30. 風精霊 シルフィード
ちょっと時間的に遅くなりましたね。にしても、ものすごく眠い……。
なんでいつもこんなことに……もっとのんびりゲームプレイする予定だったはずが……もうそんなことは無理なんだろうなぁと諦観を浮かべた遠い目を浮かべつつ、わたしは件の幼女を宥めていた。
幼女……流石にずっとこの呼び方なのも失礼か。女の子もようやく落ち着いてきたようで、まだある程度の嗚咽は残っているものの、さっきまでのしゃくり上げるような泣き方と比べると比較的大人しくなった。
「落ち着いた?」
出来るだけ無愛想にならないように、優しく問い掛けると、女の子はゆっくり首を縦に振った。
「うん……もう、大丈夫」
「そっか、偉いね……この人は、貴方のお母さん?」
見たところ、この女の子はまだ10歳、もしくはそれに近い年齢くらいに見える。さっきのやり取りからしても女性と女の子は親子……には見えないけども、血が繋がっていないだけかもしれないし、そうでなくてもかなり親しい存在なのははっきりと分かる。
いくらNPCがAI制御されてるとはいえ、人を模して作られてる以上、悲しみはまだまだ拭えていないだろうし、不安も大きいだろうから今後のことはともかく、今しばらくはわたしがどうにかしないと……。
わたしの問いかけに、女の子は首を横に振った。親子ではなかったらしい。
「違う……彼女は、サミィ。私の、マスター……私の、大切な契約者」
「ま、マスター? それに、契約って……」
あまりにも突飛で、そして到底わたしには理解の及ばない爆弾発言に、わたしはただオウム返しに言われたことを口に出すことしか出来なかった。
女の子は目元に溜まった涙をこすって拭うと、真剣な目でわたしの顔を正視する。
「私、風の精霊。12年前、私、サミィと、契約した」
「へ、へー……そうなんだ」
なんとなく相槌は合わせたものの、正直よく分かっていなかったりする。ラノベとかではこういうのはよくあるけど、ああいう感じのやつなのかな?
「だから、私。次、あなた、契約する」
「……へ? わたし?」
どういう結論に至ったのか、女の子はわたしの方を指さしてそんなことを言った。それは一体どういうこと……いや、そうだよね。これ絶対わたしと契約するってことだよね。
けど、なんでそんなことになったのかな……もしかして、元契約者の女性がわたしに頼むって言ったのはこのこと?
「なんでわたしなの? わたし、別に特別な力を持ってるとか、そういうことはないんだけど……」
「ん。ここ、空間。普通は、入れない。何か、空間、スキル、持ってる?」
……さっきからこの子、片言で接続詞が抜けてるからちょっと聞き取りづらい。まあ、分からないわけでもないしそれほど面倒ってわけでもないけども。
それにしても、やっぱりここはわたしの直感通り、普通の場所ではなかったらしい。さっきボスフィールドみたいだとは思ったけど、アレみたいにここも空間が隔離されてるってことかな?
女の子は、どうやらわたしに何か空間系のスキルがあるからここに来れたって言ってるみたいだけど、そんなスキルは……。
「あなた、懐かしい、気配、感じる。これ……蛇?」
「……あっ!」
女の子が首を傾げながらもそう呟いたことで、わたしはとあるひとつのスキルを思い出した。ステータス欄を開いて改めて確認するが、やはりそれはあった。
「そういえば、ちょっと前に、ヨルムンガンドっていう蛇にあって【特定転移:封印の間】っていうスキルを貰ったの。もしかして、これ?」
「! ヨルムンガンド、懐かしい」
これはつい先日、偶然謎の遺跡に迷い込んだ時に出会ったとんでもないレベルの蛇、ヨルムンガンドに出会った際にとある依頼を受けて、もう一度あの場所に戻るためにと貰ったスキル。
正直このスキル、使い道があまりにもなさすぎて今まで使ったこともなかったけど、まさかこんなところで変に役に立つなんて……あれ、つまりこれのせいでこんなクエストに巻き込まれたのでは?
……考えなかったことにしよう。
「蛇、認めた。なら、私、認める」
そう言って、女の子……もとい風精霊はわたしの手に手を重ねて不安そうな目で「だめ?」と言いながら見上げてくる。心なしか、その目は潤んでいるようにも見える……要は、子供専用かつ万人特攻の力を持つ必殺技、上目遣いである。
わざとやっているのか、はたまた天然なのかは分からないが、中々にあざとく、一体わたしがこれを冷たく引き離すことが出来るだろうか……いや、無理だ。
「分かったよ……」
仕方なく風精霊に言われるがまま手を差し出すと、風精霊はわたしの手を両手で上下から包み込むようにすると、目を瞑って何やら呟き出す。
「風、答えよ。自由を司る、風よ。我、風の担い手。我が御名において命ず、この者、契約、求む。我、其に答えし者。神と、その眷属たる、我が真名、風の大精霊、シルフィード、彼の者、契約、交わさん」
風精霊が何やら仰々しい文言を言い終えた途端、わたしの右手の甲に、変な紋章が現れた。なんだこりゃ、とびっくりしていると、風精霊はその手を取り……あろうことか、紋章のある部分にキスをした。
「何やってるの!?」
「ん。契約完了。これは自由の紋章。私との、契約の証。私の名前、自由を司る、風、大精霊、シルフィード。よろしくね? 新しいあるじ様」
今の一連の動きに苦言するも、風精霊……シルフィードによって全スルーされてしまった。
ふと、わたしの頭上にテロップが浮かんでいるのが見えた。
『四大精霊が一角 風の大精霊 シルフィード Lv291 と精霊の契約を交わしました。契約者のレベルが足りていないため、一部能力を制限します』
『お知らせします。ただ今、精霊との契約に成功したプレイヤーが初めて出現しました。精霊に契約したプレイヤーは精霊の力を借り、共に戦うことが出来るようになります。また、より契約精霊がより上位であればあるほど、特殊かつ強力な固有能力を持っている可能性が高まります』
「おっふ……」
急激に流れ込んできた情報の波に、わたしは思わず女にあるまじき間抜けな声を漏らしてしまった。
てか、何この子……ただの幼女かと思ったらレベルがあのヨルムンガンドより高い上になんか精霊の中でも特段にヤバそうな感じがするんだけど?
