裏腹に麗華は顔を赤くしたままこう叫ぶ。

「い、今までずっと好きでした!付き合って下さい!」

 な、何という事だ......。

 大河にとってこれは最悪の展開だった。

 何を隠そう、彼が世の中で一番恐れているのは修羅場と溺死だからだ。

 なんとか流れを変えようと大河は麗華をなだめる。

「と、とりあえず麗華。落ち着け。後で話聞くから、な?」

「大河! また逃げる気なの?!」

 麗華の強いその言葉に大河は思わず黙り込む。

 大河が黙ると見るや楓は、麗華に耳打ちをする。

 耳打ちが終わった麗華は、真剣な表情で大河と向き合う。

 大河の第六感が危険信号を発している。

 何か面倒な事を言われそうなーー。

「私と先輩、どっちがいいの?!」

 やっぱりーー。

 普段、ラノベ的生活を求めている大河からしたら、いや、男子高校生からしても夢のような状況ではある。

 楓は言わずもがなの美少女だが、麗華も明らかに平均越えのルックスの持ち主だ。

 そんな二人に言い寄られるなど、ラノベぐらいでしかありえない話なのだ。

 しかし修羅場嫌いの大河にとっては厄介以外の何者でもない。

 なんとかしようと大河は打開策を考えながら、こう答える。

「えーと......少し考えさせてもらっていいですか? 流石にすぐ返事は出来ないです」

 大河は二人の顔色を伺いながら、ゆっくりと、しかしはっきりと答えた。

「まあ、しょうがないね。麗華、ここは大河に任せて私達は待つ事にしようよ」

「分かりました。確かに非リアの大河には少し荷が重いですしね」

 とりあえず時間を稼ごうという、安易な発想だったけどなんとか上手くいきそうだ、と大河は胸をなで下ろす。

「じゃあ今日はそろそろ帰りますね。飯作らないといけないんで」

 大河は父子家庭なので、仕事で忙しい父親に代わって家では家事をしており、そのレベルは高く大河自身も得意だと自負している。

「分かった。じゃあまた明日ー」

 楓の声に見送られながら大河は教室から出て行く。

 教室の扉が閉まる音と同時に、二人は脱力感に襲われる。

「き、緊張したー」

「先輩、よくあそこであんな事私に言わせましたね」

 あんな事、とは当然二者択一のあの質問だ。

「大河なら、先延ばしすると思ってね。今日は言っておくだけでいいんだよ。そうしたら大河は私達の事を意識して、いずれ大河がどっちかに告白してくれるはず」

「こっからは真剣勝負ですよ、先輩」

「もちろん。でも、部活に支障はきたさない程度にね」

「分かってますよ。じゃあまた明日」

 足早に立ち去ろうとする麗華を見て、楓は嫌な予感を察知する。

「待って。一緒に帰らない?」

「すみません。ちょっと用事があって」

「そう......まさか大河と一緒に帰るんじゃないよね?」

 麗華はその言葉を聞く前に、脱兎のごとく教室から走って出て行く。

「あっ! 麗華! 真剣勝負って言ってたじゃん!」

 楓も慌てて教室から飛び出して、追いかけて行く。

「大河ー!! 先輩なんかほっておいて私と一緒に帰ろー!!」

「大河ー!! 麗華の言う事なんか無視していいからー!!」

 放課後の校舎に二人の声が響き渡り、その声は靴箱にいた大河の耳にまで届いていた。

「何言ってんだあの二人......でも、一応隠れておくか」

 持っていた靴を履き、大河は靴箱に身を隠した。

 すると、すぐに例の二人が走って向かってくる。

 大河は念のため手を口に当て息をひそめ、聞き耳をたてる。もしかしたら今後の修羅場対策になる情報を拾えるかもしれない。

「大河!」

 麗華はキョロキョロと周りを見渡す。

 当然大河の姿はない。

「まさか......もう帰った?!」

 麗華は期待と不安にドキドキしながら大河の靴箱を確認する。

 そこには大河の上履きがポツンと置かれていた。

 麗華は肩を落として落胆する。

「ほんとに帰ってる......」

 哀愁漂う麗華の肩に楓の手が置かれる。

「麗華。そんな事で一喜一憂していたらきりがないよ」

「ですが......」

「もし今から一緒に帰っても多分話せないでしょ?」

 楓の口から放たれた正論は麗華に突き刺さる。

 確かに今までとは関係が変わってしまった。

 あの告白により、ただの幼馴染とはまた違う、なんとも言えない関係になってしまったのだ。

 どうしてあんなに焦って告白したんだろう、そんな後悔がはやくも麗華の頭に浮かぶ。

 どんよりとしたオーラを纏わせ落ち込んでいる麗華を見かねて楓は笑顔でこう提案する。

「別にまだ終わった訳じゃないよ。今日作戦練ったらいいじゃん。なんなら手伝うよ」

 麗華の顔に笑顔が蘇り、明るいオーラに包まれる。

「ほんとですか?!でも、いいんですか?私、先輩の恋敵なんですよ?」

「その前に先輩なんだよ。私の事は心配しなくてもいいから」

 楓は麗華の肩にポンと手を置く。

「一緒に帰ろう、麗華。今から作戦会議だ!」

「はい!」

 二人は並んで歩き出す。

 その姿が見えなくなり、声も聞こえなくなってから大河は靴箱の陰から出る。

 俺をからかう目的なんじゃないか、と言った大河の憶測、そして希望は儚くも散ってしまった。

 しかし。

大河は力強く拳を握る。

 あの二人の様子ならーー、大河にはある一つの解決策が浮かび上がっていた。

 大河が修羅場の嫌いなところは片方がハッピーエンドになると基本、もう片方がバットエンドになる事だった。そのため、今回もとりあえず誤魔化していけばいいか、と考えていた。

 だが、今回は楓と麗華の雰囲気が悪くないのだ。

 修羅場ならではの女子同士の雰囲気が悪くなる感じが大河には感じられなかった。

 やるしかない。

 大河は腹をくくった。

 明日、この修羅場に終止符をうってやるーー。




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