四大精霊とか、はたまた大精霊だとかはよく分からないけど、これで格が上から数えた方が間違いなく早いだろうことは誰にだって分かるだろう。これ、シルフィードのことが漏れたら確実にやばいことになるよね……。
「……後で考えよっか」
「?」
どうせ、なるようになるだろう……。
このままこの空間にい続けるのも何なので、わたしは彼女の遺体を何処かへ埋葬するためにストレージに収納した後、元の道に引き返しながら、シルフィード……もといフィーに、何故ここに居たのかの経緯を聞いていた。
フィーの前の契約者……とどのつまり、わたしにフィーを託して倒れた女性の名前はサムエルと言うらしく、フィーは愛称としてサミィと呼んでいたようだ。ちなみに、わたしも中身はともかく見た目は小さい子であるフィーにあるじ様と言わせるのは何か嫌だったので、様も付けずに、そのまま名前で呼び捨てしてもらうことになった。
驚いたことに、サムエルはここ、クォリーアの南にある街、風の街ウィンティアで領主代理をやっていたらしく、ここ最近にその街の周辺でやたらと魔物が現れるようになったことの報告を上司であるこの街の領主へと連絡するために自らここへやって来たはいいが、突如謎の存在に別の空間へと無理矢理連れられたのをフィーと共に応戦するも、サムエル自身そんなに実力が高い訳でもないせいでフィーの力をあまり引き出せなかったこともあってジリ貧になってしまい、命からがら逃げ出した後、今度はシルフィードの力を使ってこの空間にやってきたはいいものの、サムエル自身はもう既に長くなく、そこで丁度ばったりわたしと鉢合わせた……とのことだった。
サムエルが死に際に言っていた、風の街の行く末、とはこのことだろう。
そういえば、わたしもあのテロップでフィーの能力が制限されたって書いてたような……。
一度ステータスを確認してみると、わたしのレベルは36まで上がっており、スキルも全体的にレベルがかなり上がっていた。バトル中にレベルアップ通知やスキルレベルアップ通知の音がうるさくてここ最近は鳴らないように設定していたが、思いのほかレベルの上がり具合が半端じゃなかった。最近は全然ステータスを開いてなかったからというのもあるかもしれないな。
他に、普段にはなかった場所に新しい項目が増えていることに気がつく。職業欄の下に、「契約中:シルフィード Lv36」の項目が増えていた。さっき見た時とレベルが変わっていることに気付き、この欄をタップしてみると、なるほどどうやら制限中のレベルが表示されるようだ。さしずめ、わたしのレベルが36だからフィーも36になったのだろう。確かに、こんな制限がなかったら無双し放題になっちゃうし、当然ではあるか。
それでもわたしのレベルに応じて制限もなくなっていくから、本当に滅茶苦茶ではあるけどね。
帰りのルートも行きと同様それほど長くなく、話も一区切りがついた頃にまた大通りへと戻ってくることが出来た。後ろを向くと、他の脇道とそう変わらない程度の人が歩いており、本当にあそこは別空間だったんだなぁと改めて思い知った。
「それで、これからわたしはどうすればいいの?」
「……まずは、領主、行く」
「へ?」
目を丸くしていると、フィーは何がおかしいとばかりに疑問を浮かべながら首を傾げた。かわいい……じゃなくて!
「一応ね、わたしは平民と変わらない程度の身分しかないんだよね。流石に、そんなところ行けないって」
「大丈夫、それ」
フィーが指を指しているのは、わたしの右手の甲、フィーとの契約の証だ。
「それを見せれば、ちゃんと会ってもらえる、はず」
……なんか、心配になってきた。
とは言っても、なりゆきとはいえクエストも受けたし、フィーとも契約した訳だから、ここは行ってみるというのが筋というものだろう。
「……信じてるからね?」
「うん」
そう言って、わたし達は大通りの向こう……領主館へと向かった。
なお、途中でわたしがフィーと手を繋いで仲良く歩いていた頃から、何やら外野がしばらく優しい目で見守っていたことを、わたしは終始気付かなかった。
またまた新キャラ来ました、今度はシルフィード、ことフィーですね。
この子、何も制限なしだとレイドクラスのチートキャラですが、流石にそんなことには出来ないので制限はしっかりかかってます。また、シエルとは直接共闘させることもありますが、何らかの方法でシエルの力として共闘するなども色々考えてます……もちろん、内容も。ということで、お楽しみに!
よければ、評価の方もお願いします(`・ω・´)ノ凸




